6-7:まだ足りないことが残ってる
さっきの年配の男性が、今度は菓子を載せたカゴを持ってくる。
ギンチョが電光石火の手技でしゅぱっとチョコパイを手にとる。一番の当事者であるテルコも煎餅をばりばりかじりだして、それを待っていたかのように中川もクッキーを口に運ぶ。少しの間、ただのお茶会と化す。
「でも……なんでそんなことをする必要が……?」千影は強引に話を戻す。「十五歳まで待てばいいだけじゃ……テルコだってあと二年待ってれば、別に不正でもなんでもなくなるし……」
「もごもご、ごふごふ。すいぶん、すいぶん……」
ポットから麦茶を注ぎ足してやると、中川はそれで飲み込み、こふーと息をつく。
「もちろん、ケイトさんのような例は〝ワーカー〟の中でもごく一部なのでしょうが……それだけ人材が不足してるということでしょう。ダンジョン因子を持つのは、国や人種に関係なく人口の三分の一程度。そこからさらに、IMODの審査を通過できるほどの身体能力や知能も要求されるわけで」
「いや、つっても……」
「チェーゴのプレイヤーは過酷な労働環境が祟り、どんどん人員が欠けていった。ダンジョン・ゴールドラッシュ時に殉職者が激増した際、チェーゴ側もかなりの犠牲者を出していたはずです。そうしてどんどんジリ貧になっていったんでしょう」
「人手が足りないから……十三歳の女の子も動員したってことですか……?」
「人材の枯渇、それでも回る歯車を止めるわけにはいかない。そこで国が着手したのが、貧困層や身寄りのない未成年の強制徴用、専門機関による教育と訓練……ではないかと。〝ワーカー〟として画一的な仕事をさせるなら、むしろ子どもを一から育て上げたほうが都合がいい。実際に年齢詐称に当たるケースは……必要な能力を考えても全体でもごく一部でしょう。そういう意味では選民と言えるかもしれません」
「……ブラックバイト……」と直江。「……てゆーか、ブラック国家……」
千影は頭を抱えたくなる。ギンチョのときといい、今回といい、どうして国外にまで及ぶ壮大なスケールのトラブルが、この凡庸な埼玉県民のところに舞い込んでくるのか。海も空港もない県への当てつけか。「なにかの陰謀じゃよー」と荒川に向かってさけびたい。
「オレは孤児だったからなあ……」とテルコ。「孤児院で血液検査をされて、ダンジョン因子があるやつだけ、変な施設に連れてかれて。英語の読み書きも教えてもらえたし、食いもんも孤児院よりはマシだったけど」
そんなハードな生い立ちを煎餅バリボリしながら言われても。
「ヘビィの言うとおりだよ。オレは自分の誕生日も知らねえ、親兄弟もいねえ。訓練で適性とか才能とかを認められて、他の仲間たちより一足先に、十三のときに十五ってことでこの国に連れてこられた。ロクジョーヒトマのボロアパートに突っ込まれて、いつも五・六人で暮らしてた。ダンジョンとアパートを往復するだけで、ほとんど休みなく働かされてた」
「……マジで超ブラック……」
「にがいコーヒーですか?」
「……ギンチョは甘いのだけ……食べてればいいからね……ほら、カスタードパイも……」
「もぐもぐ」
「……ボクはあとで……ギンチョのパイをもらえれば……」
「ひそひそ(明智さんロリコンがいます)」
「ひそひそ(お前も予備軍だろ)」
「ぐぬぬ(冤罪だ)」
「確かに……集団で狭い部屋に鮨詰めにされ、ダンジョンという過酷な職場で稼がせられ、大した装備も与えられず……ブラックというか、文字どおりまさに働きアリのような……」
ろくな防具もつけずにエリア16まで連れてこられた彼らを思い出す。絶対に真似できないししたくない。
「アイテムならいくらぶん、シリンジなら何本見つけたら、国に戻して仕事をくれるって言われてさ。シリンジは基本、全部上に渡さなきゃいけなくて、そっから同胞のセンパイのやつに渡るか、上がそのままどっか持ってくか。オレら〝ワーカー〟に回されることはほとんどなかったな。オレがアビリティやスキルを手に入れたのもあそこを抜け出したあとだし」
「なるほど……自分を強化するはずのシリンジも、その利用先を組織に管理されていると……あるいは他国へのシリンジの売買も行なっているのかもしれませんね、シリンジは貴重な収入源になりえますから。そうなると、IMODにも金を握らせているのかも……組織単位というより、職員や幹部を数人抱え込む感じで……」
口元に手を当てた中川の表情が少し険しくなる。
「それとさ、別に褒めるわけじゃねえけど……あいつが――あの教官がオレらのボスになってからは、〝ワーカー〟が死ぬケースはだいぶ減ったんだ。元は超優秀な諜報員? とかで、結構マメに教えたり鍛えたりしてたから。なにかと口うるせえからオレは嫌いだったけど」
――逃げたりしませんよ。私の忠実な教え子ですから。
あのボス男がそんなことを言っていたのを思い出す。あながちパワハラ的な嘘でもなかったのかもしれない。
「えっと……」と千影。「そこまでわかってるなら、誰か告発とかしないんですか?」
そういうのは偉い人たちになんとかしてほしい。なぜ善良な村人Aとその妹分まで巻き込まれなければいけないのか(自分たちで首を突っ込んだのは棚に上げておいて)。
「こふー……ここまでの話は、あくまで噂話とテルコさんの証言から着想を得た憶測にすぎません。確たる証拠はない。テルコさんの話も、テルコさんがケイトだと確定しない限り、知らぬ存ぜぬを通される可能性もあります。外見も大きく変わっていますし、なによりDNA型が一致していないわけで……」
「でも……」
「未成年のみなさんの前でこんなことを口にするのも、大人としては恥ずかしいのですが……そのチェーゴの不正が、実際に深刻な紛争やトラブルにつながっていないのが幸い中の不幸なんです。人権問題というのは介入が難しいですから。仮にIMODが事実に薄々気づいていても、瑣末な問題だと割り切ってしまわれているのかもしれない」
「そんな……」
「シリンジの違法売買も……それが紛争地帯への流出や軍事への直接転用でなければ、多かれ少なかれどの国でも行なわれていたりします。要人へ、あるいは警護人や諜報員へ……ダンジョンヲタの僕からすれば、非常にけしからん話ですが、それもまた日常茶飯事になってしまっているんです」
ギンチョの件の建前上の理由になった【ベリアル】流通事件と同じか。まだそんなことが裏で続いているのか。大人って、世界って。
「あ、そもそもですけど……僕らへの傷害? 殺人未遂? とかはどうなるんですか? 逮捕してもらえないんですか?」
「ああ、それについては――」
明智はちらっとテルコを窺い、いったん言葉を止める。
「……あとで話す。とりあえず、あたしらに預けといてくれ。あんたはともかくギンチョを怖い目に遭わせやがったわけだからな、落とし前はきっちりつけさせるさ」
「僕も納税者なのに……」
いろいろとたまらなくなって、千影もお菓子に逃げる。ちくしょう、きなこスナックうめえ、超うめえ。
「あー……テルコ……もぐもぐ……」
「ん?」
「いや、その……それが嫌で、逃げて、ダンジョン内ヒッキーになったの……?」
「そうだな……それもあったけど……あいつも関係してるんだろうな、たぶん……」
「あいつ?」と明智。
「日本人プレイヤーです。ダンジョンでテルコと一緒にいたって」
中川と明智が顔を見合わせる。
「ぜひとも詳しくお聞きしたいです。我々にとっても重要な情報になるかもしれません」
テルコはうつむき、首を振る。
「わりいけど、まだ思い出せねえんだ……あいつのことも自分のことも、まだ足りないことが残ってる……もっかいあいつに会えりゃ、全部つながるんかな」
話のタイトル、「ギンチョのパイ」と悩んだのですが、本筋と関係なさすぎなのとアレなので現在のようにしました。
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