6-6:テルコおねーさんはなんさいですか?
千影がここまでの顛末をたどたどしく話し、テルコと明智がそこに補足してくれる。聞き終えた中川は、こふううう、と今までよりも重々しく息を吐く。
「襲ってきた集団……チェーゴ共和国のプレイヤーということで、間違いないんですね?」
「ああ、そうだよ」とテルコ。「……オレもそうだった。三年前、チェーゴから日本に来た」
机の上にプレイヤータグを置く。D庁のタグは銀色の角丸の長方形だが、IMODのものは楕円形に近くて色も黒っぽい。
「これがIMODに登録されたケイトさんの顔写真です。当時十五歳、三年近く前のものですが」
中川がタブレットで検索し、画像を見せてくれる。そこにはテルコによく似た少女が映っている。
髪の色は今よりも少し明るく、肌も病的に白い。凛々しい雰囲気のテルコとは打って変わって、人形のように幼くて儚い感じの美少女だ。
「先日要請したIMOD側による画像照会では、テルコさんとこの写真の子は同一人物とは判断されませんでした。顔認証システムの性能によりますが、未成年の場合その成長によって本人と認識できなくなるケースがあります。【バフォメット】も影響しているかもしれませんが」
三年で凛々しくでかく成長した――にしては、ちょっと別人になりすぎな気もする。成長期だったとしても、三年間でここまで変わるものだろうか。自分はおぎゃあと産まれた瞬間から一貫してモブ顔なのに。
「あ、テルコって名前……」と千影。「ルコってミドルネーム? からきたのかな? 無意識的な感じで……」
「……そうかもだけど……」とテルコ。「……どうなんだろう……自分でも……」
彼女は自信なさげだ。他にもなにか思い出せない理由があるのだろうか。
「にしても……」と中川。「よりにもよって、チェーゴ絡みですか。プチめんどいことになりましたね」
彼の苦笑いは、その幼い顔立ちのせいか、あまり深刻さが感じられない。隣の明智はさっきからずっと眉をひそめている。ひょっとしたらプチどころではないのかもしれない。
「テルコ? ケイト? には悪いんだけど……」と千影。「チェーゴって国、ほとんど知らなくて。サッカーとかでちらっと名前聞いたくらいしか……」
「テルコでいいぞ、タイショー。まあ、ちっちゃい国だからな。国土はカントーくらい、人口はサイタマよりも少ない」
「でも、プレイヤーの数は多いんですよ」と中川。「IMOD加盟国としては、人口比率からして結構多めです。ダンジョン探索に熱心な国の一つと言えます」
「はあ」
「一国で百五十人以上のプレイヤーを抱えていますが、その約半数が十代のうちにプレイヤーになっているようです。若手の彼らは同じようなユニフォームというか、画一的な装備をしていることから、〝ワーカー〟、働きアリなんて陰で呼ばれていたりして」
チェーゴ共和国は中央アジアに位置する小国で、元は旧共産圏の連邦国家の一つだった。
連邦の解体とともに独立し、大統領による独裁が続いていたが、十五年前に死去。共和制に移行したものの、依然軍部の政治的影響力は強いという。
国際的な地位は下の中。主要産業は農業と鉄鋼業。めぼしい観光名所や資源も少なく、宗教的対立や反体制派とのゴタゴタで治世はあまり芳しくない。長らくロシアからの経済制裁を受け、経済は停滞中、貧困層の拡大が進んでいる。以上、中川の解説。
「あれ……政治的に不安定な国って、IMODに加盟できないんじゃないでしたっけ?」
「よくご存じで。IMODの基準は明確化されていませんが、ぎりぎりのラインというところでしょう。チェーゴがIMODへの加盟を表明したのは六年前。以来、国策として多くの人材を派遣してダンジョン探索に力を入れてきました。『資源の乏しいうちが、一発逆転するにはこれしかない!』って感じで、国家ぐるみのベンチャーというかギャンブルというか」
中川の話が難しすぎるのか、ギンチョは目をしぱしぱさせている。「別の部屋で待ってる?」と確認すると、「おはなしききます」と首を振る。
「チェーゴのプレイヤーは実質的に公僕扱いです」中川が続ける。「収集した資源やアイテムは国家機関によって接収され、軍事製品やバイオ製品の開発のための研究に費やされます。それを近隣国家に共有することで資金的な援助を受ける。経済状況が芳しくない中で自転車操業的ですが、そんな感じで回しているみたいです」
「それって問題ないんですか?」
「それだけなら特には。僕のような公務員でもダンジョンに入れますし、みなさんがたがダンジョンで拾ったアイテムだって官民問わずいろんなところに流れています。国際ダンジョン条約で禁止されているのは、ダンジョンウイルスをIMODへの申請と許可なく流通させること、そしてプレイヤー能力を有する人間を軍人にすることです」
話が見えなくなってくる。自分たちはいったいなにに巻き込まれているのだろう?
「ただ、よからぬ噂を耳にしたことがありまして……〝ワーカー〟と呼ばれる若手プレイヤーたちの年齢は、IMODに提出された情報よりも、実際にはかなり若いのではないか、と……」
「テルコおねーさんはなんさいですか?」
ギンチョが口を挟む。女の子に年を尋ねるというハードルを軽々跳び越えていく。そういえば公衆の面前で明智の年齢を暴露していた。
「一応、十六だ。ほんとの誕生日はわかんねえけど、時期的に三月生まれっぽい」
「マジで?」
十六歳? 学年でいうと一個下? そのけしからんさで?
「むしろ年上だと思ってた……ていうか、おかしくね? さっき日本に来て三年って」
「うん、そうだな」
「公式上、ケイトさんは三年前の十二月に来日しています。正確には二年と八カ月前ですね」
「ってことは、十三歳でプレイヤーになった? 間違いじゃなくて?」
「うん、そうだな」
「公式上、ケイトさんは翌年一月にプレイヤー免許を取得しています。二年と七カ月前ですね」
「でも、プレイヤー免許は十五歳以上じゃないと……」
IMODでの免許取得試験も、日本と同じく十五歳以上でないと受けられないはずだ。
「とろうと思えばとれるんですよ。ギンチョちゃんのような特例免許がなくても」
「でも、年齢バレた時点でIMODの審査通らないんじゃ……」
「通るさ」と明智。「バレなきゃいい」
「でも、バレなきゃって、バレるんじゃ……」
「国が『この子は十五歳だ、文句あるか』と言い張れば、IMODには確かめようもないでしょ。スポーツの代表選手なんかでもときどきあるし」
千影は二の句を継げず、口をぱくぱくさせる。
「そこがキモなんです」と神妙な面持ちの中川。「つまり、不正が事実であるとしたら、それは国家ぐるみで行なわれているんじゃないか、ということです」
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