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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
125/222

6-5:こふー

 気を失ったままのテルコをおぶり、直江を含めた四人で一層まで戻る。


 駐屯地で前野医師の治療を受ける。千影の傷の処置と、テルコの火傷の処置。あのスタンガンは相当強力に改造してあったようだ。心臓が止まらなくてよかったとはいえ、心労的なものもあってか、なかなか目が覚めないのも心配だ。


「よう、お待たせ」


 彼女が目覚めるのを待つうちに、明智がやってくる。庁職員に頼んで呼んでもらったのだ。


 千影はエリア16で起こったこと、これまでの経緯をかいつまんで話す。


 テルコの記憶が戻ったこと。その帰路でテルコの同胞を語る連中に襲撃に遭ったこと。直江の登場と同時にやつらは即退散してしまったこと――。



 レベル7を誇る超有名人、人類最強クラスのプレイヤー・直江ミリヤの乱入を見るや、ボス男たち襲撃者の一行は実にあっさりと、手際よく逃走した。


 このままではやられ損なので部下の一人くらい捕まえようとした千影だが、迷路をうまく使われて撒かれてしまった。ならば直江をとも思ったが、彼女は部外者で状況も事情もわからず、そもそも久々のギンチョ成分の補充でそれどころではなく。結局はとり逃がすことになった。


 ちなみに、当の直江はエリア16でなにをしていたのか?

 怪鳥ヘルファイアの討伐クエストを受けていたそうだ。ショートカットが作成され、三層に進む人が増え、必然的にあの強キャラの犠牲になる人が増えたからだ。


 ここ数日、エリア16に通って何体ものヘルファイアを見つけ、片端から狩っていった。今日はその真っ最中に耳慣れた声が聞こえたので、そいつの背中に乗り、無理やり翼を引っ張って急行した。レベル5の怪鳥をタクシー代わりに使える人類はこの女しかいないだろう。


 ギンチョには何日か前に、その旨をLIMEでやりとりしていたそうだ。もっともギンチョのタブレットに送ったのは「下の層で怖い怪獣をやっつける仕事をしてる」といったもので、ギンチョ自身はあのエリアに直江がいることは知らなかったという。


「じゃあ……あのとき直江さんが来てくれたのは、完全に偶然だったのか」

「こわいかいじゅーがきたら、みんなにげるかなっておもって……でも、ミリヤおねーさんがきてくれて、よかったです」

「……ギンチョ、もう一回言って……動画撮るから……なるべく色っぽい声で……」


 LIMEで交わされた小さな情報が、無意識にギンチョの機転につながったのか。それとも本当にただの偶然だったのか。あるいはギンチョに宿った【ザシキワラシ】の力なのか。どれとも判断がつかないが、ギンチョの起こした奇跡で事なきを得たのは確かだ。



 明智は神妙な顔つきで耳を傾け、聞き終えると、小さく頭を下げる。


「すまなかった」


 一番驚いたのは千影だ。明日、人類は滅亡する。


「あの……えっと……なんで明智さんが謝るんすか?」

「言ったろ、大人の責任だからな。止めなかったあたしのせいだ」


 そんな風に言われると、むしろ怒られるよりきつい。


「えっと……僕もすいません、逃げられちゃって……」

「まあそれは……現行犯で捕まえてたら、むしろ上のほうでこじれたかもな……」

「え?」

「いや……だいじょぶだ、あとは大人に任せとけ」


 と、前野に連れられて、テルコが診療所から出てくる。目を覚ましたのか。


「テルコ、だいじょぶか?」

「……ん、ああ……問題ねえよ。ドクターにちゃんと手当してもらったから」


 いや、傷のほうもだけど。記憶のこととか、仲間に襲われた一件のショックとか。


「とりあえずお前ら、生きて戻ってきれくれただけでじゅうぶんさ。おっさんはまた会えて嬉しいぜ」


 そんな風に言って笑う前野のヒゲもじゃの顔を見て、千影はちょっと泣きそうになる。

 ああ、確かに。僕ら生きてるわ。どうにか生きて帰ってこれたわ。



 明智も加えた五人でポータルに戻り、そこからほど近いところにある小さなビルに入る。捜査課の事務所だ。千影も一度だけここに来たことがある。


 一棟まるごと捜査課が使用している。五階建てで小ぢんまりしているが、高価な装備品や備蓄の消耗品などがあるため、セキュリティはすごいらしい。もっとも、デスクスペースは「ちょっと部外者には見せられない」有様とか。


 なぜか直江もついてきている。一切事情を知らない上に興味もなさそうなのに。単にギンチョとつないだ手を離すつもりがないだけだと思われる。図らずもがっつり巻き込んでしまった上、命の恩人でもあるわけで、今さら「帰ってください」とも言えない。


「おい、タイショー」


 エレベーターを待っていると、テルコが顔を近づけて耳打ちしてくる。


「あのナオエのネーチャンだけどよ、とんでもねえベッピンサンだな。オレよりちょいとでけえぞ、ありゃ」

「マジで?」


 あとでこっそり見くらべよう。バレないように見くらべよう。

 それはともかく、道中、テルコが直江に礼を言ったり積極的に話を振ったりしていた。会話がはずんでいるようには見えなかったが、直江も少なからず言葉を返していたようだった。人間嫌いというより男嫌いなのかも、と千影も思ったりした。


「命の恩人? をこんな風に言うのもアレだけど、ありゃギンチョラブのヘンタイだな」

「うん。ギンチョラブのヘンタイだね」

「まあ、ギンチョが嫌がることはしないと思うけど……度がすぎるようならタイショーが止めんだぞ」

「えっと……(僕にできんの?)……一緒に止めてくんない?」


 テルコは苦笑いし、曖昧にうなずく。


「……そんとき、オレも一緒にいられたらな……」

「あ……」


 なにか言わなきゃ、そう思ったのと同時に、エレベーターがやってきてしまう。


 三階に上がり、会議室らしいスペースに通される。窓のない、五人だと少し息苦しいくらいの狭い部屋だ。取調室と言われても違和感がない。

 椅子は五脚あるが、ギンチョは直江の膝に座らされている。その後頭部でぽよぽよと肉の背もたれの弾力を味わっている。直江は直江で後ろからギンチョをぷにり放題ハグり放題だからウィンウィンということか。


 年配の男性が紙コップに麦茶を入れて持ってきてくれる。一口飲むと、うまいというかほっとするというか、なんか涙が出そうになる。最近いつもこんな感じな気がする。


「あれ、椅子、足りてました?」


 年配の男性と入れ違いに、若い男性がパイプ椅子を持って入ってくる。柔和そうな童顔(たぶん二十代半ばくらい?)、小柄で小太り、色白、メガネをかけている。頭に寝癖がついている。千影的にはなんとなくシンパシーを感じる類の人種。


「あ、僕、外務課の中川と申します。こふー」


 名刺をくれる。名前は〝中川重〟と書かれている。〝なかがわヘビィ〟とルビが振られている。ヘビィ?


「それ、重って書いてヘビィって読むんです。今は亡き祖父がつけてくれた名前です。面白いねってよく言われますが、むしろカッコよくないですか? こふー」

「そうですか」


 いわゆるD……と思いかけてやめる。


「おう、カミいい名前だな。オレはテルコだ、よろしくな、ヘビィ」

「たかはなギンチョともうします。よろしくです、へびーおにーさん」


 プロレスラーのリングネームか。


「こちらこそ、テルコさん、特例免許のギンチョさん。お会いできて光栄です。そちらの椅子になられてるお方は、直江ミリヤさんですよね、あの〝白狼(びゃくろ)〟って呼ばれてる」

「……その呼ばれかた……好きじゃない……」

「ああっ、それは失礼しました! 僕、あなたのファンでして。あとでサインなどいただけたら幸いです。こふー」


 たびたびベイダー的な吐息が差し挟まれている。それから中川は千影のほうに向き直る。


「あなたが〝赤羽の英雄〟の一人、早川千影さんですよね」

「はい」


 久々に初見で正解の名前。


「その平凡な見た目とは裏腹に、スピード出世でレベル4まで登りつめ、直江さんたちと一緒にエネヴォラを倒した……ちょっとすいません、言葉悪くします。マジすげえ! パネエ! 握手してください!」


 そのむっちりした手を握ると、しっとり温かいおしぼりのような安心感を覚える。中川は中川で千影のキモ照れ顔に多少ぎょっとしている。


「中川くんはダンジョンヲタなんだよ。自分でもプレイヤー免許持ってる」

「まだレベル2ですが、ダンジョンで見かけた際はよろしくお願いします。こふー」


 彼は空いている椅子に座る。えっと、と千影が明智を窺う。


「外務課ってのは、まあざっくり言うと、IMODや他国との折衝係だ。テルコの身元照会の件について、彼にいろいろ無理言って動いてもらった。あとで〝赤羽の英雄〟のサインをくれてやる約束もしてる」


 サインなんてあるわけない。手形で我慢してほしい。


「じゃあ――まずはみなさんの話を聞かせていただけますか。こふー」

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