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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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6-4:千影vsボス男、ギンチョの召喚魔法

「助かりますよ。あの子らとあまり離れると心配だから」


 ボス男はボウガンをごそごそと背中に仕舞い、腰に帯びた二本のナイフを抜く。両手で逆手に握ったそれを、構えずにぶらぶらとさせたまま、ゆっくりと近づいてくる。


「テルコみたいに脱走しないかって?」

「はは、言いますね。冴えない顔して冴えてますね、君」

「ひどい。ていうか、否定しないんだ」

「いえいえ、彼らは逃げませんよ。私の忠実な教え子ですから」


 ああ、また対人戦か。こないだからこんなんばっかりだ。

 いくらやっても全然慣れない。手が震える、喉が乾く。


 ボス男のほうは平然としている。そんなん屁でもないですよという風に、軽やかな足どりだ。


 千影も刀を構える。峰打ちにはしない。

 こちとら小学校時代の同級生の片腕、切り落としたんやぞ。どや、今さら刃傷沙汰でビビるか(ビビるけど)。


 あまりに自然すぎる足運びで――気がつくとボス男が刀の間合いにずんずん入ってくる。


「え――」


 慌てて刀を振りかぶろうとするが、それに合わせて男が懐に入ってくる。


「うおっ!?」


 反射的に振り下ろした一撃は、居酒屋ののれんでもくぐるみたいにひょいっととかわされる。そして同時にナイフが伸びてくる。


「んがっ!」


 顔面、いや目を狙った横薙ぎ。千影はまつ毛がかするほどの距離でかわす。


 一瞬、相手が驚いたような顔になる。そこめがけて今度は千影が左手の貫手を繰り出す。【アザゼル】で硬化済みだ。


 ボス男の頭が消える。いや、下に潜り込んだ。みぞおちを狙った突き。避けられない。刀の柄で殴るようにはじく。


「くあっ!」


 バックステップしていったん距離をとる。

 視線がずれた拍子にまたボス男の姿が消える。右にいる。

 刀を振るよりも先に首筋へと刃が迫っている。「ぬあっ!」と間一髪で避け、刀を前に突き出したまま飛び退く。今度こそ距離が開く。


「へえ、面白い……日本人の子どもにしては、シュラバ? をくぐっているようだ」


 やりづれえ。


 パワーもスピードも、あの黒コウモリには及びもしない。せいぜい同じレベル4だ。

 それなのに、こっちに攻撃させない、攻撃してもあっさりかわされる。

 相手の攻撃はぎりぎりだし、かわした首筋も皮一枚だったし。


 集中しろ。黒のエネヴォラにくらべれば大した速度じゃない。

 防御力も紙装甲だ、どこかに一発当てるだけで動きを止められる。援軍が来る前に終わらせる。


 今度は千影から間合いを近づけていく。マンガじゃないんだ、ナイフで刀に勝てるわけがない。懐に入らせなければいい。


 千影の刀が奔る。横薙ぎ、袈裟斬り、振り下ろし、突き上げ。

 それらをボス男は紙一重でかわし、ナイフで切っ先を逸らし、後ろに下がる。


 当たらない。こっちはめっちゃ本気で斬りかかってるのに。息が切れてくる。

 相手も同じだ。呼吸は荒く、動くたびに汗が飛んでいる。余裕はないはずだ。なのに――。


「いい動きだっ! 私の生徒にほしいくらいですよっ!」


 千影の藍色の刀身と、ボス男の銀色の刃が交錯する。ギィンッ! と甲高い金属音が響く。そして刀が左に逸らされ、千影の上体がわずかに前のめりになる。そこをもう一方のナイフが襲う。


「おあっ!」


 のけぞっても間に合わず、びりっと頬に痛みが走る。追撃を【アザゼル】で防ごうとした瞬間、腹に衝撃を受けて吹っ飛ばされる。すぐに起きて膝立ちになりながら、前蹴りというかヤクザキックをくらったのだと認識する。完全にナイフに意識を持っていかれていた、そこでこれかよ。


「プレイヤーの筋力と動体視力なら、うまくやればナイフでも刀くらい捌けるんですよ」


 こいつ――プレイヤーの戦いかたじゃない。

 軍人――というか、対人戦のプロだ。


 追撃が来る、すぐに立ち上がり、牽制を込めて刀を突き出す。その側面をギャリリリッ! とナイフが滑り、筒を握る千影の指を狙う。【アザゼル】が間に合わなければ指を落とされていた。


「くそっ!」


 やりにくい。ひたすら噛み合わない。

 こんなやつもいるのか。こんな戦いかたもあるのか。腹立つけど――勉強になるわ。


 ズグッ!とナイフが千影の左太ももを浅くえぐる。耐刃ジャージでなければもっと深手だった。痛みを無視して刀を振るう。ボス男はひらりと後ろに跳ぶようにしてかわす。


 ――なめんな!


 無理やり突き放した――と思わせて、今度は千影から一気に距離を詰める。

 黒コウモリ戦でも使った必殺刀投げ。ボス男が左手でそれをはじく。同時に千影が低く潜り込む。残った右手のナイフが振り下ろされるが、それをかいくぐってカウンターの貫手。【アザゼル】で硬化した指先でガリッと腹をえぐる。ボス男が短くうめく。


 手応えあり――ようやくまともなのが一発入った。距離をとったボスが腹を押さえている。


「……やるじゃないですか。ここまでとは思いませんでした」


 感触的に、なにか防刃性のインナーを着ていたようだ。それでも千影の指先にはかすかに血が付着している。


 届いた。大したダメージじゃないかもだけど、届いた。届く、やれる。

 経験と技術の差は大きくても、単純なスピードならこっちが若干上だ。

 こいつの動きにも少しずつ慣れてきた。ここからが本当の勝負――え?


「――ああ、追いついたみたいですね」


 そのセリフと同時に、矢が二本、横合いから千影めがけて飛んでくる。とっさに一本を切り落とすが、もう一本が左脇腹に命中。「うあっ!」と悲鳴が漏れる。


「おや、そんなに痛かったですか? その防具なら大したダメージではないでしょう?」


 バレた。実はそんなに深く刺さっていなかったりする。わざと大げさに悲鳴あげたのに、油断させようと思ったのに。ちょっと恥ずかしいけど、とにかく矢を抜いて放り捨てる。


 ボウガンを構えた部下が二人いる。残りの三人は――その横を通り抜けて千影たちの側面に回り、テルコとギンチョのほうに向かう。


「スキルに注意しろ、絶対に殺すな。ウイルスを持ち帰れないなら、本人ごと持って帰るしかない」


 ボス男の英語での指示を受け、三人がナイフや剣鉈を構えたままじりじりと距離を詰めようとしている。テルコは膝立ちになって周囲を睨みつけている。ギンチョは投擲用のカプセルを手にしているが、どうしたものかわからずにおろおろしている。


「テルコ! ギンチョ!」


 くそ、テルコに槍を渡しておけばよかった。格下とはいえ、【フェニックス】で回復したとはいえ、丸腰のテルコでは武装した三人相手はきつい。


「らあっ!」


 テルコが飛びかかり、一人目を正面から殴りつける。顔面に拳を浴びた少年が吹っ飛び、残り二人がそれも構わずに距離を詰める。


 二人目の剣鉈をかいくぐり、拳を腹にめりこませ、フック気味に顎を撃ち抜く。さらに振り返りざまの裏拳で三人目を殴りつける。首筋にまともに受けてぐらっと傾く三人目――同時にバチッ! と爆ぜるような音が響き、二人がそろって地面に崩れ落ちる。


「テルコ!」

「テルコおねーさん!」


 三人目が握っていたのはスタンガンか。相打ち覚悟でくらわせたのか。音からして相当威力が高そうだ。


「さすがはケイトだ。三人とも彼女より年上で先輩なのですが。この一年でさらに磨きがかかったようですね」


 残りは千影とギンチョ、ボス男とボウガン持ち二人。

 ちょっと分が悪い。一騎打ちならまだしも、ボウガンが邪魔すぎる。

 いや、まだだ。ボス男さえなんとかすればひっくり返せる。


「……あの、降参してもいいですかね……?」


 などとハンズアップしながら、その手でこっそり【イグニス】のチャージを始める。

 三十秒稼げればいい、それで近づいてきたボス男を吹っ飛ばす。

 卑怯結構。相手がどうなろうと知ったこっちゃない。

 どんな手を使っても三人で生き延びる。それが再優先事項だ。


「そんなこと言って、あなたもスキルを持っているのでしょう?」


 男が腕を上げると、ボウガン持ちが千影に狙いを定める。


「スキルは厄介だ。ああ、嫉妬ですよ。私も一応スキル持ちですが、はっきり言ってザコスキルですから」

「えっと、スキル、なんですか?」

「内緒ですよ。あなたが先に教えてくれるなら考えますが」

「じゃあそちらが先に……」

「さあ、あまり時間もないことですし」


 くそ、なにかしゃべれ。なんでもいい。

 今日の天気? 好きなラーメン? 恋バナ? 日本のスゴーイネ話とか? ああ、気の利いたセリフが思い浮かばない。


 チャージが足りない。他に打てる手は――ギンチョのスタングレネード――はないのか。じゃあ煙玉乱舞で――いや、軍人のこいつに通用するかどうか。

 ちくしょう、もういい。とにかく【イグニス】ぶっ放してやr――


「かいじゅーーーーーーーーーーーー!」


 その場の全員の動きが止まる。千影も半身のまま振り返る。


「かいじゅーーーーーーーーーーーー!」


 えっと、なんだろう。

 ギンチョが空に手を掲げ、さけんでいる。

 つられてみんな空を見上げる。崖に切りとられた狭い空は、特に変わった様子はない。


「かいじゅーーーーーーーーーーーー! たすけてーーーーーーーーーーーー!」


 あ、呼んでるのか。クリーチャーを。

 UFOじゃないんだから。いや、ほんとに来たとして、助けてくれんの?


「シャラップ!」


 テルコにやられた三人目が、ふらふらと立ち上がりながら怒鳴りつける。ギンチョは一瞬怯むが、それでも「怪獣をお迎えするポーズ」を続ける。


「かいじゅーーーーーーーーーーーー! ぎゃわぼでーーーーーーーーーーーー!」


 さけびは途中から涙声に変わっている。

 と――ばさっばさっと聞こえる。遠くのほうから、羽ばたきのような音が。


 もう一度、全員が空を見上げる。光が遮られ、影が覆う。千影は危うく刀を落としかける。


「……マジかよ……」


 緑と黒のまだら模様の巨体。青い縁を帯びた二対の翼、鋭い爪を持つ四本の足。

 ギンチョくらいなら一口で飲み込めそうな嘴。そして地上を見下ろす金色の目。

 間断のない羽ばたきが重なって轟音となる。

 エリア16を代表するレアクリーチャー、怪鳥ヘルファイア。頭上を旋回し、ここに降り立とうとしている。



「ぎゃわーーーーーーーーーーーー! ほんとにきたーーーーーーーーーーーー!」


 呼んだ本人が一番驚き、一番泣きさけんでいる。


 つーかさ、なんで来るの? このへんにいないんじゃなかったの?

 呼んだら来るって、どんな確率だよ? まさか――【ザシキワラシ】効果?


 さすがのボス男も状況を呑み込めていない。レベルの低い部下たちは完全に気圧されている。いや、気持ちはわかる。こいつを目の前にしたら。


 怪鳥ヘルファイア――とにかくでかすぎる。翼を広げるとあの黒ワニよりさらにでかい。そしておっかない。顔も図体も色も羽ばたきの音もなにもかも。


 で、こいつ来たけど、このあとどうなるの?

 助けてくれんの? ていうか、全員食われるだけじゃね――?


「ピ・ビャ・アアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 頭上でヘルファイアが咆哮する。そして――急にふらふらと蛇行しはじめ、岩壁に身体をぶつけ、そのまま墜落する。ずうん、と地面が揺れる。


 もうもうと土埃が舞っている。からからと岩のかけらが降り落ちて、やがてあたりは静まり返る。

 怪鳥はもはや動かない。嘴からはだらなく舌が投げ出され、目尻から血が伝って落ちる。


「………………ほえ……?」


 ギンチョの間抜けな声以外、誰も一言も発しない。

 ギンチョの願いは空に届き、確かにかいじゅーは来た。そして死んだ。

 は? なに? なんで? どういうこと?


「………………聞こえた……」


 と思ったら、声がする。怪鳥の死体のほうから。


「……ボクのギンチョが……助けを呼ぶ声が……」


 緑色の羽毛から、白いシルエットが立ち上がる。


 白い髪、白い体毛、ふさふさの尻尾。透き通るように白い肌、非現実的なまでに美しい顔立ち。

 すらりとした四肢とそれに不釣り合いな巨乳。もう一度言う、巨乳。


「……んで……これってどういう状況……?」


 〝白狼〟こと直江ミリヤは、無表情のまま首をかしげる。


「……つーか、ギンチョの猫耳……オニカワすぎて、鼻血出るんですけど……」

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