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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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6-3:【グリンガム】

 さっきからぺらぺらと英語でまくしたてるような会話が続いている。まったくもってついていけない。

 リスリング勉強しようかな。日本語でさえ日常会話に困ること毎日だけど。


 千影の背中にひっついているギンチョは、剣呑な気配を察して神妙にしている。英会話もきちんと理解できているはずだが、さっきから「ぺらぺら」「ぐー」「ぺらぺら」「ぐー」と腹の虫でテルコたちの会話に合いの手を入れているので緊迫感が台無し。


 とりあえずやることもないので、千影は周囲をちら見して現状を把握しておく。


 テルコとあの男は知り合いのようだ。血縁者ではなさそうな気がする。年齢差からいって、昔の上司とか先生とか? 日本人ではないし、雰囲気からしても彼が〝あいつ〟ではないと思う。テルコの態度は友好的どころか敵対的だ。まあ、友好的だったらこんなリンチ寸前みたいな状況になったりしないだろう。


 彼らとなにかトラブルでもあった? なんか揉めてブチギレたとか?

 こんな物騒な憎まれかたってある? よっぽどブチギレたとか?


 周りの部下と思しきやつらは、防具は作業着みたいな服の上に安物っぽいプロテクターをつけているだけだ。装備と雰囲気からして、せいぜいレベル2程度。

 二人くらいボウガンを持っているのがちらっと見えた気がする。顔を隠しているからはっきりしないが、みんな結構華奢で、プレイヤーとしてはかなり若そうだ。ボウガン持ちらしき二人に至ってはたぶん年下だ。


 だけど、あの男だけは別格だ。同じように貧相な装備なのに、立っているだけで全然隙がなさそうに見える。これで強くなかったら詐欺だ。


 あの男がリーダーだとすると、彼が機嫌を損ねたりしたら一斉に襲ってくるのかもしれない。超嫌だ。


 ボウガンが一番邪魔くさい。ダンジョンでは継続戦闘に向かないのとクリーチャーに有効ではないということで、これまであまり飛び道具は流行っていなかった。でも最近になって、レベル2とか3のクリーチャーにも効くくらい威力が高くて軽い製品も出てきたらしい。ショートカットが本格利用されはじめれば、いずれ飛び道具ブームが来るかもしれない。改正銃刀法もまた改正されるかもしれない。


 ともあれ、彼らが持っているボウガンがどこまで上等なものなのか。サムライ・アーマー製のジャージを貫通するほどではなかったとしても、あるいはレベル4プレイヤーの筋肉を貫くほどではないとしても、当たったら痛いし運が悪ければもちろん危ない。超怖い。


 ギンチョに投擲の用意をさせるか? マイルド・スタングレネードが在庫切れで補充できなかったのが悔やまれる。

 いや、そもそもごそごそやっていたら警告なしに撃ってくるかもしれない。とりあえずやれることとしては、万が一に備えて【イグニス】をチャージさせておくくらいか。


 チャージ方式のスキルというのは、こういうときには意外と便利だったりする。たとえば、他人の目からは「腕に光が集まっていく……!」みたいな明らかな外見的チャージ中サインはない。自分ではそこに熱が高まっていくような感覚があるので、「今溜まってまっせー! 撃ったらこんくらいの威力でっせー!」というのがなんとなくわかる。


 そろそろ一分を超える頃か。左腕の熱さからいって、かなり溜まってきている感じはある。こんなの撃たなくて済むのが一番だけど。人に当たったらそれこそ熱いじゃ済まないし。


 ていうか、話全然聞いてないわ。どういう状況なの? 僕たち襲われるの? 撃たれるの? なんも悪いことしてないのに。だいぶチャージも進んできたんで、そろそろ誰か教えて。


「あのう、えっと……よかったら、日本語で話してもらっていいですかね……?」


 というわけで、そう素直にお願いしてみることにする。ちゃんと挙手をして、怒られないようにおそるおそる尋ねてみる。


「タイショー……わりいんだけどさ、これでお別れみてえなんだ」

「は?」

「こいつら、オレの国の仲間でさ。失踪したオレをさがしてたみてえだ」


 言いながら、テルコは耳に触れてみせる。千影はその意図を察する。


「オレ、こいつらにカミ迷惑かけちまって、そんで気まずくなって脱走して、ダンジョンのヒキコモリになってたんだけどさ……許してくれるっつーから、とりあえずこいつらと一緒に帰ることにする。だから、ここでお別れだ。今までありがとな」

「……おわかれって……なんでですか……?」


 ギンチョの泣きそうな声が予想外だったのか、テルコが言葉に詰まる。


「……カミ世話になったな、パイセン。お前に会えてよかったよ」


 そして千影に目を向け、口を動かす。


「――――――」


 口の中だけでつぶやかれた言葉を、千影は【ロキ】で聞きとる。表情でそれを伝える。


「ありがとうございました」


 男がイントネーションのぎこちない日本語で言う。軽く会釈する。


「私たちの同胞のために骨を折っていただいたようで、感謝します」

「あ、え、いえ……」


 百パー社交辞令というか嘘というか、わかっていても目を合わせると照れる。


「つーわけで……チカゲ!」


 テルコの合図に合わせ、千影はギンチョを抱えて地面に倒れ込む。

 視界の端で見る。巨大な光の鞭が、あたり一帯を薙ぎ払う光景を。



 ――オレが手を挙げたらしゃがめ。

 ――そのあとはとにかくギンチョを抱えて逃げろ。


 それがテルコのメッセージだった。交渉が決裂したのか、それとも最初からそのつもりだったのか知らないが、とにかくテルコの言われるままにした。


 千影の胴回り以上はありそうな巨大な鞭が、ブォォォォッ! とうなりをあげて頭上を通りすぎていく。遮蔽物ごと周囲の部下どもを吹き飛ばし、あたりを覆うほど土埃を巻き上げる。


 千影はギンチョをマグロ漁みたいな姿勢で抱え、走りだす。後ろからすぐにテルコもついてくる。


「あっはっはっは――」


 なんか笑いがこみあげてくる。もうわけがわからない。笑うしかない。


 それにしても、あれはたぶん【グリンガム】だ。ダンジョン光子の鞭を具現化するスキル。もちろん初めて見たけど、腕が伸びるアビリティ【ニーズヘッグ】と腕が巨大化する【ナマハゲ】をガッチャンコして必殺技にした感じだ。


 そうか、思い出したのか。スキルの分析表のスキル欄の〝????〟はこれだったのか。

 というかテルコ、会話中にチャージしていたのか。いやー、気が合うわー。


「テルコっ、なんでっ、逃げなきゃっ、いけないのっ?」


 スピードを緩めてテルコに並び、尋ねてみる。彼女に先導してもらわないと迷子不可避。


「あいつらっ、お前らっ、殺すかもってっ!」

「ファッ!? なんでっ!?」

「あとで話すっ! 今は逃げ――」


 テルコの身体がぐらりと揺らぐ。倒れそうになるところにギンチョが手を伸ばす。いや、お前がそれしたら――

 三人もろとも絡まってずざーっと地面を滑る。千影がとっさに仰向けになって二人を受け止めるが、背中がこすれて熱い。


「まさかスキルまで持っていたとはな。ピンハネにしても、度がすぎるんじゃないか?」


 後ろからあの男がやってくる。ボウガンを手にしている。それでテルコを撃ったのか。

 テルコの右太ももの裏に、銀色の矢が刺さっている。テルコはそれを無理やり引き抜く。短くうめくだけで堪える。傷口はそう深くないものの、ぼとぼとと容赦なく血が落ちる。


「ギンチョ、傷口に【フェニックス】! テルコ、ギンチョを頼む!」


 この男がボスなら、こいつを捕まえてしまえば終わりだ。他の部下どもはまだ追いついていない。今すぐここで決めるしかない。


「へえ、私とやるつもりですか? 勇敢ですね、見かけによらず」


 そう言いながら、ボス男は悠然と近づいてくる。


「いや……どうなんでしょう……?」


 先に撃ってきたのは向こうだし正当防衛――あ、先にスキルぶっ放したのこっちか。でも囲まれてたし。まあいいや、あとで考えよう。


 千影はばっと左腕を突き出し、【イグニス】――のチャージが切れていることに気づく。恥ずかしさを振り払いながら〝えうれか〟の刀を抜く。

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