6-1:ケイトの記憶⑤
エリア16で人気の少ない場所をさがし、洞穴でも掘って拠点にしよう。ノブがそう提案した。
全長で十数キロにも及ぶ広さ、セーフルームのないエリア、しかも場違いに強いレアクリーチャーの存在もある。レベルの低い〝ワーカー〟がおいそれと顔を出す可能性も低い。確かに隠れ家を設けるにはうってつけのエリアだ。
「ヘルファイアにだけは気をつけないと。ただ、出現するエリアは限られてるっぽいし、用心しとけばめったに会わないはずだから。マップを頭に叩き込んどけよ」
エレベーターから離れ、他のエリアとの経路からも若干外れたところ、ヘルファイアの想定出現エリアからも離れたところで、彼女は偶然にも岩にふさがれた洞穴を見つけた。
岩の裏側に頭を突っ込まないと見えないし、岩をどかさないと入れない。二人の倍以上はありそうな大岩だったが、ノブがスキル【ナイトメア】で見事真っ二つにした。彼女もスキルがほしくなった。
洞穴の入り口は狭く、その奥にちょっとした広さの空洞があった。彼女が同胞数人と同居していた部屋よりも広い。
懐中電灯で照らしてみると、奥になにか小さな小箱のようなものが落ちていた。白っぽく反射するそれは――アビリティウイルスのシリンジが入った小箱だった。とっさに駆けだした彼女を、ノブが制止した。
「待て、ケイト――」
ノブと一緒でなかったらおそらく死んでいた。気が逸って罠のスイッチを踏みつけ、壁から無数の虫がぶうううううううううんと羽音を重ねて襲いかかってきた。爪くらいのサイズの、羽のある芋虫みたいな気持ち悪いやつだった。おそらく毒を持つ種類。
いち早く察したノブがケイトを外まで引っ張り出し、中に煙玉を放り込んで岩の破片で穴をふさいだ。一時間ほどして岩をどかし、もう一時間後にマスクをして中に入り、虫が死んでいるのと他に罠がないのを注意深く確認してから、ようやく小箱を手にとった。
「聞いたことないアビリティだ」箱を見て、ノブが目を丸くした。「どう使ったらいいのかわかんないけど……でもすぐに売っちゃうのアレだし、もしかしたらトレードに使えるかもしれないし……とりあえずキープしとくか、二人の共有財産ってことでな」
しばらく煙くささがとれなかったその穴を、二人の隠れ家にすることにした。虫を片づけ、念のためさっきの罠のスイッチを壊し、中を掃除した。ヘルファイアの出没エリアからも遠いし、近くに水場もある。
「周囲の風景の色を反映する布があるんだ。ステルスキルト。待ち伏せや奇襲を多用するレンジャー系のプレイヤーがマントとかに使うやつ。あれを入り口にかけとけばたぶん見つからないだろう」
「内装はどうする? 私は別にこのままで生きていけるけど」
「いやいや、最低でも人間らしい生活しなきゃ。まずベッドだな。なにを置いても」
「なに考えてんの?」
「そそそそういう意味じゃねえし」
それからの一年は、彼女にとって夢のような日々だった。
二人でエリア20まで進んで、危うく死にかけて引き返した。
ノブが持ってきてくれたアニメ動画で日本語を勉強した。寝るのも忘れて夢中になり、充電用バッテリーを使い果たすと、ノブが戻ってくるのが待ち遠しかった。
エリア15のクリーチャーズハウスでまたも死にかけたが、念願のスキルを手に入れることができた。
ブラジャーのサイズがどんどん合わなくなってきて、ノブに調達を頼んだら微妙な顔をされた。
エリア16近辺のクリーチャーのどれがうまくてどれがまずいか、おおよそ把握するまでに三カ月はかかった。
エリア10の温泉まで足を伸ばした。あんなに広い浴槽は生まれて初めてだった。
ノブが地上で買ってきたジャンクフード、これ以上ないほどうまく感じられた。
エリア17の巨大樹の森でクリーチャーの群れと死闘を繰り広げ、二人そろってレベルアップした。
アニメの二丁拳銃使いの海賊ヒロインに憧れて、日本語での乱暴な言葉遣いマイブームになった。ノブには呆れられるようになった。
槍使いの女用心棒を描いたファンタジーアニメに憧れて、ノブのお古の槍をもらってひたすらその腕を磨いた。
笑みの表情をつくることに慣れていった。
感情を素直に表すことに慣れていった。
エリア15のセーフルームで、以前シリンジ目当てで身体を売りかけた相手と再会した。彼女がキレるより先にノブがキレて、なだめるのに苦労した。いつもと逆のパターンで、ちょっとおかしかった。
彼女が心配だからと、ノブは頻繁に隠れ家に泊まるようになった。
自分の汚れた身体を、彼は綺麗だと言ってくれた。
そして一年がすぎ、八月五日、赤羽ダンジョンのアップデート当日。
そのとき二人は、ダンジョンの中にいた。
ケイト=テルコにはまだ謎が残っていますが、ここから……。
引き続きよろしくお願いします。




