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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
119/222

5-7:夜這い

 マンガのキャラかフィギュアかというほどスタイル抜群のシルエットが浮かんでいる。


 引き締まった腕、くびれた腰、ハリある太もも、きゅっと上がったふくらはぎ。

 そして乳、さらに乳、なにより乳。大きくてハリがすごい。呼吸に合わせて()()がかすかに上下している。

 そして、股の間にある()()もぼんやり見えている。


「おかしいと思うか? やっぱり」


 音量を小さくしているのもあって、テルコの声はどことなく切なげに聞こえる。それがむしろ色っぽい。


 なんと答えたものか、頭を回転させる。動揺してものすごい乱回転になっている。宇宙飛行士が訓練でぐるぐるやるアレみたいな感じ。なんで裸なの? なんでそんなこと訊くの? なんて答えたらいいの? どうしたらいいの?


「いや……その……あう……えと……」


 たぶんいくら考えても正解なんて出てこない。もう正直に答えるしかない。


「ぶっちゃけ……戸惑ってはいる。だけど、おかしいとは思わない、かな」

「どういう意味だ?」

「えっと……だって……変な身体のプレイヤーはいっぱいいるから。エラがあったり、腕が二本多かったり、尻尾生えてたり三メートルあったり……黒コウモリのときにも見たと思うけど、ギンチョだって見た目は普通だけど、普通の女の子じゃない。あ……普通ってのは、地球上の大半って意味で、当たり前って意味じゃない。あの……言ってること、わかる?」

「ああ」

「サウロンも言ってた気がするけど……赤羽にダンジョンが来たときから、もう見た目が普通だとかおかしいとか、中身が化け物だとか、そういうのって意味なくなったんだ。そういうので判断する時代は終わったんだと思う……って僕なんかが偉そうに言って申し訳ないけど……」


 少し間を置いて、テルコは笑いだす。くすくすと、背中を丸めておかしそうに。


「小難しいこと言いやがって。女が訊きたいのはそういうことじゃねえんだよ、チェリーのタイショー」


 そして千影にのしかかるように四つん這いになり、両脇の床に手を置く。垂れ下がった栗毛が千影の頬に触れる。ほんの十数センチ上に、テルコの顔がある。


「どうしてこんな身体になったのか、まだ思い出せないんだけどさ……気持ち? ハート? 的にはオレは()()()()()()女みたいなんだな。百パーセントかって言われると、自信ないんだけど」


 心臓が痛い。寝室のギンチョまで聞こえそうなほど鼓動している。あと、れっきとした、だ。


「タイショーにはさ、カミ世話になっちまって。命を助けてもらっただけじゃなくて、記憶さがしに付き合ってもらって、しかもこんなによくしてもらって。メシもうまいし寝袋もふかふかだし。サンキューしてもサンキューしきれねえって思ってさ」


 荒川でバタフライしていた目がテルコの目とかち合う。逸らせない。うまく呼吸できない。トイレに行ったら速攻吐ける。


「だからさ……こんなことでもしねえと、恩を返せねえかなって」

「……かひゅっ(喉から変な音)」

「ん?」

「ああああ、いや……そそんなさ、どばばばば、べべべべべ別にさ、恩返しとかなんとか、どぼぼぼぼ……」

「オレじゃダメか? こんな身体だから?」


 くああ。反則。無理無理、そんな風に言われると、こっちのスペックじゃ反論不可能。


 テルコが身体を預けてくる。すなわち、タオルケット越しに身体を密着させてくる。

 なにこの異次元の柔らかさ。なにこのとろけるような温かさ。こんなもん頭ががががが。


「チカゲの……オレなんかがもらっちゃダメか?」


 ずるい。名前呼びも耳元のささやきもずるい。首筋に息がかかってさあ大変。

 ダメかって、そんなんあんた。どストレートな。


 テルコは自分なんかにはもったいないくらいの美人で、スタイル完璧で、そりゃ見慣れないっていうかむしろ見慣れたもんがついてるけど、そういうので判断するのも人間としてどうかなって思ったりもするし。つーか身体は正直だし。チャージされまくってるし。絶対バレてるし。


 いやいやいやいやいやいやいあいあいあいあいあいあ。

 やりかたわかんないし。そんな度胸ないし。心の準備できてないし。

 つーかこういうのって大事だと思うし。思ってる? 思ってないかもだけど、思ってるし。

 少なくとも……今は……まだ……――。


「……ダメじゃない……」絞められた鶏の断末魔みたいな声が出る。「……けど……今は……ダメ……だと思う……」

「……なんで?」

「……仲間だから……今は……だから……全部終わってから……」


 七割本音、三割逃げ。

 ごめんごめん。ほんとごめん。世界中のみなさんほんとごめんなさい。

 だってさ。「「じゃあ、お言葉に甘えてごっつあんです」なんてできるくらいなら十八年も早川千影(ヘタレ)やってないわけで。

 せめて、せめて三日くらい時間があれば。

 じっくり心の準備を整えて、ググール先生に必要知識を教わって。

 ああ、女の子からこう言ってくれたってのに。この先二度とチャンスなんてないかもなのに――カスでごめん。人生で今一番ごめん。


 呆れられるかな、嫌われるかな。ああ、テルコに嫌われたらヘコむなあ――なんてビクビクしていると、テルコは数秒のきょとんのあと、ぷっと噴き出す。身体を離してからも必死に笑い声を押さえ、目をごしごしとこする。


「いやあ、残念だな……そんな震え声で『……仲間だから……』とか言われたら、もうなにもできねえじゃんか。これでもだいぶ本気だったんだけどな」


 すいません。声が出ない。


「じゃあ……続きはオレの記憶が戻ってからだな。そうすりゃタイショーも気兼ねなくヤレんだろ? それまでによそで捨てたりすんなよ、タイショー?」


 え? 怒ってないの?

 しかも、こんなヘタレにまたワンチャンくれんの?

 うん、どうなるかわかんないけど、それまでにぐぐっとこう。鍛えとこう。

 ていうか、嫌われなくてよかった。それが一番嬉しい。


「にしてもさ、ジャパニーズってのはやっぱりシャイなんだな。そういうリアクション、なんかちょっと……懐かしい感じがしたよ」

「……記憶を失う前のこと、だよね?」


 テルコはうなずく。目を細め、わずかに口元を緩ませる。


「たぶんきっと、そういうやつがいたんだ、オレのそばに」


 その横顔を見て、ようやく千影は硬直から解放される。手を持ち上げようとしている自分に気づいて驚く。

 あれ、なにしようとしたの? テルコに触れようとしていた? いやいや、そんなんあかんケーサツだわ。逮捕だわ。何罪?


「思い出してやんないとな。そいつが誰で、今どこにいるのか。オレにとってなんなのか。今もオレを待ってるかもしんないからな、タイショーみたく下半身チャージしまくりながら」

「(やっぱりバレてた)」


 テルコは首をすくめ、笑う。千影の腹をぼすんと叩く。


「明日、きっとなにか思い出せる気がする。思い出さなきゃいけない気がする。だから、よろしくな、タイショー」


よろしければブクマ、評価、感想などよろしくお願いします。


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