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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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5-5:【ザシキワラシ】

「アビリティって、ちーさんのおててぎんぎらぎんとか、ミリヤおねーさんのふさふさしっぽとかですか?」

「そうだね。基本的には新しい能力が付与されたり肉体が変化することになる。今回手に入れたのは見た目が変わらない系」


 【イグニス】を手に入れたとき、ギンチョは自分で使いたいと言っていた。この子もプレイヤーらしく、アビリティやスキルへの憧れがあるのだろうと思った。


 それは当たっているようで、ギンチョはぱっと目を輝かせる。でもふっと思案顔になり、もじもじしだす。


「……でも……」

「……ん?」

「……わたしがつかっても……やくにたてないかも……」


 千影とテルコが顔を見合わせる。そしてぷっと噴き出す。一丁前に遠慮してやがる、と江戸っ子親父的な気分を味わう。


「ギンチョ、そんなことないよ。あのコウモリ怪獣を倒せたのもギンチョのおかげだから」

「ほえ?」

「そうだぜ。お前の投げたピカッ! キーン! のアレと、そのあとのかいじゅーモード? 憶えてねえかもだけどさ、すごかったんだぜ? あれがなけりゃオレらもやばかったんだって」


 ギンチョの【グール】について、千影は「たくさん痛いことがあると発動するかいじゅーモード」という風にマイルドに伝えてある。それでも彼女はそれを恐れている、自分が無意識のうちに他者を傷つけてしまうのでは、と。


 だから、それに助けられたという事実があるなら、きちんと伝えるべきだと思った。テルコにもそう共有しておいた。まあ、一度はテルコに襲いかかったことは内緒にしてもらっているけど。


「だから、サンキューな。さすがギンチョパイセン、お前はいいかいじゅーだ!」


 テルコがギンチョの癖っ毛をわしゃわしゃする。ギンチョの目がちょっと潤んでいる。


「テルコと話してたんだ。チームごとにいろいろルールはあると思うけど……今回はあいつを倒すのに一番活躍したギンチョに、あいつがドロップしたそれを使う権利があるって。ていうか、アビリティ名と効果を見たときからギンチョにぴったりだなって」


 だからサウロンに確認しに行った。どうにかこれをギンチョに使ってあげられないものかと、藁にもすがる思いで。チョコまみれの口であっさり「できるよ」なんて言われるとは思わなかったけど。


「あー、そういや、まだなんのアビリティか教えてなくね? つか、それを教えないとギンチョも決められなくね?」

「確かに」


 千影は寝室のリュックから小箱をとり出し、居間のちゃぶ台に置く。銀色の箱を裏返すと、英語でアビリティ名とその効果が書かれている。三人で囲うようにそれを覗き込む。


「【Zashikiwarashi】……昨日も聞いたけど、なんだっけ?」

「【ザシキワラシ】。屋敷に住みついて家主に幸せをもたらすって言われてる、子どもの姿をした日本の有名な妖怪」


 これほどギンチョにぴったりな名前のアビリティがあるだろうか。明智や丹羽なら激しく同意してくれるだろう。直江なら鼻血を噴くだろう。


「なるほど……ドモヴォーイみたいなやつだな」

「どもぶぉーい? なにそれ、海外の妖怪?」

「わかんねえけど、なんか今、頭に浮かんだんだよな」

「ほう(あとでぐぐってみよう)」

「んで、【ザシキワラシ】の効果は……『幸運(ラック)に恵まれる体質になる』……よくわかんねえな」

「本来の座敷わらしと違って、本人の運がよくなるってことだと思うけど……実際に試してみないとわかんないね。どういう意味なのか、どれくらい運がよくなるのか、それでなにができるのか」


 こんなにも説明が抽象的なアビリティは他に聞いたことがない。運なんて遺伝子と関係ない気もする。


「ただまあ、記載どおりならデメリットはないと思う。ていうかこれ、実はネットさがしても入手例が一件しかない超絶レアアビリティなんだよね(他にもいるかもだけど)」

「マジか……」

「その人がどうなったのかの続報もなくて、どういう効果なのか謎のままで、ほとんど都市伝説みたいになってて……とにかく超絶レアなのは間違いないから、売ったら一千万とか超えるかも」

「マジか……一生遊んで暮らせるじゃねえか……」

「暮らせないけどね」


 空のシリンジを売るだけでも下手すると数十万くらいになるかもしれない。そんなことを考えると手が震えそうになる。というか震える。


「ギンチョ……こりゃやるしかないんじゃね? ザシキワラすしかないんじゃね?」


 まあ、売るというのも一つの手ではある。その資金を装備や道具に投資すれば、しばらくは安全でセレブなプレイヤー生活を送れるだろう。


 でも、装備に関してはあの鉤爪で〝えうれか〟以上の武器がつくれそうだし(詩織の見立てでは)。換金したとして、いざほしいとなったときに同じ額で買い戻せるかどうかもわからないし。


 どちらにせよ、ギンチョに決めてほしい。まだ子どもだけど、仲間だから。


「ギンチョ、もっかい言うけど、僕もギンチョに使ってほしいと思ってる。でも、自分の身体のことだから、自分で決めていい。考える時間がほしいなら、今すぐじゃなくてもいいし」

「……これがあれば、もっとちーさんのやくにたてるですか?」


 千影は首を振り、ギンチョの頭をくしゃっと撫でる。


「これがあってもなくても、ギンチョは仲間だよ」


 あー、コミュショーがなに言ってんだろう。でもまあ、今はわりと真面目にそう思ってるし。あとで恥ずかしくて枕に顔を埋めることになるかもだけど。


 ギンチョは唇をきゅっと結び、箱を手にとる。


「……わたし、つかいます!」

「あ、言い忘れてたけど、ちょっとだけチクッとするよ」


 彼女の中でかたまったはずの決意が、その一言でちょっと揺らぐのを千影は見逃さない。



 ぷしゅ、と空気の漏れる音とともに、シリンジの液体がギンチョの体内に注入されていく。スリットから覗く中身が空になると、ギンチョは大きく息をつく。だいぶビビりすぎて出産するウミガメみたいな顔になっていたが、無事に終わって安心感もひとしおのようだ。


「ギンチョ、なんか変わった感じあるか?」

「おなかすきました」

「平常運転だな」


 効果検証はあとでするとして、間もなくテルコのボルシチっぽい煮込み料理が完成する。食器を並べ、三人でちゃぶ台を囲む。


 おそるおそるスープをすすってみる。初めて食べる味だけど、うまい。いい意味で家庭っぽいというか。千影には出せない味だ。


 ギンチョは二杯おかわりする。ごはんも二杯おかわりする。食べ残されたにんじんがお椀の中で悲しげだ。野菜をおいしいと感じられるアビリティの登場が待たれる。


 テルコがこともなげにギンチョのにんじんを自分の口に放り込み、千影がギンチョの口に野菜ジュースを流し込む(ギンチョ白目)。みんなで食器を片づけたあとで、「じゃあ試してみようぜ」とテルコがギンチョにじゃんけん勝負を挑む。


 無駄に白熱したそれは、ギンチョの十五勝十六敗に終わり、居間に微妙な空気が流れる。


「……明日、なんか他のことで試してみよう」

「……はう……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「だから、サンキューな。さすがギンチョパイセン、お前はいいかいじゅーだ!」 なるほどこれが6−4の >「かいじゅーーーーーーーーーーーー! ぎゃわぼでーーーーーーーーーーーー!」 に…
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