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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
115/222

5-3:テルコの行方、アビリティの行方

 黒コウモリとの死闘から明けて、八月七日、月曜日。


 ギンチョとテルコを連れて近所の牛丼屋で朝食をとり(はふはふギンチョは当然としてテルコも「カミうめえ!」といたく気に入り)、スーパーで昼食と夕食の買い出しをする(ギンチョが肉を二キロほどカゴに入れるので半分以上戻す)。

 荷物をアパートに置き、二人に留守番を頼み、今度は千影一人で出かける。久しぶりに一人での外出だ。


 まずは古田の店で装備品の修理修繕の依頼(袖を食いちぎられたギンチョのジャージを見て「あの子はだいじょぶなの!?」と問い詰められる)、それと村正製作所宛てに黒コウモリの鉤爪を預けておく。

 次に明智と合流してIMODの人と面会。予想はしていたけどきつい時間になる。

 それから地上勤務中だった前野医師と連絡をとって事実確認。

 最後にサウロンに会う。「昨日電話でもちょろっと話したけど、ギンチョの件で――」、ジュナサンで一時間近く話し込むことになる。


 なかなかタイトなスケジュールだったので、アパートに戻る頃には夕方になる。ドアの向こうからいいにおいがしてくる。ダイニングにギンチョとテルコがいて、なにか鍋を使って煮込んでいる。


「おかえりなさいです、ちーさん」

「おかえり、タイショー。夕メシはもうちっと待ってくれな。たぶんカミうめえぞ」


 にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、ウインナー、ベーコン、豚バラ。トマトピューレも入れたのか、スープが赤い。


「これ、もしかしてボルシチってやつ?(食べたことないけど)」

「よくわかんね。なんかこういうの、前につくったことがある気がした」


 今朝買い込んだ肉類が大量にぶちこまれている。飢えたチビっこはおかえりなさいのときも鍋から目を離さず、口の端によだれをにじませている。


 テルコの態度は昨日と変わらない。千影も極力、そういう風に接しようとは思う。でも――まずはちゃんと話しておかないといけない。


半陰陽(インターセクシャル)……ってやつだって、前野先生から聞いた。テルコの身体」

「ああ……なんかそんなこと言ってたな。オレにはさっぱりだったけど」


 難しい話は千影にはわからない。とにかくテルコは、女性の身体に男性器も持っている。フィクションで見たことがある両性具有というやつだ。ただ、彼女の場合は少し違うらしい。


「僕もよくわかってないんだけど……テルコの血液から調べた限り、染色体レベルでは女性(XX)? 女性の身体になぜか男性器がついた状態とか? なんかそんな感じらしい。詳しいことはもっと身体を検査してみないとわかんないみたいだけど」

「まあ、わかったところでどうにかなるもんかな。別にこのとおりケンコータイだから、ドクターの仕事の邪魔すんのもヤボってやつじゃね?」


 いやいや、むしろすごく大事なことだと思うけど。

 テルコは医者に対してなにか特別なリスペクトのようなものがあるのだろうか? あまり医者のいない国で育ったとか?


「そういう特徴のある身体なら、特記事項のあるプレイヤーが過去にいたんじゃないかって。だけど残念ながら、IMODにもD庁にも該当者はいなかったみたい」

「そっか」

「可能性としては、なんらかの方法でそれを隠して免許を取得したか。もしくは免許をとったあとで――ダンジョンウイルスでその身体になったか。明智さんたちはたぶん後者だって推測してる」


 千影がプレイヤーになるより少し前、あるアビリティが発見されてネットで騒動になった。

 【バフォメット】――【フェンリル】や【トロール】と同じ肉体変異型のアビリティで、異性の性器と生殖能力を得ることができるらしい。

 他の肉体変異型と違って、ダンジョン内の生存能力として有利な特性が付与されるわけではない。『誰がどういう目的で使うんだ?』とネットで騒ぎになり、人権団体まで巻き込んでちょっとした論争になった。


「もしかしたらテルコは、その【バフォメット】を投与したのかもしれない。???? ってコッパーちゃんの鑑定に書いてあったアビリティ。それなら明智さんが言ってた遺伝子の変異? についても説明がつくし」

「なるほど……もしかしたら、それも忘れてることのヒントになってるかもな」


 だとしても――どうしてそんなものを使ったのだろう? そうすることでなんのメリットが? そういう嗜好があったとか、あるいは自分の性自認に対して思うことがあったとか?


 それについても、記憶をとり戻せばはっきりするのだろうか。知るのが少し怖い気もする。


「それと、昨日テルコをうちに置いた件で、IMODの人に会ってきたんだけど……実はちょっといろいろ言われちゃって……」


 明智と同伴で、テルコにタグを渡した担当者とその上司と話をしてきた。ちょっとというか、結構ネチネチと言われることになった。「自分たちが保護した彼女を勝手にそっちのポータルに引き込んで、しかもポータルの外に出してしまうなんて。彼女が地上でなにか問題を起こしたら誰が責任をとるんだ」と。


 それに対してD庁の悪魔も慇懃無礼な態度で応戦、「記憶喪失の娘っ子を一人でダンジョンに放り出すのがおたくの保護ってやつですかぁー。野生動物より扱いひどくないですかぁー」と。お互いにいい大人であり、あるいは組織としてお互いにモメたくないという意図もあり、本格的な舌戦にまでは発展しなかったものの、千影にはじゅうぶん恐怖の時間だった。


「IMODの人としては、今すぐイワブチポータルに戻ってほしいってことだった。じゃなければうちは、なにがあっても責任はとれないって」

「……そっか……マジでごめんな、やっぱりメーワクかけちまったな……」


 テルコがお玉から手を離し、鍋にかけた火を落とす。


「あ、いや……んで、テルコは僕んとこにいてもらうことになったんで……」

「へ?」

「ケツ持ちは明智さんつーかD庁ってことで、地上にいる間は僕が目を離さないでいるって条件で……テルコがそれでよければだけど……」

「は?」


 テルコは口をあんぐりしている。横のギンチョも口をあんぐりして鍋とテルコを交互に見上げている。


「いや、え、なんで? なんでタイショーがそんな……」

「だってまあ……僕らはテルコの記憶さがしの手伝いをして、テルコは僕らを助けてくれるって、そういう約束だし……」


 本音で言えば、これ以上彼女の事情に深入りする合理性もメリットもない。だからと言って、今すぐ彼女を放り出すというのもさすがに人でなしすぎる。ギンチョも賛同しないだろう。


「でもよ……タイショーはだいじょぶなんか? D庁にもIMODにも睨まれんだろ?」

「いやまあ、IMODはぶっちゃけそんな関係ないし……D庁のほうは、こないだ結構大きな貸しつくったところだし、日頃さんざんあくm……明智さんとかにこき使われてるし、少しくらいワガママ通してもバチは当たんないっていうか。僕がお願いしたら余裕だったよ」


 実際はめっちゃヘコヘコ頭下げたのは内緒。むしろ土下座しなかったことで最後の一線を守ったと自分を褒めてやりたい。


 意外だったのは明智だ。だいぶ渋い顔をしていたものの、すぐに電話で上司と話をつけ、「自分が責任を持つ」とまで言ってくれた。「こういうのは大人の役割だからな」とけろっとしていたが、「あとでこっちのヤマも手伝ってもらうかんな」と付け加えるのも忘れなかった。


 ――あたしの本音としては、あんたらにはあの子の件に関わってほしくないと思ってる。


 別れ際、明智はそんなことも言っていた。


 ――あの子の記憶が戻ったとき、そこにある真実が幸せなものとは限らないからね。


 悪魔の予言――などと茶化せる内容でもなく。千影としては胸の内に仕舞っておくしかない。そうでないことを祈るしかない。


「つーわけで……テルコがそれでよければだけど、うちで何日かゆっくりして、身体が治ったらダンジョンに行こうと思うんだけど。テルコの記憶さがしをメインで……ギンチョもそれでいい?」

「はう!」


 勢いよくうなずくギンチョ。そして、目を細め、千影にハグするテルコ。


「……サンキューな、チカゲ」


 肉の圧力。体温。そして名前呼び。白目を剥いて耐える千影。


 本当はさっきまで、うちに帰ってくるまで、彼女とどう接したらいいのだろうと悩みまくっていた。彼女の身体の秘密を知ってしまった今、自分は彼女をどう思ったらいいのだろうと。


 そんなことはどうでもよくなってくる。狼女だの巨人だののいる今の世の中、今さらテルコがなんであろうとテルコはテルコだ。今までどおりにすればいいんだ、と漁師に抱えられた冷凍マグロ状態のまま、千影はそんな風に思う。


「よっしゃ! じゃあ、改めて世話になるぜ! よろしくな、タイショー、ギンチョ! イソーローのブンザイだから、メシの支度なら任しとけ!」

「うん、よろしくね(そのボルシチがうまければだけど)」

「はう! うちはまいしょくおにくひっすです!」

「そんなルールはない」

「差し当たってなんだけどよ……あとで下着とか買いにいってもいいか? タイショーのはちょっとでかくてよ……」


 そういえば、彼女は今、千影のパンツを履いている。Tシャツもジャージパンツも千影のものだけど、そんなことよりパンツだ。

 自分が日頃履いているものを彼女が履いている。その事実を改めて思い出した千影、なにかが目覚めそうで怖いので速攻で扉を封印。


「あの、そういえば……」とギンチョ。「テルコおねーさんは、おねーさんじゃないってことですか?」

「わりいな、ギンチョパイセン。騙してたわけじゃねえんだけど、半分はおにーさんだったみてえだわ」

「じゃあ……おにねーさん?」


 鬼姉さん?


「いや、でもまあ、中身は基本的に女だし、今までどおりでいいよ。テルコおねーさんってさ。今までどおり普通に接してくれると嬉しいな」

「はう、テルコおねーさん! あ、テルコハイコー!」


 そうそう、それでいいんだよ、ギンチョ。おにーさんもついさっきそう思ったよ。数秒僕のほうが早かったよ。今までどおりいこうよ、エロい目で見るのも無理に控える必要はないか。あるか。


「ああ、そんでさ、ギンチョ」

「ほえっ?」


 いきなり自分に振られてびくっとするギンチョ。


「昨日のボスキャラとの戦闘、黒コウモリに奥の手が当たったあと……なにか思い出した?」


 ギンチョはうつむいて首を振る。やっぱりそこまでしか憶えていないのか。前もそうだったが、【グール】を使用するとその前後の記憶が曖昧になるらしい。

 その記憶の空白に、彼女もなにかがあったと薄々感づいているようだ。自分の中のかいじゅーがなにかをしたのではと。頭のいい子だから。


「でね……ギンチョ」

「はう……」

「あいつを倒したとき、実はアビリティのシリンジを落としたんだ。そんで、それがギンチョにぴったりなアビリティだから……ギンチョがよければ、それをお前に使ってもらおうと思ってるんだけど」

「ほえ?」


2章でのタカハナの「ギンチョはダンジョン因子を持っていない」という話がここにかかってきます。



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