4-7:テルコの秘密
【フェニックス】を使うほどの重傷でもないが、千影もテルコもそこそこボロボロだ。即時の回復手段が少ないのが赤羽ファイナルダンジョンのつらいところではある。治癒系のスキルもいくつか存在するが、【イグニス】以上に希少でおいそれと手に入るものでもない。
二人の傷の手当てを終え、それでも痛むし血もにじむ身体に鞭打って、三人は洞穴を出ることにする。ギンチョを千影がおぶり、リュックをテルコが背負う。槍は彼女の杖代わりになっている。
「他のプレイヤーのさ……装備とかアイテムとか、もらっちゃうのはタイショー的にNGか? 【フェニックス】とか落ちてるかもよ?」
テルコの言うことはわかる。殉職したプレイヤーの遺品の所有権問題。
こういう場面に出くわしたとき、ルール上は「黙ってネコババはNG、持ち帰ってD庁に報告して許可が下りればOK」。報告すれば基本的には遺族の手に渡り、もらえる可能性は低い。そして、ネコババしたとしてもバレることはめったにない。
なので、最後は個々のプレイヤーのモラルに任されることになる。そういうネコババを副業とする〝ハイエナプレイヤー〟もいるらしい。
千影は首を横に振る。モラル的にもそうだし、バレたときにリスクがでかいし。
「僕らが拝借していいのは、よっぽど切羽詰まってるときか、手持ちの武器が壊れたりしたときだけだと思う。地上に戻ったらD庁の人に知らせて、タグと一緒に回収してもらおう(拾い集める余力もないし)。黒コウモリもリポップするかもしれないし、ちゃんと報告して二次災害を防がないと」
生真面目すぎるかなと思うが、「おう、そうしよう」とテルコも同意してくれる。
「タイショーは真面目だな。いや、いいやつってやつか?」
「いやいや……単に臆病なだけかも」
千影たちが通ってきた入り口はいつの間にか開いている。そこから戻ろうかと思いきや、テルコが広間の奥にもう一つ出入り口があるのを見つける。ボスキャラ撃破後に現れる出入り口だから、セオリー的にそっちのほうが洞窟の出口に近いと思われる。じゃなきゃ約束が違う、理不尽だ。ということで、そっちから部屋を出ることにする。
その先の廊下は緩やかな上り斜面になっていて、ほどなくして通路を抜けて殺風景な岩場に出る。小高い場所にあるようで、二つの太陽が山の稜線に沈んでいくところを目にする。ようやく外に出られた、ぶっちゃけ泣きそうになる。
帰りの道中でギンチョが目を覚ますが、ふらふらでおねむ状態なのでテルコにおぶってもらい、千影がリュックを背負ってザコ敵に対処することにする。どうにかイベントフロアのエレベーター前までたとり着く頃にはとっぷり日が暮れている。
当初の目的とは大幅に乖離した上、思いがけない必死の大冒険になってしまった。よく生きて戻れた。ポータル行きのエレベーターに乗るとき、ちょっと涙が出る。二人に見られないように拭う。
「……あ、テルコのタグ……」
乗ってしまったあとで、テルコがIMOD発行の仮タグ持ちだということを思い出す。普通のIMODのタグなら赤羽ポータルでもチェックアウトできるが、仮タグというのがどこまで有効なのか。イワブチ限定とかだったらどうしよう。
エレベーターホールに出て、テルコがおそるおそる守衛にタグを見せる。ぴっと機械がデータを読みとり、はらはらとする数秒がすぎ、守衛はちょっと不思議そうな顔をしながらも外に出してくれる。千影とテルコは顔を見合わせてほっと息をつく。仮とはいえちゃんとしたタグとして登録されていたようだ。
管理課で隠しステージの報告をして(テルコのことはあとで明智に電話で報告しよう)、ポータルを出る。午後九時すぎ、麗しの我が城へ帰還。またちょっと涙が出る。今度はばっちりテルコに見られる。
テルコとギンチョは居間に寝っ転がると、そのまますぐに全力バタンキュー。数秒後には寝息が聞こえてくる。ベッドまで運んでやる気力もなく、腹にタオルをかけてやるくらいしかできない。
それからダイニングで明智に電話をかける。テルコとダンジョンで再会したこと、一緒にイベントフロアのほうに行ったこと、そこでだいぶ命がけだったこと、あとはテルコが断片的に思い出したことをいくつか伝えておく。
「無茶はしなくていい」と言われた初日から、不可抗力とはいえリーダーの判断ミスで全員を危険に晒してしまったわけで。しかもIMODに渡った案件にがっつり絡んでしまったわけで。
多少のディスりやお説教は覚悟していたものの、明智は『大変だったな』と彼女の人生で何度目かと疑いたくなる優しい労いの言葉を口にする。とりあえず外はカエルも魚も降っていない。
『IMODにはあたしから報告しておく。その子――テルコ? を今後どうするか、明日ちゃんと話そうか』
「あ……はい……」
これ以上頭も回らないので、難しいことは明日考えようと思う。もう一件、サウロンに電話をしてから居間に戻る。畳の上に雑魚寝する二人ぶんの寝息は妙に安らかだ。
壁際に横たわり、目を閉じる。二人の寝息に耳を傾けているうちに、眠りはすぐにやってくる。
「――こら、待てって」
きゃっきゃっとギンチョのはしゃぐ声で、千影は目を覚ます。窓の外がうっすら明るい。朝になっている、午前五時。あのまま七時間近く眠ってしまったのか。畳によだれの海が広がっている。
居間に二人はいない。声はダイニングのほうから聞こえてくる。座ったまま手を伸ばし、そっちに通じる戸を引く。
ダイニングにギンチョがいる。風呂から上がったばかりなのか、ほこほこしている。髪は濡れたまま、上は肌着、下はパジャマ。冷蔵庫から麦茶をとり出そうとしているところだ。
「ちーさん、おはようございます」
「あ、うん。おはよう」
「テルコおねーさんが、からだあらってって、いっしょにはいってました」
ああ、全身傷だらけだからか。そういやギンチョ、こいつ直江とも温泉入ってたな。美女と混浴スタンプラリー、二人目達成。こないだタカハナさんとも銭湯行ってたし、三人? マーマだからノーカン? でも本物のメリケン美人ですよ?
「それで、あの、テルコおねーさん……ミリヤおねーさんやマーマとちょっとちがくて……」
「違う? なにが?」
大きさ? 弾力? 詳しく。
「おい、ギンチョ。髪乾かせっつったろ。こっち来い――」
洗面所のドアが開き、テルコが出てくる。千影を見る。
「タイショー、おはよう。お前も風呂入れよ、そしたらメシにしようぜ」
千影は返事できない。脳みそのあらゆる情報処理機能が完全にクラッシュする。
『ハッハー! あたいが説明するよ!』
千影の頭蓋骨がぱかっと割れ、そこからコッパーちゃんが登場する。
『テルコちゃんは今、首にタオルをかけただけで、シャツもパンツも着てないよ! つまり、マッパだよ!』
コッパーちゃんはういーん、ういーん、と身振り手振りで説明してくれる。
『うわ、乳でけえ! 左胸のところ、うっすらハート型のアザがあるね! キスマークみたいだね、色っぺえ!』
その裸体を観察しているのは、もはや千影ではなくてコッパーちゃんだ。だから別に問題ない。女の子ロボットだから。
『うーん、しっとり濡れた肌、エロ! 傷跡も多いけど、そこはむしろアクセンツ! 腰のくびれも太ももも健康的、なにもかもセクシーで羨ましい! 誰か、あたいも可愛く改造して! イエス、ダンジョンクリニック! あれ、でも……?』
「タイショー、がっつり見すぎじゃね?」と苦笑するテルコ。「ああ、これか? オレも全然憶えてねえんだけどさ、いつからこんなもんがついてんだろうな?」
夢でも幻でも見間違いでもないようだ。
あのとき、駐屯地でのイケイドカイギのとき――前野と明智はこのことを言っていたのか。
『なんで? ホワイ?』と困惑するコッパーちゃんを掴んで引っこ抜く。一緒に脳みそまでとれてしまい、千影はそのまま頭から倒れ落ちる。
彼女のそこには、千影にも見慣れたものがついていた。アレが――男性器が。
3章4話、これで終了です。お読みいただきありがとうございます。
今日公開分はニロ生の回以上に公開するのが怖いエピソードでした。
彼女がなぜそうであるのか、今後明らかになっていきます。5話以降も引き続きよろしくお願いします。
ここまでの評価、感想、レビューなどをいただけると幸いです。お手数ですが、よろしくお願いします。
 




