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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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4-6:ボスもぐもぐ

 スタングレネード。閃光と爆発音を発生させて視覚と聴覚を奪う、軍隊などが敵を制圧するときに使う非致死性兵器。


 ギンチョの〝ながれぼし〟のポーチには内ポケットがあり、そこには「千影の許可なしには絶対にとり出さない」と約束した奥の手が収納されている。それがプレイヤー向けに開発された新型の〝マイルド・スタングレネード〟だ。


 千影にはちんぷんかんぷんだが、圧力による爆発ではなく気化による爆発で閃光と音を生み出すため、「暴発のリスクがなく、比較的安全に持ち運べる」ということらしい。加えて「威力もマイルドにしときましたよ」とトリセツにも書いてあった。

 ギンチョに持たせていいものか、保護者としては悩みどころだったが、「少しでも役に立ちたい」という本人の意向もあって、約束を守るという条件で携帯を許可した。


 こんな形で役に立つ日が来るとは。

 ギンチョグッジョブ。サムライ・アーマーの担当者さんグッジョブ。


 缶のプルタブを開けて三秒後に爆発。タイミングもコントロールも奇跡的な完璧さだった。それを間近で受けた黒コウモリは、千影の耳には届かない悲鳴をあげ、もんどりうって地面に落ちた。


 とはいえ千影たちも無事ではない。耳鳴りがひどいしまぶたの裏もごろごろ痛い。

 それでもこれが最後のチャンスだ。

 楔は打ち込んだ。立て、立ってとどめを刺せ。


 先に武器を手にとったのはテルコのほうだ。「任せろ」とその口が言った気がする。強気に笑うその頬はざっくりと切れて血まみれだ。


 槍を脇に抱えるように構え、ぐっと身を屈める。その足がぐぐぐと姿を変える。丸太のように無数の筋の走る太もも、しなやかな流線形を帯びるふくらはぎ。虫の脚のような形だ。


 次の瞬間、テルコが消える。そう見えたかのような猛スピードの跳躍。【レギオン】、その脚を虫のように変えて瞬間的に跳躍力を倍増させるアビリティだ。


 にしても、跳びすぎじゃね? 軽く十メートル以上は跳んでるけど。


 テルコの口がさけんでいる。急降下していく、のたうち回る黒コウモリめがけて。

 ひび割れた左胸に、全体重をかけた藍色の槍が突き刺さる。

 外殻が砕ける。その胸から、その口から、紫色の体液がごぱっと溢れる。

 宙を掻くような仕草をした鉤爪がぱたんと地面に倒れ、そのまま黒コウモリは動かなくなる。


 テルコが大きく息をつき、千影のほうを向く。少し歩いたところでぐらりとよろめく。倒れる寸前で千影が受け止める。


「……カミってた、だろ?」


 千影の耳元でテルコが言う。かろうじて聞こえた。


「……うん、カミってたよ」


 密着箇所にものすごい肉の圧力を感じて顔中から血が噴き出そうなので、とりあえず彼女をその場に座らせる。先に黒コウモリの死亡確認をしないと。


 ぱたぱたと足音が聞こえる。ようやく耳が元に戻りつつある。ギンチョが後ろから駆け寄ってくる。


「ギンチョ、まだ離れてて。ちゃんと死んだか確認するかr――」


 千影が言い終えるより先にギンチョが足を止め、目を見開く。その視線の先へと――千影は冷や汗とともに振り返る。


 黒コウモリが立ち上がっている。



 ずりゅ、と槍を引き抜き、放り捨てる。肩は落ち、呼吸は荒い。それでもまだ千影たちのほうを見据えている。


「ギャギャギャギャギャァアアアアアアアアアアアアッ!」


 天井にではなく、千影たちに向かって吠える。言語になっていなくても、その声が死ぬほどの怒りを帯びているのはわかる。そりゃそうだよね、ごめんね、痛かったよね。人間ってひどいよね、あんまりだよね。手を握ってなだめてあげたい。


 二人はじりじりと距離をとる。千影は地面に落ちた刀を拾い、テルコは素手のまま横で身構えている。


 なにを思ったのか、黒コウモリが身を屈め、その鉤爪で大ぶりの岩の破片を掴む。それをギザギザとした歯で噛み砕く。食べている? おいしいの? それで傷が治るとか?


 その隙に仕掛けようかと千影が一歩踏み出した瞬間、やつが思いきり背中をのけぞらせる。

 やばい――とっさに急ブレーキして、近くにいたテルコに覆いかぶさる。後ろのギンチョには届かない。


「ギンチョ、伏せ――」


 ドドドドッ――背中、尻、肩を襲う、無数の鈍器で殴られたような衝撃。呼吸が止まり、地面に倒れ落ちる。激痛で目の前が真っ白になる。


 噛み砕いた岩のつぶてを、散弾のように吐き出したのか。

 くそ、あのポルトガル・マンモスと同じようなことを。強キャラのくせに小賢しい真似を。小賢しさは凡人の特権なのに。


 千影が顔を上げる。ギンチョはその場にうずくまっている。苦痛にうめいている、意識はあるようだ。


「ギンチョ、逃げ――」


 黒い影が頭上を通り越していく。ずだん、と着地した位置は、ギンチョの真後ろだ。

 振り返って見上げるギンチョ。「ひっ」と声を詰まらせ、すぐに立ち上がって逃げようとする。

 かぱ、と黒コウモリの口が開く。剣山のような無数の牙が覗く。


「逃げろ――――――――――!」


 千影がさけぶ。ギンチョが後退し、左腕で突っぱねようとする。

 黒コウモリはそれらを無視して、ばつん、とギンチョの肩から先をまるごとかじりとる。



 噴水のような勢いで、ギンチョの血が地面にばらまかれていく。苦痛の悲鳴が響く。それもすぐにやみ、彼女の身体がぐにゃりと弛緩する。


 千影は刀を手にがむしゃらに斬りかかる。黒コウモリがギンチョの身体をボールのように蹴りつける。千影が受け止めるのと同時に黒コウモリも前に出る。

 とっさにギンチョを放り出して迎撃。身体中の痛みを忘れ、死にたいほどの後悔を怒りに変え、渾身の力をこめて刀を振るう。


「あああああああああああああっ!」


 気迫で相手を突き飛ばし、距離をとらせる。


 だいじょぶだ、まだ間に合う。

 こいつを速攻でぶっ殺す、なにがなんでもぶっ殺す。

 そのあとすぐに止血して、全速力で上に連れていく。

 腕は直江に【ウロボロス】でも譲ってもらおう。借金してでも譲ってもらおう。

 だからギンチョ、絶対に死ぬな――って、あれ?


 違う。そうじゃない――。


 テルコの足音が近づいてくる。


「ギンチョ、おい!」


 千影は視界の隅で二人を見る。テルコの悲痛な呼びかけに応じるように、ギンチョの身体がふらりと立ち上がる。左肩から先をごっそりなくしたまま。


「テルコ――()()()()()()()()()!」


 ギンチョが顔を上げる。ここからでは見えないが、あのときと同じなら――眼窩には銀色に煌めく眼球だけがあるはずだ。


「うわっ!」


 ギンチョがその歯を剥き出しにして、一番近くにいたテルコに襲いかかる。片腕で押し倒すようにして噛みつこうとしている。


 米国の某研究機関のクローン技術によって産み出されたギンチョ。その素体となったピンクのエネヴォラが持っていた能力――【グール】。過度の肉体損傷を引き鉄に、捕食によってそれを治癒させようと肉体を暴走させる能力。


「ギンチョ!」


 千影が後ろから剥がしにかかる。ものすごい力だ、レベル4の千影を上回るかもしれない。それでも相手は片腕で、体重は遥かに軽い。うっちゃるようにして地面に投げ飛ばす。


 ごめん、と心の中で謝っておく。()()()()()()()()


 起き上がったギンチョが、ぴたりと動きを止める。振り返る。黒コウモリと目(?)が合う。今一番近くにいるのはそいつだ。


 ギンチョがおたけびをあげながら、黒コウモリに突進していく。同時に千影も地面を蹴っている。

 ギンチョの予想外のスピードに黒コウモリがたじろぐが、反応して鉤爪を振るおうとする。

 それを見越して千影が刀を投げつける。鉤爪がそれをはじく、それで一手遅れ、その隙にギンチョが懐まで潜り込む。


 その小さな体が伸び上がるように跳躍し、首筋にかじりつく。肉には到達しなくても、ばりっ、と外殻が噛み砕かれる。とんでもない咬合力。


「ギィッ――」


 信じられない、といった具合に黒コウモリがよろける。ギンチョはさらにもう一度、同じ場所に噛みつく。黒コウモリが「ギギッ……」と短くうめく――肉に届いている。


 ギンチョを剥がそうとするその腕に、千影がしがみつく。もう一方の腕にはテルコが。

 そうして四人、もろとも地面に倒れ込む。


 黒コウモリが立ち上がろうとじたばたする。千影たちを引きはがそうと鉤爪で背中を引っ掻く。それでも腕は離さない、絶対に離すわけにはいかない。


 ばりっ、ぐじゅっ、ぐじゅっ。


 ギンチョがそいつの首元に顔をうずめ、どんどん肉を掘り進めていく。大きな血管が破れたのか、一気に紫色の液体が噴出する。


「ギ・ギ・ギ・ギ――」


 断末魔はそう長く続かない。咀嚼してごくんと飲み込む、そのために数度目にギンチョが顔を上げたときには、黒コウモリはもはや抗う力を失っている。


 黒コウモリとの死闘、勝者は千影とギンチョチームwithテルコ。

 最期の決まり手は「チビっこのもぐもぐごっくん」。



 てか【グール】、腕まで生えるんだ。

 肉を飲み込むたびにめりめりと肩から肉と骨が伸び、今はすっかり元通りになっている。以前、分断された胴体がくっついたときもビビったけど、完全に欠損した部位も再生するなんて。【ウロボロス】と同等以上の治癒力だ。

 初めてそれを目にするテルコは、もはや驚きを通り越して若干引いている。


「……こんなアビリティもあんのか……えげつねえな……」

「……うん……超レアなやつなんだけど……見てのとおりだから、他の人には内緒ね……」


 話せば長いし内容的にも話せない。


「……まあ、誰でも……内緒の一つや二つ、あるってことかな……」


 なんだか意味深に聞こえるが、テルコはそれ以上会話する気力もないらしい。


 ギンチョはというと、口周りにべったりと体液をつけたまま、以前と同じようにスリープモードに移行する。すなわち、文字どおりぐーすか眠りだす。


「……にしても……はは……すげえ体験をした。カミやべえ戦いだったな……」


 テルコは自分の太ももをギンチョに枕として提供しつつ、自分も横に寝そべる。ちくしょう、ギンチョめ。あの直江ミリヤにもしてもらってたなこの野郎。美女の膝枕スタンプラリー、二人目達成。


 千影としてはすぐに手当をしてこの場を去りたいところだが、今は立ち上がろうという気にもなれない。もう少し休みたい。


 黒コウモリは今度こそ完全に死んでいる。口を開いたまま、えぐりとられた喉は骨まで露出している。

 外殻を剥ぐのは大変そうだが、最低でもこいつの鉤爪や牙は持って帰りたい。強敵だった、死闘だった。心に残すためにも一部をいただいておこう、などという崇高な思いではなく。もしかしたら高く売れるかも。あるいはいい武器の材料になるかも。それだけ。


 ていうか、ボスだからレアドロップを期待していたのに。細胞自殺(アポトーシス)による自壊作用が始まる気配はない。ちょっというかかなり残念だ――と、後ろで「ぱこんっ」と奇妙な音がする。


 目を凝らしてみると、最初に黒コウモリが丸まっていたあたりになにかが落ちている。さっきの音、天井から降ってきたのだろうか。


 まさか――もつれそうな足を引きずってそちらに駆け寄る。そこに落ちているものを見て――千影の脳天から花火が上がる。たまやああああああああ。


 レアドロップとは異なる、特定のボスクリーチャーなどを初めて倒した人だけが入手できる「初回撃破ボーナス」。エリア7の塔の大ボスやエリア14の遺跡の隠しボスを最初に撃破したチームがそういうものを手に入れたという羨ましい話を聞いたことがある。


 今までそんなものに遭遇する機会はなかった。というか九十九パーセントのプレイヤーがそうだろう。これがそれか? ほんとにそれか? でもどっちでもいいか。だって今この手の中にあるのは――銀色の小箱、アビリティシリンジの入った小箱だから。


「キターーーーーーーーーーーーーー!」


 さけびたい、と思ったらさけんでいる。我に返って振り返ると、生温かい目をしたテルコが小さくうなずいてくれる。

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