4-4:探検、お宝、イソギンチャク
横穴は狭く低く、下がごつごつしていて歩きづらい。
先頭は千影、次にギンチョ、殿はテルコ。後ろの二人も一歩ずつ慎重に足を運んでいる。右へ左へ緩やかに弧を描いて続いていく。だいぶ深くまで下ったところで、道は徐々に水平になり、天井が高くなり、道幅が広くなる。ちょっとした地下通路みたいだ。
「ひかり、きれいです」
「おー、ゲンソーテキだな」
天井やその付近の岩壁には、赤羽ダンジョンの洞窟エリアの恒例、青や白や緑に光る蛍光石が散りばめられている。確かに綺麗な光景だけど、それ以上に懐中電灯なしでも歩ける程度に明るいのが助かる。
岩肌には水がしみ出していて、ぴちゃぴちゃと滴る音が響いている。結構肌寒くなってきているが、一番薄着なテルコは意外と平気そうだ。
道が左右に分岐している。どっちに行こうか?
「ギンチョ、ジャンケン」
「はわわっ」
「ポン(グー)」
「ポン(パー)」
ギンチョの勝ち。彼女の立っている右側に進むことにする。
ギンチョが蛍光マーカーをとり出し、岩壁に進む方向の矢印を書いてくれる。これで同じ場所を行ったり来たりという心配はなくなる。ちなみに水に強くて十時間ほどで消えてくれるエコ仕様の塗料だ。
「じゃあ行こうか。慎重にね」
「おう!」
「はう!」
三人ぶんの足音が一定のリズムで進んでいく。歩いても歩いても、同じような通路がどこまでも続いている。途中で何度も分岐して、ついには行き止まりに突き当たってしまう。しかたなく来た道を引き返し、マーカーを上書きして別の道を進む。
「……これ、どこに続いてんだ?」
テルコの問いがわんわんと響く。千影もそれが聞きたい。だけど誰も答えてはくれない。
ときおりコウモリやネズミに似た小動物と出会うが、頂点捕食者とのエンカウントはない。【ロキ】でも確認してみるが、それらしき気配は感じられない。ありがたいことはありがたいが、逆にそれが不気味にも思えてくる。
出口はおろかお宝も見当たらない。せめてどっちか出てきてくんないかなー、なんて思っていると――。
「おい、タイショー!」
五度目の行き止まり――ちょっとした広さの小部屋に突き当たったところで、テルコが岩陰に隠れた小さな宝箱を発見する。
一同のテンションが上がる。罠の可能性もあるので、箱を触ったり叩いたりして、周りの壁に罠がないか確認して、おそるおそる箱を開けてみる。
「……なんだこれ?」
中身は――なんかよくわからない、くすんだ色の丸い石だ。
直径十センチ足らず、おそらく黒に近い濃灰色。初めて見るアイテムだし、ダンジョンウィキにも載っていない気がする。あまり綺麗でもないし、宝石にも貴重品にも見えない。
宝箱に入っているくらいだし、ただの石ってわけでもないと思うけど――思いたいけど。
「……まあ、なんかに使える……かも? 高く売れる……かも?」
とりあえず千影のボディーバッグに入れておく。あとで資源課なり民間業者なりに鑑定に出してみよう。
「じゃあ引き返そうぜ。つーか出口見つかんねえな――」
「テルコ、黙って」
なにかが聞こえた気がする。千影は【ロキ】で耳を澄ませる。
自分たちが歩いてきた通路の奥から、ザザザ……となにかが這う音と、キチキチキチ……と硬質ななにかがこすれ合う音が聞こえてくる。
「――来る」
千影は刀を抜く。テルコは槍を構え、ギンチョを後ろに下がらせる。
音はどんどん近づいてきて、間もなくこの部屋へと到達する。通路を埋め尽くすほどの黒いうねうねした波――。
「ぎゃわーーーーーー!」
至近距離で炸裂するギンチョのぎゃわー砲。閉鎖空間なのでぎゃんぎゃん響き、真ん前にいたテルコが目を白黒させる。
まあ、さけびたくなる気持ちはわかる。これは正直キモい、というか怖い。
二層エリア7の塔などにも出現する、イソギンチャクに似た触手系のクリーチャー。そのヨフゥフロア仕様に黒く染まったやつらが、通路の入り口にうねうねとひしめき合っている。大型犬くらいのサイズのそれらが何体? 何株? いるのかもわからないが、とにかく出口をふさがれた形。ピンチというか超ピンチ。
「……こいつら、ツブヤイターで被害報告が上がってたやつだ……」
森林や岩場の付近で出現が確認された触手系の頂点捕食者。動き自体は通常フロアの触手系クリーチャーと変わらないが、ヨフゥ仕様のこいつらは触手の先端が外殻と同じ硬度の鋭利な棘になっている上、痛みと痺れを伴う毒を持っているらしい。ザコだと侮って痛い目を見た人たちのツイートがまとめられていた。
「テルコ、触手の先に気をつけて。鋭くて毒があるみたい」
「マジか……つーかカミキショいな……」
ていうか、なんでいきなりこんなに現れたんだろう? ってさっきの宝箱だよな、十中八九。宝箱の開閉をトリガーにしたクリーチャー招集系のトラップ。普通なら価値のあるアイテムの場合に仕掛けられていることが多いのに、そんなに高価そうでもない石ころ一つでこの大騒ぎって。鑑定してもらって「二束三文です」とか言われたらマジキレるわ。
カチカチと触手をこすらせながら、そいつらはいよいよ千影たちのいる部屋に入ってこようとする。
ていうか、ちくしょう。無駄になった。
なにかが近づいてくるのに気づいた時点で、千影は左腕にスキルのエネルギーをチャージしはじめていた。そいつが部屋に飛び込んでくるところで【イグニス】で迎撃、一気にカタをつける腹づもりだった。
――はい、却下。こんなに燃えやすそうなやつらがわらわらひしめき合っているとなると、火の矢なんてぶっ放したとたん次々燃え広がって火の海状態、自分たちも熱と煙とガスに巻き込まれることになる。
チャージを解除し、両手で刀を構える。こうなったら正面から一体ずつ斬り伏せていくしかない。そんなにスペースもないし、後ろに回り込まれるリスクも少ない。あとは毒耐性の【ケイロン】が仕事してくれることを祈ろう。
「僕が前で捌くから、テルコは距離を保ちながら後ろから援護。ギンチョは――〝閃光玉〟だけ持って待機」
「おう!」
「は、はう!」
作戦と呼べるような指示でもないが、二人はしっかりうなずいてくれる。
あとはリーダーが役目を果たせばいいわけか。千影はぎゅっと刀を握りしめ、身を屈め、地面を蹴る。
本気を出すのはいつ以来だろう。黒のエネヴォラのときまで遡りそうだ。
別にここまで手を抜いてきたわけでもないが、目の前には数えきれないほどの敵、しかもできれば一撃ももらいたくない。
うねる触手が伸びてくる。正確に首筋を狙っている。
【アザゼル】で硬化した左手でパリング。刀で触手を断ち、間髪入れずに懐? に潜り込み、胴体? を上から真っ二つに叩き斬る。
触手系はどこに急所があるのかわかりづらい。中心部分に内臓らしきものが詰まっているらしいので、とりあえずそこを両断していけばいい。ウニをぱかっと割るみたいに。
左右から応戦の触手。下にくぐるようにしてかわし、左側を二太刀で仕留める。もう片方を――と思いきや、後ろから伸びた槍がそいつの胴体に突き刺さっている。テルコだ。一瞬目が合うと、彼女はにやっと笑う。
触手のスピードは大したものでもない。とはいえ数が多く、黒くて視認しづらく、どこから来るか予測しづらい。ジャージの脇腹をわずかにかすめ、ビッ! と小さな綻びが生じる。〝サムライ・アーマー〟製のジャージを裂くのか、棘の鋭さはなかなかのものだ。
五体目を仕留めたところでいったん後ろに距離をとり、息をつく。短く吸い、短く吐く。テルコが槍を構えたまま隣に並ぶ。矛先からねっとりした体液が滴っている。
「タイショー、ヘバったか?」
だいじょぶ、と千影が答えるより先に、触手の群れがぞわぞわと距離を詰めてくる。二人は同時に武器を振りかぶり、左右から迎撃する。
慎重に、着実に。丁寧に、正確に。
迫りくる無数の触手を見極め、かわし、払いのける。触手を削ぎ、棘を斬り落とし、一体ずつ確実に処理する。
地味でも作業的でもいい、ちまちました根くらべなら負けない。
必ず終わりは見えてくる。そのときまで集中し続ける。神経を全身に張りめぐらせる。
体液が飛び散る。顔も服もべとべとになっている。刀の切れ味も鈍くなっている。
「らぁああああああああああっ!」
それでもいい。どうでもいい。気合のおたけびとともに、体重で押しつぶすように真っ二つに裂く。触手を掴んで引きちぎり、【アザゼル】の貫手で中心を貫く。
おそらく二十体目を仕留め、すぐに顔を上げる。しかしそれ以上の追撃はやってこない。
荒い息を整えながら、千影は部屋を見回す。入口付近にはイゾギンチャクの死骸がしおれた枯れ草のように積み上がっている。動いているやつはいない。
「……終わった……よね……?」
返事がない。ただの触手の屍のようだ。
刀が手からこぼれ、からからと地面を転がる。そのまま千影もへたりこむ。
かなりハードだった。それでもほとんど無傷のまま乗り切れた。
ふう、なんて冷静ぶっこいて一息ついているが、内心では「よかったあああああああああ!」「僕TS∪EEEEEEEEE!」と安堵感とやったった感でむせび泣いている。
「……二人とも、だいj――」
「テルコおねーさん!」
ギンチョの悲鳴、槍が地面に落ちる音。つられて振り返ると、テルコが膝をついている。
「テルコ!」
「……わり、何発かくらった……」
慌てて駆け寄り、彼女を床に横たわらせる。よく見ると腕や太ももにいくつかの切り傷や擦り傷がある。触手にやられたのか。
「……めまいとか吐き気とかはねえけど……傷口がちょっとビリビリしてるわ……あと結構ズキズキいてえ……」
「わかった。ギンチョ、解毒ポーション」
「は、はう」
ギンチョはいそいそと応急手当キットをとり出し、プラスチック製のシリンジを手にとる。ダンジョン産ではなく地球の医療メーカーのものだ。
「テルコ、解毒ポーションを打つよ」
本人が自分で打つぶんには法的にも問題ない。他人が代わりに打つ場合でも、ダンジョン内でこういうケースであれば基本的には黙認というか容認されている。
ギンチョがテルコの脇腹にシリンジの先を当て、ノズルを押す。かしゅっと軽い音がする。皮下組織に有毒物質の中和剤が注入され、血管に流れていく――それほど強い毒でもなさそうだし、これで大丈夫だろう。
解毒ポーションは、特定のクリーチャーの毒物に対する各種解毒剤とは異なり、汎用的に多くの毒物を中和することできる(万能ではないし効力も強くはない)。元はゾンビ系クリーチャーの体液からつくられる血清で、実はその薬効にはちゃんとした科学的根拠がなかったりするという。「なんとなくいろんな毒に効くし、効かなくても身体に害があるわけでもない」ということで、多くのプレイヤーが深く考えずに携帯していたりする。
「おー……楽になってきたよ。サンキューな、ギンチョ」
数分でテルコは自力で上体を起こし、さらに数分で立ち上がれるようになる。無事に効いたみたいだ、ひと安心。
「タイショー、お前も手、怪我してんじゃんか。痛くねえのか?」
「あ、うん……【ケイロン】で防げたみたい」
手の甲や頬を多少棘で引っかかれたものの、傷の痛み以外の不調は特になかった。黒イソギンチャクの毒にも【ケイロン】は有効ということか。
ギンチョがもう一度テルコを座らせ、傷の手当を始める。苦笑しつつされるがままになるテルコ。
その間に千影は【ロキ】で周囲の気配をさぐる。増援が来る音はないようだ。部屋は死骸の生ぐさいにおいと気分的にねっとりした空気が充満していて、手当が終わり次第すぐにここを去りたい。
「にしても……タイショーはすげえな」
「え?」
「あんだけの数を一人でやっちまって……頼りになるぜ。さすがオレらのタイショーだな」
「はう、ちーさんはすごいです」
「いやいや、そんな、僕一人じゃなかったし……」
後ろに回ろうとしているやつや死角から迫ってくるやつを、テルコがうまく捌いてくれていた。彼女のサポートがなければ、もっと瀬戸際まで押し込まれていたかもしれない。
「いやでも、実際すげえ動きだったよ。攻撃かわすのもうめえし、ゴキブリ並みの反射神経つーか」
「ありがとう(たまには他の生き物にたとえられたい)」
「でもさ、オレの知ってるレベル4はさ、そこまで――あれ?」
千影とギンチョが顔を見合わせる。オレの知ってるレベル4?
「……テルコ、なにか思い出したの? レベル4の知り合いとかいたの?」
テルコはきょとんとしている。それから口元に手を当てて、頭をひねり、首を振る。
「なんか一瞬、なにかが頭の中をぴゅーって走った気がしたけど……ダメだ、わかんね」
苦笑いするテルコは、少なくとも千影には嘘をついているようにもすっとぼけているようにも見えない。ひょんなタイミングで開きかけた蓋がまた閉じてしまったということだろうか。
その動きや立ち回りを見る限り、テルコが以前誰かと組んでいた可能性は高い。
となると、そのレベル4の人が?
だとしたら、その人は今、どこにいるんだろう?
 




