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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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4-3:隠しステージ

 そのあとも何度か小型の頂点捕食者と戦闘になるが、ほとんど手間どることなく片づけていく。

 敵のレベルが低いのもあるが、やはりテルコが戦闘慣れ・連携慣れしているのが助かる。レベル的には上の千影よりも仲間に合わせた挙動がスムーズだし、視野も広い。勉強になる。


 外殻は意外と軽いものの、三人がかりでも剥ぎとるのに結構時間がかかるし、かさばって荷物も圧迫する。五体目を超えてからは回収を諦めることにする。


 それ以外にも草むらで各種ポーションの原料になるというダンジョン薬草を見つけたり、資源課で換金できる発電石を拾ったりする。それほど貴重品でもないからお小遣い程度だ。


 もっとおいしい思いをしたければ、もっと遠くまで足を伸ばさなきゃいけない、ということだろうか。埼玉県とほぼ同じ広さだというから、あの山の向こうとか、もっとたどり着きづらい場所に、狩り場としておいしい(=危険な)エリアがあるのかもしれない。


 小休止やおやつ補給などを挟みつつ、二時間ほどあたりをうろちょろする。草木が絶えてがらんとした荒れ地が続く中で、ふと、直径にして二十メートル以上はありそうな大きな水たまりを見つける。荒れ地に湛えるオアシスというか泉というか。そこに腰を下ろして一休みすることにする。


「テルコおねーさん、これどうぞ!」

「おっ、くれんのか? サンキュー!」


 ギンチョが差し出したのは、千影が彼女に飲ませようとこっそりリュックに忍ばせていた野菜ジュース。この野郎、気づいてやがったのか。そんでもってさりげなくテルコに処分させやがって。おにーさんはそんなこずるい技術を教えた憶えはないぞ。背中で見せてきたかもだけど。


 ちらっと千影を窺い、()()()()とほくそ笑み、逃げるようにぱしゃぱしゃと泉の中に入っていくギンチョ。帰りに野菜とミキサーを買ってスムージーでもつくるかと画策する千影。その隣で泉に足をひたし、じゅるじゅると野菜ジュースをすするテルコ。しばらくのどかな時間が続く。


「いやー……身体動かしたら脳みそのシゲキになって思い出すかなって思ったんだけど、さっぱりだなあ。オレはいったい誰なんだーーー?」


 テルコが空に向かってさけぶ。誰も答えてくれない。


「まあ、少しだけどわかってきたこともあるし。テルコは前に誰かと組んでいた、槍つーか長物の扱いがうまい、もしかしたら僕よりもプレイヤー歴が長い」

「タイショーのがレベル高くね?」

「僕はちょっと特殊というか、チートなスキルのおかげだったっていうか……もうなくなっちゃったけど……」


 きゃっきゃっと無害そうな小型の水棲生物と戯れていたギンチョが、ふと足を止め、ずぼっと腕を深く突っ込む。頭まで潜ってしまいそうで、「ギンチョ、危ないよ」と声をかけておく。


「ほーさん」

「僕のことか? 『ほげえっ!』が混じってる気がするけど気のせいか?」

「まちがえました、ちーさん。へんなのみつけたです」


 ぱしゃぱしゃと水を蹴ってギンチョが駆け戻ってくる。ギンチョが差し出してきたのは、大人の拳ほどのサイズの円柱型の石だ。コルク栓みたいに見える。


「……抜くとき、きゅぽん的な感じ、しなかった?」

「きゅぽんてきなかんじ、したです」


 と、水かさが低くなっているのに気づく。水がどんどん地中へと吸い込まれている。


「はは、離れよう! ちょちょっとやべえ!」


 三人は慌てて靴を拾い、距離をとる。水がすべて消えると、焦茶色の砂地が現れ――ごごごっと岩盤の動く震動とともに、砂地が地面の下へと崩れていく。変動が終わったとき、そこに直径七・八メートルほどの大穴が開いている。


 下を覗いてみる。ごつごつとした岩壁の空洞になっている。底までかなり深い、十メートル以上、二十メートルくらいあるかもしれない。岩壁は微妙にでこぼことしているから、怖いけどかろうじて下りられなくもない。


「はわわ……どうくつ()()()()!」

「おもしれー! 行ってみようぜ!」

「いやいやいや……二人ともいったん落ち着こう、みんなで深呼吸しよう」


 三人並んで空を仰ぎ、大きく息を吸い、吐き出す。うん。落ち着いた。


 さてと――これはいわゆる〝隠しステージ〟というやつだ。ダンジョン暦九年、五層くらいまでのフロアは先輩プレイヤーたちによってあらかた探検され、隠しステージもあらかた発見し尽くされてきたと言われているが、まさかこんな形で自分たちが見つけることになるとは。


 ちくしょう、なんの前触れもなく出てきやがって。ギンチョの野郎、とんでもないミラクル起こしやがって。

 隠しステージ……ボンクラヘタレの早川千影でもわかる、心躍って月まで昇りそうな響き。この興奮をどうしてくれる。


「こういうのってさ……」とテルコ。「お宝とかあったりすんのかな……?」


 これが本物ならその可能性はかなり高い。未発見のステージならさらに高い。金銀財宝、希少な資源や貴重なアイテム、レアなシリンジ――それが今、足下で待っているのかもしれない。


「あるかもだけど……そのぶんかなり危険もあるわけで……」


 当然ながら、未発見の場所、とりわけ隠しステージはリスクが高い。迷路になっていたりトラップ満載だったり、ボス的な強いクリーチャーがいたりする。


 うーむ…………迷う。


 他の多くのプレイヤーなら、躊躇うことなく足を踏み入れるのかもしれない。リスクを恐れるよりリターンを求め、未知や未踏を喜び、それに初めて触れる栄誉をありがたがるのかもしれない。基本的にそういう人種がプレイヤーになるわけだから。


 ところがどっこい、早川千影。こういうときにものごとをマイナスから考えることにかけては他の追随を許さない。


 確かにものすごいチャンスかもしれない。未踏の隠しステージを冒険する機会なんて、これを逃したら二度とやってこないかもしれない。

 だけど、まったく情報のない空間に入り込むには、物的にも精神的にも準備が足りない。人生の先輩である明智女史からも「無茶はするな」と助言を賜ったばかりだ。ここは一つ、目上の人の意見を尊重しておくべきではないだろうか。


「このままほっといたらさ……」とテルコ。「別のやつらに先越されちまうよな。せっかくギンチョが見つけたのに……」


 ああ、その一言はやばい。この子の手柄だと認識させると同時に、引くに引けない状況にさせる諸刃の刃だ。案の定、ギンチョはそわそわと千影と大穴を交互に見ている。


 うーん……どうしよう。


「えっと……一応訊くけどさ、二人とも、入りたい?」


 二人が千影のほうを向く。テルコは力強く、ギンチョはおずおずと、そろってうなずく。


「タイショーの心配もわかるけどよ……下になにが待ってるか、見てみたくね?」

「こわいけど……ちーさんとテルコおねーさんがいっしょなら、わたしもがんばります」


 千影は目を閉じて、数秒頭の中に引きこもる。


 ――退き気味で、行けそうなところまで行ってみる。危なそうなら即引き返す。


 それが現実的なラインか。リーダーがしっかり状況を判断できる前提になるけど。


「……絶対無理はしない。危ないと思ったら速攻で引き返す。僕の判断は絶対。それでいい?」

「はう!」

「おし、それで行こう!」


 期待二割、不安八割。せめてリターンが大きいことを祈っておこう。



 岩壁はかなり急で、いわゆる「ここから下りてください」的な親切な足場はない。こんなギミック用意しておいて、そういうところは妙にシビアだ。


 ロッククライミングもボルダリングもやったことはないが、【ベリアル】の身体能力なら片手でも楽に自重を支えられる。小さい足場と引っかかりさえあれば下りていける。もちろん怖いけど。背中におんぶしているギンチョが首を絞めはじめたのでそのうちお花畑が見えそうだけど。ぐぎぎ。


 時間をかけながら慎重に、どうにか一番下まで下りる。当然そこで終わりというオチはなく、緩やかに下る横穴が続いている。観念して懐中電灯を用意する。


 と、足下がわずかに震動する。


「……え?」


 ずずん、ずずん、と重たい音が頭上から響いてくる。

 ごごん、ごごん、とかたい岩のぶつかり合う音が聞こえてくる。


「ちょ――」


 ごごご……と縦穴の丸く切りとられた空が、少しずつ狭くなっていく。みるみるうちにあたりが暗くなっていく。

 ずしん、と一際大きな震動を最後に、天井が完全にふさがれる。ぱらぱらと小石が壁を伝って落ちてくる。


 三人とも、声もなく呆然と、光の絶えた天井を見上げている。懐中電灯をつけ、照らしてみる。ごつごつとした岩のドームで覆われている。


「……タイショー……これって……」

「……入ったら入り口がなくなる系のやつだね……」


 乾いた声で答えつつ、千影の頭の中では数千人の早川千影が阿鼻叫喚。太陽の消えた空に手を伸ばし、「嫌あああああ!」「殺生なああああ!」と絶望して慟哭に暮れている。


 さっきのがどういう仕組みかはわからないが、「一度入ったら別のところからしか出れない系」の場所のようだ。一層エリア5の〝試練の回廊〟や三層エリア15の迷路ゾーンが有名だ。


 まったく想定していなかった。一パーセントでもいいからその可能性を考慮すべきだった。さっそく状況判断できてないじゃん、クソボケリーダー。


 そんなルールに従う義理なんざねえわボケ、と逆ギレ気味にどうにか天井を壊せないかと思案。足場のないところで岩堀りなんて無理だし、ワンチャン【イグニス】でもぶっ放してみようか。チャージマックスなら抜けるかも――でも崩落したりなにかが燃えてガスが充満とかになってもアレだし。手持ちの手段ではちょっと難しそうだ。


 ていうか、ああ、さっきから早川千影的ビビリセンサーが告げている。これはたぶんやばい、と。女子高生がふわっふわのパンケーキ頬張って「これやばーい」じゃない。猛獣と一緒の檻に入れられて「やばいよやばいよ」のほうだ。「ダンジョンのスタッフはバカか?」となること請け合い。


「……タイショー……」

「……ちーさん……」


 ギンチョはともかく、イケイケのテルコも若干心配そうだ。


 「ごめんなさい、全然想定してなかったです」と素直に謝ろうかと思った千影、でも二人の顔を見てその言葉を呑み込む。赤羽随一のボンクラだとしても、女の子を余計に不安を煽るようなことを口にしないくらいの分別はある。


「……出口さがしを最優先にしよう。それ以外はさっき話したとおり、慎重に行こう。クリーチャーが出ても、僕がなんとかするから」


 二人は顔を見合わせて、そして千影にうなずてみせる。


「おう! オレにまかせとけ、タイショー!」

「はう! わたしもがんばります、ちーさん!」


 二人の半ば勢い任せな言葉を耳にして、千影は、身体がふっと軽くなるのを感じる。


 「自分の責任だ」「自分がしっかりしなければ」「自分がなんとかしなければ」、そんな風に自分の中で凝りかたまっていたものが、少しだけ融けてほぐれていく。恐怖と不安が少しだけ和らいでいく。


 初めてかもしれない、こういう感覚。

 そっか、こういうこともあるのか。

 これがチームってやつなのか。「一人じゃない」ってことなのか。

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