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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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4-2:二度目の初陣

 そのあとは特になにごともなく(彼らとエレベーターで相乗りになって多少気まずい思いをする程度だ)、イベントフロアにたどり着く。


「ついたーーーー!」とギンチョ。

「ひっれーーーー!」とテルコ。


 確かに広い、広すぎる。周囲の目から離れられたのもあって開放感が半端ない。

 見渡す限りの草原――ただやっぱり、その草の色もぽつぽつと佇む木々の様相も、あるいはところどころ剥き出しの地表の色も、地上の世界とは少しずつ異なって見える。別世界というか別の星に来たかのような。

 そういう意味で、千影の中にわくわく感がないわけでもないが、緊張感や恐怖感のほうが強く主張している。ここからは気を引き締めないと。


「おっ、ギンチョ。それカワイイじゃねえか」


 ギンチョはさっそく猫耳ヘッドギアを装備している。「むふっ!」と腰に手を当てて、自慢するようにテルコに見せつける。さっきのゴタゴタ後のぎこちなさはもう解消されたようだ。


 ここでのクリーチャーとの遭遇確率は他のフロアよりもずっと高い。少し進めばさっそく出くわすだろう。ギンチョに倣い、今のうちに装備をチェックしておく。


「あ、テルコ。僕の武器持っとく? さすがにそのナイフじゃ頂点捕食者はきついかも」

「お、マジで? いいの?」

「どういう武器がいいかな? 僕が出せるのは三種類だけど」


 彼女もプレイヤーなら使い慣れた武器があるはずだ。それが記憶を呼び戻すきっかけになれば、彼女の本来の目的にも近づけるかもしれない。


 ベルトから〝えうれか〟の筒を外し、まずはナイフを生み出す。一番これっぽいなと思ってテルコに握らせると、ひゅんひゅんっと巧みに空気を切ってみせる。まんざらでもなさそうだ。


 次に刀を渡す。「サムライ!」とご機嫌になるが、握りかたも素振りの仕草もあまりしっくりきていない。


 最後に槍を渡すと、それを頭上で器用に回転させ、ぴっと切っ先を前に向ける。ヒュヒュヒュッ! と一呼吸のうちに連続で突きを繰り出す。思わず千影とギンチョ、「おー!」と拍手。


「うん、これが一番いいな。しっくりくる感じ。女ヨージンボーって感じ?」


 よくわからないが、千影よりも槍の扱いに慣れていそうだ。


「じゃあ、それで。ちなみになにか思い出した?」

「何度も確認させて悪いけど、なん! にも!」

「ありがとう。じゃあ、なるべく戦闘は避けつつ、近場で適当に探索してみよう」



 ダンジョンコンパスをチェックしつつ、とりあえず南に向かってみる。


 そのへんを歩いているだけで、頂点捕食者と交戦しているプレイヤーがそこかしこに見られる。大抵は昨日の黒ラプトルの群れだったり、ダチョウっぽいやつ(黒ダチョウと仮称)の群れだったり、ときどき五メートルくらいの黒ヘビや黒カエルもいたりする。あの巨大な黒ワニ級のやつはまだ見かけない。


 昨日よりはだいぶ人が減っている。ネットの書き込みを見ると、低レベル者を中心に痛い目に遭ったケースが多かったみたいで、そういう人たちはいったん手を引いたのだろう。そのほうが昨日みたいなゴタゴタに巻き込まれる確率も減るだろう。


 千影はレベル4、ギンチョは1相当。テルコは3だが、戦闘経験なども忘れているようなら計算には入れられない。明智の言っていたとおり、無茶はせずにそのへんを散策して、なにか軽くお土産を持って帰るくらいの気持ちでいようと思う。

 思ったが、イベントフロアは甘くはない。頂点捕食者はそこかしこにいて、その気性は通常フロアのクリーチャーよりも獰猛で好戦的だ。


 灌木や草陰に隠れつつ、慎重に敵を避けながら歩いていくが、十分ほど進んだところで黒ラプトルの群れに見つかってしまう。全部で四体。千影たちをぎろりと見据え、「キュルル……」と喉を鳴らし、かちかちと歯を鳴らしている。襲ってくる気満々だ。


「ギンチョ、下がってて」


 と言ってもギンチョは下がらず、口元をぎゅっと結んでポーチの中に手を突っ込んでいる。自分もやるんだ、という気持ちはありがたい。


「ギンチョ、〝ピンクのアロマ玉〟だけ準備。僕が危ないと思ったら使って」

「はう!」


 これならギンチョのやる気も削がず、万が一にも煙玉のときのような被害が出ずに済む。おお、まぐれだけどリーダーっぽい気の回しかた。


「おっしゃ、これがチームの初戦だな。胸が鳴るぜ!」


 鳴るというテルコの胸を一瞬だけちら見しておく。


「いや、テルコも下がってて。ギンチョのカバーをお願い」


 中衛としてそこにいてもらえるだけで、千影としてもかなり助かる。


「優しいな、タイショー。任せとけ、こんなやつらヨユーで蹴散らしてやるさ」

「いや、そうじゃなくて……」


 ギャギャギャ、と黒ラプトルがさけび、突っ込んでくる。

 ああ、相手は待ってくれない。というわけで、戦闘開始。



 千影が率先して対処するつもりだったが、テルコがずいっと前に出る。


 槍を振るって突進してくる黒ラプトルを牽制。勢いを殺したかと思うと、片手に持ち替えて背中を張り、槍を奔らせる。一体目の柔らかい首筋に的確に突き刺さる。相手が血を噴きながらぐらりと傾く。


「シッ!」


 かけ声とともにもう一体を横薙ぎで打ちつけ、あえて千影のほうに向かわせる。よろけたところを千影が後ろに回り込み、首筋をナイフで掻っ切る。


 開始十秒で二体を仕留めた形だが、残り二体も臆することなく突っ込んでくる。テルコがその牙をかわし、顎を蹴りつける。しかし敵はカウンター気味に一回転し、長い尾を振り回す。テルコはそれを槍の柄で受け止め、ざざっと後退する。


「ギンチョ、投げなくていい!」


 振りかぶった状態でギンチョの動きが止まる。危うく「興奮したクリーチャーをほんの少しリラックスさせるフローラルなかおり」がばらまかれるところだった。


 一体がテルコに組みつき、それをテルコが槍で押し返そうとしている。テルコの目配せを察して、千影はすぐに後ろから飛びつき、目と喉にナイフを突きたてる。その後ろからラスト一体。


「ヤアッ!」


 テルコは槍を地面に突き刺し、ぐるんっと跳躍。その遠心力を使い、上段から思いきり黒ラプトルの頭に叩きつける。バギッ! と鈍い音とともに外殻が砕け、頭が口まで陥没する。目から血を噴き出して倒れ落ちる。


 残心。すべての敵が完全に息絶えていることを確認。千影はふうっと息をつく。


「……二人とも、ケガはねえか?」


 ひゅんっと槍についた血を振り払いながらテルコが言う。先に言われてしまって立つ瀬のないリーダー。まあ、自分より男前だから許す。


「わたしはだいじょぶです。ちーさんもけがないです」

「怪我はないです(毛はあります)」

「そっか。カミよかった」

「うん、カミはあるよ」


 ギンチョ、こっち見んな。


「にしても、テルコ、慣れてる感じだったね」


 本当に記憶喪失娘なのかと、驚くほどにスムーズな立ち回りだった。レベルに関係なく、プレイヤーとしての実力もかなり高そうだ。


「ああ……なんかドタンバ? になったらさ、槍も身体も、なんか自然に動かせたな」

「ていうか、そっちもだけど、チームプレイも。僕の動きに合わせてた感じがした。前にも誰かと組んでやってたんじゃないかな?」


 テルコは手に握る槍を見て、倒したクリーチャーを見て、千影とギンチョを見る。二つの太陽が照る空を見上げて、しばらく間を置いて、ゆっくりうなずく。


「……そうかもしんねえな。オレにもいたのかもな、仲間ってやつが」



 一息ついて水分(麦茶)を補給したあと、ナイフで外殻の採取にとりかかる。

 今はどの研究機関や装備品メーカーでもサンプルを大量に集めている時期だから、PXなどでそれなりの額で買いとってくれるらしい。これだけプレイヤーが動いているとなると、早晩価格が下落するだろうけど。肉は……うまければどこかの屋台で出されるだろうから、他の人に任せよう。


「……ちーさん」


 皮膚と外殻の隙間にナイフを入れる作業に四苦八苦していると、ギンチョが手を止めて呼びかけてくる。


「悪い、ちょっと待って」

「……わたし、またなにもできなかったです……」


 千影が顔を上げる。ギンチョはうつむいる。


「いや、それは僕が止めたんだし。ギンチョは自分の仕事してくれてるじゃん。荷物持ってくれてるし、ちゃんと後ろで見ててくれてたし、今も手伝ってくれてるし」

「……でも……」

「ギンチョは荷物持ち(ポーター)で、しかもプレイヤーになってまだ一カ月ちょいなんだから。焦んなくていいからさ」


 この子の言いたいことはわかる。戦闘という一番危険な仕事で役に立てないことを歯がゆく思っているのだろう。この日のために特訓してきたから悔しさもあるかもしれない。


 そう思ってくれているだけありがたい。でも、チームはあくまでも役割分担と「なにができるか」の共通認識が必要だと千影は考える(ググール先生直伝)。それがないといずれ、どこかに無茶が生じてしまう。いざというときにそれが出て、とりかえしのつかないことになってしまうのが一番怖い。


 どう言えばうまく伝わるんだろう? コミュニケーション能力のないリーダーでふがいなく思う。世の先生や先輩って偉い。


「あ、いてて」テルコが声をあげる。「さっき組みつかれたとき、ちょっと爪が当たったみたいだ。血が出てきた」


 彼女の手の甲にほんの少し引っ掻いたような跡があり、うっすら血がにじんでいる。


「おチビ、消毒とかしてくんねえか?」

「は、はう」


 ギンチョがリュックから応急手当キットをとり出す。簡単な処置なら何度か千影と練習したし、ネットや動画でも勉強してきた。ギンチョはもたもたしながらもきちんと消毒し、接着ポーションを薄く塗り、絆創膏を貼る。うん、とテルコはその手を満足げにひらひらさせる。


「これでばっちりだ。サンキューな、おチビ。じゃなくてギンチョパイセン」

「はう! テルコハイコー!」


 ギンチョはようやく笑顔を見せる。そういうとこだぞ、と目ざとい悪魔が横にいたら言いそうだと千影は思う。

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