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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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4-1:ほげえっ!

 イベントフロア行きのエレベーターは、昨日ほどではないものの、洞穴からはみ出る形で行列ができている。今は整理係の職員がいないので、列は適当にぐにゃっと伸びている。


 三人で列の最後尾につく。「カミ楽しみだなー」「はうー」と女性陣はアトラクション待ちみたいにわくわくした感じになっている。まあ、今からずっと緊張しっぱなしよりはいいか。


 並びはじめて三十分ほど、洞穴へ続く下り坂の通路に差しかかる。ふと、いきなり背中に思いがけない衝撃というか圧力を受けて、千影は「ほげえっ!」とうつ伏せに倒れ込み、カエルのごとく地面に押しつぶされる。


「ちーさん!」

「タイショー!」


 なんだろう、背中が生温かい。誰かが乗っかっている。「オーウ……」などと千影の耳元でうめく声は男だ。後ろから身体ごとのしかかられたものと思われる。危うく彼の服に癒着してド根性の余生をすごすところだった。


 背中の重みがなくなってから、千影が起き上がろうとする。頭上から白人らしき男性が手を差し伸べている。「ソーリー、アーユーオーケー?」、どうやら彼に押し倒されたらしい。


 なぜか後ろでくすくす笑っている彼の仲間らしき人たちはともかく、彼自身はひたすら申し訳なさそうな顔をしている。坂道の勾配のせいか、不可抗力による事故的なものだったらしい。千影は自力で立ち上がりつつ、「オーケーオーケー」と手をかざしてみせる。ギンチョがおろおろしながらも身体を支えようとしてくれている。


「ちーさん、だいじょぶですか?」

「あ、うん、平気。どこも痛くないs――」

「おいコラ!」


 突如発せられた怒声に一瞬、周囲が静まり返る。ギンチョの頭を庇うようにして身を屈めた千影が、おそるおそる横を見る。


 テルコが目を剥き歯を剥き、鬼の形相で千影を押し倒した男の仲間たちを睨みつけている。さっきまでちょっと楽しげだった彼らも唖然としている。


「*************!」


 テルコが英語でまくしたてる。英検も持たない千影には翻訳不能。「連れが人を突き飛ばしといて、なにへらへら笑っとんじゃコラタココラ」的なことを言ったと推測。


「@@@@@@@@@@@@……」

「%%%%%%%%%%%%……」


 仲間たちも英語で応じる。苦笑いとともにテルコをなだめるような仕草をしている。


「############……」

「××××××××××××……」


 さらに千影に対しても謝罪を示すように拝む仕草をする。だけど途中でククッと笑いを噛み殺す。押し倒した本人だけがちょっとバツが悪そうに背中を丸めている。


 謝りながら笑ってるの? どこにそんな面白い要素があったの? せめて彼らの言葉がわかれば……あ、そういえばギンチョは英語しゃべれるんだっけ。ってことはこの場でアウェーなのは自分だけやん――などと思う千影だが、ふと横のテルコに目を向けると、彼女は真顔のまま血走った目で彼らを凝視している。


 一瞬、背筋が粟立つ。なんかやばい、と千影は思う。

 テルコが拳を振りかぶり、彼らに向かって踏み出す。


「テr――」


 ビュンッ! と空気を裂いて伸びた拳が、彼らのうちの一人の顔面へと叩き込まれる――その寸前で千影が横から組みついて制止する。ほとんどタックルのような勢いのせいで、今度は千影がテルコをべしゃっと押し倒す形になる。


「ってぇ……タイショー?」


 目を丸くしたテルコの顔が真下にある。


「……へ?」


 不可抗力とはいえ、顔と顔がほんの数センチの距離にある。そして身体と身体が密着している。温かさと柔らかさと心強さと。どういうこと?(自問)


 千影は「にゅあんっ!」と慌てて飛び退く。さながら足下に虫を見つけた猫のように。


「ごごごごめっ、テルっ、ごめっ!」


 さっきの彼らはドン引きというかもう怯えている。周りの人たちはさらにドン引きしている。遠巻きの視線がちくちく刺さる。


「でもでもっ……ぼぼっ、暴力ダメだから……ダメ、絶対!」


 テルコも立ち上がり、服についた埃を払う。すっと持ち上げた顔は、眉尻を下げて申し訳なさそうにしている。


「……ごめんな、いきなりメーワクかけちまって……」


 とりあえず落ち着いたらしい。千影も小さく息をつく。


「じゃあ、えっと、すいません。ノープロブレム、ノープロブレムなんで……」


 連中に小さく頭を下げ、「もう終わりにしましょう」的になだめるジェスチャーを見せる。彼らも神妙な顔で「オーケー」「ソーリー」と納めてくれる。


 とはいえ、ものすごく居心地が悪い。もう一度並び直そうかと考えていると、ギンチョがぎゅっと腰にしがみついてくる。ちょっと怯えているようだ。


「……ギンチョもごめんな。怖がらせちまったかな……」


 テルコがギンチョの頭に手を乗せる。ギンチョは一瞬きゅっと身を縮めるが、大丈夫という風に小さくうなずき、千影の腰に回した腕を離す。


「あのひとたち……ちーさんがおもしろかったって……」

「へ?」

「あのひとがころんで、ちーさんをおしたおしたときの……ちーさんの『ほげえっ!』がおもしろかったって……『ほげえっ!』が()()にはいっちゃったって……」

「なるほど」

「テルコおねーさんは、『わらってないであやまれ』って……あのひとたち、『ごめんなさい、わるぎはないんです』、『だけど、ほげえっ! がアーティスティックすぎて、ほげえっ! がファンタジックすぎて』って。それでテルコおねーさんがおこって……」

「気のせいかもだけど、なんかお前も『ほげえっ!』気に入ってない?」


 ちらっと後ろを振り返ると、目が合った彼らはバツが悪そうにもじもじする。反省しているようだし、言葉どおり悪気があったわけでもないのだろう。あるいは待ち時間が長くて変なテンションだったのかもしれない。


 確かにまあ、わけもわからずいきなり押し倒されて、しかもくすくす笑われて、被害者としてはいい気はしない。でも加害者はすぐに謝ってくれたし、後ろで笑っていた仲間が突き飛ばしたわけでもないし。


 ただ、テルコは許せなかったわけか。仲間を笑い者にされたことを。


 仮に押し倒されたのがギンチョで、それで彼らが(非道にも)笑うようなことがあれば、ビビリヘタレの権化こと早川千影でも自分なりの剣幕で怒ってみせただろう。たどたどしく謝罪を要求したり、目を合わせずににじり寄ったり、彼らのレベルが低いことにワンチャン賭けて「アイアムレベル4ですけどワッツ?」的に脅しをかけたりしたかもしれない。


 そういう意味では、彼女が怒ってくれたこと、それ自体はむしろ嬉しくもある。問題なのはひとえにそのあと、危うく暴力沙汰に発展するところだった点だけだ。


「なんかさ……」とテルコ。「頭がカーってなって、もう身体が動かずにいられなかったっていうか……止めらんなかったっていうか……」


 そういえば、とコッパーちゃんの診断書に「沸点低い」と書いてあったのを千影は思い出す。自分とは正反対の人懐こくて陽キャな彼女に、こんな地雷要素が隠されていたとは。それを見抜いたコッパーちゃん、優秀。


「あのさ、テルコ……」と千影。「僕のことで怒ってくれたのはありがたいけど、やっぱり暴力はダメだから」

「でもよ……だからって笑われっぱなしって、そんなの……」

「それはまあ、ちょっとムカつくけどさ。でも、悪意があったわけでもないし、謝ってくれたわけだし……どっちにせよ、それで暴力を振るっちゃったらさ、無用なトラブルになるだけだし、最悪こっちが悪いってなっちゃうかもだし……」


 そんな風に言いながら、だったら最初から自分が抗議すればよかったのかも、とも思う。結果論だけど。


「……ああ、マジでごめん。もうしねえから。メーワクかけないように気をつけるから――」


 言葉の途中でふと、テルコが静止する。


「……テルコ?」


 前に並ぶ人の背中、そのさらに先、彼女にしか見えないどこかを見ているかのように、目を見開いたまま動かなくなる。


「どうかした……?」


 我に返り、千影とギンチョに目を向け、小さく苦笑するテルコ。


「……いや、前にもこんなやりとりをしたことがあった気がして……オレがキレて暴れて、それで誰かに止められて、怒られて……」


 千影とギンチョが顔を見合わせる。


「なにか思い出したってこと……?」


 まさか、こんなところで記憶の扉が?

 テルコは数秒間を置き、また苦笑し、かすかに首を振る。


「……いや、わかんねえ。たださ、なんか……こういうの、ちっと懐かしい気がしたんだ……」

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