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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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3-8:テルコ

 小粋で男前なマンガの主人公なら、「へへっ、美女にこうまで頼まれちゃ、断りきれねえよな!」などと二つ返事で受け入れるのだろう。だがそこは早川千影、優柔不断と煮えきらなさだけが友だちさ。


 ということで、そもそも彼女と組むメリットや必要性について考えてみる。


 見知らぬ他人と意気投合して急造のチームアップ、という話自体はまったく聞かないでもない(経験がはないけど)。とはいえ、基本的にはほとんど面識のない人と組んでも連携面でマイナスのほうが大きいこともあるし、最悪トラブルの素になったりする。

 悪い子ではなさそうだし、向こうからぐいぐい来てくれるからコミュショーお兄さんとしてもだいぶ助かっている。ゴタゴタやトラブルに発展する可能性も低そうに思える。少なくとも記憶を失ったままの今の彼女なら。


 しかしながら、チームの活動にとっては現実的にはメリットが薄いと言わざるをえない。どこまで戦力になるかわからないし、ギンチョとの連携もまだまだ未熟な状態なのに、そこへ彼女が入ることで余計カオスになる可能性もある。小賢しく立ち回ることが信条の早川千影、不確定要素というのはぶっちゃけ困りまくる。


 恩返しをしたいという気持ちは嬉しいものの、やっぱり気持ちだけありがたく受けとっておこうか。


「あの――」


 言いかけて、とっさに口をつぐむ。

 もしも――ここで彼女の提案を断ったとしたら、彼女はどうするのだろう?

 一人でダンジョンを徘徊し、どこにあるかもわからない手がかりを、戻るかどうかもわからない記憶を、あてもなくさがすのだろうか?

 そう考えると……うーむ。


「あの……訊いていいですか?」

「おう、なんでも訊いてくれ。オレが答えられることならな」


 彼女はどんと自分の胸を叩く(ぶるんと揺れる)。


「えっと……ダンジョンのことは、どのくらい記憶にはあるんですか?」

「えっと……カイブツがわんさかいて、カミやべえところ?」


 彼女にとって「カミ」はすごい的なニュアンスなのか。危険な場所だという認識はきちんとあるようだ。


「自分のアビリティとかは?」

「紙に書いてあったやつ、【レギオン】? あれは思い出した。足がぎゅぎゅってなってびょんってやつだ。他のハテナ? になってたやつはわからん。申し訳ねえ」

「えっと……なんていうか、そんな感じでしか憶えてなくても……ダンジョンに戻りたいって思ったんですか?」


 名なし子は少し間を置き、うなずく。


「ほんとはさ……本音言うとさ、ちょっと怖い気もするんだ。ほんとにこんなことで思い出せんのかなって。あるいは全部思い出したとき、オレはどうなっちまうんだろうって……でも、なんとなくだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ここになにか、大事なもんを忘れてきちまってるような……」


 千影は内心苦笑する。そういえば一カ月前、ギンチョの口から同じセリフを聞いた。「わたしはここにいなきゃいけない」と。

 偶然だろうし、意味合いも違う。だけど、もしかしたらそういう運命なのかも、とも思ってしまう。


「……ギンチョ、どう思う?」

「ほえ?」

「いや、僕らチームだから、お前の意見も聞かないとって」


 急に振られて戸惑うギンチョ。申し訳ないところだけど、仲間としてこの子の意向を聞かずに決めるわけにもいかない。

 ギンチョはちゃんと話を追っていたようで、少しの間「うーん……」と頭をひねる。


「……()()()()()()()()()、こまってるひとにはしんせつにするのがいいって、マーマがいってました……」


 千影は一瞬呆気にとられて、それから内心で爆笑。「その発想はなかったわ」と人としてちょっとだけ反省。

 この場で一番幼いギンチョの口から出た、もはや異世界のものとしか思えないような真っ当なセリフ。マーマ――ギンチョの育ての親、元IMOD諜報員のタカハナさんの教育の賜物か。欲得と利害でばかり物事を考えるおにーさん、ちょっと立つ瀬なし。


「でも……わたしはちーさんがいったとおりにします。ちーさんがリーダーです」


 千影は頭を伏せて、がしがしと髪の毛を掻きむしる。


「……まあいっか……」


 せっかくだし、人助け兼、チームでの活動の肩慣らしということで――。


「……名前」

「え?」

「呼ぶとき不便なんで、なんでもいいから、なんか仮の名前とかつけません?」


 名なし子の顔がぱっと明るくなる。ギンチョは「ふむっ」とうなずく。

 というわけで、千影とギンチョチーム、暫定メンバーが加入。

 レベル3。オレっ娘で美人で巨乳、絶賛記憶喪失中。うん、やっぱりちょっと不安。



 そういえば、と仮で発行してもらったというタグを見せてもらう。仮とはいえIMOD側が用意したその名前で呼ぶのがいい気がする。


「……テルコ?」


 プレートには〝Teruko Smith〟と表記されている。なんだか日本人っぽい名前だ。


「ああ、これな。IMODのスタッフにさ、仮の名前なにがいいかって訊かれて、なんとなくそれが浮かんだんだ。テルコって、そう呼ばれたいって。スミスのほうは向こうで適当につけてくれたやつだよ」


 なるほど――変な名前だけど、それも失った記憶と関係あるのだろうか? もしかして本当の名前だったりして? もしそうだったら変とか思ってごめん。


 ともあれ、名なし子改め、テルコ。


「じゃあ、テルコさん」

「テルコでいい。さんはいらねえって」


 千影は少しかたまる。仮の名前とはいえ、女子を面と向かって呼び捨てとか赤面不可避。


「……はい、えっと……テルコ……先に言っとくけど……」

「おう、なんだ?」

「あの……ダンジョン(ここ)では絶対に無茶をしないで、僕とギンチョから絶対離れないように。僕の言うことに従って、絶対に一人で勝手したりどこかに行ったりしないように。それが君を一緒に連れていく条件だから。や、約束できま……でき、る?」

「おう、任せろ!」どんと胸を叩くテルコ(ぶるん)。「()()()()()はお前で、チビはセンパイだ。ちゃんと指示には従うし、メーワクもかけないようにがんばるぜ!」

「タイショーってなんですか?」とギンチョ。

「タイショーってのはな、男の中の男、最高のリーダーってやつだ」


 やめて、適当な日本語教えないで。ギンチョ、真に受けないで。


「わたしはセンパイですか?」

「そうだな、このチームじゃお前がセンパイだ。よろしくな、パイセン」

「パイセン?」

「センパイのこと、チマタじゃ愛情をこめてそう呼ぶんじゃなかったっけ?」


 そういう偏った知識は残っているのか。合っているかどうかもわからないけど。


「はう、テルコパイセン!」

「いや、オレはコーハイだから、テルコハイコーな。しっくりくるな、テルコハイコー」

「はう、テルコハイコー!」


 会話が噛み合っているかどうかはともかく、ギンチョも徐々に彼女に慣れているように見える。そこはあまり心配していなかったものの、ひと安心。


「つーわけでさ……二人にメーワクかけないように、ちゃんと二人に借りを返せるように、がんばるからさ。よろしく頼むよ。えーと……チハゲ、ギンチョ」


 彼女は両方の手を千影とギンチョに差し出す。二人はそれを握る。その手は意外とひんやりしている。ちっともそうは見えなかったが、彼女なりに気を張っていたのかもしれない。


「千影ね」

「チカゲか、カミいい名前だな」

「テンプレかよ」


3章3話、これで終わりです。お読みいただきありがとうございます。


次は3章4話です。

引き続きよろしくお願いします。


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