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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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3-7:名なし子のお願い

「おー! 昨日のおチビとニーチャンじゃねえか!」


 こちらに気づいた彼女が立ち上がり、ひらひらと手を振る。ああ、ばっちり認識されてしまった。しかたなく千影もギンチョに続く。ていうか、もう会うこともないだろう的に思っていた数時間後に、こんなところでばったりとは。


 名なし子は昨日同様、Tシャツにショートパンツというラフな出で立ちながら、プレイヤー向けの肘当てと膝当てを着け、ゴツめのブーツを履き、迷彩柄のアーミーベストを羽織っている。腰には大振りのコンバットナイフを帯びている。ほとんど初級者向けの安物っぽい装備だが、凛々しい彼女の容貌と相まってとても様になっている。千影が同じ格好をしたら苦学生のサバゲーマニアにしか見えないと思われる。


「よお、また会いてえなって思ってたけど、まさかこんな早く会えるなんてな。ぎ、ぎ、ギグー! ってやつだな」

「奇遇ですかね?」

「それそれ、さすがだな、ニーチャン」

「ちーさんはいっぱいものしりです」

「そっか、よかったなあ、おチビ」


 ごしごしと頭を撫でられて、ギンチョはむふーとご満悦。


「あの、えっと……こんなとこでなにを……?」

「おう、こいつとちょっくらた、た、タマヌレ? タマムレ? てたんだよ」

「戯れてたね」


 下ネタの外角低めいっぱいをかすめた感もあるけどそれは置いといて、名なし子の足下に一つ目ウサギが寝そべっている。仰向けというかヘソ天している。


 一つ目ウサギはゆりやんスライムと並ぶエリア1のマスコット的クリーチャーだ。中型犬サイズのウサギに似た草食獣で、毛色は個体によって異なるが、ここにいるのは珍しく白いやつだ。その名のとおり、丸くて小さな目がぽつんと顔の中央に一つあるが、実は視力はほとんどなく、それを補って余りある聴覚と嗅覚で周囲を認識しているらしい。千影的にはあまり可愛いとは思えないが、駐屯地の土産物屋ではぬいぐるみが一時期飛ぶように売れていたらしい。


 性格は臆病、自分から人を襲うようなことはないが、変なちょっかいをかけると中型肉食獣並みの殺傷能力で反撃に出るため、その牙に噛まれて怪我をする新米プレイヤーがたびたびいる。想定レベルは0.5。以上、ダンジョンウィキより。


「なんか思い出すかなって思ってさ、このへんブラブラしてたらこいつがいたから、ちょっとモフモフして脳みそをリラックスさせてたってわけさ」


 そう言って名なし子はまたしゃがみこみ、一つ目ウサギの剥き出しの腹にもしゃもしゃと指を這わせる。


「ほーれ……ここか……ここがええのか……へへ、気持ちよくしたるからな……」


 普通の単語も若干危ういのにそんな言い回しは知っているのか。


 やられたらやり返す反骨心を持つはずのウサギは、今はヘソ天したままフスフスと不安げに鼻を鳴らすだけだ。レベル3の名なし子との生物としての格の違いを察した上での助命嘆願的なポーズなのかもしれない。

 ギンチョもそれに加わりたそうにしているが、もう一度名なし子が立ち上がったタイミングで、一つ目ウサギは文字どおり脱兎のごとく逃げていく。「あうう……」とギンチョが悲しげな声を漏らす。


「えっと、それで……なんでダンジョンに……?」

「えっとなあ……昨日、アケチのネーサンにイワブチポータル? 連れてってもらってさ、いろいろ話をして、IMOD? に預かってもらうことになったんだよ」

「はあ(聞いてたとおり)」

「昨日はポータルの休憩室ってとこで寝させてもらってさ。ベンチは結構ふかふかだし、シャワールームとかもあるし、イレタリツイタリってやつだった」

「至れり尽くせりね」


 今度こそアウトだけど置いといて。


「んで今朝、ポータルのドクターにあれこれ診てもらったんだけど、申し訳ねえことに結局なんも思い出せなくてさ。じゃあどうしようかって話になって、オレは『ダンジョンに行ったらなんか手がかりとか見つかるかもしんねえから、またダンジョンに戻りたい』ってスタッフの人にお願いしたんだ。そしたら偉い人に相談してくれて、行ってもいいよってOKもらえたんだ」

「ほえ?」

「そんで仮のプレイヤータグ? ってやつをつくってもらって、さすがにTシャツ一丁じゃ危ねえってんで、余りもんの装備だけ借りて。こうしてダンジョンに戻ってきたってわけだ。カミいいやつらだよな、IMODのスタッフ」

「いやいやいや……」


 おかしくね? 普通に考えて。


 彼女がプレイヤーだと確定したわけでもないのに。レベル3とはいえ、記憶喪失真っ只中なのに。仮のタグを発行して、最低限の装備だけ与えてダンジョンに放り出すって。手がかりさがしを許可するなら、職員プレイヤーも付き添ってやればいいのに。


 IMODが組織として一枚岩ではなく、国連時代のしがらみとか派閥闘争があったりして、多少緩いというか若干カオス感のある組織になっているというのはよく聞く話ではあるけど。

 厄介事はごめんだと言いながら、こんな適当な対応をして……いや、だからかも、とも思ってしまう。厄介事をダンジョンに放り出してしまおうという腹なのでは、というのは考えすぎだろうか。


 そんな風に頭蓋骨の中に引きこもっていると、ふとすぐ目の前に彼女が寄ってくる。鼻先十センチの距離から覗き込まれ、「ファッ!?」と思わずのけぞって目を逸らす。


「どうしたニーチャン? 奥歯にナマコでも挟まったみてえな顔して」

「考えごとしてただけだけど、そう見えたんですかね」


 ていうかやっぱ、えらい美人だな。直江みたいな静謐な端正さとも丹羽みたいな女性的な柔和さとも違う、利発的でボーイッシュで凛とした感じというか。

 スタイルもすごいよな。きゅっと引き締まってるけど出るとこは出てるし。つーかベストがパンパンに膨らんでるし。あれを見ちゃったんだよな、不可抗力だけど。忘れてあげたほうがいいのかな、無理だけど。


「あのよ、えっと……ニーチャンとおチビ……チハゲとサンチョだっけ?」

「千影です」

「ギンチョです」

「そうそう、チカゲとギンチョ。カミいい名前だな」


 名なし子は腰に手を当ててにかっと笑う。


「んで、二人はこれからどこに行くんだ?」

「え、あ……えっと、イベントフロアに行こうかと……」

「あー、黒いクリーチャー? が出るってやつだろ? ポータルで他のやつらが話してるの聞いたぜ」


 名なし子はうんうんとうなずき、少し間を置き、「……うしっ」と大きくうなずく。


「あのさ、お前らがもしよかったらだけどさ……オレも一緒に連れてってくんね?」

『ほえ?』


 仲よくハモるチハゲとサンチョ。もとい千影とギンチョ。


「え、いや……なんで……?」

「いやさ、オレってプレイヤーなんだと思うんだよ、たぶん。だったらバケモンと戦ったりお宝さがしたり、そうやっていろいろ経験してみたりしたら、なんか思い出せそうな気がするじゃん?」


 するじゃん? と言われても。


「つーかさ、お前らには助けてもらった恩を返してえんだ。オレも戦えるはずだから、ちっとは役に立てると思うんだよ」


 そう言ってぴゅんぴゅんと空中にジャブを放つ名なし子。その動きも様になっている感じはある。


「つーわけでさ……どうかな? お前らにメーワクかけないようにがんばるから、オレも一緒に連れてってくんねえかな?」


 伏しがちに覗き込んでくる目は、嘘やごまかしを含んでいるようには見えない。少なくとも赤羽トップレベルのボンクラを自称する千影の目には。

 隣のギンチョに目を移すと、彼女もなんだか困惑しているようだ。名なし子と千影を交互に見上げている。


 さて……どうしよう? どうしたらいいんだろう?

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