人狼さんは幼女赤頭巾ちゃんに求婚される
佐伯亮二 42歳、独身。
若くして亡くなった姉夫婦の一人娘を引き取り男手一つで育てていたが、姪の高校受験合格のお祝いをしに外食した帰り道でトラックに轢かれ敢え無く死亡。咄嗟に庇った姪が無事だといいが、生憎確認する術はなかった。最後に彼女がお父さんと叫んだ気がするがあれは幻聴だったのだろうか。
最近反抗期からかどことなくぎくしゃくしていたので、事実だとすれば亡くなった義兄には悪いが心の底から嬉しい。…いや、俺も死んだけど。
そう、死んだのだ。
だと言うのにこれはなんだろう。
頭の上でぴこぴこ揺れる獣耳。
尻にはふさふさとした尻尾が生えている。
「ちょっ……と待ってほしい」
誰にともなく呟いて顔を押さえた。
そろっと両手を外して湖に映る顔を見るも若返った自分でしかない。当時の俺にこんな獣耳なんてもんは決してついてはいなかったが。
そもそも死んだはずの自分が何故こんなところに居て、あまつさえ獣耳なんぞ生やしているのか。いや、先程うっかり木の枝に頭をぶつけた拍子に前世の記憶なるものを思い出した結果なのだが。自分の身長を見誤った。誰かに見られていたら恥ずか死ねるやつだ。
一度深呼吸して、改めて自分の記憶を思い返す。
佐伯亮二 42歳。独身。子持ち。人間。かつての俺。
ケイン 21歳。独身。人狼族。今の俺。
……なるほど。生まれ変わったわけだ。
と、すんなり受け入れられるほどおっさんの脳は柔らかくない。だが、人狼としての記憶がか弱いおっさんの記憶の大部分を押しやっているので、思い出したはずの佐伯亮二としての意識はあまりない。あー、俺死んだのか程度には思うがそれより今日の飯を狩らなくてはと人狼の俺が訴えている。
どうせ知り合いに会うことなんてないので、俺の頭に獣耳がついていようとどうでも良かった。人狼なんだから仕方ない。
そんなわけで俺は狩りをすることにした。
さて、なにを狩ろうか。兎か鳥か…たまには本気出して熊でも狩るか。この森には最近移り住んできたばかりだが野生動物が沢山で絶賛食べ盛りの俺はうはうはである。ぐっと身体を伸ばすと、両目を閉じて耳を澄ませ辺りの気配を探った。
あー、南の方に兎が居るな。
北には狐か。ここからだと兎の方が近いか。
「………ん?」
大きな気配を東の方に感じた。
熊か、と期待に胸を膨らませたがそれにしては数が多い。それに金属音がする。一体なんだ?と好奇心でそちらに向かうと一台の馬車が襲われていた。
人狼である己の知識でここが地球ではないことは理解している。馬車は人間が乗るもので、彼等の大半は人狼などの亜人を嫌悪していた。だから助けてやる道理なんてないし、そもそも襲っているのも人間だ。俺の関わることではない。見に来て損した。
さっさと狩りに戻ろうとして、
「あれー?」
何故か人間達の間に割って入っていた。あれー?
「なっ!何故こんなところに人狼がっ!!」
「ずらかれっ!狩られるぞ!!」
いや、人間は美味しくないから狩りませんけど。
「いや、捕まえて売れば金になるぞっ」
「纏めて売り払えば億万長者だ!」
どうして自分からこの状況に突っ込んでしまったのか未だに分からないままあちらさんが敵対する意思を見せてきた。そんなつもりはなかったが、俺の背後には襲われていた馬車があり、彼らの話からすればどうにも人身売買が目的な屑共らしい。いや、本当にどうして俺は出て来ちゃったのか。思い出したばかりの人間の記憶か。おっさんが悪いのか。
おっさんに正義感だとかはないはずなんだけどなー。
まぁ、出て来てしまったものは仕方が無い。
おっさんの俺が囁いている。正当防衛、迷惑料は弾んで良し、と。人狼の俺に金は対して必要ではないが、あっても損はしないだろう。奴らの身ぐるみ丸っと剥がしてやろう。
「っていうか、こんな森の中で人狼に勝負挑んで勝てるわけがないよね」
多勢に無勢といったって、猛獣に素手で挑むようなものだ。勝敗は最初から分かりきっていた。さくっと倒して宣言通りに身ぐるみ剥いで転がしたところで、半分ほど壊れた馬車から誰かが出てきた。
「あ、の……」
それは大層愛らしい幼い少女だった。
よくお伽噺で聞くようなふわふわした金髪に青い瞳。昔に姪っ子が憧れていたお姫様だ。いや、なんか赤っぽい格好してるし赤頭巾ちゃんか?とにかくこれは狙われるわ。だがロリコンは許さん。
「あー、大丈夫、か?」
「は、はい」
意味もなく両手をあげて危険がないよアピール。
馬車の中に居たのはどうやらこの子一人でお付きの者は皆そこらへんに転がっている。残念ながら全滅だ。そのことに気付いたのだろう周りを見渡した幼女は元より青褪めた顔を白くさせている。足なんてがっくがくだ。馬車からしてお偉い所のお嬢様だろうがそれにしてもなんでこんな森の中を通っていたのかね。
怯えさせないように少しの距離を開けて、視線を合わせるようにしゃがんでみると幼女は意外なことに俺を真っ直ぐに見つめた。
「お嬢ちゃん、自分の家は分かるか」
「…………はい、」
「そか。なら良かった」
ここまで来たらこれも何かの縁だ。
ひょいと幼女を肩に乗せてお家まで狼さんが送ってあげようとなるべく怖がらせないように笑ってみた。
「………ぇ、」
「どう考えてもお嬢ちゃんの足じゃあこの森を抜けられないからなぁ」
ここは俺のような人狼が住む森。
昼間はいいが、夜になれば只人が気軽に歩けるような場所ではない。俺が転がした屑共も夜までにここを去らなければ獣達に美味しく頂かれるだろう。そもそも人狼は基本的に夜行性だ。俺はなんとなく昼間の方が好きだけど。多分思い出す前からおっさんの記憶が滲み出ていたのだろう。うんうん、と一人頷きながらとりあえず森を抜けるかと幼女を怯えさせない程度のスピードで走り出した。
「ぁ、の……」
「んー?」
「……してください」
「うん?なんて?」
「私と!結婚してください!!」
「……………うん?」
理解出来なくて横を見れば、そこには頬を赤く染めながらもキラキラした瞳でこちらを見つめる幼女が。……うん?
果たしてこれがこれから毎日俺に求婚しに森へやってくることになる赤頭巾ちゃんもとい幼女な貴族令嬢様との出会いであった。
かつて姪っ子は言いました。
大きくなったら叔父さんと結婚するー!
幼女「死んでも逃さん」
つまりそういうことです。