格闘姫2
アソビタ姫は憂鬱だった。
それもこれも、ぷにょぷにょ製作が思ったよりうまくいかなかったからだ。
発想は悪くなかったのだ。水鏡と遠視投影の魔術を組み合わせた画面の作成はうまくいった。スライムと魔術師系の魔物をそこら辺からさらってきて洗脳するところまでは成功した。コントローラーも、メタルなスライムがいたので魔法でこねて固めてそれっぽい形を作ることができた。ゲームの小道具の作成は予想以上にうまくいっていたのだ。
だが、いざコントローラで遠隔操作をしてみて問題が発覚した。
ラグが発生するのだ。
スライムの操作方法は簡単だ。適当にさらってきたメイジ系の魔物を洗脳し、手元のコントローラーの動きと同期させて浮遊魔術を制御させていた。ようするにコントローラーの動きに合わせて、洗脳したメイジが浮遊魔術でスライムを動かすように設定したのである。
洗脳経路が複雑だったため、コントローラーを動かしてから実際の動きに反映させるまでに一秒近くもラグが発生したのだ。
「いら、いら」
一秒と侮ることなかれ。コントローラーの動作がすぐさま実画面に反映されないのは大変なストレスである。気の短い人間だったらコントローラーをぶん投げてゲーム画面をたたき割ってもおかしくない。ラグがひどいゲームはそれだけでクソゲー認定されてもしかたがないほどゲーマーにストレスを与えるのだ。
しかも問題はそれだけではない。姫の洗脳で極限までスライムを浮遊させて動かすマシーンと化したメイジ系の魔物だったが、彼らも無限の魔力を持っているわけではない。魔力不足で魔術師が過労により残機消費すると、浮遊魔術の切れたスライムが積み重なった重みに耐えかね潰れて圧死して総崩れになるという悲しい出来事が起こってしまう。
「あ」
いまもまた、スライムの空中浮遊の半日継続という重労働に耐えかねた魔術師が残機を一個消費させて消滅し、積み重ねられたスライムがぷちぷちと潰れて残機を減らしていった。
これにはアソビタ姫もご立腹である。むーむーほっぺたを膨らませてコントローラー持った手をぶんぶんさせている。うまくいかないゲームメイクにアソビタ姫はおこだった。
そんなアソビタ姫の様子を見ていた魔物が一匹いた。
「な、なんという……」
赤犬将軍である。彼は目に飛び込んできた想像を絶する光景に絶句していた。
赤犬将軍の目には、スライムを積み重ねて圧死させるという恐ろしい遊びをしているように映ったのだ。なんの意味があるかはさっぱりわからないが、とりあえず恐ろしいことだけは確かだ。実際はもっとおびただしい残機の山を築いていたのだが、あんまり間違った理解でもなかった。
ごくり、と赤犬将軍はつばを飲み込む。
アソビタ姫に魔王の座についてくれと直訴しに来た彼だったが、噂にたがわぬ残虐ぶりに震えが止まらなかった。少し間違ったら、自分もあの水鏡の向こうに放りこまれるのだ。彼はそう思った。その理解は、おおむね間違っていなかった。
そんな赤犬将軍のことなど知らず、アソビタ姫はいったんぷにょぷにょ製作を諦めることにした。発想のブレイクスルーがないと、達成が困難だと気が付いたのだ。
「格ゲーしたい……」
この間、邪神と交信して仕入れた新しい遊びに、まだ見ぬ筐体へと想いを馳せる。
この世界では電子ゲームはまだまだ未到達の技術だ。だがぷにょぷにょをつくるためにゲーム画面のシステムは魔法で代用できたのだ。格ゲーだって、なんとかできないだろうかと思案する。
「あれ……?」
普通に代用できる気がした。遠方を投影できる水鏡と、洗脳で相手を操るコントローラーは作っているのだ。数人を洗脳して行動パターンを制限し、コントローラーで動かして戦わせればいいのである。メイジ系の魔物に浮遊魔術を使わせるぷにょぷにょに比べて、格ゲーならば単純に動かすだけの洗脳パターンですむので、ラグが発生する恐れも低かった。
「でき、る!」
ぷにょぷにょは無理でも、格ゲーはできる。発想のブレイクスルーに、アソビタ姫はぱぁっと顔を輝かせた。アソビタ姫の笑顔は、いつだって魔界の至宝だった。
あとは、ゲームの駒となる魔物が必要だと立ち上がって振り返った時だ。
そこには平身低頭で控える赤犬将軍がいた。
「……誰?」
姫は基本的に雑魚の顔と名前は憶えなかった。どうせ覚えないのだからその問いかけに意味はないのだが、赤犬将軍は恐怖で声を震わせながらも返答する。
「し、失礼つかまつります、アソビタ姫。わたくしは四天王の赤の位を邪神様より賜ったものでございます」
「へー」
「この度は姫に奏上したい事案がございまして、まことにご無礼ながら直訴にまかりこした次第でございます……!」
「ふーん」
雑魚の自己紹介は心底どうでもよかったので、姫はスルーしよう思った。格ゲーの駒にするにしても、赤犬将軍は姫の基準では脆弱過ぎた。ただの役立たずである。
通り道にいて邪魔だし、ぷちっとしてどかそうかなと考えていた姫の適当な相槌を、意見具申の許可と受け取った赤犬将軍は平身のまま顔を上げ決死の覚悟で意見を口にした。
「アソビタ姫に、魔王の座についていただきたく奏上に参りました次第でございます!」
「ぶっ殺すぞ」
『姫』以外の存在に対して、アソビタ姫の沸点は低かった。
殺意をのせた呪詛とともに放たれた闇そのものの杭が、赤犬将軍の心臓を貫通して地面に突き刺さった。
死んだ。どこが姫の気に障ったのかわからぬまま、赤犬将軍は自分の残機が一個減ることを覚悟したが、ことはそれだけはすまなかった。
「な」
赤犬将軍は、地面に縫い付けられて這いつくばったまま愕然と目を見開く。
自分は確かに致命傷を負った。なのに、リボーン地点に戻らないのだ。
残機は減った。その感触があった。なのになぜ、と自問して、己の現状に気が付いた。
いま現在も、残機が減り続けているのだ。
心臓を貫いた呪詛に魂魄ごと縛られ、再生することすらできない。継続して残機を削られ魂魄の消滅の危機にさらされて震える赤犬将軍を、アソビタ姫は冷たく見下ろす。
「わたしは、姫なの。それが、わからない、の?」
アソビタ姫はめんどくさいことが嫌いだ。だからこそ何もしなくても、かわいく存在するだけでちやほやされるという姫の地位についているのだ。その絶対的地位にいるアソビタ姫に向かって神々の遊びの使いっぱしりと名高い魔王の座に就けなどと、ひどい侮辱である。
アソビタ姫は生粋の姫なのだ。魔界で一番かわいいから姫なのだ。それを魔王の座についてくれなど、アソビタ姫がかわいくないと言っているようなものである。これには温厚なアソビタ姫もぷんすかだった。
アソビタ姫の機嫌を損ねた時点で、赤犬将軍は残機を根こそぎ吹っ飛ばされてもおかしくなかった。
「も、もうしわけ、申し訳ございません、姫……!」
赤犬将軍の命乞い、アソビタ姫は考える。
なんかめんどくさい上に失礼なことを言ってたし、この犬っころの残機を残らずドレインしてやろうかとも思ったのだが、アソビタ姫と赤犬将軍の魂の格差を考慮すると赤犬将軍の残機を全部吸い取ってもアソビタ姫の残機が一個増えるか増えないかという程度だ。殺す価値もないとはまさにこのことである。
「どうでも、いいや」
人間がミジンコの行方を気に留めないように、姫もまた雑魚の言うことにぷんぷんしたままにはならなかった。
ちょっぴりだけ怒っていた姫は、あっさりと呪詛を解除する。
「かっは……!」
残機を半分ほど削りとられた赤犬将軍は、息も絶え絶え、全身にびっしょりと汗をかいていた。
魂魄に直接触れてくるような暗黒魔術を、視線だけで行使する。
自分の思い違いを、赤犬将軍はまざまざと思い知らされた。この方こそが魔王にふさわしいと確信していたが、そうではないのだ。アソビタ姫は、そもそも魔王などとは根本的に存在の格が違う。姫という地位が、なぜ魔王が代替わりしても不動なのか。それは姫という立場がもはや魔王より上位にある位なのだと、この魔界では正しいルールをしっかりと脳みそに刻み込んだ。
九死に一生を得た赤犬将軍が、魔界の常識を知れてちょっと賢くなっていた時、アソビタ姫は思いつく。
「そいえば、君、魔王軍の、一員?」
「はっ! 若輩者ながら、魔王軍の末席を預かっております!」
赤犬将軍は忠犬になっていた。
しょせん四天王最弱である。圧倒的なアソビタ姫の力と残虐ぶりを目の当たりにして、とりこになっていた。強いものに本能的に恭順する犬気質。たぶん、赤犬将軍はマゾだった。
「ふむ、ふむ」
赤犬将軍の返答に姫は頷く。
アソビタ姫は俗っぽい割には俗世に興味がない。そしてアソビタ姫は脳みそ筋肉軍団が嫌いだった。インドア派の敵は、いつだって部屋から出て来いと叫ぶお母さんと外で遊ぼうと誘ってくるアウトドア派な体育会系なのだ。そしてアソビタ姫にお母さんはいない。つまり姫の敵は体育会系に絞られた。
そして魔王軍は、姫にとっては体育会家の巣窟だった。
魔王軍にならいい感じの駒がたくさんいる。なら体育会系に姫罰くれてやると同時に有効活用できるなと考えた姫だったが、彼らは自分が呼んでも逃げるし、自分が追いかけるとさらに必死になって逃げるということは経験から把握していた。
それでも逃がすような姫ではないのだが、手間は省ける方が良かった。
「なら、練兵場に、みんなを、呼んで?」
雑魚に呼ばれたなら雑魚でも逃げないよなと考えた、とっても賢い姫だった。