神様TRPG1
ガンガン王国の勇者イコーゼ姫がそのおぞましい気配を感じたのは、洞窟に住まうドラゴンを倒した時だった。
ドラゴンの討伐を決めたのは、そこにやんごとなき姫が囚われていると聞いたからだ。壮絶な死闘の末にドラゴンを打ち倒したものの、囚われていたのは残念ながら姉のトラワレではなく、他国の姫だった。
それでも何とかの捕らえられていた姫を逃がし、イコーゼ姫はドラゴンと果敢に戦った。接戦の末、勝利した。
その時に、見られているだけで心胆寒からしめるような視線を感じたのだ。
ぞっとするような瞳。桃色がかった銀髪にはしかし温かみが感じられず、むしろ鮮血の乾いた痕ではないかと感じさせる危うい雰囲気があった。
「お前は……何者だ!」
明らかにただものではない。イコーゼ姫の問いに、人形じみた美貌を持つ少女は隠すようなことでもないと口を開いた。
「わたし、姫。名前、アソビタ」
「なに?」
簡潔な答えにイコーゼ姫は眉を顰める。
姫と言われても、こんな怖気が振るうような威圧感を放つものが普通の人間であるはずがない。まさか先ほどまで戦っていたドラゴンに捕らえられていたというわけではないだろう。むしろあのドラゴンを使役していたといわれたほうがしっくりくる――と、そこまで考えて、答えの意味に気が付いた。
「まさか、お前は魔界の姫なのか?」
「そう」
言葉少なに頷いた魔界の姫に、イコーゼ姫はとっさり剣を抜いて刃を向ける。
魔界の姫直々の登場。イコーゼ姫の背筋に冷たい汗が滑り落ちた。
イコーゼは勇者に選ばれるほどの才能の持ち主だ。勇者と言われるだけの努力もしていた。
だからこそ対面するだけで、己との圧倒的な力量差を感じてしまったのだ。アソビタ姫に向けられた聖剣の切先は、イコーゼの怯えを表すかのように震えていた。
「魔界の姫がなにをしに来た?」
「……? 怒ってる、の? なんで? 許可なら、とった、よ?」
不思議そうに問いかけてくる魔界の姫の考えがイコーゼには読めなかった。まるで普通の少女のような態度でいて、威圧感だけは膨大だ。構えも取らず、威嚇されているわけでもないのに潰されてしまいそうなほどのプレッシャーがのしかかってくる。
のらりくらりとかわすアソビタ姫に、思い込んだら一直線のイコーゼ姫は敵の親玉に近い立場の相手を前にして冷静さを失っていた。
「いいから質問に答えろ、魔界の姫!」
強硬なイコーゼの態度に、魔界の姫は不満そうにしつつもおおむね素直に答えた。
「あなたを、見に」
予想外の答えに、イコーゼは虚を突かれる。
自分を見に来たということは、偵察か。しかし見るだけで圧倒的とわかる力を持っている。ならばさっさと襲い掛かってくればいいものを、アソビタと名乗った彼女は戦う気は微塵も見せない。
問いかけた答えに、さらなる疑問が踏まれる。相手の真意を測りかねて懊悩する勇者イコーゼに対して、向けられる切っ先に何の危機感も抱いていなさそうな魔界の姫は、ぼんやりとした顔でつぶやく。
「でも、トラワレに、あんまり似てない、ね」
囚われ先から姉の名前を出され、ちょっぴりシスコン気味のイコーゼ姫はあっさり逆上した。
「姉さんになにをしたぁ!」
一閃。確かに捕らえたと思った会心の一撃は、しかし手ごたえなく空ぶる。
「それ、嫌」
アソビタ姫と名乗った少女は、イコーゼの背後にいた。
音もなくイコーゼの死角をとった魔界の姫は、聖剣を目にしてわずかに眉根を寄せていた。
「話して、るのに、いきなり、切りかかるとか、変な、子」
「はっ、貴様よりはましだ……」
口では強がりつつも、それが虚勢だということはイコーゼ自身自覚していた。
短距離とはいえ、なんの前兆もない空間転移。それがどれほどの絶技なのか、戦闘に携わるものとしてイコーゼは知っていた。
勝てない。攻防とすらいえないいまの一瞬で思い知らされてしまった。
だが諦めるわけにはいかない。自分は、勇者なのだ。
勝てずとも、せめて一矢報いる。そのために戦意を猛らせるイコーゼを見て、アソビタ姫は不愉快そうに唇をすぼめた。
「乱暴な子は、嫌い」
剣を構えて警戒を解かないイコーゼの様子に、アソビタ姫はぷいっとそっぽを向く。
「あなたは、期待はずれ、だった」
それだけ言い残して、アソビタ姫は消えた。
「くそ……!」
期待外れ。その言葉の意味はわからない。敵対しているはずの自分になにもせずとも
言い知れぬ敗北感が、イコーゼの胸には刻み込まれた。
「ただ、いま」
「おかえりなさい、アソビタちゃん」
また邪神に許可をもらって人間界に出掛けていたアソビタ姫は、ちょっとご機嫌斜めだった。
戻ってきたアソビタを、離れの塔の最上階で暇していたトラワレは大歓迎した。アソビタ姫は存在するだけで結構なプレッシャーを周りに振りまいているのだが、トラワレ姫は彼女自身のおっとりオーラで相殺しきっていた。
「イコーゼに会いに来たんでしょう? どうだった。あの子、元気にしてたかしら?」
「嫌な子、だった」
「あら?」
そう。アソビタ姫は今回、ぷにょぷにょ製作のスライムを収集するついでに、遊び友達になったトラワレの妹に会いに行ったのだ。それ以上の目的はない。友達の妹ってどんな子かなって思って、どきどきわくわくしながら人間界に出掛けたのだった。
その結果は散々だった。
「変な、子。あんまり、しゃべってくれない、し。ちゃんばらごっこが、好きな子?」
「あら。そうね……確かにイコーゼはお外で遊ぶのが好きな子だったけど……とってもいい子よ」
そんなことを言われても、出会い頭に聖剣を向けられたアソビタ姫の不信感は解けない。
なんかドラゴンと一生懸命戦っていたから話しかけるタイミングを見計らっていたのに、よくわからないけど怒られたのだ。特にイコーゼ姫が持っているあの聖剣には、切り裂いた魔物の復活を十年くらい遅らせるという鬱陶しい効果があるのだ。神々の加護によるものなので、アソビタ姫でも抗えない。
それになにより、インドア派とアウトドア派の間には埋まらぬ溝がある。イコーゼ姫は明らかにアウトドア派である。
でもイコーゼ姫は勇者である以前に姫なので、アソビタ姫はイコーゼのことをぷちっとしたりはしなかった。
妹のことを弁護してもアソビタ姫のふてくされた様子が解消されないのを見て、トラワレ姫は苦笑した。
「イコーゼは、ちょっと思い込みが激しくて一直線すぎるところがあるわね。アソビタちゃんとは、ちょっと相性が悪かったかしら」
「わたし、悪く、ないもん。向こうが、悪い子、だもん」
自分の正しさを疑わないぷっくりほっぺのかわいい姫は、ベッドにダイブした。
「今日は、ここで、寝る」
「あらあら」
幼い子供のようなアソビタ姫に、トラワレ姫はおっとり微笑んだ。
ベッドに寝そべるアソビタ姫の隣に腰かけ、ぽんぽんと頭を撫でる。
「アソビタちゃんいい子ね。そのうちイコーゼとも仲良くなれればいいわね」
「つーん、だ」
インドア同士、相性のよい姫たちだった。