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遊戯姫5


 バランスの取れたカード編成を組めた。夢のカードも入手した。悪魔さんの献身的な献体協力も得て、ギミックもなかなか精巧なものとなりつつある。ゲームはこれでもう完成しているといっても過言ではなかった。

 足りないものはただ一つ。

 対戦相手が必要だった。


「むー」


 デュエルは一人では行えない。デュエリストが二人いなければ始まらない。

 だが魔物はいけない。なぜなら大体の魔物は脳筋だからだ。カードゲームなど、ルールを理解しようともしないだろう。脳筋でない数少ない魔物にしても、己の趣味に生きているため自分の趣味以外には毛ほども興味を示さないのが大半だ。そこらへんは姫を見ればわかると思う。

 だが姫には、遊び相手に心当たりがあった。

 しかしその相手に会いに行くのは、マイペースを極めつつある姫をして勇気を振り絞る必要があった。


「むん」


 しばらく部屋の中をぐるぐる回っていたアソビタ姫は、気合を入れて決意する。怖がっていたら、いつまで経っても止まったままなのだ。

 かわいらしく握りこぶしをぎゅっと作った姫は転移魔法を発動し、魔王城(残骸・修復中)の離れの塔に向かった。女大工さんが作った建物は丈夫なので、すぐ隣の魔王城が崩れ落ちても離れの塔はびくともしなかった。女大工さんはすごい大工さんなのだ。彼女の造る建物は中身を空間ごと抉り取られたりしない限りは崩れたりしないすごい建築物なのである。

 崩壊を待逃れた離れの塔の最上階の部屋。その扉をちょっぴり開けた姫はひょこんと顔半分だけ覗かして中を見た。

 中には、蜂蜜をたっぷりと流し込んだような髪をもつ少女がいた。


「あら、かわいらしいお客さんね」


 アソビタ姫の訪問に気が付いた少女は、おっとりと微笑んだ。

 彼女こそがいま魔界に唯一いる人間。ガンガン王国からさらわれてきたお姫様、その名もトラワレ姫である。

 トラワレ姫は幼いころから誘拐されること九十九回の筋金入りの囚われのお姫様。その生涯を生まれた王城よりも誘拐先で過ごした期間の方が長いという誘拐されるプロフェッショナルで、今回魔王にさらわれたのは記念すべき百回目である。

 トラワレ姫の言葉にびくっと肩を跳ねさせたアソビタ姫は、ぴょこんとお辞儀した。


「こ、こにちわ」


 アソビタ姫は噛み噛みおどおどの、いつもの姫っぽくない態度で挨拶をした。

 あまり知るもんはいないが、アソビタ姫は意外にも緊張しいで口下手なところがある。

 アソビタ姫は下々のものには圧倒的な高圧的態度をもって接する。なぜなら姫だからである。アソビタ姫の中で、この世界の生物の分類は『雑魚』『強いやつ』『姫』と、大まかに三分割している。雑魚は搾取で、強い奴は無視が基本。そして残る『姫』のみをコミュニケーションの相手とみなしている。

 そんな思考をしているためにまともな対話の経験が少なくて、コミュニケーション能力が育ってないのだ。ゆえにアソビタ姫は他国の姫を前にすると、ちょっと気の弱く口下手な普通の女の子みたいな態度になるのである。

 恥ずかし屋さんの姫の挨拶を受けたトラワレ姫は、にこにこと微笑んだ。


「こんにちは。あなたは、どなたかしら」

「あ、アソビタ、だよ。姫だよ」

「アソビタちゃんっていうのね。はじめまして。わたしはトラワレよ」

「うん。知ってる」


 いまガンガン王国では第二王女のイコーゼ姫が勇者となり、聖剣を振るって頑張っている。そこらへんの事情は一応アソビタ姫も把握していた。


「それで、アソビタちゃんはお姫様っていうことは、もしかしてあなたもさらわれてしまったのかしら?」

「ううん。違う」

「あら……じゃあ、もしかして魔王城のお姫様なの?」

「そう、だよ」

「あらあら、そうなのね」


 トラワレ姫はちょっと意外に思って目を見張る。アソビタ姫は魔界で一番かわいい。こんな無害そうでかわいらしい魔物もいるんだなと、トラワレ姫はちょっとしたカルチャーショックを受けていた。


「アソビタちゃんはどうしてここに来たのかしら?」

「えっと、ね」


 アソビタ姫はもじもじしてスカートの裾をぎゅっと握る。次の一言を発するにはとても勇気がいる。もし断られたどうしよう。そんな不安がアソビタ姫の頭をよぎる。

 それでも姫は頑張ってここに来た目的を告げた。


「あ、あそぼ!」


 アソビタ姫が、勇気を振り絞ってトラワレ姫を遊びに誘う。誘ってから、カーッと赤面した姫はうつむいた。

 予想していなかったお誘いにびっくりしたトラワレ姫だったが、そこは神々からさらわれ役に選ばれるくらいに心優しい少女である。頑張って遊びに誘ってくれた女の子の勧誘をすげなく断ることなどしなかった。


「……うん、わかったわ。遊びましょ、アソビタちゃん」

「っ! ほんと? ほんと?」

「ふふ、本当よ」

「やった!」


 魔物でもアソビタ姫は見た目相応のちょっと恥ずかしがりやで心優しい少女なんだなと勘違いしたトラワレ姫は、アソビタ姫のことを受け入れた。


「それで、なにをして遊びましょうか」

「これ! この、カード!」

「あら、初めてみるカードだわ。どんなゲームなの?」


 口下手なアソビタ姫を導くようにして、優しく対話を誘導する。そんな長女気質のトラワレ姫に、アソビタ姫は必至でルールを説明した。


「あのね、あのね、これね。四十枚一組でね、手札が五枚でね、このカードをね、ここに出してね、横にするとね、防御でね」


 アソビタ姫はたどたどしくも頑張ってカードゲームの説明をする。トラワレ姫もうんうんと優しく相槌を打ってルールを飲み込んでいく。


「うん。大体わかったわ」

「じゃ、やろ。あそぼ」


 いそいそとデッキを二人分用意する。もちろんデッキの内容は大体同じにしてある。

 お互いでデッキをシャッフルし、五枚の手札を引く。アソビタ姫の先行だったので、手札から一枚選んで場に出した。

 するとどうだろう。そのカードに描かれた魔物のオークが立体として現れた。


「あら。すごいわ」

「でしょ、でしょ」


 その場に出現したオークに驚くトラワレ姫に、このゲームを作ったアソビタ姫は鼻高々だ。

 デュエルをするのならば、やはりカードだけではなくて立体化も欠かせない。立体化を目指した姫は考えた。

 封印した魔物を普通に解放すればいいんじゃね、と。そうして場に召喚した魔物同士を叩かせれば臨場感がでる。問題は何一つ見当たらなかったので、姫はその案を採用した。

 その考えに基づいて場に現れた魔物は、まさしく本物である。トラワレ姫は興味津々にその魔物を見つめた。


「これは、幻術なの? アソビタちゃんの魔法?」

「え? あ、うん。そう」


 幻術ではなく封印していた魔物を中途半端に開放しているのだが、人間の姫に本物の魔物を使っていると説明しては怯えられるかもしれない。アソビタ姫にしては気を使った嘘に、トラワレ姫は感嘆の声を漏らした。


「すごいわ。本当に触れそうなくらいリアルな幻術ね。アソビタちゃんは、すごい才能が――」

「姫ぇ、お助けを! ご慈悲を、どうかご慈悲をくだせえ!」


 幻術がしゃべった。

 突然の事態に、トラワレ姫はきょとんとした。アソビタ姫は、己の失態に舌打ち。封印により行動制限はされているものの、首から上の自意識を奪うのを忘れていたのだ。


「お、俺には、ツレがいるんです。早くかえってやりたいんです」


 オークの魔物が、泣き出しそうな顔でいやいやして現実逃避をしている。確かにオークの彼にとっては、現在の現実は過酷極まりなかった。

 突然の嘆願に、トラワレ姫はぽかんとしていた。


「アソビタちゃん。これは……?」


 純真無垢なトラワレ姫の問いに、アソビタ姫は重々しく頷いた。


「これ、キャラクターにドラマチックなストーリーを組み込んだ、カードバトル」

「あらあら、そうなの」


 仕様です、という運営の答えにトラワレ姫は納得した。

 頻繁に誘拐されているくせに、世間知らずなので人を疑うということを知らない姫だった。誘拐先では基本的に賓客扱いされるので、誘拐がひどいことだという認識すらない天然の長女気質。それがトラワレ姫なのだ。

 納得したトラワレ姫は、自分の手札を一枚場に置いた。くしくも、アソビタ姫と同じくオークのカードである。場に表示されると同時に、解放。同じステータスのオークが対峙する。


「あ、あなた」

「そ、そんな……なんで、よりによっておまえが」


 向き合うオークが、互いの顔を見て呆然とした。二人はどうやら知り合いのようだ。

 ドラマティックな物語の展開に、トラワレ姫はわくわくと事の成り行きを見つめた。


「あ、うあ、ぁ。姫、お許しを。あ、あれは家内ですっ。どうか、どうかご勘弁を!」


 アソビタ姫がオープンしたオークが振り返って懇願する。魔物は世界から発生する生物なので繁殖しない。それでも感情と個性があるので友人や恋人や、夫婦になることはある。仲良しになって夫婦になり、お互い愛をはぐくんでいたのだろう。

 向き合う二匹の愁嘆場を見て、アソビタ姫は告げる。


「薙ぎ払え」


 言ってみたかっただけだった。

 なんにしてもアソビタ姫の呪いによって行動を強制させられ、戦いが始まる。同じカード扱いなので、ステータスは一緒だ。互いに慟哭を響かせて対消滅し、残機が一個減る。

 その光景を見て、アソビタ姫は己のゲームを評する。


「キャラクターの出会いで、それぞれの物語が展開。カードの組み合わせによって、展開される物語は無限大」

「うふふ。アソビタちゃん、すごい物語をつくったのね」

「もっとほめて」

「すごいすごい。アソビタちゃん、すごくすごいわ。あら。このカードの人、食事を運んでくる人にそっくりだわ」

「魔王城のメンツも、参考」

「そうなのね。あら、これ魔王様。意外に弱いのね、うふふ」

「うん。魔王は雑魚だから」


 姫二人によるカードバトルは続き、血で血を洗うカードゲームはほのぼのと続き、悲劇が量産され、墓地に用済みのカードがどんどん積み重なっていった。

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嘘つき戦姫、迷宮をゆく
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