遊戯姫4
「デュエルまで、あと、ちょっと」
悪魔の解析を終えた姫は、長かったこの数日を思い返した。
ノーマルカードは手にいれた。レアカードも手に入れた。カードを生贄に捧げるゲームシステムも召喚した悪魔さんの詳細構成を隅々まで把握したことで構築する目途は立った。うまくやれば、ホログラフィックな対戦も可能になるだろうと姫は確信していた。尊い犠牲になった悪魔さんも、百年くらい時間をかけてゆっくりと自己再生するだろう。悪魔は不死身なのだ。寿命性でもなければ残機制でもない不死身なので、たまに死んだ方が楽な事態に陥ったりもする。
それはさておき次にアソビタ姫が目指すは、レアカードの上にあるきんきらきんのスーパーレアカードを手に入れることである。
「3000級が、ほしい」
3000級。それは夢である。3000級となれば、オンリーワンでもおかしくない。むしろオンリーワンいなるために、いたいけな老人を恐怖で心臓麻痺させるような人間が現れておかしくないほどの価値を持つカードなのだ。
今のところ、一番強いカードが蒼竜将軍だ。
強さの数値は攻撃力が1800。防御力が1500だ。ちなみに魔王は1000・1000。外で魔王城の修復を始めた女大工さんは1200・2000くらい。勇者であるイコーゼ姫が現在100・80くらいで、アソビタ姫の数値は、おおよそ2500・2800ほどになるだろう。
やはりデッキには一枚くらい3000級が入っていないと締まりがない。
そしてアソビタ姫には、いくつかの心当たりがあった。
「あいつなら、たぶん、3000以上」
アソビタ姫は、自分の部屋から遠く見える山々を眺めた。
魔王城が崩れ落ちて見通しが良くなった窓の外からは、遠くにそびえる霊峰が見える。雲を突き破り、中腹に季節を関係なく雪を降らせ、天まで至りそうなほどのウォール山脈。人間界と魔界を区切る壁のようにそびえたつ霊峰である。
そこに住まう主の姿を、アソビタ姫は知っていた。
「レッドアイズの、ホワイトドラゴン」
きんきらりんとアソビタ姫の瞳が輝いた。
自分の遊びのためなら、アソビタ姫はアクティブだった。境界線の霊峰ならば神々の許可はいらない。そうして転移魔法で霊峰に上り、強敵に挑んだアソビタ姫は死んだ。
はっと目を覚ますと、そこは邪神教会だった。
アソビタ姫は残機を減らされると、魔王城の地下にある教会で復活するのである。そうして蘇った姫の顔を、真っ黒でごつごつしたうろこと翼を持つ巨大な蛇がのぞき込んでいた。
この教会に住まう司祭の蛇龍である。
「姫はまた、なにをやらかしたんじゃ。姫ほどになれば、そうそう残機を減らす事態もなかろうに……というか、魔王城が倒壊したんじゃが、なにをやらかしおったんじゃ?」
邪神司祭が復活した姫に声をかけたが姫は無視した。口うるさいこの司祭のことを、姫はあんまり好きではなかった。
魔王城の倒壊に伴って邪神教会の出入り口は埋め立てられている。上ではトンテンカンテンと魔王城の再建が始まっていた。女大工が傑作が倒壊した失意に沈みながらも頑張っているから、三日もすればそれっぽいお城が完成するだろう。生き埋めにされた邪神司祭は温厚な性格なので、地下でのんびり待つことにしていた。
「むむむ」
自分引き起こした事情には一切ノータッチでアソビタ姫は考える。
アソビタ姫は敗北した。霊峰のドラゴンは超強かった。それも当然だ。あれは亜神に類する生物で、数値化すると5000・5000くらいある。まだまだ邪神と交流し始めた程度の姫では敵う道理がなかった。
姫は残機のストックをいっぱい持っているので一回死んだくらいではどうにもならない。だが結構ガチで戦ったために、残機を十分の一くらい消費していた。闇の魔術には、己の残機と引き換えに威力を高めて放つような魔法が多いのだ。
だが、それでも勝てなかった。
「なむなむ、うまうま」
アソビタ姫は試しに邪神に祈った。
もっと残機増やして。百個くらい残機ちょうだい。そう邪神に祈ってみた。せめて減った分の残機くらいは補てんしたいという祈りだった。
かわいらしい姫のおねだりに邪神の心は揺らいだ。ちょっとくらいは。百個や二百個の残機は誤差だよね。そのぐらつきは、他の神々から猛反発を食らった。経験値は功績に応じて与えるルールなので、かわいいだけではあげられないのだ。
「むう」
おねだり作戦失敗に、姫はしょんぼりした。
マイペースな姫の様子に、司祭はため息を吐いた。
「はあ……。まったく姫は姫になった時から姫じゃのう。のう、姫よ。昔に比べて魔界も平和になったし、姫も、もう少ししとやかにならんのか? 気まぐれにそこら辺の魔物の残機を減らすのはともかく、さすがに城を倒壊させるのはやりすぎじゃろうて。聞いておるのか、姫」
「うん」
もちろん聞いていない。司祭の言葉をすべて聞き流していた姫は、ふと視線をあげて、久しぶりに邪神司祭の姿を確認した。
邪神司祭も魔物だ。その姿は蛇龍である。にゅるにゅるとした姿で、胴体の真ん中くらいに立派な羽がある。口を開けば姫なんてあっさり人の身にできるサイズで、青い目で黒鉄のうろこをしている姿はブルーアイズのブラックドラゴンといったところだった。
姫は考える。
ちょっと蛇っぽくてにゅるにゅるしている。ドラゴンというより龍だ。理想通りとはならない。
まあ、許容範囲だなと姫は妥協した。
「ところで」
アソビタ姫は、弱弱しく笑って手を差し出す
「ここ、怪我、治りきって、ない。診て」
「おお、いいじゃろう」
姫のおねだりに、司祭は相好を崩す。
この邪神司祭、魔王城でも一番のおじいちゃんで、しかも超強い。魔王城で姫よりも強い数少ない魔物である。数値にすると大体、3500・2500くらいだ。
いい感じの数値だった。
命のやり取りというのは、必ずしも実力で決まるものではない。どんな実力を持つ魔物でも敗北することはある。油断などすればなおさらだ。現実は、カードバトルのように絶対的な数値のぶつかり合いではないのだ。
好々爺の態度で姫のケガを治してやろうと近づいた司祭は、姫による不意打ちでカードと化した。
「カード、ゲットだぜ」
邪神司祭のキンキラキンのカードを拾い上げたアソビタ姫は、どこまでも姫だった。