遊戯姫3
「空が、青い」
人間界の上空に転移した姫は、青い空をしげしげと眺めた。ちなみに魔界の空は赤い。特に意味はないが、お日様が出ている間の魔界の空は赤いのである。
人間界にも魔物はたくさん住んでいる。魔界の住人より数ランク劣る魔物がいっぱい住んでいる。
人間界の魔物には人間さんたちのレベルアップの糧となる大切な役目があるのだ。だから弱い。特に勇者に倒されるのは大切な役目だ。人間界の魔物は弱すぎて神々の意思を感じられないので、自分の役目を把握していない。魔界と人間界が本気で戦争していると思い込んでいる魔物が大半で、魔王がガンガン王国の姫をさらってから人間に対して好戦的になっていた。
「うん。いっぱい、いる」
姫はそんな事情など考慮しない。いま姫に大切なのは、ちょうどいい塩梅の魔物が集まっているところである。人類もカード化しようかな。そう考えたが、人類に手を出すと邪神以外の神々がクレームつけてきてうるさいので、封印術の対象から除外しておいた。
魔法で空から人間界の魔物の分布を把握していたアソビタ姫は、サーチの結果に満足げに頷いた。そこそこに雑魚の魔物が集まっているところがあったので、ごっそりカード化すればいい感じななるだろうとざっくりした判断を下し、おおざっぱに範囲魔法を展開する。魔法は範囲を拡張すればするだけ威力と効果が薄まるが、人間界の魔物は姫にとってはゴミに等しい雑魚なのでいくらでも拡大できた。
「はんい、ふういーん」
気の抜けた声と共に、姫の封印呪術が展開された。
***
「くっ、ここまで、なのか……」
ガンガン王国の第二王女にして、神々より選出された勇者であるイコーゼ姫は窮地に陥っていた。
魔王にさらわれた姉を助けるために出奔同然で一人旅に出たシスコン気味のイコーゼ姫だったが、姫騎士と呼ばれることもあった剣の実力、さらには神々に勇者として選出され聖剣を賜ったということもあって、快進撃を続けていた。
だが、それもここまでだった。
「ははっ、まさか、魔物が群れどころか軍を成し始めているとはな……!」
基本、野良の魔物は草むらや森林でわさわさしているだけなのだが、ここ最近は群れをつくるようになっていた。おそらくは魔王が出現したのが原因なのだろう。さらには知性の高い魔物が統率して、軍隊じみたものを成し始めたのだ。
周囲は魔物の群れに囲まれてしまっている。このままでは逃げ出すこともままならない。万事休すか。がっくりとイコーゼ姫が膝をついたタイミングで新たなる加護を授けようと、今回のイベントのGM神がわくわくして出待ちしていたその時だった。
「こ、これは……」
突如上空で展開された悪夢のような魔力に、その場のすべての生命体が慄いた。
それは、空が落下してきたような絶望感すら感じる黒々とした魔力だった。そこらじゅうの魔物は残機が一個減るのを覚悟した。イコーゼ姫も死を想起して、きつく目を閉じた。出待ちしていたGM神は「え? なんでアソビタ姫が来んの?」とぽかんとしていた。
次の瞬間、魔物の群れは消え去っていた。
「いまのは、いったいなんだったんだ?」
イコーゼ姫はきょろきょろと周囲を見渡す。あれだけ大量にいた魔物は、一匹残らず消え去っていた。
なにが起こったかは理解できない。ただ自分が助かったという事実があるだけだ。自分で危機を切り抜けられなかったのは情けない限りだが、天運がもたらされた時、イコーゼ姫は神に祈ることをか重なった。
「神よ、感謝いたします」
イコーゼ姫が真摯に感謝の祈りをささげている頃、GM神は誰だアソビタ姫に人間界に来る許可与えた奴はと、自分の数少ない出番を奪われた怒りでクレームを付けにいっていた。
***
ふくふくとした顔でアソビタ姫は魔王城に帰還した。
正確に言うと魔王城は倒壊している。自分の傑作の残骸の真ん中で女大工さんがしくしく嘆いており、その上空の隔離された空間の姫部屋に帰還した。
広範囲封印術式により、姫の手元にはたくさんカードが集まった。その過程で人間界をちょっと平和にするという多大な功績も上げていた姫は偉いと、クレームを物ともしない邪神から残機を増やしてもらっていた。人間の味方をして残機を増やしてもらうとか、明らかにひいきだった。
人間界の魔物は突如として大量に消えうせた仲間の行方を探って上から下へと奔走しているが、もちろんアソビタ姫は気にしない。なぜならアソビタ姫は姫だからだ。
魔王城の倒壊を一切気に留めなかったように、姫は下々の生活など気にしない。パンがなければケーキを食べれば万事解決万々歳。それもなければ残機を減らして食いつなげ。弱肉強食のこの世の中、アソビタ姫は他人を踏みつぶして生きる力と思考回路を有していた。
「るんるんのるー」
鼻歌を歌ってご機嫌なアソビタ姫は一枚のカードを取り出した。
カードの中ではオークやゴブリンが出してくれと吹き出しをつくって叫んだりしている。姫は特に気にしない。姫には下々の訴えを聞く義務などないのだ。下々の訴えを聞くのは、いつだって中の上くらいの役職についている中間管理職の役目だ。だから姫が注目するべきは下々の命乞いなどではない。
カードに記されたステータスである。
姫が多数の魔物をカード化させた封印術は、封印した魔物の能力値をおおよその数字ではじき出す特性がある。そのステータスにばらつきがあるのだ。
「みゅー」
姫はかわいらしく唇を尖らせて不満の鳴き声を上げた。
これはゲームとしてよろしくない。もちろん違う種類のカードは異なるステータスを有しているものだが、同じ種類のカードは同じ情報を有していなくてはカードゲームとして成り立たない。スライムならスライムのステータス。オークならオークのステータス。それぞれが完全に一致していないといけない。個体値があっては別のゲームになってしまう。
アソビタ姫はポ●モンをしたいわけではないのだ。しかも育成要素のないポケ○ンのつまらなさたるやちょっとした伝説で、一年でアクティブユーザーが八割消えたという噂すらある。インドアを外に引きずり出すような悪しきゲームは姫の趣味ではなかった。
「デバフ、デバフ」
なのでアソビタ姫は、鼻歌交じりに呪いをかけていった。弱体化の呪いを封印した魔物にかけることによって、ステータスを均一にしようとしているのだ。支援魔法で強化するという方法もあるのだが、残念ながら姫は闇の魔術の使い手である。弱体化の呪いの方が得意だった。
弱体化の呪いをかけられると相応の負担が体にかかる。相手の体に呪いによって毒を流し込んでいるのと何らかわりないのだ。
ぎゃー、とカードの中で悲鳴の吹き出しが多発した。もちろんアソビタ姫は気にしない。アソビタ姫は姫なのだ。姫というのは下々から搾取することで成り立っているのである。苦情は中間管理が受け取り、還元は上層部がやるとアソビタ姫は割り切っていた。
姫という立場は、かわいいというだけで特に何もしなくてよく愛されちやほやされる立ち位置なのだ。
「ついでに、実験」
ステータスの均一化を進めながら、姫は雑魚過ぎてゲームに組み込めないステータスの魔物のカードを引き出す。
それを並べて、闇の魔術を行使した。
「生贄、魔法」
他の魔物の残機を犠牲にして行う魔法である。最も有名なのは悪魔召喚だろう。姫はそこら辺の悪魔より強いので、悪魔を召喚することにあんまり意味がない。どちらかと言えば、他者の残機を生贄に捧げて魔法の効果の底上げをするという補助的な使い方が多かったのだが、今回は召喚にこだわった。
「ふははは。我を召喚するとは恐れ知らずの――げ」
数枚ものカードを犠牲に呼び出された悪魔は、自分を呼び出しのが姫と知って尊大なキャラを三秒で捨て去った。
「や、姫様じゃないっすか! へへへ、お久しぶりでございやす。ご機嫌うるわしゅう、姫様。魔界でも随一と名高い姫にお目にかかれて、あっしは光栄です。千年前と変わらずお綺麗ですね、へへ。さすがは邪神様に愛されるだけはありまっせ、姫様」
「うむ。くるしゅう、ない」
愛想笑いを浮かべてペコペコ頭を下げ揉み手をせんばかりの悪魔の態度にはもちろん訳がある。
姫は有名な魔物だ。邪神が甘やかしているということもあって、悪魔業界では姫の素行は知れ渡っている。さらにいえば姫とケンカした悪魔がランプに詰め込まれて出荷されたり瓶詰にされて千年ほど海を漂う羽目になったりしたという痛ましい事件が起こったので、ほとんどの悪魔は姫に逆らおうとはしなかった。
「それで、姫様。あっしがごとき木っ端悪魔に何の御用で? 姫様なら、邪神様に頼めば大抵な望みはかなうと思いまっせ」
「いま、ゲーム、作ってる」
「へえ、そうですかい」
小物キャラと化した悪魔はだから何だろうという顔をする。
このゲームは、弱い魔物を生贄をささげて強い魔物を召喚するのである。そのディティールに姫はこだわりたかった。細かいところまで作りこみたいと姫は考えていた。
やはりデュエルをするとなれば、ホログラフィックな仕組みは欠かせない。イマジネーションで補うのも手だが、立体式カードバトルができる手段があるのならば実現させたかった。
その参考になるのは悪魔の召喚過程である。生贄をささげて召喚される悪魔を真似れば、いい感じの召喚術式ができると思っていた。
「だから、ね」
そのためにはいままで微塵も興味がなかった悪魔の生態をよく知る必要がある。そのためアソビタ姫は、かわいらしくおねだりした。
「魔素解剖、させて?」
素粒子レベルの解剖と解析を提案された悪魔に希望はなかった。