遊戯姫2
この世界の魔物というものは、基本的に一個体で完結している。
魔物は生まれた時から一個体で完全体であるため、人間みたいに群れる必要もなければ繁殖もしない。食事の必要もないから排泄もしない。生物としての系統樹や遺伝、進化といった要素から外れた生命なのである。
魔物は一匹だけだと寂しいから、なんかもそもそと集まっているだけなのだ。
アソビタ姫が単純に姫っぽいからと魔王城の姫をやっているように、魔王城の魔王も魔王っぽいから魔王をやっているだけだ。邪神が魔王っぽいからと選出した魔王城の魔王はアソビタ姫のお父さんというわけではない。実力的に言えばアソビタ姫より弱い。むしろ蒼竜将軍より弱い。魔王城の中で下から数えたほうが早いくらいに魔王は弱い。
魔王は雑魚であるという話はさておいて、魔王城には魔物がいっぱいいる。魔王城にいるだけあって結構強い魔物が集まっている。少なくとも魔王より弱い魔物はほとんどいない。
そんな魔物たちは現在、三割ほどカードと化していた。
「ほくほく」
アソビタ姫はご機嫌だった。るんるん気分で歩いて、薄い桃色がかかった銀髪を揺らして魔王城の廊下を歩いていた。その手には、たくさんのキラキラ光るレアカードを抱えていた。
「大漁、豊作」
この短時間の成果に、アソビタ姫は喜びを隠せなかった。ちょっとお城を歩き回っただけで魔王を含めてたくさんのレアカードが集まったのだ。これでご機嫌にならなかったら嘘である。
アソビタ姫は笑顔だった。魔王城は生息している魔物の三分の一くらいが突如行方不明になって大混乱に陥っていたが、姫は特に気にも留めなかった。臣下の犠牲あっての姫である。臣下が犠牲になって姫が笑顔になれば本望であろう。パニックに陥っている魔王城の喧騒をよそに自室に戻った姫は、笑顔で集めたカードを並べて、ふと気がついた。
レアカードばかりなのである。
「きらきら、ばっかり」
魔王城には一定上の強い魔物しかいない。そのため封印術で魔物を閉じ込めると、漏れ出した魔力できんきらと光るレアカードになるのだ。
「これ、だめ」
アソビタ姫はむむむっと眉を寄せて考えた。レアカード自体はいい。ビジュアルはやっぱりきれいであるべきだ。見た目、大事。きらきら光るのと光らないとでは、一見した印象はまるで異なる。かわいいが正義であることを知るアソビタ姫は見た目の重要性を承知していた。
だが、アソビタ姫はデュエルがしたいのである。
やはりゲームバランスこそが大切だ。魔王城の魔物はステータスも平均して高い。レアカードばかりではゲームバランスが崩れてしまう。そもそもレアモンスターしかないというのが駄目なのだ。ノーマルカードの方が多くなくては、レアカードがレアカードたる価値が見いだせない。きらきら光るからレアカードなのではない。レアカードだからキラキラ光るのだ。
それに、カードの種類がモンスターだけというのもいただけない。
「もっと」
立ち上がったアソビタ姫は、カードのバリエーションを増やすべく歩き出した。向かった場所は、宝物庫である。歴代の魔王が趣味で集めた金銀財宝魔法の道具がうずたかく積まれている。
「あれ、姫様じゃぎゃあああああああ」
「えええ!? なんでいきなりめぎゅわああああああああ!」
宝物庫の見張りをしていた二体のリビングアーマーを有無を言わせずカード化して口封じを行ったアソビタ姫は、並べられているアイテムを眺めちょこりんと小首を傾げた。
「むぅ?」
それっぽいアイテムを見繕ってカード化させようと思っていたのだが量が多い。脳筋集団の集う魔王城の宝物庫に、こんないっぱいいろんなものがあるとは思っていなかったのだ。いちいち選別していたら、それだけで夜が明けてしまうだろう。
「……全部、やっちゃえ」
めんどくなった姫は、魔法の範囲を拡張させて宝物庫ごと二次元化することにした。
「げーと、おぶ、ばびろん。なんちて。ふふっ」
姫一流のジョークを飛ばしたアソビタ姫は、二次元化した宝物庫のカードを拾い上げた。
これでアイテムカードの問題は解消である。宝物庫の空間が消失した影響で魔王城は建築上重大な欠陥を抱えることになったが、アソビタ姫の心が満たされたので等価交換だった。踵を返した後ろで何かが崩れ落ちる重低音が響き、魔王城がちょっと傾いた気がしたがアソビタ姫は特に気にしなかった。なぜならアソビタ姫の自室はアソビタ姫の魔法によって、空間ごと隔離されているからだ。乙女のプライバシーを守るために施した魔法だが、それによって魔王城が倒壊しても姫は何一つ困ることがなかった。
一段と魔王城の騒ぎと混乱は膨れ上がったが、姫の頭はデッキをつくることでいっぱいだ。あとで二次元化した宝物庫からアイテムカードを抽出して効果を確認し、いい感じになるようにデッキを組むのだ。カードの効果を見て組み合わせを考えるのも闇のゲームの楽しみだと、胸をわくわくで満たしていた。
「次は、ノーマル」
自室に戻った姫は、うぬぬと考えた。魔王城倒壊危機に住人の魔物が三割ほど消失。これ絶対姫の仕業だろうと気が付いた賢明な魔物が懸命に扉をノックしていたが姫は無視した。なぜならこの部屋は姫直々に空間ごと隔離して安全圏を確立しているからだ。
「姫! 姫、いるんでしょう!? 聞こえてるんでしょう!? なにをしてるか知らないけど、魔王城倒壊させるのはやめなさいって! これ、私の傑作なのっ。気分で魔王城の住人をぷちってするのはどうでもいいけど、魔王城は勘弁して!? これ造るのに、私めっちゃ頑張ったんだよ!?」
そう訴えるのは、珍しく脳筋じゃないタイプの魔物である。この城を一人で築き上げた魔界の女大工さん。創作が趣味で生きがいの彼女が、気でも狂ったのかと思えるほどに一生懸命に訴えていたが、彼女では姫の空間隔離は突破できない。ゆえに姫は泣き叫ぶ女大工さんの嘆願よりももっと大事なことを考えていた。
魔物のノーマルカード。これが意外に難問だった。
姫は思索の海にぶくぶくと沈んでいた。カード化する魔物のステータスは、カードになる魔物の強さによって決まる。魔力が漏れないくらいの雑魚をカード化すればいいのだが、残念なことに魔界に雑魚はあんまりいない。アソビタ姫にとっては大体は雑魚だが、魔王城の雑魚と名高い魔王ですらキラキラ光るレアカードになってしまうのだ。
そうすると、ノーマルカードを集める場所は限られてくる。
「人間、界……」
人間の生存圏である人間界である。
人間界で生まれた魔物は魔界の雑魚に輪をかけて雑魚だ。人間といい勝負できるぐらいに弱い。だからカード化するにあたって実力の問題はないのだが、魔界の魔物が人間界に行くには神様の許可が必要だった。無作為に魔界の魔物が人間界に行くと、あっという間に人類が滅んでしまうのである。
「なむなむ」
ということで、姫は邪神に祈った。人間界行ってもいいよね? とお願いしたら、姫を甘やかしている邪神が一瞬でオーケーを出した。
「さんくす」
許可をくれた邪神にお礼の気持ちを伝えた姫は、転移魔法を展開して人間界に向かった。
「姫! わかったわ、姫。百年くらい前に欲しいって言ってた『ちぇす』とかいうの作ってあげるから、宝物庫の空間をもとに――あ」
姫がいなくなったことを知らずに訴え続けていた女大工さんは、自分の傑作の魔王城が致命的な傾きを見せたことを悟った。
「あ゛ああああ゛ああああああ!」
そうして魔王城は多数の魔物を巻き込んで無慈悲にも倒壊した。