シューティング姫3
イコーゼ姫とアソビタ姫は飛んでいた。風を切って空を駆け抜けていた。
聖剣のつばから翼が広がり、切っ先から魔力弾が放出できるようになっている。その聖剣に乗って、二人は飛翔を続けていた。
「空間隔離の罠に嵌められたと知った時には動揺したが、順調だな!」
アソビタ姫が聖剣の調整を終えると、イコーゼ姫は特に疑うこともせずに聖剣の新たなる機能を発動させた。そのおかげで空を飛べるようになっている。トンネル型の空間隔離は同乗している相棒の仕業であるのだが、もちろんイコーゼ姫はそんなことには気が付かない。
「すごいな! 空を飛ぶのがこんな気持ちよいものだとは知らなかった。これも、アソビタが聖剣を改造してくれたおかげだな。感謝するぞ」
確かにアソビタ姫はすごいが、すごすぎて人間の範疇を超越していることに気が付くべきである。イコーゼ姫は、自身が口にした『聖剣を改造』というフレーズにもっと違和感を持っていいと思う。
「む。相手の攻撃の密度が高くなってきたな。アソビタ。ここは一回停止して――」
「……」
「――止まれない!? なんでだ!?」
なんでもなにもない。道中においてシューティングゲームの自機にホバリングはありえない。速度の変更パターンも少ないか、そもそも一定速度しか出せないようになっている。バックは可能だがホバリングはできない。画面と一緒に常に前に進むのみ。止まって戦うのは、ボス戦だけと相場が決まっているのだ。
ゲームとしてそういうものだからで終わってしまう理由なのだが、確かにこじつけは必要かと考えた姫は、空間隔離を調整した。進んだ先から、どんどんと空間の壁が迫ってくるように魔術を調整したのだ。これで止まっていても押し出されてしまう理由が完成した。
「……な、なるほど。後ろから隔離された空間の壁が迫っている、と。くっ。それでは確かに前へ突っ込むしかないのだな!」
前にガンガン進んでいくという方向性がイコーゼ姫の性格に合っているという理由もあった。実際、まっすぐ進むしかないと知ったイコーゼ姫は、ちょっと嬉しそうだった。
イコーゼの文句を聞き流しながら、アソビタ姫は弾幕をかわして前へと飛び、聖剣の魔力弾で魔物を叩き落していった。
いくらアソビタ姫とはいえ、聖剣の所有権をフリーにすることはできなかった。聖剣を使用できるのは勇者であるイコーゼ姫のみ。構築された魔術的なブラックボックスは、アソビタ姫をして理解不可能の領域だったのだ。
そこでアソビタ姫は発想を逆転させた。
聖剣の力を発動できるのはイコーゼ姫のみ。つまりイコーゼ姫は聖剣のエンジンのオンオフができるスイッチなのである。
そこで閃くのが姫である。聖剣システムによるイコーゼ姫の役割が、本人照合システムの鍵であるというのなら、現状の聖剣を大幅にいじる必要はない。
アソビタ姫は、聖剣システムの根本的な部分への介入を諦めた。その代わりに、聖剣システムの余剰部分を使って本来は存在しない飛翔機能と遠距離攻撃機能を突発的に取り付けた。本来あるべき冗長性を食いつぶしての改造になったので聖剣に不具合が出る可能性があったが、今回一回限り持てば別にいいやというのが姫の考えだ。そろそろ神々に怒られるかもしれないが、その時はきっと邪神が何とかしてくれるだろうと思っている他力本願な姫だった。
「アソビタ。敵が増えてきている。もっと余裕をもって避けるべきではないのか? 空の上だ。落ちてしまったら、どうしようもなくなる。慎重にいこう」
「……」
「なぜ不満そうな顔になるんだ……?」
弾幕をスクイズでかわしてチリチリしてポイントを稼いで遊んでいたアソビタ姫は、ほっぺたをぷっくりと膨らませていた。
ゲームプレイ中に傍観者から口を出されるのは面白くないものだ。だが、今回はイコーゼの聖剣がないとここまで早くは成り立たなかったので、言うことを聞いてあげることにする。
道中の雑魚を乗り超え、中ボスを倒して進む。姫的には道中でボムを三発とも使ってしまったのが不満だったが、初プレイでクリアできそうなのは上々といってよかった。まあ、そこは黄鷹将軍と一緒にゲームバランスを考えていたので、初見殺しなどはすべてクリアできるからという要素もおおきかったが、完全な初見プレイが不可能というのは開発者としての宿命である。
「あとちょっと――ッ!?」
「ここは通さぬぞ、勇者の一行!」
対岸が見えイコーゼ姫が歓声を上げたタイミングで、出待ちスタンバイをしていた黄鷹将軍が現れた。目的地直前でラスボス。基本にして王道である。
アソビタ姫は急停止。同時に、後ろから迫ってくる空間隔離を停止させる。
「俺様は四天王の三番手! 黄の位を頂きし、空を支配する魔王軍の将である!」
「四天王だと!? ……アソビタ! 四天王レベルの相手と空での戦いは不利だ! なんとか相手の不意を突いて地上に降り立てないか?」
イコーゼ姫がバグチェックの人みたいな指摘をしてくれたので、アソビタ姫はすかさず前方に空間隔離を展開させ、立方体の形で脱出不可能な結界を作り上げた。
「……ん? いや、ああ、なるほど――ふははは! 勇者イコーゼよ! この空間の四方は、俺様の力によって隔離されている! むろん聖剣のみを阻む結界だ。聖剣から落ちれば貴様らは崖底へと真っ逆さま。助かることはないだろう……」
アソビタ姫の魔法の発動を察知し、その意図を読み取っての演技と説明。黄鷹将軍はできる魔物だった。
「俺様を倒せば解除されるが……貴様らが聖剣に乗っている限り、俺様を倒さなければ先に進むことなどできんぞ!」
「くっ。周到な魔物め!」
「褒め言葉だなっ、勇者よ! しかし、よくぞ道中の敵を退けて見せたな! 翼も持たぬ人間がここまでやるとは思わなかったぞ!」
「ふっ。わたしには、心強い仲間がいるからな!」
「なるほど……人間も、なかなかつわものがいると見える。小賢しく群れるばかりの小動物と思えば、貴様らのように、俺様たちに歯向かえるほど牙を研ぐ強者がいる。ふ、ふふふ。面白い、面白いぞぉ、人間!」
ゲームの舞台設定という割とマニアックな自分の趣味を見つけた黄鷹将軍は、かなりノリノリで演技にも熱がこもっていた。
実際問題、この空の旅でイコーゼ姫は特に何もしていない。聖剣のエネルギーを引き出すための置物と化していたが、イコーゼはポジティブなので自分の存在意義に悩んだりはしなかった。
「なんにしても、貴様らはここまでだ。ここまでで打ち落とされた部下の敵、討たせてもらうぞぉ……!」
「……なるほど。お前には、なにか一本通った芯を感じる。だが私にも大義があるっ。姉を取り戻すという、絶対の目的があるんだ!」
別に部下ではなくただの知り合いの魔物だが、姫との打ち合わせでそういう設定にしてある。茶番と言ってしまえばそれまでだが、プレイヤーが違和感を覚えないストーリー、設定というのは大切だ。
「空は俺様の領域だぁ! ここを通りたくば、空の王者たる俺様を倒して見せろ!」
「望むところだァ!!」
あ、イベントシーン終わった。
特に興味なくぼーっとやり取りを眺めていた姫は、始まったボス戦に本腰を入れてプレイを始めた。
イベントスキップ機能は、どうやってつけようかな。
黄鷹将軍の弾幕をよけて聖剣の魔力弾を叩き込みながら、姫は頭の片隅で改良案を考えていた。