シューティング姫2
四天王の三番手、黄鷹将軍は憂鬱だった。
黄鷹将軍は、魔界ではどちらかと言えば穏健な部類である。魔界の魔物にはびこる最大派閥脳筋でこそないが、自分が没頭する趣味に出会っていない。そのため、そこそこの力を持つにも関わらず無気力に暮らしてきた。
今回の勇者と魔王TRPGでは邪神によって四天王に選ばれてしまったので、仕方なしに役目を全うするべく崖沿いでスタンバイをしていた。適当に戦って勇者を運べばそれで残機がもらえるというのならば悪くないかなという程度の考えである。
だが最近魔界では、勇者の傍に姫謹製のホムンクルスがひっついているという噂が流れているのだ。
遊び好きの姫が気まぐれで勇者にひっついて遊んでいるというのが有力な見解だが、何にしても勇者と戦うと姫に間接的にであれ遭遇することになってしまう。
姫と言えば魔界では恐怖と死の代名詞である。
敵うことならば関わり合いになりたくはない。とはいえ、一回参加を表明すれば神々TRPGは抜け出すことができない。今回の神々TRPGにかかわった魔物に同情の視線が向けられるようになっていた。
しかも彼の場合は首尾よく役目を果たしても、アソビタ姫のアバターを一日も背中に乗せなくてはならないのである。何の罰だと憂うのは魔物として当然だった。
「ねえ」
「!?」
背後から声を駆けられて、将軍はその巨体をびくつかせた。
いまの声には聞き覚えがある。おそるおそる振り返ってみれば、姫本人の登場である。しかも白髪ではない。髪が桃色がかった銀髪である。つまりば、ホムンクルスの姫アバターでなく、正真正銘アソビタ姫だった。
「ひ、姫? なぜここに……? いまは勇者と一緒にいるとお聞きしていましたが……」
「うん。いま、聖剣改造中。だから、直接来た」
「そ、そうですか……」
聖剣改造中とか、仮にも神々の造ったものいそんなことしていいのだろうかと思ったが、たぶん姫だからいいのだろう。
ちなみに聖剣は、姫が人間体アバターを通して空を飛べて魔力弾が討てるように改造する予定だ。しかも魔物を打ち落とすたびに威力がパワーアップするという仕様で、もちろん三発限定の広範囲攻撃魔法が放てるようにもする。さらには三回だけ被弾してもその場で復活する機能付きだ。
さすがに神々が作った道具なので干渉不可能なブラックボックスも多いが、姫は魔術の粋を尽くして改造に励んでいた。
フィールド作りは重要である。特にこの辺りには魔物が少ないので、このまま空を飛べば何事も問題なく向こう岸にたどり着いてしまう可能性があった。
「空飛べる魔物、いっぱい、集め、て。あと、遠距離攻撃、できるのも」
「な、なぜですか?」
「こっちが飛んでる最中に、襲って、きて、もらうため。あと、弾幕は、きれいに、ね」
「はあ」
はて、空中で姫たちを襲うことになんの意味が思いつつも、黄鷹将軍は頷く。姫のお願いである。拒否できるはずがなかった。もし拒否できる根性があったとしたら、将軍はこの場で残機を一個吹っ飛ばされるか洗脳されるかしただろう。
せっかくなので自分以外の魔物も不幸になってもらおうと、将軍は思いつく限りの空飛ぶ系の魔物に声をかけようと決意する。そんな将軍に、姫は細かいルールを伝えていった。
「雑魚の配置は、序盤、少な目で、終盤、多めで。視界から消えたら、戻ってくるの、なしだから。こっちが飛ぶスピードが早いから、追いつけない、って設定で。人間の視界、は、これくらい、だと思う。そこから外れたら、追って来ちゃ、め」
「ははあ。人間って目が悪いんですねぇ。かしこまりました。……しかし、これ、ボス級はその場で止まって戦うんですよね。普通に考えて、空を飛べる部下の奴らが後ろから襲い掛かれるんじゃないでしょうか?」
「気にしちゃ、だめ。とにかく、視界から消えたら、戻ってこないのが、基本」
「そ、そうですか。わかりました。気にしません」
断じて八百長ではない。あくまでも、ゲームをより楽しむためのシステム調整である。
姫と話していくにつれて、将軍は舞台設定の楽しさに魅せられていった。
「動きはランダムあ。弾幕、は、絶対に、すり抜けられる隙間、ないと、ダメだから。あたり判定、考え、て。かわして、スクイズがチリチリするのが、楽しいの。こっちのスピードも考慮して、絶対、ぎりぎりでかわせる、くらいで。いい? スピード、よりも密度、大切。でも、ぬるくはならないように」
「難しいですが……なかなか奥が深いですね。いっそのこと、空間隔離してフィールド限定したほうが楽なんじゃないっすか」
「それ、採用!」
なんだかんだ、ゲームというのは限定空間で行うから楽しいという側面がある。自由度が高すぎるゲームはすなわち現実なので、ある程度条件を絞らなければ娯楽になりえないのだ。
ならば姫の魔術で空間隔離を行い、空中に巨大な一本道を作ればいいのだ。そうすれば、弾幕の密度も調整しやすくなる。空中という空間は広すぎるので、そうでもしないとただのスピード勝負になりがちなのだ。
「そっち、の道中に出てくる奴らの耐久度は、序盤は一発で打ち落とされる、ように。道中は、雑魚が基本。でも、中盤以降は、数発受けても落ちない、やつを、織り交ぜる」
「ふむ、じゃあ中ボス役の奴らには、かなり細かく耐久度と弾幕の指示を出していかなくちゃなりませんね。あと空中とはいえ、何もないのはつまらないですね。せっかくなので、浮遊魔術を使っていろいろとオブジェクトを浮かべて見るってのはどうですか」
「お前……なかなか話が、わかる」
「いえいえ、姫様ほどではありませんぜ」
意外と趣味の合った二人は、わいわいとゲーム舞台の設定に励んでいった。