シューティング姫
アソビタ姫とイコーゼ姫は、順調に魔界を進んでいた。
魔界の魔物は人間界の魔物よりも段違いに強い。もちろん勇者を相手するときはちゃんと手加減してぎりぎりに負けるように、あるいはうっかり勝ってしまってもなんやかんや理由をつけて撤退するようにはしているのだが、それにしたってイコーゼ姫の旅は順調だった。
それはイコーゼ姫の努力のたまものであり、遭遇する魔物がみんなアソビタ姫のホムンクルスを見るなり「え? なんで姫が?」とぎょっとして動きを止めるから割と倒しやすかったという理由でもある。
そうやって魔物を打ち倒して魔王城をめがけて進むイコーゼ姫だったが、そんな彼女を阻む圧倒的な障害が立ちふさがった。
「これは……」
絶句するイコーゼ姫の前には、巨大な断崖絶壁があった。
一体ここでどんな天変地異が起こったというのか。深さがどれだけあるかもわからないほどの崖である。迂回して進もうにも、対岸や端が見えないほどに大地が削り落とされている。ここが世界の果てだと言われれば信じてしまいそうな光景だった。
「なんだというのだ、これは……」
何を隠そう、魔界対戦時代に邪龍司祭とアソビタ姫がガチ喧嘩をした結果できた大陸の一割近くを削ってできた溝だ。この時の戦いによって、アソビタ姫は当時の残機が九割方吹っ飛ばされ、邪龍司祭は残機を失うことこそなかったもののいまだに大幅な弱体化の呪いにかかっている。邪龍司祭が霊峰の主決戦で白竜に敗北したのは、だいたいこの時のせいである。
「いったいこんな崖を、どうやって超えればいいというんだ……」
先の見えない難関を前にして、イコーゼは膝を折ってうなだれた。関節的に勇者の心を折った姫は、人間って空も飛べないんだと憐れんでいたが、ふとあることを思いついた。
相手が邪悪な魔物というのなら、それが魔王だって打ち倒して見せるという気概はある。だが、ここまで圧倒的な自然を前にして、どうしろというのか。人は、空を飛ぶことなどできはしないのだ。
道々で倒した魔物から魔王城への道のりを聞いた先が、具現化した虚無のような崖である。
これを超えなければならないが、底も見えないほど深い崖である。まさか岩肌を伝ってくだっていくわけにもいかない。そもそも崖の底はアソビタ姫の呪いの残滓と飛び散った邪龍司祭の血肉が混ざり合って異次元としか思えない空間になり果てているので、普段は魔物でも寄り付かない。いくら魔界に入ってそこそこ強くなっている勇者とはいえ、しょせんは種族人間であるイコーゼ姫にはおすすめできない手段である。
ちなみに、ここの正解は、四天王の一匹である黄鷹将軍を屈服させて乗せてもらうのというものである。魔物である将軍の背中に乗っても一日かけての空の旅になるというのだから、姫と邪龍司祭がどれだけ大陸を削り取ってくれたのかわかろうというものだ。
「……」
「ん? どうしたんだ、アソビタ」
苦悩するイコーゼ姫の背中を、ちょんちょんと突っつく指があった。
魔界のアイドルにして恐怖の象徴アソビタ姫、のアバターであるホムンクルスだ。
その姫は、視線で自分の考えを語り掛ける。無言のアソビタの思考を、イコーゼ姫は忠実に読み取った。
「聖剣を……改造する!? それで空を飛べるように!? しかも遠距離攻撃が可能に!? そんなことが、できるのか!?」
普通はできないので、イコーゼ姫は同行人の不審さをもっと深く考えてみるべきだと思う。
神がその場に居合わせたのなら聖剣システムいじるのはやめてくださいと叫んだだろうが、そこにいるのはポンコツ気味の姫勇者、イコーゼ姫である。仲間の言葉ならばとあっさり信じた。
「そうか。わかった。神から受け賜わった大切な剣だが、他ならないアソビタの頼みだ。これを託そう!」
「……」
イコーゼ姫の差し出した神々謹製の聖剣を、アソビタ姫は嬉々として受け取った。
最近MMOもマンネリとなってきたアソビタ姫は、この地形と聖剣を使えば、シューティングゲームが実現できると思いついたのである。