神様TRPG3
この世界には人間界と魔界を遮るウォール山脈がそびえたっている。標高は実に三万メートル。成層圏に突っ込んでいる山脈を人間が踏破できるはずもない。亜神である白竜が主である険しい連邦が世界を二分しているからこそ、人間は魔界の脅威にさらされずに済んでいる。
だが、ひとつだけ魔界と人間界を徒歩で行き征きできる道があった。
それこそが四天王の二番手、緑虎将軍が陣取る坑道。
イコーゼが魔界に行くためには、必ず彼を倒さなければならなかった。
「くっくっく、凝りもせずやってきたのか、勇者イコーゼよ、なにか変わって――うん、ちょっと待て」
再戦の口上の一言目から緑虎将軍のキャラが崩壊した。
前回は巨大な四足のトラにふさわしく、野性味あふれる獰猛な性格を一貫していたのだが、今回は事情が違った。
「なんだ、将軍! 人間と魔物……相争うしかない関係だ。お前の甘言に惑わされるわたしではないぞ!」
「そうか。そうだな。それは別にどうでもいいというか構わないというか……いや、その、な。お前の横にいるお方は、どなただ?」
緑虎将軍は魔界の魔物である。人間界に出張している。ちなみに草食だ。彼の毛並みが緑なのは、草ばかり食べているせいである。常識外れのk肉など生臭くて食っていられないというのが彼のポリシーだ。
突如へりくだった敬語になった将軍に不審そうな表情をしながらも、根が素直でよい子なイコーゼは正直に答える。
「この子は新しい仲間だ。魔王を討つという大望に共感してくれた唯一の友だぞ!」
「そ、そうか。仲間、なのか……」
緑虎将軍は会話で時間を稼ぎながら、イコーゼの紹介にあった新しい仲間とやら観察する。
気配は紛れもなく人間だが、その顔に覚えがあった。どこかで見覚えがあるというか、一度遭遇したら決して忘れられないというか、魔界の魔物ならば恐怖の代名詞として記憶に刻まれているというか、つまるところはイコーゼの横に立っている人物はだいたいアソビタ姫だった。
なんでだ。自分はどこで間違ったのか、あまりの事態に緑虎将軍は現実逃避という名の走馬燈に浸りそうになった。
「お前は先ほど何も変わってないなどとほざいたが、そんなことはないぞ! わたしは仲間を増やしたっ。仲間となった彼女に恥じぬよう、己を鍛えなおした! 今度こそ貴様を倒し、魔界に乗り込むためにな!」
「そうか。頑張ってるんだな」
「なんだ貴様その反応は!? なめてるのか!?」
適当に向上を聞き流しながされたイコーゼが激昂するが、緑虎将軍はそんなことより現状把握に注力していた。
アソビタ姫そっくりのイコーゼ姫の仲間だが、むろん本人がそこにいるわけではないことは分かっていた。まず髪と目の色が違う。そしてアソビタ姫の有するまがまがしい魔力を感じない。アルビノっぽい見た目はおそらくホムンクルスだからだろうと、見かけによらずインテリ魔術師な緑虎将軍は察する。
だが目の前のホムンクルスとアソビタ姫が無為関係なはずがない。生命創造は禁忌に触れる暗黒魔術であり、その完成形がアソビタ姫の顔をして二本足で歩きまわっているということは、確実にアソビタ姫が関わっている。
問題は、どういう関わり方をしているかである。
「なかなか、強い仲間を引き入れたようだな」
「わかるか、将軍。彼女は……恐ろしい強さを持っているぞ」
知ってる。
ノータイムで浮かんだ心の呟きはそっと胸の奥にしまい込み、緑虎将軍は慎重に、落ちたら谷底へ真っ逆さまになる綱を二本足で渡るように神経を巡らせて時間を稼ぐ。
察するべきは姫の目的である。なんとか姫の機嫌を損ねないように今をやり過ごす必要があった。
なぜ姫がホムンクルスを作って徘徊させているのか。あのホムンクルスの中身は姫なのか。それともただ何となく作ってみたホムンクルスがうろうろしているだけなのか。
もはや勇者だ魔王だの言っている場合ではなかった。選択肢を間違えると、残機の一つでは済まない可能性がある。緑虎将軍は、全力で頭を回転させて考えた。
「……ふっ。まあ、良い。仲間を一人増やした程度でこの俺に勝てるという思い上がり、叩き潰してくれるわ!」
緑虎将軍が選んだのは、演技の続行だった。
アソビタ姫の真意は計り知れない。まさか目の前の本人に堂々と尋ねるわけにもいかない。だが手詰まりではない。
アソビタ姫の遊び好きは有名である。ならば人間体のホムンクルスを作り、そこに憑依か何かして今回の勇者と魔王TRPGに混ざって遊んでいるのではないか、と将軍は考えたのだ。
そうだとするならば、演技を崩すと気分を害した姫に残機をぶっとばされかねない。ならばこその演技続行である。
当たらずとも遠からずの推測は、いい線をいっていた。ちらっとアソビタ姫のアバターの動向を観察する。アソビタ姫のアバターは背中に背負っていた大剣を構えていた。遠隔魔法の発動兆候がなく、あくまでアバターの物理攻撃を選んだアソビタ姫の行動に、緑虎将軍は大いに胸をなでおろした。
「人間の底力をなめるなよっ、将軍!」
「ほざけ! 魔界の壁の高さ、思い知らせてくれる!」
姫の気が変わらないうちに、全力でさりげなく負けよう。
そう決意し、将軍は己の演技力の粋を尽くして勇者との一戦に臨んだ。