MMO姫3
「ここら辺に、いると聞いたのだが」
町はずれの野原。人里から離れて、凶悪な魔物が跳梁跋扈する地域を探索しているのはガンガン王国の姫にして勇者、イコーゼ姫である。
彼女は数日前、四天王の二番目である緑虎将軍に敗北した。
魔界と人間界を隔てる高いウォール山脈。それを突き抜けることができる唯一の坑道の出入り口を陣取る、獰猛な魔物だった。
その場は何とか切り抜けることができたものの、一人の戦いに限界を感じていたイコーゼは仲間を求めていた。だが、魔界に向かうと聞けばどんな強者であっても首を横に振って勧誘を断った。
イコーゼは交渉ごとに向いている性格ではない。勧誘するにも有望な知り合いや伝手が尽きてしまってはどうしようもなかった。今度こそ、玉砕覚悟で四天王に挑まなければならないのか。そう思い詰めていた時、聞いたのだ。
一日のほとんどを魔物退治に費やすモンスターハンターの存在を。
その噂はイコーゼの心をとらえた。
風聞によれば、くだんのモンスターハンターは大剣を振るう白い少女だという。どれだけの数の魔物に囲まれようとも、どれだけの強大な魔物を前にして一切ひるむことなく魔物を狩り続けるのだと。
それほど魔物討伐に執念を燃やす少女だったら、魔界に向かい魔王を討とうという自分の旅に付き合ってくれるのではないか。
ほんの少しの希望が湧いた。聞きかじった情報を頼りに数日あたりを探索していたイコーゼは、そうやくその少女の戦っている場所へとたどり着いた。
「この子は……」
眼前で繰り広げられる戦闘に、イコーゼは絶句した。
すさまじかった。技量が特別に優れているわけではない。魔法を使った火力があるわけでもない。彼女の戦いは、ただ淡々としていた。
ただ、その執念がすさまじい。
ひたすら何も言わず何も求めず、ただ魔物だけを狩っていく。なんのためか、ではない。魔物を狩るために魔物を狩っているのだ。
自分は、あれほどの執念があったのか? 屠殺するように滑らかな動きで魔物を狩ることができるのか?
できない。魔物を殲滅するという一点に関して、自分は彼女にかなわないと感じてしまった。勇者たる自分が、と敗北感をかみしめるイコーゼだったが、敵わないと感じたことに罪はない。彼女は人として正常なだけなのだ。
そして、魔物を殲滅するモンスターハンターの少女は常軌を逸していた。
魔物を殲滅し終えた少女が、不意に振り返ってイコーゼを瞳にとらえる。
真正面から見た彼女の美しさに、イコーゼは息を飲んで見惚れてしまった。
白い髪に、赤い瞳。病的に白い肌も相まって、太陽に嫌われている違いない身だというのに、そんなものを知るかと大剣を振るって魔物を狩る。風聞だけならどんな異形の者かと思うところが。この世の者とも思えぬほど、美しい少女なのだ。
その印象は、あながち間違いではなあった。
だって、相手はアソビタ姫なのだ。
***
真の意味で作業的に魔物を抹殺してはレベル上げにいそしんでいたアソビタ姫は、画面に映りこんだイコーゼ姫の顔を見てコントローラーを操る手を止めた。
「こい、つは」
イコーゼ姫は有名だ。魔王に挑もうという勇者である。人間界では随一に有名だ。
だが姫が手を止めたのは勇者だとかそういう理由とは無縁である。ガンガン王国の姫であるイコーゼは勇者である前に姫なので、アソビタ姫にとってはコミュニケーションの対象者なのだ。
あの体育会系の嫌な子だ、と思い出す。
なぜこいつがここにいるのか。
もちろん、画面の向こう側の姫アバターは無言のままだ。動きを止め、沈黙を保持するアソビタ姫に、イコーゼははっと我に返る。
「わたしはガンガン王国の第二王女、ガンガン・イコーゼだ! わ、わたしと仲間になってくれないか!」
アソビタ姫の気迫に飲まれつつも、イコーゼ姫はガンガン行くしかなかった。自己紹介とともに、いきなり勧誘を始める。もともと思い込んだら一直線で不器用な子なのである。
勢いで勧誘したイコーゼ姫は、息を飲んで反応を待つ。
画面の向こう側で音声を拾ったアソビタ姫は考える。
最近、一人で狩りをするのもマンネリ気味だ。そこそこレベルも上がってきて、人間界の魔物だと効率も悪くなってきた。何よりMMOでは現実世界より簡略化されたネトゲ特有のコミュニケーションも楽しみの一つであり、人間ロールプレイで遊ぶのもよいだろうと姫は思った。
「……」
モーション操作で姫は頷いた。やはり古き良きキャラクターの具現者として無口キャラで通そうという腹である。音声チャットの実装はまだ早い。インドア派の姫は体育会系とあんまり会話をしたくないからという理由で、バージョンアップを先送りにした。
「そ、そうか! 一緒に魔王討伐をしてくれるのか!」
「……」
「なるほど、アソビタというのか。無口なんだな、君は!」
「……」
「なに? 一日六時間は必ず眠ってしまう体質なのか……。ろぐあうと、とやらはよくわからないが、うん。仕方ないな、それは」
初めての仲間であり、同性の同士ができて嬉しそうにはしゃぐイコーゼに対して、姫は適当に頷いたり首を振ったりして答える。簡単なアバターモーションから姫の思考を読み取るイコーゼの察しの良さは異常だった。
「君の実力はさっき見させてもらった。さっそく、ウォール山脈手前の四天王を倒しに行こう!」
「……」
意気揚々と拳を振り上げるイコーゼに、アソビタ姫のアバターも無言で頷く。
こうして勇者の仲間が増えた。
どうしてこうなったとGM神は絶望していた。