格闘姫3
魔王城の兵士が赤犬将軍の収拾を受けた時、彼らはまたかと苦笑していた。
ここの魔物は全員が赤犬将軍より強い。なにせ魔王城にいる魔物は、勇者であるイコーゼ姫が魔王城に攻め入った時に迎え撃って経験値の糧となるべく用意された魔物である。それが序盤でイコーゼ姫に打ち取られる予定の四天王最弱より強いのは当然だった。
とはいえ彼らは赤犬将軍のことは嫌いではなかった。一途で真面目な性格は好ましいとすら思っている。
「よく来たな、みなのもの」
だからここの魔物は、熱血気質の赤犬将軍がなにを吠えるかと、むしろ楽しみにすらしていた。それだけの余裕があったのだ。
そして赤犬将軍に続いてアソビタ姫が入室。
「や、っほー」
アソビタ姫のフランクな挨拶に、その場が凍り付いた。
なにせついこの間魔王城倒壊事件と魔物の大量封印事件が起こったばかりである。
この時点で、練兵場にいた魔物は半分くらい逃げ出していた。彼らは賢かった。アソビタ姫はめんどくさがりなので、逃げる奴を追うことはあんまりしない。逃亡組の魔物は、それぞれの特性を生かして空に地面に異空間に逃げ込もうとした。
姫はとても優しいので、四方八方に散った逃亡組に対し、その場から動かずに展開した暗黒魔術で残機を一個刈り取って退場させるにとどめておいた。
「みなのもの、姫様のおなりだぞ。アソビタ姫の金言を、ありがたく頂戴するのだ!」
生き残った魔物は平伏してぷるぷる震えていた。
アソビタ姫は暗黒魔術の使いである。
暗黒魔術とは、普通の良心があるならば使うのをためらうような魔法のことを言う。
洗脳、ネクロマンサー、人体錬成、生贄魔術、生命操作、そして何より恐ろしいのが残機に直接触れてくる魂魄術である。アソビタ姫は雑魚に対する良心があんまり残っていなかったので、それを行使するのをためらったことは、そんなになかった。
ありていに言えば、アソビタ姫は格下の魔物の残機を一気に刈り取ることができる。しかもマイペースな気分屋だ。脳筋では察しえないような理由で唐突に激怒する。そのため雑魚の魔物から非常に恐れられていた。
魔王城でアソビタ姫より強いのは、邪神司祭と料理長だけだ。つまり今回の魔王軍の中に、アソビタ姫より強い魔物はいない。
「アソビタ姫、どうぞ」
「とくに、言うことは、ない」
赤犬将軍の促しにアソビタ姫は一歩前に出て、堂々と宣言。いまアソビタ姫が必要としているのは彼らの体である。彼らの意思は、別にどうでもよかった。
「んー……」
アソビタ姫は魔物を一体一体品定めしていった。やっぱり耐久値はバランスが取れていた方がいい。だが魔王城の魔物には絶妙な雑魚がそろっているため、格上のアソビタ姫ではいまいち違いがよくわからなかった。
一回カード化して数値ではじき出そうかなと思ったが、めんどくさかったのでざっくりでいいやと思い直した。
「じゃ、ここら辺、から、ここら辺、まで」
姫はかわいいお手てを広げて、ぐるっと円を描く。その円の中には、十体ほどの魔物が含まれていた。
「はっ! この者たちを、どういたしましょうか、姫!」
「せんのー、する、の」
範囲してされた魔物が逃げ出そうとしたが、もはや時は遅かった。さっき両手でぐるっとした時に、指定した空間を隔離していたのだ。
「逃げられない!? あの一瞬で空間封印だなんてなんて――うわっぁああああああ!」
「お、俺はいまから死に戻りをするぞ! 洗脳されるくらいなら、残機が一個減った方がよほど――ぐわぁああああ!」
「ひ、姫! おやめください姫――ぐぎゃああああああ!」
「こ、こんなことをしたら、また司祭に怒られ――ぁあああああああああ!」
うるさかった順々に首から上の自意識も奪っていく。司祭を引き合いに出してきた魔物もいたが、この程度の被害ではまず怒られることはない。いまでこそすっかりなりをひそめているが、邪神司祭はあれで脳筋一派の最右翼だった過去がある。この世界で最も多くの生命を蹂躙した魔物の一匹で、魔界大戦の時代は大はしゃぎしていたのだ。
なので百匹くらい魔物をぷちっとしても、その程度ならと見逃すおおらかさを持っていた。
洗脳したアソビタ姫により、魔物は意識を失った。
これは違うなとアソビタ姫は考える。あまりにも複雑な行動パターンが多すぎる。もっと簡単に、直感的に、ある程度自動で動くそうな人形にしなくては、アソビタ姫はせっせと洗脳の濃度を強くしていった。
「洗脳……しかし、どうされるので?」
「戦わ、せる」
「なっ」
普通ならばありえない言葉に、赤犬将軍はよろめいた。
洗脳した魔物を、洗脳した魔物同士で戦わせる。それになんの意味があるのか赤犬将軍の常識的な思考の及ぶところではなかったが、赤犬将軍が理想とする残忍さにはふさわしい行いだった。
残った魔物は、そろそろ逃げてもいいか、それとも下手に動いたら姫の餌食になるのか、判断できずに恐怖に震え続けることしかできなかった。
「なんと、なんと悪辣にして残虐……!」
赤犬将軍は感極まって泣いていた。魔物の頂点とは残虐無慈悲であるべきと赤犬将軍は信じていた。そしてアソビタ姫の所業は、赤犬将軍の理想を遙かに超越していた。やはり、この犬将軍はマゾなのであろう。
そんな赤犬将軍をよそに、アソビタ姫は洗脳のチューニングを進めていった。できるだけ余計なことはせず、しかし単純な動きでパターンかを進めていく。コントローラーの動きと魔物の動きを洗脳によりチューニングしていくのは、まさしく職人芸だった。
そうして洗脳された魔物が、コントローラで動くキャラクターと化した。
「よしっ」
不気味の谷を通り越し、限りなく3DCGに近い直線的な動きの出来栄えに、姫は大満足した。
「はい」
アソビタ姫は赤犬将軍にコントローラーを渡した。
「これは?」
「お前も、やれ」
対戦相手が欲しかったアソビタ姫だった。
「あ、お前らも、やれ」
できるだけいっぱいの奴と格ゲーをしたかった、かわいらしいアソビタ姫のおねだりに魔物たちは真っ青になる。
同士討ちの片棒を担がされた魔物たちは、ちょっとばかり鬱になったという。