異世界転生したくない
深夜テンション。
「あああああ!!!! 死にたくない!!! 死にたくない!!!! ああああああああああああ!!!」
俺は叫んだ。眼前に近づく鉄の塊。止まる手足。
トラックについたライトが、無表情に俺を殺しにかかっていると思う。
「なんでこっちに来るんだよお!!! 十五歳! 何にもしてねえこれから!!!」
自分の発した音が聞こえない。口を開いているかさえ分からない。
でも、その数秒は一分ほどに感じられた。
終わりはあっけなくて、塀とサンドイッチになって中身が飛び出て行った。果汁みたいな血を見て、潰れたんだな、って冷静に思った。痛みが来る、というところで意識は途絶えた。
最期まで恐怖だった。
「目覚めなさい。選ばれし者よ」
綺麗な声。それは僕を覚醒させた。
体がだるい。視界がまぶしい。真っ白な世界に、俺の健常な身体は横たわっていた。起き上がってみると、軽い。
気持ち悪い感覚で、すぐさま横になった。死んだんだから、もういいだろ。どうでも。
「……目覚めなさい。選ばれし者よ」
「二回も呼ぶなよ。聞こえてるから」
俺は起き上がって睨んだ。女神だ。確信した。
なろう小説に出てきそうな女神。
「あなたは一度死にました」
「そういうかったるいのいいから。どーで異世界転生だろ? チート寄越せよ」
女神は引きつった笑みでこちらを見た。そこに神々しさはない。何か変なこと言いましたかね。
「……話がはやくて助かります。ここに七つの武器があります。どれか――」
「じゃ、これで」
僕は黒くて細い片手剣を選んだ。いかすう。
試しにぶんぶん振り回しながら、走り回る。
「ま、待って下さい。私の話を……」
「俺死んでるんだから、いいじゃないっすか」
十五歳。死ぬには早すぎる。まだ遊び足りない。
「異世界ってどんなところなの」
「……魔が支配し、人は剣と魔法を以て戦う、動乱の世。どうかあなたに世界を救ってほしいのです」
「無理」
テンプレは嫌いだ。
「チートってこれだけ?」
「そ、そうですが……」
盛大な作りため息をついて、俺は胡坐をかいた。
異世界行くなら、女神を連れていくとか、死んだらセーブ地点からやり直すとか、そういう主人公っぽい要素がないとアニメ化できない。
「今やチートで異世界無双する主人公はなろう界隈でモブだ。奇をてらったやりにくい話じゃないと見向きされない」
だから俺は行きません。
「……」
「何構えてんの……。何でオーラ的なもの放っちゃってんの」
光が俺を包み込むように煌めく。
「幸運を」
俺の意識は溶け込んでいくようだ。
* * *
「ほぁっ!?」
気が付けば中世の街並みです。うわーきれーいわくわくすっぞー。
これ異世界来たな。帰りてえ。
「だって完全に服装で浮いてるし……」
俺の冷静な頭がなければパニックだったな流石俺。
ここで俺がなすべきことはただ一つ。
「魔王倒すか」
こうして、俺の長く険しい旅が始まった。
* * *
数か月後。俺は中堅冒険者ぐらいになった。
説明するのも、されるのもだるいだろうし、いいよね。
名声はないけど、装備と魔法がある。
「――ミストルテイン!」
俺の詠唱と共に光の矢が構築され、眼前の敵を穿った。自慢の眼を潰されたサイクロプスが、怒りの慟哭を俺にたたきつける。つんざく悲鳴、なのだろうか。俺の精神は研ぎ澄まされていて、殺害の最短経路しか浮かんでこなかった。
殺意の跫音の冥々とした蒙昧さに、俺は宙を睥睨する。
実に静謐で、無聊。
サイクロプスの絶叫が消える頃、俺は俺自身の血濡れた剣に厭悪していた。
「……血くっさ」
おええ。吐き気を催す臭気だぜまったく。
戦闘からの解放により、俺の心はふわりと軽くなっていく。
「ふんっふんーふ」
俺はスキップで街へ戻るとすぐさまギルドへ。
「こんにちは愛しのお嬢さん。今日も美しいね付き合わないか」
「まだ明け方です」
おっと俺としたことが女性に間違いを指摘されてしまった。これは痛い。
朝とか昼とかそーゆーのどうでもいいと思います!
「返事は?」
「顔も見たくありません」
さらりと、彼女は去って行ってしまった……。
そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな。
「という嘆きも届かない……」
俺はなんだかんだ異世界を満喫しようとしていた。
がいろんな障害のせいでやめた。代わりに可愛い子とハーレムを形成しつつ魔王討伐しちゃおっかなー、的な。現時点で俺に好意を持ってくれるような人はいないようです。
「おっかしーなー、俺強いんだけどなー、魔法いっぱい使えんのになー」
まあいいか。魔王倒せばファン増えるだろ。今0人だけど。
「魔王っ魔王~」
次の次の村が、最後のセーブポイントだ。
その次は魔王城。もう終わりは近い。
俺みたいな異例の速さで攻略する冒険者は初めてらしい。
なんたって呪いの武器とかクスリとか罠とか使って来てるからね。
そうこうしてる内に着いた。
魔界。人間は生きていけぬ魔の巣窟。ひたすらに黒々とした世界が広がる。その真ん中に佇む存在感ある城。
「ここが魔王城か……」
とりあえずツァーリ・ボンバ置いときますね。いやー変な魔法使いから一つだけ好きなものに変化する便利アイテム貰っといてよかった。
結果として、魔王城は消し飛んだ。
魔王城っていうか、魔界は結構消えた。
俺は魔法で結界を張ってたから生き延びた。
それでも女神様は俺の前に現れなかった。
いつまでたっても現れなかった。
現代には帰れない。
「まったく異世界なんて、来るもんじゃないぜ!」