五話「城に潜入せよ!」
「やはり竜化病ですね。ですが私には解呪することはできません……」
「王族直属の医者でも解呪できなかったんだ。気にすることはないさ」
パーティーを組むことになった四人は、ひとまずエリナの家に滞在することになった。
木造の寂れた診療所で、あまり賑わっているとはいえない。
診断室にはホワイトボードとデスク、そして座席とベットがいくつか置かれていた。
クロードは患者の席に座り、自分の症状をエリナに診てもらっているところだった。
「ですが、どんどん酷くなっていますね……。こんな例は初めてです」
「そうなのか?」
クロードがコートを羽織り直しながら、聞く。
「ええ。ソーサラーとしての適性が高い人ほど、竜化病は進行する性質を持っているのですが、皆さん皮膚の数カ所に鱗が生えたとか、目が金色になった、ぐらいで止まります。つまりそれ以上進行することは通常ありえないのですが……」
「それだけオレのソーサラーとしての適性が高いってことか……」
「そういうことになりますね」
診断室に訪れる静寂。互いに無言になっているのだ。
「治す方法は?」
「ですから呪術を行っているソーサラーを止めれば治るはずです。しかし王族直属の医者が解呪できないレベルとなると、最高位以上のソーサラーということになりますね……」
「それでもあのドラゴンの群れ、全部相手にするよりはマシだろうさ」
「終わったー?」
診断室の外からシビルの声が聞こえた。
「ああ、今終わったよ。入ってきていいぞ」
その一言で、外で待機していた男性陣が診断室へと入っていく。
「結果は?」
シビルの問いに、クロードは肩をすくませてみせた。
「なに、邪教団を斃せばいいだけの話じゃないの。ところでエリナくん。邪教団について、何か知っていることはあるかね? 敵の情報はどんなものでも欲しい」
「ああ、熱心にこの村でも活動していらしたから覚えていますよ。確か名前は――四龍教団と言っていたはずです」
「四龍教団ねぇ……」
その言葉にアンガスが顎を撫でて渋い顔をしていると――、やがて何かをひらめいたかのように、パチンと指を鳴らした。
「ああ、思い出した。昔ちょっと話題になった教団だ」
「知っているのか、アンガス」
「なんでも四人の司教によって構成されていて、神に至ることを目的とした教団だった。司教はどれも高階位のソーサーラーで騎士団も手を焼いたものだ」
「そんなやつらがいるのか……」
「実際どうする? これから」
シビルがベッドに座って、問う。
またも診断室内に沈黙が続く。
騎士ですら手を焼く邪教団に、理性がないとは言えドラゴンの群れ。
どう考えても手強すぎる難敵だ。
全員が唸っていると、エリナがぱん、と手を叩いた。
「あの城に忍び込んで司教共を暗殺しましょう!」
「発想が怖いな、医者!」
にこやかに暗殺と提案するエリナに、患者用の椅子に座ってぐるぐると回転していたクロードが怯える。
「何かおかしなことをいいましたか? それがもっとも効率的な手段なはずです」
「いや、仮にも人を助ける職業のやつがだな……」
「医者ほど割り切り上手な人種は存在しないんですよ!!」
やはりニッコリと笑うエリナに危機感を感じ、クロードはベッドに座っているシビルの背後へと回った。ベッドで寄り添う形だ。
「とは言え作戦自体は有効な案だと思う。常に四人一緒にいるわけでもないだろう。信者に紛れて城に潜んで、一人ずつになったところを狙い撃ちしよう」
アンガスが腕を組みながら、壁にもたれてそう話す。
「まぁ殺すかどうかはさておいて、騙し討ちには賛成。相手によっては通じない可能性もあるけどね。実行はいつにする?」
シビルが眼鏡をくいっと引き上げながら、そう聞く。
その長耳はクロードにつままれ、遊ばれていた。
「まず城に忍び込まなきゃならない。実行は深夜でどうかね」
「今は夕方……一旦飯食って寝るか」
「それでしたら私、作ってきます」
と言って、エリナが自分の席から立ち上がる。
「へぇ、どんな料理ができるか楽しみだね」
「ふかした芋とパンですかね……」
「…………」
全員が沈黙した。
「お金がないのです!! なかなか繁盛しないので! いやいいことなんですけどね!」
「それじゃあソーサラーギルドに行って、食事でも頼もうか、クロちゃん」
「そうすっか」
そう言ってクロードとシビルは立ち上がり、診断室から出ていった。
「ああ待ってください! 私を見捨てないでください!」
「………おごるよ? エリナくん」
「ありがとうござます! アンガスさん!」
その後、アンガスはこの発言を激しく後悔することになる。
エリナが超のつくほどの健啖家だったからだ。
四人が食事を終え一通り睡眠すると、すっかり時刻は夜中になった。
車で近づけばすぐに気づかれるだろうと、アンガスが提案し、四人は徒歩でロンドボトム城まで向かった。
クロードの認識拡大により、周囲を探る。
どうやら見張りのたぐいは城には居ないようだった。
「見張り番すらいないのか」
アンガスが不審げにつぶやく。
「そりゃあれだけドラゴンが飛んでちゃ、近づいてくる人なんていないでしょ」
シビルが言う。もっともな話である。
四人は更に城へと近づいてく。
正面の扉は閉じられ、石造りの塀は高い。さらに淀んだ水の溜まった堀まである始末だ。
「さて――どうやって、塀の上に登るかね」
「それなら簡単だよ。僕が念動力で上に運ぶ」
シビルがそう言うと、四人はふわりと宙に浮いた。
念動力の力だ。
そのまま塀を軽々と飛び越え、塀の上の通路に着地。
四人は改めて強固な城を見た。
廃城とは言え、壊れている箇所は少ない。
空の上にはドラゴンの群れが回遊しており、とても近づきたくはない感じだ。
「迂闊に空を飛ぶと、ドラゴンたちを刺激するね」
「そうだな。どうやって侵入するか」
「ふむ、あの窓から入ろうか」
アンガスが小窓の一つを指差す。
「割って入るのか?」
「いや、私は形状変化が使えるのでね。窓ぐらいは簡単に形を変えて、中に入れる。その後元通りにすればバレることもないだろう」
「よし、そうと決まれば早速入りましょ―!」
念のため、クロードが意識の拡張――認識拡大を使いながら近づくが、特に人の気配は感じられない。小窓に近づくと、アンガスが小窓に手をかざした。
「よし、開いたぞ。鍵さえどうにかすれば、別に大掛かりに変形させることもないからね」
そう言って、アンガスは小窓を開いた。
四人が城の中に入ると、そこは廊下だった。
特に物音はせず、廃城特有の薄気味悪さが蔓延している。
「姫様はどこに居ると思う?」
「そりゃやっぱ地下牢でしょ。あったら。とりあえず一階を創作しよう」
「了解。離れないようにな」
そう言って四人が廊下を歩いていく。
執務室、キッチン、食堂、兵舎など、様々な部屋があるが、どこにも人の気配はない。
エントランスホールに近づくと、クロードが人の気配に気づいた。
「待て。――エントランスホールに十五人ほどの気配がある」
「なんでそこに集まってるんだい?」
「動く気配はあるの? クロちゃん」
「いや……、動く気配はないな……。どうする?」
「二階への階段は今まで見つかりませんでしたね……」
四人が考え込む。エントランスホールの集団に動く気配はない。
「相手が高階位の認識拡大使いなら、こちらの動きがすでにバレてる可能性があるな」
「バレてるとするなら……、私達が城から離れれば、それこそドラゴンに襲われるだろうね」
「突っ込むしかないか……」
「では行きましょう」
ふっ、ふっ、とエレナがジャブを素振りする。
武器らしきものも特に持っていない。
恐らく徒手空拳で闘うタイプなのだろう。
「……よし、突っ込むぞ!」
クロードがそう呟くと、四人はエントランスホールへと突入した。