四話「ようこそロンドボトムへ」
数時間ほど列車に乗っていた三人は、無事クインセンロッドにたどり着いた。
クインセンロッドは北方の地方都市である。
瓦礫づくりの町並みと、山と湖の牧歌的な風景から、観光地としても人気がある。
三人は駅前のレンタカーショップで車を借りると、ロンドボトムへと自動車で走り出した。
自動車――。魔晶機関で動く代物であり、そこそこ珍しくはあるが、充分に個人が所有できる乗り物だ。
様々な形があるが、三人が選んだ車は赤色のオープンカーだった。
後部座席にクロードが寝転がり、運転席にアンガス、助手席にシビルが座る。
大したイベントもなくロンドボトムにたどり着いたが、そこに待っていたのは想像を絶する光景だった。
「――あの飛んでるの全部ドラゴンってわけ?」
クロードが呟いた。
「どうやらそうらしいね……」
シビルが見上げる。
その視界には、ロンドボトム城と呼ばれる廃城、そしてその上を回遊するドラゴンの群れが見えた。
丘をいくつも超えた先にある城だが、その姿は一望できる。
さながら物語の世界に出てくる魔王の城のようだ。
三人はこれからあの魔王城に向かわなければならないのだ。
「―――っつっても魔術を使ってこないからって、ドラゴンはドラゴンだぜ? 火は吹いてくるだろうし、どう対策するよ?」
クロードが後部座席から前席の二人の肩に、それぞれ両肘を置き、話しかける。
「ふむ、私はまず麓の村にでも行って情報を集めるのが先決だと思うね。こんな片田舎でもソーサラー・ギルドの一つぐらいはあるだろう」
「僕もアンガスさんの案に賛成だな。まず情報を集めないと……」
「じゃ、麓の村に向かおうぜ」
結論が決まると、アンガスがハンドルを切り、自動車は麓の村まで走っていった。
待っていたのは閑静とした村だった。
人はからっきし歩いておらず、家々の窓という窓には、木の板が貼られている。
「人の気配がないな……」
アンガスが呟く。
「あそこ、ソーサラー・ギルドじゃないか?」
クロードの指差した先には”ソーサラー”と読める電光看板がチカチカ、と点滅していた。
時折、ジジジ、と音を立てて光が消えている。
三人は車を店の前に停めると、店の扉を開いた。
同時にバン、とカウンターを叩く大きな音がした。
「ですから!! 竜化病の治療には、あの悪しき魔城を攻略し、邪教団を討伐するしかないのです!」
「勘弁してくださいよエリナさん! そうは言っても、あれだけドラゴンが飛んでる城になんて誰も行きませんよ!」
閑散とした店の中で、店主に詰め寄り、カウンターをバンバンと叩くのは一人の美女。
肩でバッサリとなで斬りにした銀髪。
長身にして豊満な体つき。病的なまでに白い肌色。
青を貴重とした軍服と、黒いマントを羽織った女傑と呼ぶにふさわしい立ち姿。
前頭部からは二本の角が鋭利に伸びている。――白鬼族の特徴だ。
彼女は入ってきた三人に気づき、振り向くと、鋭い目つきでこう言った。
「――おや、貴方達は見ない顔ですね。おいでませ、竜に食われた土地ロンドボトムへ」
「えっと……、何を揉めてたんですか?」
さも当然かのように話しかけられて困惑する人見知りのシビル。
カウンターの奥に建っているいかにも店主といったバーテンダー風服装の髭を生やした中年男性が、それに答えた。
「ここはソーサラー・ギルドでしょう? 自分が依頼するから、邪教団の討伐パーティーを作ろうってうるさいんですよ、この人」
「邪教団の討伐パーティーですか」
「ええ、外に出れば一望できると思うけれど……、竜が飛んでいる廃城があるでしょう? あそこはロンドボトム城と言って邪教団が占拠してしまったんです」
店主が答える。
「ええ、それから竜化病……、体に鱗が生えたり、目が金色になったりする風土病が始まりました。そしてあの城の上には何体もの竜が飛び交うように……。間違いありません! 邪教団が竜化病の原因なのです!」
エリナと呼ばれた白鬼族の美女が、身振り手振りを入れて熱弁する。
「ふーん、で証拠は?」
アンガスが入り口の扉の枠にもたれかかれつつ、
面倒くさそうにそう言った。
「証拠はありません……」
美女はガクッとうなだれる。
――だが、それもつかの間。
「しかし! それを調査することも含めての討伐パーティーです!! ですが一向に参加希望者の通知が来ない! 故に現在こうやって店長を問い詰めているところなのです!」
「勘弁してくれよ……」
そう言って、今度は店主がうなだれた。
「まぁ普通に考えて、ドラゴンまみれの廃城に向かおうなんて正気じゃねぇわな。オレはむしろこの姉ちゃんが正気かどうか疑ってるんだが」
クロードがシビルの背後に隠れながら、そう呟く。
どうやら白鬼族の美女と関わり合いになりたくないらしい。
「えーっと、お姉さんはそもそもなんで竜化病をなんとかしたいと思うんですか?」
ネビルが問う。
「おっと、申し遅れました。私、ヒール・ソーサラーを営んでいるエリナ・コールリッジと申します」
ヒール・ソーサラー。
ソーサラーの中でも解呪や怪我、病の治療に特化した魔術師のことだ。
この世界で医者といえばこのヒール・ソーサラーのことを意味する。
「この村で竜化病に苦しむ人々を見て、それを解呪出来ない自分が歯がゆくて……。呪いのたぐいならば、呪術を使った本人ならば解くことが出来ます。だから私は……そう!! 患者のために!! ドラゴンの群れだろうと邪教団だろうと討ち倒す所存です!」
握りこぶしを作って熱弁するエリナ。
ヒール・ソーサラーは善人や信心深いものがなりやすく、多くの場合こういった使命感に燃えている。
ドラゴンの群れにすら突撃すると豪語することを除けば、エリナ・コールリッジはいたってまともなヒール・ソーサラーだった。
ただしクロード的には、関わり合いになるのは御免こうむるタイプだった。
うへぇ、と呟き、シビルの背後から離れようとしない。
シビルもそのことをわかっているはずで――。
「それじゃあエリナさん。僕らとパーティーを組みませんか?」
シビルがエリナに手を差し伸べてそう言った。
「本当ですか!?」
「ええ、実は僕達も諸事情で竜化病を治したくて……。それにドラゴンに攫われた人がいて、その人を救いたいんです。仲間が多いにこしたことはないでしょう?」
「ああ! これはまさしく神の思し召しですね! 旅の御方、ありがとうございます! 貴方達のお名前は!?」
エリナは両手を組んで祈りながらも、シビル達の素性を聞いてきた。
「おい、ちょっと待てシビル! 本当にこんなぶっとんだやつを連れて行くのか!?」
クロードがシビルに囁く。
「え? いい人でしょ?」
シビルはにこやかにそう言った。
「……おい、アンガス」
扉にもたれているアンガスへと振り向き、救助を求める眼差しで睨む。
「私も仲間は多いほうがいいと思うが? 手柄を奪われないたぐいならいくらでも!」
ふっ、とアンガスは肩をすかせてみせた。
「よろしくお願いします! シビルさんにアンガスさん! えっと最後の一人は――」
にこにこと微笑みながら、クロードへと近寄っていくエリナ。
やはり苦手なタイプだとクロードは確信した。
「クロード・ディスペルだ。……よろしく」