三話「冒険の始まり」
「姫が攫われた! コレは由々しき事態だ!」
「どう思う?」
「どう考えても本当に由々しき事態だと思います、はい」
二人はドラゴンが去っていった後、唯一のドラゴンスレイヤーとして王に招集をかけられた。
円卓が置かれた部屋に集められたのは、精鋭とも言うべきいかつい騎士の面々。
そして部屋の最奥に座っているのは、イグニス王国の王、ワイズ・ペンドラゴンである。
彼らの会議は喧々囂々にして、内容のないものであった。
突如として現れたドラゴンの群れ、攫われた姫、前例のないことであるため仕方ないとも思えた。
円卓にこじんまりと座っていたクロードはこういったイベントに一日振り回されてばかりで、本当に辟易していた。
辟易したので円卓に突っ伏して寝ていた。
大いびきをかいていたが、周囲の者は会議に熱中していて気づく様子はない。
仕方ない、とシビルがクロードに自分のローブをかけ、立ち上がった。
「一つよろしいでしょうか、王」
「なにかねシビル殿。言ってみたまえ」
「はい。僭越ながら僕達は、先刻の竜退治の功績から、このような場所の末席を頂いておりますが、一つ伝えておきたいことがあるのです。実は僕達、攫われる前の姫と話をしていたのですが――」
シビルはライラから竜化病、そして自分たちがさらわれたライラを追い、ロンドボトムへと向かうという予言を受けたことを話した。
「そんなことが……」
「よくわかりませんが、とりあえず現状何の手がかりもないことから僕たちはロンドボトムに向かおうと思っています。方角も北。ドラゴンの群れが飛び去っていった方角と一致しています」
「いや……姫の予言は不思議と的中した。ここは信じよう。誰かシビル殿達とともにロンドボトムへと向かわんとするものはおるか!?」
手を上げようとする騎士はいない。
それもそのはず、あのドラゴンの群れを相手取るのであれば、恐らく一国の軍隊を用意しても足りないだろう。
だが――しばらくして一人の騎士が手を上げた。
「私が向かいましょう。必ずや姫を連れ戻し、あのドラゴンの群れを討伐してみせましょう」
「おお! やってくれるかアンガス!」
アンガスと呼ばれた騎士は筋骨隆々、日に焼けた肌に分厚いプレートアーマー、赤い短髪にすっきりと通った鼻筋という感じの、いかにも騎士という感じだった。
「では出発は明朝! それまでに御三方は準備をしておいてくだされ!」
そうして王国の作戦会議は終わった。
シビルはクロードを背負うと、王城の一部屋に向かった。
今日は休んでも良いと言われて、部屋を一つ貸してもらったのだ。
「やぁ、シビルくん。手伝おうかい」
石造りの廊下を歩いているとアンガスが話しかけてきた。
「けっこうです」
「ハハハ、君たちには期待しているよ」
そう言ってアンガスは先へと歩いていった。
何を考えているのかいまいち分からない。
シビルは部屋につくと、ベッドにクロードを寝かせ、自分はソファに横になった。
翌日。三人は駅にいた。
クロードは白いコートにホットパンツ。
黒羽のカトラスと、荷物をを入れたバッグを背負っている。
髪は二房に纏めたいわゆるツインテールというやつだ。
既に右目は金色に、右腕には龍の鱗が生えていた。
あれから体を王城の医者に見てもらったが、やはり結果は前と変わらなかった。
今は王女の予言を信じるしかないだろう。
……信じたところで自分は竜になるわけだが。
しかし手がかりはロンドボトムにしか存在しない。
シビルの服装は、深緑のローブと黄緑色のセーター。
そしてトレードマークの牛乳瓶のような丸眼鏡。
中心から菱形を一発書きしたような鉤型。
それが片端についた杖を背負っていた。
鉤型には鎖が二ピースかけられている。
手には、旅行用のスーツケースを握っていた。
最後の一人はアンガス。
分厚いプレートアーマーに荷物袋。
腰にはショートソードがかけられている。
駅とは、王都ラストバーグから主な主要都市につながる装甲列車の駅である。
線路を伝って走るが、無くてもある程度は走る。
耐久力が高いため、妖魔が体当りしてきても問題ない構造だ。
飛行艇に次いで、主な移動手段の一つとなっている。
クロードは地図を取り出し、広げた。
「ロンドボトムは北の田舎町だよな。最寄りの駅はクインセンロッドか」
「そうだね。そこまで装甲列車で向かって、あとは車を借りて向かう予定だ」
「田舎町か~。ゴブリンが洞窟に篭ってたりすんのかな」
「それぐらいだったら、火炎放射で一発でしょ。流石に田舎町だからと言ってソーサラー・ギルドがないわけじゃないんだし」
「で、そこの騎士さんも同行すんの?」
「ハハハ! 私の名前はアンガス・ヴィンセントという! よろしく頼むよクロードくん!」
髪を手櫛で撫で払い、高らかに笑うアンガス。
それを見てクロードは見るからに嫌そうな顔をしていた。
「アンタわかってんのか? 今からオレ達はドラゴンの群れに突っ込むんだぞ?」
「もちろん! 姫を救い出すのは騎士の義務だからね! それにドラゴン退治と来ている! 最高のシチュエーションじゃないか!」
「あー……、シビル、この人イカレてんの?」
「頭がめでたいだけだと思う」
「フフフ、聞こえているよ?」
三人でそんな馬鹿話をしていると、装甲列車がやってきた。
見た目は巨大な長方形と言った感じで、黒く塗られている。
一階と二階があり、二階には窓がついていた。
「クインセンロッドまではそんなに遠くない。数時間もすればつくだろう。我々はそれまで列車の旅を楽しむとしようか」
装甲列車に乗り込み、予約していた席に座る。
席は二階のため窓があり、それに並列してソファが二つ置いてあるオーソドックスな個別席だ。
進行方向のソファにクロードとシビルが、逆方向にアンガスが座った。
装甲列車が出発した。
山を輪切りにして、各ブロックに街を乗せたような階層都市、
イグニス王国の王都ラストバーグ。
窓からはその全貌が見えていたが、進むに連れて徐々に小さくなっていった。
窓の外から見える景色が、草原と森と病外に無くなったところで、アンガスが口を開いた。
「二人はソーサラーになって長いのかね?」
「まあね。オレはソーサラーギルドが実家だったし、こいつは孤児で小さい頃から念動力と幽体召喚が使えたからな」
「孤児院とクロちゃんのお店が近かったからしょっちゅう遊んでたんだよね」
ソーサラーギルドは多くの場合、宿屋や酒場と兼業している。
その多くが民営であり、訪れてくるソーサラーを客にして日銭を稼ぐためだ。
「オレも身体強化と認識拡大の適性が高くてね。二人ともすぐにソーサラーとして実力をつけた。成人してからすぐ二人して魔導院に免許を取りに行ったよ」
ソーサラーは免許制である。
魔導院に認められたものだけが、ソーサラー・パスを受取り、ソーサラーとして活動できる。
免許の取得は最低十五歳――成人年齢になってから可能だ。
「アンタはなんで騎士になったんだ?」
「私かい? いやぁ、家が騎士の家系だったからさぁ。必死に修行して、ようやく多少魔術を使えるようになった程度。さすがにドラゴンスレイヤーの二人には勝てないと思うね」
アンガスは自嘲気味に笑った。
「わかってんじゃん。よくそんなんでついてこようとしたな」
クロードが脚をぷらぷらと揺らしながら、皮肉げに笑う。
「着いていかなければ私は一生このままだ。せめて歴史の生き証人ぐらいにはなってみたいものでね。着いてくることにしたのだよ、英雄さん」
「………別に英雄ってわけじゃない。あれはドラゴンって言うより、ただのでかいトカゲだった。不意を打たれてなきゃ、王城の大砲で十分対処できたはずさ」
「だろうね」
「だろうねってアンタ、わかってたのかよ」
クロードが立ち上がる。
ははん、とアンガスが笑った。
「まぁ座りたまえ。本当に知恵あるドラゴンならば、あんな風に下品に徒党を組むことなどしない。ありゃあ良くてワイバーン程度の知能しかない。実際のドラゴンは誇り高く、群れることを嫌うからだ」
ふむ、と言い、クロードが再び座る。
「そして人間からドラゴンへの変化。確かにドラゴンが人間に化けることはある――が、これもまたあまりにも品がない登場の仕方だ。そして君たちが言った竜化病。コレで私は確信したね」
「……なにを?」
「この事件はドラゴンを人工的に作らんとする邪教団の仕業さ。王族――ペンドラゴン家は竜姫族と言って、ドラゴンの血が濃く流れている。大方、姫を材料にして、より完璧なドラゴンを作ろうって寸法さ」
「そこまでわかっているなら、あの会議の時にそう言えば良かったんじゃないですか?」
自慢げに語るアンガスを、シビルは不審げに睨む。
「そうすれば、本物のドラゴンじゃないと分かって、多くの騎士たちが志願したかもしれないのに……」
「おいおい、それじゃあ私の手柄にならないだろう!?第一、多くの兵隊でロンドボトムに出向いたら、姫を人質にされるに決まってる。それにドラゴンだって、いくら理性がないとは言え、火ぐらいは吐けるだろう」
「じゃあどうするつもりなんだよ」
クロードが足を組み、頬杖をついてアンガスを睨む。
クロードの評価では現在アンガスは手柄目当ての糞野郎だった。
「少数精鋭、それも卓越した者たちでドラゴンを操る邪神団を打ち倒し、姫様を救うのが一番いいんだよ。他の騎士は頭が硬いからね。どうせ正面突破しか考えない。もちろん私だって他にも何人か手を挙げると思ったよ? でも挙げたのは私しかいなかった。つまりこの三人で向かうのがベストってことだよ」
「ふん、手柄がほしいだけだろ」
「もちろんさ!」
アンガスはニマニマと笑う。
どうもクロードはこの男が好きになれなかった。男の好みもあるが。クロードの好みは筋骨隆々のたくましい男性ではなく、温和で儚げな優男だった。
まぁつまりは――。
クロードは隣のシビルの顔を見ると、チッと舌打ちして逆側を向いた。
シビルは頭にはてなマークを浮かばせた。
だがすぐに「おなかがへってるんだろうなぁ」と思いつき、
持ってきたお弁当をスーツケースから取り出し、広げ始めた。
「お弁当、早朝に用意してたんだぁ」
にへらーと笑うシビル。
クロードはふてぶてしく頬杖をついてそっぽを向いていた。
弁当の中身は色とりどりだ。
海苔で巻かれたおにぎり。
爪楊枝で固定されたアスパラガスの肉巻き。
やわらかそうな卵焼きに、蛸の形に切られたウインナー。
ほうれん草と人参の炒め物。
「アンガスさんもどうぞ」
さきほどの不審な空気はどこへやら。
もう仲間になったと言わんばかりに広げた弁当をアンガスにも勧める。
「お、すまないねぇ、じゃあ一つ……」
「一つと言わずいくらでも」
「私が食べすぎると隣のお嬢さんの分がなくならないかね?」
「クロちゃん食べる?」
「食うよ」
そっぽを向きながら、クロードはシビルに向けて、右手を差し出した。
シビルはそれにおにぎりを乗せる。
乗せられたおにぎりはそのままクロードの口へと運ばれた。
「…………んまいな」
そう言って、クロードはシビルに振り向き直すと、弁当を平らげ始める。
”やっぱりおなかがすいてたんだなぁ”とシビルは嬉しそうに笑った。