二話「予言の姫とドラゴン」
シャワールーム。
浴槽に入りたいところだが、飛行艇には備え付けられていない以上仕方ない。
故郷につくまでの辛抱だ。
クロードはシャワーを止め、腰ほどまでに伸びた髪を、タオルで拭った。
岩石族の髪は伸びにくいのだが、十五,六も生きればコレぐらいは伸びてくる。
母などは地面に届かんばかりだ。
体を拭こうと、右腕を見た。鱗のように罅が入っている。
いくら岩石族が強靭な肌を持っているからと言って、本当に石のような肌なわけではない。
これはあのドラゴンの血を受けてから変異したものだ。
シャワールームに備え付けれた鏡に、自分の顔が映る。
右目が半分緑色から金色に濁っていた。
――ドラゴンを斃して三日目。
こうした症状が日に日に増していた。
船医に相談したが、どのような症状かまるで判断がつかないという。
ひょっとすると竜の呪いかも――などとぬかしていた。
あれから飛行艇は救助を呼び、複数の飛行艇で、墜落したドラゴンを王都へと持ち帰ることになった。
いかに狂っていようとも、ゴブリンに操られようと、ドラゴンはドラゴン、その屍体はレアなアイテムの素材になる。
恐らくは数十億の実入りになるだろう。
直接斃したからと言ってその全てが手に入るわけではない。
だが、何割かは確実に手に入るだろう。
それだけで一庶民から一気に億万長者だ。
……その前に自分が竜にならなければ、の話だが。
クロードはホットパンツとシャツ、そしてフード付きの白いパーカーを羽織るとシャワールームを出た。
シャワールームの外にはシビルがいた。
枯れ草色の短髪と、賢人族特有の長耳。
愛用のローブとセーターは深緑と黄緑のコントラスト。
牛乳瓶のような丸眼鏡が特徴の好青年だ。
背中に背負っている杖の上端は、菱形を中心から一筆描きしたような鉤型になっており、その鉤型に三ピースずつ鎖がかけられている。
シビルはクロードを見ると、ぱぁ、と瞬いたような笑顔を見せる。
そして心配そうに顔を曇らせた。
「えーっと、その、大丈夫? 右腕……」
「別に心配ねーよ、これぐらい」
「王都に帰ったらドラゴンの報酬で都市一番の医者に見てもらおう、うん」
「心配しすぎだって」
そう言ってクロードは、自分の部屋に戻るため、廊下を歩き出した。
それにシビルもついていく。
「あ、そうだ。王都に帰ったらドラゴン討伐の凱旋式が行われるんだってさ! 僕ら、王城に招待されるかもよ!」
「王城ねぇ……。なんかいいことあんのかよ」
「えーっと……んー――、あ! 可愛い姫様に会えるとか!」
クロードはムカッ、と自分の心に澱が溜まった気分になった。
「ああ、そう。じゃあ一人で行けよ。オレは別に姫様になんて会いたくねーし」
「え、ほら、お祝いが行われるんなら料理もあるかもだし!それに王家専属の医者とかなら右腕についてだって知ってるかも!」
「でもオマエは可愛いお姫様に会いたいんだろ?」
「別にそんなこと……、ないこともないけど、でもクロちゃんが行かないと、楽しくないじゃん」
クロードは振り返り、ふーん、と唸ってシビルを見つめた。
「じゃあ行く」
「良かった! 明日の早朝にでも着くってさ!」
「じゃあ今日はもう明日に備えて寝るか」
と言っている合間に自分の部屋に着いた。
クロードとシビルは同室だ。
部屋は狭く、二段ベッドになっているので一緒に寝ているわけではないが。
クロードが上で、シビルは下だ。
というのも船の護衛依頼を受けたはいいが、依頼者は一部屋しか貸してくれなかったのだ。
クロードは当初、少しはドギマギしたものだが……。
シビルのいびきを聞いて、そんな期待も消失して久しかった。
そしてその日も寝付こうとしたところ、すぐさまシビルのいびきが聞こえたのだった。
クロードはため息をついて、眠りに落ちた。
――翌日。
クロードは体の節々の痛みによって目覚めた。
調べると右腕以外に複数の箇所が、龍の鱗のようになっていたのだ。
……あまり時間は残されていない。
なんでもいいからこの病とも呪いとも知れない現象を解決しなければならない。
「あ、クロちゃん! 起きた!?見て見て! これ全部ドラゴン退治した僕達に対するパレードだってさ!」
シビルが部屋の丸窓を覗いてはしゃいでいた。
「なんだよ、たくっ……」
髪を掻き分け、面倒くさそうに丸窓に向かい、覗く。
丸窓の外では盛大にパレードが始まっていた。
多くの民衆。飛ばされる色とりどりの風船。
サーカス団が引き連れた巨大な妖魔が、街の道路を歩いている。
「…………逃げ出したい」
「なんで!?」
「だって恥ずかしいし……」
クロードは後々、この時点で逃げ出すべきだったと思うことになる。
なぜならばこの後、巨大な妖魔に乗せられ、街を凱旋し、王城にたどり着くと、その前の広場で王や大臣たちのありがたい演説を数時間は聞かされる羽目になったからだった。
隣にいたシビルはノリノリだったのが、更に恥ずかしさを引き上げており、そのため終始クロードはパーカーのフードを深く被っていた。
イベントはそれだけで終わらなかった。
王城に招かれ、祝勝会ともいうべきパーティーに参加させれることになった。
しかも強制的に。
わざわざ着慣れないドレスを、メイドたちがあーでもない、こーでもないと言いながら、まるで着せ替え人形のように着せ替えていく。
最終的に髪は二房に纏めたまま、黒を貴重としたドレスを着せられることになった。
ノースリーブのドレスだったため、右腕の変異が見えてしまうので、メイドたちはわざわざ二の腕まで届く手袋を用意してきた。
それが済むと、きらびやかなダンスホールに通された。
国の貴族や大臣達などのお偉いさんがスーツやドレスを着て集まっている。
幸いだったのは王と大臣達の演説はさほど長くなかったことと、色とりどりの料理が立食できるようにバイキング式でダンスホールに置かれていたことだった。
皿に乗り切れないほどの山盛りの料理を食らわんとするさまは、貴族や大臣達から下品に思えたのだろう。
祝勝会が始まった時に感じた周囲からの視線は何処とやらに消えていった。
そう時間が経たないうちにシビルが声をかけてきた。
枯れ草色の短髪をオールバックにし、黒のスーツを着ている。
普段の丸眼鏡はかけていない。
クロードからしてみれば、服に着せられていると言った感じだが、シビルの素性を知らないものから見れば、一人前の伊達男に見えなくもないだろう。
その両手には山盛りの料理が乗せられた皿を二皿持っていた。
「何、その皿の料理食うの?」
「食べるかなぁと思って持ってきたんだけど……」
「食べるけど」
「良かったぁ」
クロードは料理の入った皿を受け取り、自分の空になった皿をシビルに渡す。
「帰りたい……」
「でも料理は美味しいでしょ」
「料理は美味い」
「だったら我慢しないとね。あ、そうだ。右腕の件なんだけど……」
「何かわかったのか?」
「分かる人を連れてきた」
シビルはそう言うと、恭しく右腕を翳し、一人の少女を紹介した。
白いドレスに腰まで伸びた金髪。
この世のものとは思えない幻想的な雰囲気を帯びた少女。
彼女は――。
「ライラ・ペンドラゴン様。この国の王女様だ」
「ほんとに声かけてきたのかオマエ!!」
ライラと言われた少女は、クロードとシビルの掛け合いにくすりと笑う。
「初めまして。クロード・ディスペルさん。わたくし、この王都の王女、ライラ・ペンドラゴンですわ」
「えー……、で、姫様が一体何の用っすかね」
クロードが頬をポリポリと掻く。
「あら、お声をかけてきたのはシビルさんですわよ? まぁわたくしもお会いしたかったですけれど。……ドラゴンを殺した少女とやらに」
「そんな大層なものじゃないっすよ。ありゃドラゴンというにはあまりにも……」
「脆弱だった。そうですわね?」
「ええ、まぁ」
ライラがクロードを見つめる。
まるでその未来を見透かすかのように。
そんな気はないが、あまりに現実離れしたその容姿にドギマギしてしまう。
「貴方の未来が見えます……」
クロードはシビルの耳をつまみ、自分に近づけた。
「いててて、なんだよクロちゃん」
「おい、なんか言い出したぞ。何だこの姫様」
「聞こえていますよ」
「あ、すいません。……未来が見えるってほんとですか?」
「ええ、私は高階位の認識拡大を会得していますので。まぁ普段は使えないんですが、インスピレーションが沸いた時は、その人の未来が見えるんです」
「へー…………」
「すごいでしょ! 姫様なら僕、クロちゃんの症状についても分かるかもしれないって思って!」
クロードはとてつもなく不安な表情で、シビルを睨んだ。
「貴方はどうやらさらわれた姫を追い、竜化病が蔓延した土地――ロンドボトムを訪れ、そして竜化病の真実を知るでしょう」
「へぇ、竜化病っていうのか、この症状」
「一つ判明してよかったねクロちゃん!」
「そんなことよりも今こいつ、自分が攫われるって言ったぞ」
「そんなこと言いました? わたくし」
ライラの言葉に二人が顔を見合わせる
「言った」
「言ったね」
「まぁいいでしょう……。そして貴方は竜になります。この未来は変えられません」
「今思いっきり絶望的な台詞を吐いてくれたんだけど、この姫様」
「変えられないんですか!?」
「変えられません」
シビルの悲痛な叫びに、ライラは釈然と答える。
「姫様が攫われることもですか!?」
「変えられません」
シビルの悲痛な叫びに、ライラはやはり釈然と答える。
「やばいよ、どうするよクロちゃん」
「何言ってんだ、おちつけ。おとぎ話じゃあるまいし、誰がどうやって王城で守られてる姫様を攫うことなんて出来るんだ? そんなことそれこそドラゴンの大群が突然湧いて出てこない限り無理だろ」
「ドラゴンだ―!!」
外の兵士が騒ぎ出す。
「見張りは何をしていた!? あんな巨大なモノ見逃すはずないだろ!」
「それが……突然湧いて出てきたんです!」
「なにィ!? お、落ち着け……。たとえドラゴンが出たとしても所詮は一体! 我らの敵ではない!」
「ひ、ふ、み、よ、合計十体はいます、隊長!!」
「なにィ!?」
―――そんな声が外から聞こえてきた。
「ほら、ね?」
ライラが凄まじく自慢げな笑みを浮かべる。
「ほらね、じゃねーよ!!」
クロードが窓を開けてバルコニーへと飛び出す。
城の外では合計十体のドラゴンが、空を回遊していた。
そのどれもが、飛行艇並に巨大。
色とりどりで姿は様々。
「………どうするクロちゃん」
いつのまにか隣に立っていたシビルがそう問いかけてきた。
「……逃げるか」
「そうしよう」
方針が決まり、二人が逃げようとすると、ダンスホールの方からも悲鳴が上がった。
ダンスホールの中央。
スーツを着た男の背中が盛り上がり、翼が生え、形を変えていく。
――そう、ドラゴンだ。
人間がドラゴンに姿を変えたことで圧迫されるダンスホール。
当然、客達も悲鳴をあげた。
「ふざけんな! なんでこんなにドラゴンが出てくるんだよ! ドラゴンってそんなにいるもんなのか!?」
「いないと思う」
「じゃあなんでいる!?」
「竜化病ってやつか……」
ドラゴンが初め、周囲に突風が吹き荒れる。
そしてバルコニーへと突撃してきた。
二人は前転して、これを避ける。
バルコニーは破壊され、ドラゴンは空に上がっていった。
「あれ? 姫様は?」
シビルが立ち上がり、ライラを探す。
――確かにどこにもいない。
クロードは認識拡大を発動し、周囲を探る。
ライラは――。
先程飛び去ったドラゴンの足に掴まれていた。
「たーすーけーてぇええええええええ……」
徐々に小さくなっていく声。
北の空へと飛び去っていくドラゴン達。
未来が見える姫、ライラ・ペンドラゴンはこうしてドラゴンの群れに攫われた。