一話「飛行艇とドラゴン」
「なんでよりにもよってオレらが護衛している時に空賊共が襲撃してくるんだよ!」
雲が横切る飛行艇の甲鈑でクロードは甲高い悲鳴をあげていた。
どこにでもあるような普通の船に、木と布で作られた両翼をつけたものが飛行艇だ。
魔晶石の魔力を使って動く魔晶機関が搭載されており、それによって浮くとされている。
クロード・ディスペルとシビル・ウッドマンは飛空艇の護衛依頼を受けていた。
飛行艇に襲撃があることはあまりなく割のいい依頼である。
――襲撃さえなければ。
「ゴブリンのワイバーン部隊……。有名な空賊だね、クロちゃん!」
シビルが見張り台から顔を出す。
その上空をゴブリンが乗ったワイバーンが通っていった。
ゴブリン。
二本の手と二本の脚を持つ、人族に近しい矮小な身体。
緑色の肌をもち、猫背。
その多くが人族から剥ぎ取った壊れかけの鎧や兜などを装備している。
代表的な蛮族であり、知らない人族はこの世界にほぼ存在しないと言っていい。
彼らが乗るワイバーンはデミドラゴンとも呼ばれる種族だ。
鱗の肌と大きな口、そして尻尾を持っている。
脚は四本で、前足は翼と一体化しており、空を飛ぶ。
そんなワイバーンにゴブリンが搭乗して、飛行艇に襲い掛かってきているのだった。
蛮族と言っても、人族に負けず劣らずの高い知恵と文明を有している。
ゆえにこういった蛮族の空賊はそう珍しくはなかった。
とは言え空を飛べるのならば、装備が充実している飛行艇を襲うよりも
ちんけな田舎町などを襲ったほうが遥かに楽で実入りがいい。
こうして武装された飛行艇を空賊が襲ってくることはあまりないはずだった。
「チッ――、んで何匹いやがる……? えーっと……」
そう言ってクロードが、認識拡大の魔術により、周辺を探った。
「ひ、ふ、み、よ……、ああん? 七体ぽっちか? よくこんなんで飛行艇を襲う気に――って」
右に感じた大きな反応に、クロードが振り向く。
そこには数百人が乗れるであろう飛行艇と同じ程の大きさをした存在がいた。
――ドラゴンだ。
鱗の肌と大きな口、そして尻尾と大きな両翼を持っている。
脚は四本――であることが多いが、その姿は千差万別と言われている。
高い知恵と魔力を持ち、彼らを斃した者はドラゴンスレイヤーという非常に高い名声を得る。
――要はラスボスである。
「……なぁんでそんなドラゴンがこんなチンケな飛行艇に近づいてきてるんですかね」
ドラゴンの頭部にはゴブリンが複数乗っている。
まるでワイバーンと同じように操られているようだ。
本来叡智を持つドラゴンからしてみればありえない光景である。
「ドラゴンだよ! どうするクロちゃん!」
シビルが上から声をかけてくる。
ええい、考えている暇はない。
「ぶっころす!!!」
「それでこそだクロちゃん! サポートする!」
そう言ってシビルはその枯れ草色の頭部を引っ込ませた。
さて、とんでもないことになった。
まさかドラゴン退治とは。
しかし図体がでかいとは言え――ゴブリンに操られているようなドラゴンだ。
それならばまだ相手になるはずだ。
クロードは脚に力を入れ、勢い良く飛行艇の甲鈑から飛び出した。
飛んでいるワイバーンに勢い良く着地。
乗っているゴブリンの首をカトラスではねる。
持っているカトラスはクロードの一族に代々伝わるもので、その形から黒羽のカトラスと呼ばれている。実際、黒い鳥の羽根のような刀身に十字の柄がついたもので、切れ味はとても鋭く、刃こぼれもしないため、クロードは重宝していた。
首をはねたゴブリンを蹴り落とし、ワイバーンの手綱を握る。
ゴブリンに操れるのだからクロードに操れないわけがない。
長い黒髪が二房風になびく。
岩石族は皮膚が固く、髪ですら容易く刃物で両断することは出来ない。
ゆえに岩石族であるクロードは髪を伸ばしっぱなしだった。
邪魔なので二房に括っている。
「クロちゃんはあのでかいドラゴンなんとかして! 僕は周辺のワイバーン撃ち落とすから!」
「了解!」
シビルはアストラル・ソーサラーだ。
アストラル・ソーサラーとは幽体を駆使することに長けたソーサラー、
すなわち典型的な魔術師といえる。
シビルの場合、念動力によって空をとぶことすら可能だ。
シビルだけでなく、飛行艇にもそれなりに装備が整っている。
ワイバーンだけならば、そう簡単に落とされることはないだろう。
――問題はあのドラゴン。
クロードはワイバーンを手綱で操り、ドラゴンに近づけた。
そして跳躍し、ドラゴンの背に飛び乗る。
本来のドラゴンならば、こんな事をする前に
何らかの魔術によって吹き飛ばされるだろう。
やはりこのドラゴンは様子がおかしい。
なんというかそう、理性がないのだ。
理性がないドラゴンなど、ただの空飛ぶトカゲ同然である。
「それなら――斃せるな!」
クロードはドラゴンの背を勢いよく、ゴブリン共が乗っている頭部向かって疾駆した。
頭部で手綱を握り、ドラゴンを操作しているゴブリンどもはクロードに気づき、持っているボウガンを構える。そしてクロードめがけて矢が放たれた。
「おせぇんだよ!!」
認識拡大の魔術は単純な五感の強化だけでなく未来予知すら可能だ。
卓越した認識拡大の使い手は、数百年先の未来まで予知すると言われている。
そこまでいけば預言者として名を馳せることができるだろう。
だが、クロードができるのはせいぜい弓矢の射線を予測し――カトラスで弾く程度だ。
「ゴオォブ!?」
ボウガンの矢が弾かれたことに気づき、ゴブリンが驚く。
しかしそれもつかの間、他のゴブリンがボウガンを構え、次弾を放った。
クロードはこれも弾き、高速でドラゴンの頭部に近づいていく。
ともすれば常人ならざる動きを可能とするのは、クロードが身体強化の魔術に卓越しているためだ。
クロードのような肉体面の強化に卓越したソーサラーを、エーテル・ソーサラーと呼ぶ。
魔術を使う妖魔は少ない。魔術は人族の最大の武器である。
――ゆえに妖魔と戦うのはソーサラーと相場が決まっている!
ドラゴンの頭部にたどり着いたクロードは横一文字にゴブリンどもを薙ぎ払う。
切り別れたゴブリンどもの上半身は下へと落ちていき、残った下半身もクロードが蹴り落とした。
「よし、これで手綱を握れば――」
クロードがドラゴンの手綱を握るが、ドラゴンは止まらない。
「くそっ、どうすりゃ……」
「クロちゃん! 逆鱗だ! どんなドラゴンにも逆鱗が存在する! そこを見つけて斬るんだ!」
「逆鱗か……!」
クロードは意識を集中させ、認識拡大を強化する。
ドラゴンの気配が色彩のイメージとなって、頭のなかに浮かぶ。
――一つ、力が異様に集中している箇所を見つけた。
ドラゴンの顎の下の鱗だ。
「そこかっ!」
向かおうとするも――ここは空の上だ。
顎の下に向かおうとすれば、必然空から真っ逆さまである。
「シビル! オレを念動力でドラゴンにくっつけとけ!」
「へ――? クロちゃんなにするつもり? ちょ、ちょっと!!」
クロードは勢い良くドラゴンの頭部から飛び出した。
シビルが念動力で、クロードをドラゴンめがけて引きつける。
クロードは逆さまになりながらも、ドラゴンの顎を足場にして、その下にある逆鱗を見つけた。
赤く、禍々しく、心臓のように脈を打つ逆鱗。
「いくぞ―――!」
クロードはカトラスを構え、そして逆鱗に突き刺した!
赤い血が勢い良く吹き出し、クロードの白いコートを赤く染めるが、気にしない。
それだけではない。
そのままドラゴンの腹を疾走し、逆鱗を起点にして、ドラゴンを掻っ捌いてく。
尻尾の最先端まで辿り着くとそこから念動力が消え、クロードは落下していった。
ドラゴンは文字通り真っ二つになった。
「クロちゃん!」
宙に浮く杖に乗った、長耳の少年が、落ちていくクロードを抱え込む。
枯れ草色の髪の毛と賢人族特有の長耳。
深緑のローブとセーター。クロードの相棒であるシビルだ。
「ふっ――どうだ見ろ、やってやったぜ」
「あんまり無茶しないでよ。クロちゃんは女の子なんだからねっ」
華奢な体躯を抱えられながら、そんな風に言われては立つ瀬がない。
クロードは顔をやや赤らめつつ、落ちていくドラゴンを眺めるシビルから目を背けた。
ともあれ岩石族の少女、クロード・ディスペルは、こうしてドラゴンスレイヤーと呼ばれるようになったのだった。