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第8話

『さぁて、コケにしてくれたお礼といこうじゃねえか』

「あの女の子は巻き込まずに、ね」

『けっ、わかってる』

 相棒(パートナー)が鋭く生え揃った牙をのぞかせ、その大口から虚空へ短く火を吹いた。

 月光と火の光に照らされた巨体。赤黒く赤熱(せきねつ)した鱗をもち、四足には万物を引き裂く鉤爪が揃っている。

 僕を乗せた背中から一対の翼が伸びており、連なった翼膜で周囲の大気を掴み、悠然と飛行している。

 ジェスが僕達を見上げて動かないでいた。いや、きっと恐れと驚きで動けないのではないか。まさか火蜥蜴(サラマンダー)と同じ存在とは思わないだろう。僕も確かに驚きはしたが、恐れは抱かなかった。

 巨木をなぎ倒せるであろう尻尾も、頭部から後ろに伸びた二本の角も、その全てが僕には頼もしく見える。

 何よりも、炎龍《イフリート》は僕の召喚獣だ。相棒を恐れていいはずがない。


 崖の間を飛翔する炎龍。ほの暗い底から上昇する途中、奇妙な物が目についた。崖から生えているように見えていた、炎を纏った骸の巨腕。その陽炎に照らされて、腕の生えた根元の岩場に細長いものが突き刺さっているのがわかった。あれは紛れもなく、ジェスが腰に下げていた骨杖だ。

「イフリート、あれを壊せる?」

 僕は骨杖を指差し、炎龍に問う。

『さあな、やってみなくちゃわからねえ。とりあえず一発殴ってみるか』

「えぇ、ちょっと!」

 僕が返答する間もなく炎龍は進行方向を変えた。真上に上昇していた巨体が、速度を緩めず岩に迫る。地面に二回落ちてゆく目に遭って、そのうえ今度は壁に叩きつけられそうになるのか!高所から地に迫るよりは幾分怖くないな。などと評価しているうちに、接近した炎龍がその尾を振るう。巨腕と同様に炎で覆われていた骨杖は、もろとも相棒の一撃によって砕け散った。残念ながら今の相棒の挙動で、僕の平衡感覚も砕け散りそうな程に一杯一杯だ。

 そんな、きっと青い顔をしているであろう召喚者(ぼく)に遠慮せず、その身を翻した炎龍は残り一本となった巨腕に向けて飛ぶ。

『こっちも杖が核になってるのか』

「そうみたい、、」

 前脚を振りかざし、炎龍の爪が凶器を引き裂く。

『へばってんなよ、クロウ』

 岩場を蹴り、灯りひとつなくなった崖の間を飛翔する。風切り音の中、小さく視界に見えていた満月が存在感を増す。どうだ、僕は君の近くまで戻ってきてやったぞ。

『あの野郎に、目にもの見せてやろうぜ』

 それだけじゃない。僕が此処(ここ)に来た本来の理由。

「まだあの子が生きているのなら、絶対に助ける。僕達ふたりで」

 背中に掴まりながら意気込む僕に、炎龍は鼻をひとつ鳴らして答えた。




 崖底に落ちてゆくクロウを見送った男。

 静かに主人の命令を待つ異形の召喚獣、獄猟犬(ヘルハウンド)(あるじ)。ジェスと呼ばれる白髪の男。ジェスは暗き狭間から目を離し、まるで何事も無かったかのようにふたたび崖に背を向けた。今のジェスの目に映っているものは、自ら此処(ここ)までおびき寄せ、手を下し、地に伏してぴくりとも動かない少女。

 死んでいてもおかしくはないと思っていたが、肩の傷から流れて出た血が、(こと)のほか少ない。 

(ワルキューレの仕業か)

 短く舌を打ち、ジェスの眉間に(しわ)が刻まれた。足早に倒れている少女へと近づく。


 それだけではない。こんなにも不快なのは、少女を仕留め損なったからでも、余計な邪魔が入ったからでもない。ましてや、未来あるふたりの若者をあの世へ送ろうとしているからなどという、聖人じみた理由では決してない。

(――あの眼)

 火蜥蜴(サラマンダー)を手放さないと断言した、まっすぐな瞳。どうして、召喚獣の弱さを垣間見て、どうしてそんな目ができる。

 弱い召喚獣を切り捨て、差し伸べられた力に即座に飛びついた自分を、真っ向から否定するかのような意思。不条理を知らない燃え(たぎ)ったその目が不愉快で仕方ない。望んだ物を手に入れた自分が、持たざる小僧にこの手を()ね退けられた事実が忌々しくてならない。

「胸糞悪い。余計なこと喋ってないで、止めだけ刺しときゃよかったんだ」

 少女の傍らで腰の骨杖を外し、苛立ちを振り払うように言い放った。まさかここまで疲労する羽目になるとは。ずいぶん遠い回り道をした気がするが、これで本来の目的が達せられる。ジェスはひとつ息を吐いた。


 杖の先端を少女に目掛けた瞬間、ジェスの目が見開かれた。反射的に自らの魔術が仕込まれている筈の崖へと振り向く。骨を操る魔術、その魔術と自分の体を繋げていた魔力(マナ)が、糸のようにぷっつりと途切れた。

 骨という亡者のしるべを操るジェスにとって、これ以上ない皮肉な出来事ではないだろうか。振り向いたジェスの目に映る怪物はもちろん、その背に乗っていたのが、自らの手で崖下へと突き落とし亡き者にした少年だったのだから。

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