プロローグ
__怪物と戦う者は、その際自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。
長い間、深淵をのぞきこんでいると、深淵もまた、君をのぞきこむ。__
一体、僕はどれほど歩いただろう。
喉の奥から血の味がする。左足は引きずる他ない。一歩を踏み出す度に感覚が途切れそうになる。
爪先が凍えたように冷たい。だからだろう、山の斜面が妙に暖かく感じる。
普段ならばこの程度の山の頂上へ向かうことなどわけも無いのだが、生憎、その為の翼は片方が千切れ、羽ばたくことすらままならない。
脇腹から流れる血が止まらない。そういえば剣で斬り裂かれた、そのうえ弓矢で射抜かれもした。はは、僕、鱗の厚さには結構、自信があったんだけどなあ。
木々の間から光がこぼれてくる。片眼が潰れててぼんやりとしかわからないけど、もう少しで山頂だろう。
そうか、逃げてる間に朝になっていたのか。朝靄の中を抜けて、太陽がずいぶん近くに感じる。気のせいか、傷の痛みが少し和らいだ気がした。
思えば暗く辛い半生だった。僕達の種が一人の人間に従わされてからは特に。何度も争い、その度に同胞達は死んでいった。
同じく従わされていた別の種と仲良くなれたのは嬉しかった。だが彼らも皆、僕より先に消えていった。
僕達を戦の道具としか扱わない。そんな人間が英雄と呼ばれ、彼らの信をその一身に受けている。
そんなの絶対に認めない。僕は認めたくない。
現にこの戦争で僕を見捨てた挙句に、先に死んでしまったじゃないか。
ああ、嫌なことを思い出している内に、山頂へ登りきることができたのか。朝焼けの空が綺麗だ。
遥か向こうに見える雲を見ていると、何となく巣を思い出す。
自慢の胸の三日月模様は血で汚れてしまったけれど、奥にある心臓はこの景色を目にするまで保ってくれた。
けれども、もうすぐ限界みたいだ。角は根元から抉れてしまっているし、何より血を流しすぎたらしい。四つの足の感覚はもう有りはしない。僕の身体は大きいけれど、ちゃんと支えられているのかな。
待たせてしまったかな、もうすぐ行くよ。皆、元気にしているかな。
もしも、もしも次に生まれ変わっても、また仲間と一緒に大空を翔び回りたい。そして、
霧の深い朝、一匹の龍が力尽きる。膝を折り、その身を自らの血で赤く染めながら、崖から真っ直ぐに落ちてゆく。
(生まれ変わったのなら、人間になりたい。また皆と出会って、今度こそ、仲間と一緒に、、、)