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第六章 目論見

 三人が城の門を抜けるとき、空はすでに柑子色へと変化していた。もう午後だ。小春の背後で、樫の扉が自然と閉ざされる音が鳴る。ついで三人のブーツの足音がこだました。

 三人は幾つもの部屋部屋がならぶ廊下を通り過ぎ、アーチ状になった石造りの部屋の門をくぐり抜けた。赤魔の部屋だ。彼に顔を見せないわけにはいかなかった。三人とも無事であること、そしてキバには反省の気持ちを伝える必要があるだろう。

 小春は部屋のなかに足を踏み入れると、左端に置かれたベッドへ視線を向けた。ベッドに赤魔はいなく、シーツにしわが残されていた。小春は赤魔が先ごろまで寝ていたが、起きてどこかへ行ったのだと悟った。だが彼女のこの推測は、ことごとく外れた。

 ベッドから視線をはずし、ふと樫のテーブルが置かれた部屋の中央の方向へ目を向けたとき、すでに背高い赤魔が顔を歪めたまま腕を組み、自分を見下ろしていたのである。

 心ノ蔵が脈打ちはじめた。

 赤魔は、どこかへ行く目的で起きたのではなく、三人の気配を感じとり、わざわざ不調のさなかベッドから起きたのに違いない。ようやく小春はそのことに気がついた。

 誰かが謝る隙もなく、赤魔が口をひらいた。


「今までどこへ行っていた」低い声に重りがのしかかった口調でいった。


「……闇の国へ」小春は恐れながら言った。だが心のどこかで、赤魔が自分を褒めて下さることをいまだ、祈ってもいた。「キバを助けるために決断したことです」


 赤魔は組んでいた右腕をすり解き、ついで肘を曲げたまま、その腕を垂直にあげた。

 それと同時に、かぶりをふりながら言う。


「子供だけで、そんな所へ足を運ぶとは」


「わたしは十七歳です。そんなに子供ではありません」

 

 怯まずに、小春は言い返した。


「十分子供じゃないか! 我輩が君の何千倍生きていると思っているんだ!」

 

「少なくとも私は、決断力をきちんと持っているつもりです。危険を犯した真似だとしても、決して間違えた行動であったとは思ってません!」


 小春は、吐き出すように言った。

 恐れず、赤魔の顔を見上げている。

 それでも赤魔は表情をいっさい変えなかった。心配が怒りの感情へと変わったのかもしれない。  

 サンタカは、この一部始終を見ていながら、小春の隣で立ち尽くし、眉を歪めながら二人を見ていることしかできなかった。

 しかし、銀髪の青年は違った。 

 片腕を小春の胸の前へ、横にのばしたのである。これ以上放っておけば、いいことはまずなかった。――赤魔の体調が悪化する恐れもある。

 小春は驚き、目を見ひらいた。それと同時にサンタカは、思わず彼をふりあおいだ。

 小春の行動と決意により、王の気分を損ねたことは疑いようもない事実だ。だが、キバは自分の行動が正しかったと認めてくれたのかもしれない。そう思うと、少しは気持ちが楽になる。エンジン音のように脈打っていた小春の心臓が、だんだんと緩やかにもどっていった。


「全ては私の責任です。申し訳ありませんでした」

 

 キバが言った。その目は真っ直ぐに赤魔を見つめて揺らがない。

 赤魔はキバの真剣な表情を認め、肩の力を抜いた。実を言えば、その言葉を彼は望んでもいたのである。だが本当に口にしてくれるとは予想打にしなかった。《キバも大人になったものだ》と感心しつつ、赤魔はキバを見つめる。


「キバ……そうか」赤魔の表情は和らいでいた。「私も少し言いすぎたかもしれない。皆とにかく疲れていることだろう。今日はもう休むといい」


 赤魔はサンタカへ歩み寄った。彼の肩に手を伸ばしたかと思うと、肩についていた黒い塵を忌々しげに払う。


「それから……汚れが沢山ついてるぞ、サンタカ」


 ついで赤魔は視線を呆然と立ち尽くす小春へと移し、軽く彼女の背を押した。


「さあ、食事を済ませたらすぐ寝なさい。これは王命だぞ」


 赤魔は、妙に愉快げだった。

 背を押された小春は、そのまま部屋から突き出されていた。目の前には、仄かな明かりに灯された廊下が広がっている。二つの異なる足音が後方から近づいてくる。足音は数秒でやみ、その足が自分の傍らで止まっていた。

 小春のあとを追うように、赤魔の部屋から出たキバとサンタカである。

 赤魔の突然の態度の変わり様に、小春は驚きを隠せなかった。

 だが考えを巡らせれば、キバが自ら反省して謝ったことが嬉しかったのかもしれない。まるで彼は父親のようだ、と小春は思う。

 赤魔の部屋から出て、三メートルほど進んだとき、小春が口を開いた。三人は肩を並べて廊下を歩いている。


「ありがとう」


「何のこと?」


 答えたのはサンタカだった。


「キバに言ったのよ。だけどサンタカもありがとう、一緒に行ってくれて」


 キバは、横目で右側の二人をちらと見た。


「当たり前じゃないか。友達だろう?」


 サンタカは言って、両腕を頭の後ろに回した。

 〝友達〟この言葉が小春にはじんわりとくる。思わず口元が緩んだ。


「私が月の剣を守るために、闇の国へ溶け込む行動は過ちだった」


 キバがやっと口を開いた。二人はキバに視線を注ぐ。


「身の危険を冒すまねをしただけだ。だから、謝った。それだけのことだ。なにも感謝される理由などないのだが……」


「私にはあります」


 小春は笑顔で言った。《キバが赤魔さまに謝った理由は、それだけではないはず》小春は思う。《私のした行動が、正しいと認めてくれたから、彼は、私の発言をとめて謝ったのよ》――小春はこのことを直感的に分かっていた。

 会話をしているうちに、食卓のある広い部屋へ近づいていた。

 三人は広い部屋へ入ると、すぐに食卓について、すぐに食事をすませた。用意されていた食事は、スクランブルド・エッグひとすくい、ライ麦のパン一枚、薔薇から直接しぼり出したように紅い紅茶一杯(クリームなし)、砂糖、塩ひと袋ずつ、マーガリンの小さな四角い包みひとつ、それだけだった。今日は疲れている。早く寝てしまいたい。それに汚れてしまった身体を直ぐにでも洗いたい。三人とも、そう思っていた。

 小春はがつがつとむさぼり食べた。ほかのみんなもそうだった。この日の小春とサンタカは、朝ごはんを食べたきりで、食べ物はもうほんとうにひさしく食べていなかったのだ。キバはもっと長い間、何も口にしていなかったのだろう。

 小春はすわったまま、きれいにたいらげた金の皿を見つめていた。やがて夢中で食事を終えたサンタカが慌てるように部屋から出ていく。


「コタンに帰るの?」小春は、その背中を目で追いながら言った。 


「うん」サンタカは扉の前で足を止め、振り向きながら答えた。


「でも、外はもう真っ暗なんじゃ?」


「いいんだよ」サンタカは微笑み、静かに言った。「僕みたいな子供が帰らなかったら、コタンにいる大人たちはみんな心配しちゃうと思うからさ。それに……今日はもう十分、この城にはお世話になったよ」


 サンタカは、食事を食べ終えると、急いでコタンへ帰っていったのである。すでに陽は沈んでいるが、彼の家はここではない。これ以上の迷惑はかけられなかったのだろう。

 赤魔がここへ来なかったのは、先に食事をすませたからか、もしかすると食欲がないのかも知れない、と小春は思っていたので、「ご飯は食べたのか」と言うことを、これから赤魔に聞きに行く気にはならなかった。

 小春が風呂場から上がって、自分の部屋の前に着いたとき、右隣の空いている部屋をちらと見て立ち止まった。《今日からキバの部屋はここになるのかしら》しかし、そうとは限らない。右を振り向けば、空いている部屋はまだ五部屋以上ずらりと並んでいるのだから。

 小春はそれを確認すると、視線を自分の部屋の前に向き直した。彼女は扉を押し開け、室内に入っていった。明かりもつけず、吸い寄せられるように向かった先はベッドだ。

 小春はベッドに横たわると、頭の下で腕を組み、天井を見つめた。



 真夜中だ。 

「うぅっ」

 赤魔は唸りながら、ベッドから身を起こす。

 寝付けれない。体調不良の苦しさがそうさせているのだ。

 百年以上も前、水魔に呪いをかけられてから、容貌が徐々に変化していった。それと共に、身体の調子も徐々に、くずれていったのである。


「水魔め、お前はいったい何様のつもりなんだ」


 枯れた低い声で言う。

 水魔はいつも自分のことしか考えていなかった。それは分かる。だが、兄妹を苦しめようとは、けしからん。何年経っても、この怒りは未だに冷えない。

 だが、今、そんなことを気にしている場合ではないことも分かっていた。小春のことだ。

 月の剣を小春が手にしなければ、一生彼女はこの世界にとどまることになってしまう。あってはならないことだ。

 ベッドに起き直った彼は、胸の前に両手をあげた。

 掌の間から、青い水晶体が浮かびでた。

 水晶に以前のような歪みは全く見られず、それは完璧な「〇」をつくっている。

 赤魔は、安堵に目を細めた。

 そこに、部屋の扉がかすかに開かれ、扉の隙間から、薄暗い部屋の中に濃くハッキリした人の影がのびていた。

 赤魔は、小春の心から意識を離し、ふり向いた。同時に、水晶は、青いオーロラが風に吹かれたように消え去った。


「水晶が成熟した、ということは、そろそろ私たちは小春を敵に回すワカ族たちを退けるための作戦を、たてなければなりませんね」


 入口の縁に、キバが左肩をよし掛からせている。


「起きていたのか」


「はい。赤魔さまこそ、まだ寝付けられないご様子と見られますが」


「……喉の奥がなんだか、苦しくてな」


 赤魔は、痛むあたりの首をつかんだ。


「小春が月の剣を手にし元の世界へ戻るためには近いうちにも、水魔との戦いは避けられぬものでしょう。もう少し辛抱すれば、身体もよくなるはず」


「それは、まだ分からんことだ。水魔を倒さずとも小春が月の剣を手にすることが出来れば、いまの我輩の容態も、領域の狭い火の国の暮らしも変わることはない。それに、小春がこの世界から出れば、我々の存在は無も同じだ」


 赤魔は、息を吸って言った。


「……キバ、小春の守護神であるお前なら分かるかもしれない。何がきっかけで、小春の水晶が成熟したのかを」


「私が見守ってきたかぎり、彼女は友を思う気持ちを知る機会に恵まれてはいなかった。だが、全能神はこの世界で彼女に、それを知るための試練を与えたのだとすれば……。それが昼間、彼女がとった行動で示され、水晶が成熟した、と考えれば、辻褄が合うでしょう」


 キバは、雑談で話すように、軽く言いのける。これには確信があった。危険を冒してまで、自分を助けようとした小春の決意は、神にも認められていることだろう。


「友を思う試練、か」と赤魔は笑いながら言った。「全能神も、なかなか深いことを考えたものだ」 


 キバは赤魔の笑顔を見て口元を緩めた。



 ベッドの木製の天井を小春は、ぼんやりと眺めながら考えていた。一日のほとんどに体力を使い果たしたような疲れが溜まっていると言うのに、そればかりを考えていると、寝付くこともできなくなる。

《いつになれば、私は、元の世界に戻れるのだろう?》小春は胸の中で言った。《ほんとうに、戻れるのだろうか? 赤魔さまが言っていた、私に足りないものとは何なのだろう? いつになれば、それを補うことができ、水晶が成熟するのだろうか?》――いくら思考を巡らせても、その答えは見つからない。

 ようやく瞼がピクピクと動き、小春が眠りに落ちようかという時、彼女の注意を引いたものがあった。部屋の向こう側から足音がするのが聞こえたのである。彼女は思わず目を見開いて、瞬きをし、混乱した。

 夜中、自室の外の廊下に誰かが足を踏み入れたことなどない。ときおり、サンタカが朝日が登るまえに、狩りへ誘い出しに来たことがある程度だった。こんなことは珍しい。そう小春が思ったとき、彼女の向かって左側の方から――隣室であろう――扉が開き、ついで閉まる音が聞こえた。この瞬間、小春は、うっかり忘れていた重要なことを思い出していた。闇の国は今や崩壊し、キバの居場所は、おそらく、この火の国だけになっただろうということに。《足音の正体は、キバの他ならないはずだ》と、小春は唐突にそう思い、身体を左側に回転させ、目の前に有する壁を二度叩いてみる。

 すると、即答で「トントン」と、向こう側の壁から二度ノックする音が聞こえてくる。 


「はやく寝ろ!」隣室の主が叫んだ。小春はすぐにその声でキバだと分かった。「……小春、そなたの水晶が成熟した。明日からは色々と忙しくなるだろう。赤魔の言うように、早く寝たほうがいい」


 小春は、胸の中にたまっていたモヤモヤがやっと消えていくのを感じた。《そっか、水晶はもう成熟したんだ》小春は胸の中で言った。《もう少しで元の世界に、私は戻れるかもしれないのね》――そして、神にさずけられた宿命がその先に待っているのだ。たしか、「人間たちのいい見本になること」だったか? ――しかし小春はすぐ、この思考を振り払って、口を開いた。


「そうすることにします。ですが、ひとつだけ、質問したいことがあります」


「なんだ」


「なにがきっかけで、私の水晶は成熟出来たのでしょう?」


「自分で、気が付かないか?」


「……分からないから聞いたんですよ」


 小春は素直に言った。


「自分で考えてみるんだな」キバはついで、素っ気ない言い方だったと自覚したのか、考え込むように付け足した。「……そうだな、ヒントを出そう。そなたの意思や決意、行動を、神が認めたからだ」


「それじゃあ、分かりません。……もういいです」


 キバの言葉を聞くかぎり、水晶が成熟した理由を彼は知っているのだと、小春には感じた。それなのに、はっきり教えてくれないので、小春は呆れるようにそう答えたのである。

 隣室の向こうから、クスクス笑いが微かに聞こえた。私をからかっているのだろうか? だが、そんなことはどうでもいい。水晶が成熟したことで、新たな不安が脳裏をよぎったからである。


「もし、私がまた月の剣を引き抜くことができなかったら……」 


 キバの声が、即座に答えた。


「この世界に、居着くという選択もあるだろう」


「嫌です! 私には宿命がある」


「では己の力を信じるんだ」キバの声が、ピシャリと言った。


「そんなこと、分かってます」

 

 小春はそう言うと、暗闇に包まれたベッドで寝返りを打ち、瞼を閉じる。


「……おやすみなさい」


「ああ」と、キバ。


 しかし小春は、キバの返事を聞く間もないほど、驚くほど早く、深い眠りに漂い落ちていったのである。



 気がつくと、カンバルはうつ伏せになって、地面に倒れていた。頬にひやりと固い石を感じ、身体中が一分の隙もなく痛んだ。とりわけ「選ばれし者の守護神」に打たれた箇所は、鉄のグローブをはめた拳を打ち込まれたようだった。どこだかの小僧が撒き散らした炎のおかげで、皮膚がところどころ白く変色してしまった。だが、血も止まっているし、皮膚も変色こそしたがそれは再生された証である――実をいえば、キバとの大格闘の際に、死に間際までの深傷を負わされたものの、それは持ち前の根性で切り抜けられた。なんとか、自力で闇の国へ辿り着くことができたのである。ところが、三日経ったところで、癒えるほどあまい傷ではなかった。その上、さらに彼に追い打ちをかけるように、例の小僧が、見事なほど豪華な花火を散らせたというわけだ。

 ――カンバルは倒れたままの位置で、ゆっくりと顔をあげた。眼前に広がるのは、高さ二、三メートルほどはありそうな、ずっしりとした、大岩だった。しかもただの岩ではない。大きな(くち)と鼻、ぎょろりとした二つの眼が彫刻で彫られたように、はっきりと、形ずけられていたのである。

 カンバルは、それを「全能神の片割れ」であることに、おぼろげに気がついてはいたが、確認するように口を開いた。


「邪神さま、じぁねえな」


 しかしなぜ、自分は、こんなところにいるのだろう。クライ魔がくたばり、闇の国は崩壊した。だから、〝俺たち〟は元の神界へ、邪神の力により戻されたはずだった。ここまではいい。問題は、なぜ今自分の眼前にいるのが、邪神ではなく、全能神なのか、という点である。カンバルは死神だ。死神は、むろん邪神の僕であり、全能神とは、関係のない存在なのである。それゆえ、カンバルが頭の中で混乱していると、その理由を教えようとでもするように、大岩に刻まれた(くち)が、パキパキと音を立てながら、ゆっくりと開かれた。


「お主は、大罪を犯した。このまま返してなるものか」


 驚くほどバスの声は、地面にまで振動が走ってくる。カンバルは、さも地面の心地が悪いとでも言わんばかりに、身を起こそうと、片手を床につけた。――もう片方は、キバのせいで、腕の骨がピクリとも動かなくなり、ダメになっている。床につけた方の手を見つめて、カンバルは驚いた。乾いた血の細い筋がいくすじもこびりついており、例の大格闘の際に――必死の形相で――できた、擦り傷が無数にちらばっていた。

 カンバルは地面に起き直り、全能神の片割れを見やった。「大罪? ああ、月の剣を手にするに相応しいと、お偉いあんたが選んだ娘のことだな」そこでカンバルは、にやりと笑った。「俺は邪神さまのために、あの娘を殺そうとしただけさ」


「自分のしたことを、しっかりと償うのだな」


 と、全能神が言った。

 カンバルの顔から、すっと笑みが消えた。彼はその言葉の意味を考え、嫌な予感と胸さわぎがしだしていた。


 神界へ帰さないかわり、俺を地獄へおとす気か?

 ただの予感であってくれ。ただの予感で……。


 しばらくすると、全能神の(くち)がふたたび開かれた。

 カンバルの心臓は、これまでにないほどドンドンと脈打っている。


「お主を、このまま神界に留まらせておくわけにもいかんのだ。これより、お主を〝影神界〟へ送り返すこととする」


「地獄じゃないんだな」と、即座に、カンバル。 


 意外な全能神の発言は、一気に肩の力が抜け落ちる。

《罪人を聖なる神界に留めさせるべきでない、というのは分かる。だが、なぜ、俺を影神界から排除したがらないのか?》カンバルは思った。《全能神にとって重要な存在――「選ばれし者」を殺そうとした自分を、なぜ、「選ばれし者」がいる場所へ、送り返すことが出来るのか? なぜ大胆にも、あの娘――もちろん小春のことだ――を、危険にさらす可能性のある決断をくだせたのか?》カンバルには分からない。《 そんなにも、この俺を、影神界へ留めることに、こだわる理由はなんだ?》


「っとなると、俺が、二度と故郷へは戻れぬというキツイ天罰なのだろうな――それとも、もっと別の、もっと深いわけがあるのか?」


 カンバルが、探るように問いてみる。


「…………」


 だが、全能神の片割れの(くち)が、ふたたび、開かれることはなかった。

 カンバルは、肩をすくませた。まるで、神ほど謎めいたものはない、とでも言いたげに。

 ――そこへ、全身がグラッと来た。激しい地震だ。

 眼前に佇む「全能神の片割れ」は、斜めになり、かつ丁度あぐらをかいて座っている辺りの地面から、メキメキッ、という音が聞こえてきた。見下ろすと、足下の地面がパックリと裂け始めていることが分かった。反射的に、カンバルは、両足を内腿のほうへと引っ込める。ところが目にもとまらぬ速さで、地面は砕け、裂けていき、結局、自分の方まで地面は避けてきた……。その地面にできた隙間の向こう側は、何処までも無窮の暗黒に染まっている。

 だが、パニックには至らなかった。「罪を償え」とは言われたが、「地獄へ落ちろ」とは言われていないのだから。  

 落ち着いた風で、カンバルは全能神に言った。「ふたたび会わないことを願いたいね」

 ついで、瞼を閉じる。

 いくら暗黒間に慣れている死神でも、落ちることには慣れていなかった……。

 だが、そんな心配は御無用――一瞬で心ノ臓を抜き取られたかのように、カンバルの意識は、失われていったのであった。



 キバを助け、闇の国が崩壊してから、一晩が明けた。

 今日は、選ばれし者、小春の青水晶が成熟したことを源に――あの赤魔王を今や粥も、ろくに口に入らぬほどの不調へと追いやった、恐ろしき水魔が治める――水の国へと、もう一度無事に向かうための目論見をたてる、特別な日のはずであったのだが……。



 さて、火の城の奥まった、狭い一室には、普段なら決してこのような厳かな場所には足を踏み入れることのなかった数十名のデミ族達が、同心円状に並んでいる。ついで皆、胡座をかいて座っていた。

 小春一人のために早朝から仕事の手を休め、赤魔が考案した目論見のため、自ら城へ進み出てきた者達だった。

 そのデミ族達は皆、薄汚れた衣を纏った者ばかりだが、どの者も強き刃のごとき黒目を持ち得ていた。

 その眼力ははじめ、心優しい小春に幸福を手にしたうえ、元の世界へ帰してやりたいという強い思いからのものだった。

 だが、今という今の、彼らの強い眼差しの先に見えているものとは、そのような美しきものではない。


「……目を、目を覚ましたぞ」


 一人のデミ族の青年が、怯えたような声で言った途端、部屋中の者達がざわつきはじめる。彼らの信念をもった強い目元が、恐怖と不安の色へと塗り変わり、固唾をのむ音が室内に広がった。


「静かに!」


 と、振り向きざまに叫んだのは、キバである。

 彼は、デミ族たちに囲まれて、部屋の中央に、堂々と立っていた。

 この会議を取り仕切るのは、本来ならば赤魔のはずであるが、彼の不調を心配したキバが自ら、赤魔王代理を務めることを決意したのである。

 彼の視線の先は、デミ族同様だ。

 キバの目の前に居るのは、手首と腹周りを縄にきつく縛られて、俯き座った、たった一人の若い青年だった。

 青年は、黒ずくめの衣服に身を包み、その服から露出された肌のほとんどは傷跡だらけであった……。火傷の痕は痛々しく残って、腕には、幾数もの擦り傷もみられる。

 それは、負傷した皮肉な死神――カンバルの姿であった。

 キバは、カンバルがおもむろに目を開いたことを合図にして、声を張り上げる。


「重要な今日この日は、別の意味で特別な日へと成り代わってしまったこと、誠残念だ」 


 キバは、デミ族たちの方に、視線をめぐらした。「……そうは思わないか?」


「…………」


 本物の死神の、恐怖におののいた彼らは、喉から声を発せられない。

 キバは、それをすぐ察すると、返事を聞くことをあきらめ、カンバルにひしと向き直る。

 そして彼は、カンバルに説明しはじめた。


「麒麟からの報告を、今朝に受けた。

 終日、監視櫓をつとめるモユクが、負傷してたおれている死神カンバルを、ダンテ郡近辺で見つけたという。モユクは危険だと思い、即座にそなたを縄で縛り付けて、城内へ運び入れてくれたという……闇の国陥落後も、」


 キバは指先を伸ばして、カンバルの顎を乱暴に掴みあげた。カンバルは、思わず顔を上向かせる。その顔には、火傷のあとが点々と残っているが、キバはかまわず言葉をつないだ。


「この世界をのろのろとさ迷おうとは、全能神には無論、月の剣にも、無礼極まりないとは思わぬか!」


 次の瞬間、カンバルは怪しく瞳をぎらつかせて、にやりと笑った。


「無礼極まりないとは、あんたのことだろう? その全能神が、この俺を、影神界に留めることを選んだんだからな」 

 

 この一言が一瞬にして、部屋中の空気を凍りつかせた。


「……何?」と、キバ。


 デミ族たちは緊張の面持ちで、キバ、カンバルの二人をじっと見つめている。ピリピリした空気になった。重苦しい沈黙が室内を満たした。皆が、赤魔王代理のキバの反応を待っている。

 《カンバルの言うことが真実だとすれば、それは……》キバは、ふと思いついた。《全能神が、この〝ツルギの守り国〟に、カンバルを必要と見なした、ということか》

 そこまで影神界は、危機に瀕しているというのか? 残酷で、かつて何千名もの人の命を奪ってきたこの死神の手が必要なほど、影神界は、小春は、危機に瀕しているとでも、神は言いたいのか?

 実際、今の影神界は、ほとんど水魔の身勝手な行為により、本来の目的を失いかけつつあった。それは認めざることを得なかった。

 だがその一方で、選ばれし者――小春が月の剣を手にする宿命と運命を、それでも手にして欲しいと、デミ族たちが必死になって、本来の役割を担っているところだ。

 それでも、デミ族《不完全の神》は、ワカ族《神的存在》よりも数が劣っているうえ、弱く、今の赤魔は完全に身体を崩している。

 現在、我が火の国は、力不足なのである。

 それらすべてをキバは考え、怖くなった。

 この、目論見会議のタイミングで、残酷な死神が現れた事は、どうやら偶然ではないかも知れなかった。

 キバの髪が逆立ち、全身が氷のように冷たくなった。キバは何も言わずに、カンバルの顎をつかんでいた手をすっと離した。その手で、腰元の剣の柄を握りしめる。

 キバはすぐに思い直した。柄を握りしめた手の力を、震えるほど強めていく……。

 いや、違う。そんなはずはない。そんな馬鹿なことがあってたまるものか! 私がどうかしていた。カンバルは、私が守護してきたあの小春を、死へと、完全に陥れようとした過去があった事は、忘れるはずもない。そして取り消しようも……。あの記憶だけは、無論、抜き取ろうとしても無理な話だった。まだ幼かった小春の顔に浮かんでいた、大粒の涙を思いだす度、胸が、ナイフで切り取られるような激痛の走った、あの記憶。

 そのような残忍な男に、選ばれし者、小春を救ける意思などあるはずがない。……この男に、生きる価値などあるものか。

 柄をきつくきつく握りしめたキバの手は、いつの間にか、痙攣しはじめていた。

 理性を停めることなど、最早出来るはずもなかった。

 そして彼は、残酷な死神を見下ろしながら言う。


「……カンバル! 今は……そなたの首を取りたくてたまらない」


 途端に、カンバルが吹き出した。

 重苦しい沈黙の空気のなかで、カンバルの微かな笑い声のみが響いていた。

 しばらくして、笑いが収まった頃、ようやくカンバルはキバを見あげて、言った。


「……殺せるか、俺を?」


 その答えは、ノーと言っても良いほど、死神を殺すことなど不可能にひとしかった。

 キバは、眉をひそめる。


「死神が不死身であることは、並の人よりあんたの方が知っているはずだ。〝くだらぬ情〟に負け、そのような言語をやすやすと口にするとは、元守護神でも所詮は、人間同様か」


 〝くだらぬ情〟という言葉は、キバの怒りに火をつけた。

 おのれの罪の重さを、軽率していると思われる発言を聞いて、キバは余計腹を立てたのである。


「そうか。……だがそなたには、それを試す価値がある」


 キバは、息を吸って、剣を引き抜いた。


「この意味、言わずとも分かるな?」 


 赤魔王代理のキバは、選ばれし者への殺意そのものが万死に値する行いであることを、今ここで示そうとしていた……。



 一方で、最も肝心な小春はというと、赤魔の部屋の寝床にいた。今朝起きてからずっと、赤魔のそばに寄り添っていたのである。

 勿論、それは看病のためでもあるのだが……。

 小春は、そっと赤魔の額にのせていた布をはがして、枕元においてある桶の水にひたしてしぼると、それをまた額にのせながら、ささやいた。


「はやく元気になってください。赤魔さま……」

  

 ひんやりと冷たい布が、ため息がでるほどに心地よかった。

 その布の感覚を感じながら、赤魔は、うすく目をあけ、天井を見つめた。

 四角い縁取りのなかに豪奢な花の絵が描かれた天井を、ぼんやりと眺めていると、己を心配そうに見下ろす小春の目が、暗い光をたたえていることにも気がついた。

 赤魔は、穏やかな低い声で言った。


「我輩の看病に手を尽くしてくれるのは、嬉しいことだ。感謝している。だが、今頃は会議がはじまって、皆がお前のことを待っているのではないのかな?」


 小春は、赤魔のいまや黒い傷跡に満たされた顔を見下ろしながら応えた。 


「はい。ですが……」


「何だ?」


「……私だけがキバに会議室へ行くことを拒否されているんです。どういうわけか、危険の前ぶれが迫っているかもしれない、と言われて。……私のための会議のはずなのに」


 それこそ、小春が、今朝から齷齪(あくせく)と赤魔の看病に手を尽くす側を選択した最もな理由であった。

 それを聞いて赤魔は、こう返事をする。


「何だって? ……どうやらあいつは、過保護な部分もあるようだな。私の感が間違いでなければ、それはむしろ幸への起点となるやもしれん。内部の、預かり知らぬところなど、あってはならぬものだ」


 賢い小春は、すぐに彼の言葉の意味を理解した。

 そして彼女は、横たわる赤魔に真剣な眼差しで、ひしと頷いてみせるや、赤魔の部屋からそそくさと抜け出していった。

 無論目的地は、ここから遠く、奥まった一部屋にある、会議室である。



 キバは、ただただ、許す、ということがどうしても自分には出来なかった。己の未熟さを噛み締めながらも、手をとめることすら出来ない。

 心ノ臓が、爆発音のごとく脈打っている。

 もう気持ちは留められない……。

  深く息を吸って、キバは、剣先を、カンバルの頭部へと振り下ろしてゆく。

 反射的にカンバルは目を瞑った。しかし、抵抗する様子は一切なく、キバの行動は無意味とでも言ったように、落ち着いていた。


「……ま、待ってください!」


 と……突然少年の声が、背後から聞こえてきた。

 聞き覚えのあるソプラノの声は、キバの両手をぶるぶると震えさせた。

《この声、サンタカか……。いつから、そなたがこの場所に》

 キバは、唐突に、剣の動きをひたと止めた。止めざるを得なかった。少年の一言が彼の行動を瞬時に変えたのである。


 キバはゆっくりと振り返って、

「いつからここにいる」と、落ち着きはらって尋ねた。


 それでも、顔にはまだ愕然の薄いベールがはりついたままだったが。

 大人達の間から、少年サンタカはすっと立ち上がるや、


「初めから」と、淡々答えた。


 サンタカは、子供ゆえ、これまで他のデミ族たちの中に埋もれてしまっていたのだろう。しかし今のサンタカは、凛と立っているので、皆が彼に注目をせずにはいられなくなっていた。

 なかでも、一番に驚いた表情で、少年の凛とした佇まいを見上げていたのは、鍛冶屋を営むカラバじいさんだった。


「ここは子供が立ち入る場ではないぞ、サンタカ」


 カラバじいさんは腕を掻きながら、そう言った。


「ちっぽけだから、全然気が付かんかったわい……」


 サンタカは溜め息をついて、

「カラバじいさん、失礼だなぁ」

 と、呑気な口調で言った。


「だけど、キバ、一言だけ言わせてくれないか、友達として」


 サンタカは、デミ族のひとりの意見として、ハキハキと言い出した。


「そりゃ、キバの気持ちは十分に分かる。だけど、今でも、小春への殺意がカンバルにあると決め付けることは出来ないよ」


 彼は、キバの力強い眼差しから目をそらすことなく続けた。


「クライ魔はもういない。闇の国も陥落した。その状態で全能神様に、ここの世界へ落とされたんだ。邪神との縁が完全にきれたも同然じゃないか。その邪神の言いなりになる必要性がなくなった今、小春を殺す理由は無いはずじゃないか。その今でも、カンバルを処刑する理由があるのだとすれば、それはキバの情念を満たすためでしかないじゃないか」


「おぉー、なるほど……」


 カラバじいさんが唸った。


「カンバルは最早、邪神様の下僕ではあらぬ、ということだな。ならば邪神への忠誠心はもう……」


 その声にかぶせるように、背の高い女がサンタカに聞いた。


「サンタカ、一体何が言いたいの?」


 その女人は、かつて小春にはサイズが大き過ぎた衣服を直してくれた、腕のよい機織り師――カササギだった。

 サンタカは、ふり向いて、壁際の方で不審そうな表情をしているカササギの顔を見下ろした。


「僕は、カンバルが戦に役立つはずだと思うんだ」 


「……なんですって?」カササギがキーキー声で言った。


「私も、彼の意見に同感です」


 そう答えたのは、他ならぬ小春の声だった。


 デミ族たちが驚いて、いっせいに声が聞こえた樫の扉の方へと視線を向ける。

 そこにあったのは、やはり他ならぬ小春の姿であった。彼女は、部屋の入口に佇んでいた。

 小春がここへ来たこともそうだが、それ以上に、彼らがもっと驚いたことは、小春の発言だった。


 一方、キバは《 いつからここに来ていたのか》と小春の姿を見て、ため息が出た。

 あれだけ念を押して、会議室へは来るなと言っておいたはずなのに……。小春、カンバルは死神なんだ。そなたを苦しませたことのある敵なんだ。

 カササギは眉根を寄せるや、思わず立ち上がった。


「あんた達、その男が何者なのか知ってて言ってるのかい?」


 と、丁度キバが考えていたことをはっきりと言い放つ。


 すると今度は、カラバが立ち上がった。

 カラバは、カササギの方に向けて腕を横に伸ばして、彼女の意見を停止させる。


「なぁ、カササギ。それと、キバも。少しは子供たちの意見も聞こうじゃないか」


 と……続いてカラバは、部屋の真中に立っているキバの元へ歩み寄っていった。

 小春、サンタカの二人は、そのカラバじいさんの背中をただ見つめていた。

 そしてカラバは、呆然としているキバの肩を、父親のような雰囲気で叩いたものだ。


「我らが選ばれし者の意見を」と、そのときカラバは言った。


 黙ってキバは、カラバを見つめ返すと、手に持っている剣をようよう鞘に戻して、小春に向き直った。

 キバには、その一言が抜群に効く薬となったようである。


「……小春、己の発言に後悔はないな」


「はい」と、キバの問いに、小春がこくりと頷いて返事をした。


「ならば、来なさい」


 キバが重々しい口調で言った。

 彼は、誰ひとり口を挟む余裕を与えずに、すばやくデミ族達と小春を横切っていった。


 樫の扉を開けると、彼は振り返って、

「カンバルから、目を離さないように」


「はいよ、心配すんなっての」


 と、カラバが返事をするや、カンバルの目の前に立ちはだかった。カンバルは、何も言わずに黙っている。


 ついでキバは、不安そうな表情をしているデミ族達を見回した。

 ――ありありとした青白い顔で見つめてくる者や、腕を組んで眉根をただ寄せるばかりの者もいた。キバを心から信じて、不安の表情一つ見せない者は、小春、サンタカ、カラバじいさんの三人だけだった。

 そして彼は、「すぐに戻る」と、短く言い残して、部屋から出ていった。

 小春は、すぐにキバの後に続いた。樫の扉は、彼女の手によりしずしずと閉ざされた……。



 小春が、ひしと扉を閉めたところをキバは確認した。


「大事な話がある」


 キバが小春だけに聞こえるようにそっと言った。

 キバは踵を返すと、ふたたび歩き出していく。 

 小春はとてつもない緊張感を覚えた。

《私だけを連れなければならないなんて……》小春は心の中で言った。《 そんなにも大事な話なのだろうか?》

 その理由(わけ)が、自分が選ばれし者だからか、それとも闇の国が陥落したというのに影神界に死神が何故か現れたというせいなのかは知らない。

 だが、ひとつだけ小春にもわかることがあった。根拠はないが。

 小春がもう一度、無事に月の剣の在り処へと辿り着くためには、その出来事がむしろ明るい兆しにもなりうるような……そんな予感がしたのだ……。

 最も、全能神がカンバルをこの世界に留めることを選択したことに深い意味があるのだろうと小春は思った。サンタカの立派な意見に、思わず同感したのもそのせいだ。きっと、サンタカも私と同じことを思っているに違いない。

 廊下の角を曲がると、キバの足は間もなく止まった。眼前には、古木の扉が佇んでいる。キバは扉をぐいっと捻るように開け、小春は彼に背中を押されて、一緒に部屋の中へと入った。

 そこは時々、キバがひとり酒などをして寛いでいた、一方向の壁に小さなステンドグラスの丸窓が有する、小部屋であった。

 二人はテーブルを挟んで、椅子に向かい合って座った。

 仄暗い小部屋の中へ、ステンドグラスを通して陽の光が柔らかく差し込んでいるようであった。優しく差し込む陽の光が空間に柔らかく陰影をもたらしている。

 その安らかで静けさに包まれた空気を、キバがこう言って切迫させたのだった。


「先に述べたように、これから言うことは、大事な話だ。小春には少し辛い話にもなるかも知れない……。だが、今、どうしてもそれを話さなければいけない」


 小春は、固唾を呑んだ。極度に緊張した彼女の喉はすでに乾き切っている。

 やがて覚悟を決めたように、小春は、深く頷いた。

 その彼女の様子を見て、キバは、ふたたび口を開く。


「小春。そなたがまだ幼い頃、自害を試みたことがあっただろう……。その瞬間に、何か、気配は感じなかったか?」


 小春はかぶりを振った。


「分かりません。我武者羅に、ただひたすらに、もうどうでもよくなって死ぬことばかりが頭をよぎっていたのだけは覚えているのですが……」


 キバはひしと頷いて、

「そういった気持ちになってしまっていたのは、何時(いつ)頃からだったかは覚えていないか? 雷に撃たれたかのように、唐突に、だったのではないか?」と畳み掛けて聞いた。


 キバは、長らく闇の国で過ごしていたうえ、小春の守護に務めているので、死神がどんな形でひとの命を奪うのかを知っている。それでも、自殺行為へと陥れるほど残忍な手を使う者は、カンバルの他に出会ったことはなかったのであるが……。


「どうして、それを……。私は、毎日が辛いって思っていたけれど……。確かにそれは、唐突に、だったかと思います。にわかに明日、未来、このまま生き続けていくということに怖さや不安を感じてしまい、苦しみが高鳴っていたので、変な方向にばっかり、考えちゃって……」


 小春の声は震えていた。

 当時の、激しい心の痛みを思い出して、辛くなってしまっていた。

 小春は、顔を俯かせて尚、小さくつぶやいた。


「私はまだ十歳だったのに、もう十分に頑張ってきたし既に人生に疲れたと感じていました……。それでも、ほんとうに死のうと決意を固めたのはあの一瞬だけなんです」


 キバは彼女の様子をみて察すると、

「私の顔をみろ。下をずっと向いていると余計に辛くなってしまう」と口にした。


 小春はおもむろに顔を上げて、目の前にいるキバの顔をみた。すると、少しずつ気持ちが落ち着いてくるのを感じた。――私が生まれたその時から、ずっと守護してくれていた人が、今も私のことを考えてくれているのだ。大丈夫。私には初めから味方がいて、一人で苦しんできた訳では無いのだから。


「思い出させて、すまない……。だが、その様な気持ちに陥れた正体の事を私は、今、伝えなければならない。あの死神カンバルだ」


 小春は目を見開いた。

《あの死神が、私に自害する寸前まで陥れたと……》

 小春の胸には衝撃が走った。しかし直ぐに気を取り直した。

 自分が選ばれし者である以上、月の剣を狙っていた邪神の、かつての下僕カンバルが己の命を狙いに来たのは当然のこと。ただ、何も知らぬ幼い小春には、それが分からず現状の辛さを繊細に感じとり、この世から去ろうと試みてしまったまでのことなのである。

 そう考えて、小春は落ち着きを取り戻した。話はまだ終わっていない。


「そのうえ、カンバルは私の正体をクライ魔に明かした死神でもある」


 キバは、話をつづけた。


「神界から影神界へ移る前に小春のところへいったんだ。その時、そなたは自害しようとしている寸前だった。私は、そなたの背後にいたカンバルに刃を向け、彼を追い払っておいた。その時、カンバルに私の顔を知られてしまっていたから……。小春が影神界に訪れてしばらくすると、私の正体は明かされたんだ。危機を感じたのだろう、カンバルはひっそりとクライ魔に私の正体を明かしていたらしい」間。ついで、

「だから全能神が彼をこの世界に留めたと言う事実にも驚いた。しかしそれは全能神のお考えが何かあるには違いあるまい。確かに、サンタカの意見にも一理あるのだ……」


 キバは真剣な眼差しで、あらためて考え込んだ。

 ワカには数に劣り、圧倒的に不利であるデミのこと。闇の国は亡きものになったというのに、小春の青水晶が成熟した後、あの強き残忍な死神カンバルが絶好のタイミングで現れたこと。

 まるで全能神から、「我々に彼と力を合わせれば希望はある」と、啓示を受けているかのような……。


「全能神様が、カンバルさんをこの世界に留めることを選択したことに深い意味があるはずです」


 と小春は、キバの心を見透かしたかの如く、冷静になって断言した。


「私の正体が水の国にも知れているのですから、以前のようにはいかないはず。私が月の剣の在り処へ向かうまでの道のりは容易ではないかもしれません。それでも、私に味方してくれている人達は、ワカと比べて数に劣ります。もしも戦にでもなれば、確実に不利です……。そんな状況下、カンバルさんが現れたのは、偶然とか奇跡とかそういった境遇のものを遥かに凌ぐ、全能神様の、何か意味深いものを感じませんか?」


 やがてキバは頷くと、何か決心を固めたように、椅子から立ち上がって戸口へと向かい歩きだした。

 キバは足を止めて小春のほうを向いた。小春は座ったまま、期待した様子で見つめ返した。


「カンバルの処刑は、無かったことにする」



 会議室に、小春とキバの二人が戻ってきた途端、デミ族らが安堵のため息を漏らした体であった。彼らに必要なのは、今や赤魔王代理であるキバと、選ばれし者小春の二人なのだから。この二人なくて、会議は進められない。

 迷いなくキバは、デミ族達の視線を浴びながら、カラバじいさんの元へ歩み寄って行った。

 捕われの身であるカンバルの傍らで、忠実に彼を見張っていたカラバじいさんが振り返った。二人の視線が交差する。

 キバの強い眼差しには、憎悪も、わずかな怒りの気配さえなかった。大きく見開かれた彼の瞳は澄んでいた。


 カラバは、


「気が変わったようだな、キバ」


 と言って、彼が口を開くより先に言い当てて見せた。


 キバは、深刻そうな面持ちで、

「もし戦になればワカの方が有利なのは明白だ。民の数が圧倒的に違うのだから。このままでは、デミはワカに負けるかもしれない」と、呟いた。


「ああそうだ」


 と、カラバも納得している様子である。


「だからこそ我々はカンバルと組むべきだと、俺たちもサンタカと先ごろ判断したとこらです。もちろん反対意見を出した者も有るのですがね、話し合いの結果そうなりました。あとは、キバと小春の選択に委ねることにしやす。私どもなどが、キバ様の御命令に背くわけにもいかないので」


 そう言うとカラバじいさんは、再び残忍な死神の方を向いた。あとは見張りに専念し、ただキバの選択をひたすら待つのみである。

 キバは、手首と腹周りを縄で縛られて、跪いたままでいるカンバルのそばにかがみこんだ。

 ふたりの視線が合い、キバは息を吸ってから、しずかに言った。


「小春が月の剣を確実に手に入れるべく、協力

を願いたい。我々の力となり、罪を償え」


 嘘のない正直な言葉だ。ワカに対して、数に劣るデミが有利に立つには他に手はないことを、その強い眼力が訴えていた。

 それでも、カンバルはこう答えた。


「強い者に挑む。不可能を可能にする。敗戦濃厚な戦いをひっくり返す。それがあんたらの考える目論見なのか。

 ほとんど負ける可能性の高いデミを有利にするためだとしても、それでも数には劣る。死神がたったひとり力になったところで、何の役に立つ? いったい何ができるって言うんだ!?」


「力を合わせて、闘えます!」


 本人が思っていたより、小春の声は大きかった。会議室の天井にこだました彼女の声に、居合わせた誰もが驚き、目を見開いて彼女を見つめた。


「あなたは誰もが恐れる、目的の為ならいたる残忍なことも厭わないカンバルじゃないんですか!? あなたは全能神から影神界に留められた唯一の死神なんです。血の海の中でも平気で渡り歩き、無鉄砲さを競う者たちの中で数え切れないほどの修羅場を生き残った者だけが、本物の伝説の死神になれる。あなたはその一人でしょう!?」


 興奮する小春は拳を振り上げ、頬を紅潮させて熱弁を奮った。カンバルの見張りとして立っていたカラバじいさんが彼女の肩に手をかけて下がらせようとしたが、その手を振り切っても語り続けようとした。まだ言いたい事は終わっていない。


「あなた……私が月の剣を得る宿命の為に、そして火の国の領域を取り戻す為に、ここにいる火の民が死闘を繰り広げるかも知れないというのに、それを、黙って指をくわえて見ているつもりですか!?」


 呆気にとられていたキバは、さすがにここで「言い過ぎだ」と気づき、カンバルの反応を警戒した。顔を青くしてカンバルの様子をうかがうと、意外にも彼は穏やかな目のまま、じっと小春を見つめている。


「お嬢さん。小春といったな」


 興奮のあまり息を荒くしていた彼女は、肩を上下させながら頷いた。カンバルはその興奮をなだめるように、静かな口調でつづけた。


「どうやら、表面にあらわれている以上のものが、あんたには見えているようだな。しかも、あんたの目には欲がない」


 意外なことに、カンバルが柔らかい笑みを浮かべた。小春も思わずつりこまれ、ほほえみ返していた。情熱に突き動かされた者が発する率直で正直な言葉。人を動かすのはそういうものなのだ。カンバルは、素直に思いをぶつける小春を信じた。


「無欲な目に映るものは、信用できる」


「では、協力すると」思わずカラバじいさんが声を漏らした。


「どちらにしろ、闇の国が陥落して、邪神の下僕としての任務は跡形もなく消え去った俺が帰る場所は、もうないからな。協力するさ」


 キバは立ちあがり、何も言わず、一刀のもとに彼の縄を解いた。青白い刃は縄をまるで絹のように切り裂いていた。

 そしてかれは言った。「だが――そなたの行い、万死に値するものであったことを忘れるな」


「相変わらず、硬いな。すこし肩の力を抜いたらどうだ」カンバルは愚かにも、そういってしまったのだった。


 こんどは大人たちに埋もれぬよう、最前列で座っていたサンタカは、それを聞いて「チッ」と舌打ちをするやカンバルのほうを睨んだ。

 カンバルには、大きな口を叩くという危険な悪癖があった。この時ばかりは、かれはそれを反省した。

 おそらくこのときは、口をつぐんで頭を垂れているのが最善の策だったのだ。

 死神の権力ははるか彼方で、当然ながら影神界の火の国に死神や闇の友人は一人もいなかった。服従と沈黙こそが最善の防御であっただろうに。


「私達を裏切ったりしたら、今度こそ、本当にあんたの喉はキバにかっ切られる。覚えて置きな」


 反対派だったカササギが、ハチの一刺しを食らわせるような勢いで言い放った。

 いくら小春の為とはいえ、カンバルを仲間に加えることに我慢がならないといった心情なのだろう。

 それでも、小春自身は、今は今で過去は過去であることを熟知しているので、許すことの大切さと必要性を知っている。むろん、自分に何をした死神なのかを知らされて不満に思うことはあった。それでも彼女は、本当に辛いことがどんな事なのか分かっていて、邪神の言いなりだっただけのカンバルを責めることなど出来なかったのである。小春の持つ、繊細で他人(ひと)の心を察する才は、たとえ死神でも作用した。

 真っすぐに、小春は、座りこんだままの死神に近づいていった。

 周囲の者たちが息を呑んで彼女を見つめていたが、キバだけは、入り口のほうまで行き、壁によりかかって、冷静沈着に彼女を見守っている。その手は剣の柄頭に軽く置かれていた。

 小春は、部屋の片隅の方を、ちらっと見てから言った。


「とりあえず、あそこの椅子に座ってください」 


 と、カンバルは、小春にうながされて、部屋の片隅にあった椅子に腰をおろした。そして、小春が手を伸ばし、カンバルの白っぽくなってきた火傷や擦り傷だらけの腕に軽く触れると、口をひらき、ぽつぽつと話しはじめた。


「私が介抱に当たります。死神の回復力はこの目でみて、よく知っているけれど、ここまでの怪我なら……薬くらいは塗らないと……」


「何故だ……何でそこまでしてくれるんだ。俺が誰なのか知っているんだろう?」


 カンバルが、驚いた声音で口を挟むと、小春は、こくりと頷いた。


「はい、知っています」


「それなのに、どうしてあんたは、俺に優しく出来るんだ」


 かれに、あまりに深刻そうな眼差しを向けられた小春は、その質問に答えた。


「私を死へと陥れようとした過去があるということも、キバから聞いて知っています。もちろん、その事には今でも腹が立っています……。でも、目の前にいる困ってる人や弱ってる人などを助けることに、理由なんていらないでしょう」


 小春の意外とも思える発言は、カンバルの口を、我にもなくつぐませたのだった。

 ――キバや周囲のデミたちも、黙ってふたりの様子を見守っている(てい)である。

 ついで小春は、カンバルだけに聞こえる声で囁いた。


「それに、邪神とクライ魔の下僕として、やらねばならぬことを、忠実に、行っていただけなのですから」


 カンバルが、心を動かされたかの如く、《俺の気持ちが分かるのか》と返事をしようと口を開きかけたときだった……。

 それと同時に、見ているだけではたまらなくて、歯止めが利かなくなってしまった者がいたのである。


「あのさ、小春……平気なのかい?」


 柔らかい響きの少年声が、小春の耳元に聞こえると、肩にぽんと手がそえられる。ふりむくと、サンタカが、傍に立っていた。

 サンタカは、介抱に当たろうと言い出したり、死神に何かと優しく話しかけている小春の背中を、心配そうに眺めていたが、ついに黙っているのも辛くなってきたのであろう。小春は、その事にも気が付いていた。

 たしかに、サンタカや彼らの暖かな心遣いは、ありがたいものに感じたが、小春にはすでに確信している事があった。


「ええ、もちろん平気よ。仲間の傷の手当てをすることに、何か問題でもあるの? サンタカ、カササギさん、過去はどうであれ、カンバルさんはもう邪神の〝言いなり下僕〟じゃないわ」


 小春は、胸を張ってみなに宣言した。

 ――サンタカとカササギは、心配と驚きの入り混じった表情で彼女を見つめているが、カラバじいさんは彼女の成長を喜ぶ父のようににっこりと笑って大きくうなずいていた。

 一方で、キバは春の夕方みたいに落ち着き払って、彼女の様子を見守ったものだ。


 と……小春はカンバルの方に向き直って、

「その強き忠誠心が、これからは邪神やクライ魔のためではなく、私やデミ族らのために力尽くすことと、信じています」


 そして小春は、息を吸って、さっきの話の続きに引き戻した。


「私はあなたを責める理由などないです。確かに、私に自害する寸前まで陥れた事実には腹が立っています。でも……邪神様に忠誠を誓って、その務めをひたすらしてきたことの何を責められるんですか? あなたは何も悪くない。ただ邪神様のために忠誠に働いていただけなのだから。単に遊びや自尊心を満たすための目的でする馬鹿みたいな、子供じみた醜い虐めとは全くの別物なんですもの。だから私はあなたを責められない。

 ――あなたが影神界に留まっている。これがどんな意味をなすのか、よく考えてみては。これも全能神の思し召し。これを機に、出来ることが何かあるはず」


 カンバルの鋭い目が、ふいに穏やかになったものの、その口調は重かった。


「……俺は邪神の下僕だったから、選ばれし者が誰なのかを探らなければならなかった。そして選ばれし者を亡きものとし、何らかの手で邪神様が月の剣を得られるようにしなければならない。それが俺の使命だった。

 ……だから、いつの間にか、俺は情を捨てていた。それを果たすためになら、残酷な事でも、何でもすべきだと思ったからだ」


 使命というものは、やりたくないことをやらないといけないことであったりする。

 情を捨てざるを得なかった、この残酷な死神と呼ばれた男は、どんな思いで、これまでの人生を歩んできたんだろう? むしろずいぶんと可哀想なひとじゃないか。

 そんなことをふと考えて、小春は、カンバルの話に耳を傾けていた。


「だが……クライ魔様が封印され、闇の国は崩壊。邪神様のご意思により、死神は、神界にいる邪神様の元へと返されることになった。返されることになったということは、邪神様がもう既に、クライ魔が封印されたことで、死神を影神界に不必要なものとしてあつかったという事を意味している。これまでの苦労は何だったのだろうな。これまで罪悪感も捨ててきたが、この状況にもなれば、それを続けても仕方がない」


 カンバルはため息をつくと、小春の肩に手をおき、深々と頭をさげた。


「……本当に小春には酷いことをしたと思っている、この通り、謝罪する」


 小春は、にっこりして頷いた。


「カンバルさん、頭をあげてください。気持ちは、わたしにも、十分伝わっているんです」


 彼の言葉と気持ちは、一点の曇りもないものであることを、キバの胸にも染みて伝わってきた。

 カンバルには一度、「情を感じたことはないのか?」と聞いたことがあった。そのときカンバルは、「情を感じるには、人の命を奪い過ぎた。……それだけだ」と答えたものである。

 そのかれの、言葉の裏に潜む気持ちを、もっと考えるべきだったかもしれない、とキバは後悔した。

 カンバルが小春の指示通り、頭をあげたところを見守りながら、キバは、こう言明した。


「そうと決まったからには、今すぐにでも取決したいことがある。気が落ち着いたら、馬小屋に来てくれないか、カンバル。もちろん小春も」


「わかりました」と、小春は、キバの方をふり向いて答えた。

 

 カンバルは無言であるが、ややうつ向いて苦笑いを浮かべており、承知したといった様子であった。


「まっ、その前に、一刻も早く火傷のお手当をしないと。すぐに準備いたします」


 と、ここで若い男の人が、今日はじめて口を開いた。小春は、声の主のほうを振り返る。かれは歯並びが悪く、お世辞にも顔立ちが整っているとはいえない。しかしそれゆえの、話しやすそうな雰囲気を得てもいた。


「お願いね、えっと……」


 小春は、言葉をつまらせた。この会議にて、はじめて会うことになったので、かれの名前を知らないのだった。


「彼の名はマカゼ」


 と、サンタカが、彼女の耳元にささやいた。


「マカゼは薬草師さ」


 マカゼは、立ち上がって小春の前を横切ると、カンバルの患部に目をおとした。薬草師として、ひと通りは身につけているマカゼにも、死神の回復力の凄まじさには目を見張るものであった。闇の国崩壊は昨日だというのに、とうに擦り傷の血は止まっている。火傷も赤々としていてもおかしくないはずだが、細胞がすでに治す準備に取りかかり、その患部は点々と白く変色している。

 だがマカゼは、すぐに気を取り直した。止血されていようとも、小春が言っていたとおり、手から腕の部分は痛々しいほど擦り傷だらけであることには違いなかったからである。しかも顔には、ありありとしたクマが浮かんでいて、てんで疲れているに違いない。

 マカゼは、ため息をつくや、カンバルに声をかけた。


「……この傷の手当をするためには、強い酒が必要だろうな。任せときな、これから薬草と果実酒を持ってくっからよ。かなりお疲れのご様子ですし、それまでの間、ゆっくりしててくれや」


 マカゼは、袖をまくってにやっと笑うと、ダンテ郡の薬屋へいったん帰るため、部屋をあとにした。

 これにより小春は振り向いて、樫の扉のほうをみたが、そこにはマカゼだけでなく、すでにキバの姿まで消えていることに気がついた。


「キバはもう馬小屋へ行ったのかしら」


 呟くと、小春は、カンバルのほうをちらりとみた。


「私も介抱に当たるっていったでしょう? ダンテ郡の薬屋へ寄るので、少しだけ待っていてください」


「ああ、そうしてくれ」


 カンバルがそう答えるや、小春も部屋をあとにしたのだった。

 小春の足音が消えてなくなるまで、かれは閉じた扉をみつめていた。やがて人心地するとため息をついて、口を開いた。


「……大した嬢ちゃんだぜ」


 その言葉を聞いたサンタカは、椅子に座っているカンバルの目の前まで歩いてきた。


「誠その通りさ。やっと、その事に気がついた?」


 サンタカは有頂天になって、言い返す。


「僕はとっくに、小春とはじめて出会った頃から、気がついていたよ」


 カンバルには、どうも彼の発言が上から目線に思えてきて、苛立ちを感じずにはいられなかった。同時に、あることにも気がついた。


「よもや、おれが火傷まで負う羽目になったのは……」


「そう、僕がカンバルの火傷の爆弾さ」


 と、サンタカがしれっと告白した。

 カンバルは、まるで不愉快そうに、目を細めながら彼を見つめだした。赤い瞳の死神に睨まれることには、さすがに慣れていない。

 そこでサンタカは、残酷な死神に怒られることを回避するために、とっさに口を開く。


「キバと小春のためなら、僕は、どんな選択もおしまない。あのとき、矢を切らしてしまったからやむを得なかったんだよ。頭が真っ白で他の手段を考えられなかった。ごめん」


「いや……怒ってはいないさ」


 カンバルは、己の火傷の跡を見つめながら言った。


「むしろ小僧のしたことは、正しい判断だと思う。ただ、小僧の小さ過ぎる頭では、その純粋な気持ちからくる勇気が、どれほどの大きさなのかを考えていただけだ」


「それはぼくを褒めてるんだか、馬鹿にしているんだか……」


「その両方に決まってるだろ」


 カンバルは、にやりと笑って言った。

 とたん、サンタカの顔が真紅色に変わった。褒めてくれたというだけなら良いけれど、馬鹿にされる事だけは許せない。


「言っとくけど、まだ君のことを信用しきれている訳じゃないからな。君に火傷を負わせたのも僕だけど、君の命を救ったのも僕だ。僕が、キバのおさえきれぬ行動を止めたからさ」


「ああ」


 カンバルは、落ち着いた風で言った。


「おれは、信用されなくてもべつに構わん。邪神の下僕だった頃のおれの行いを回顧(かいこ)すれば、そいつは健全な心の反応だ」


 しゃがむのに疲れた様子で、壁際にもたれて立っているカササギが、共感の声をあげた。


「そうそう、小春が優しすぎるだけさ」


 サンタカと言葉を交わすうちに、時間はあっという間にすぎていたようである。小春とマカゼが、治療の材料を手に、会議室へ戻ってきた。

 マカゼはすぐさま、壺に入った果実酒をさじで掬い、かれの患部に容赦なく垂らしてゆく。

 酒が傷に染みこんだことによって、カンバルは、低い声でうなった。

 つづいて小春が、俊敏に、かれの腕に包帯を巻いてゆくので、傷の手当てを一分と経たぬうちに終えることができたのである。

 彼女の介抱(ケア)する姿は、カンバルの脳裏に、まだ十歳だった小春の泣き顔を、ふいに蘇させられるものでもあった。小春が、包帯を巻くことに慣れていることは、誰の目にも明らかだ。

 苦境に負けじと戦いつづけていた小春に、いったい自分が何をしてしまったのかを改めて考え、反省した。

 カンバルは、罪悪感を胸に、言葉をさがした。


「逆境の経験が、こういったときに役に立てたな」


「よくお気づきですね」


 と小春は、袖をまくり上げて、腕に巻いていた布をするすると外しとり、傷跡をみせた──そこにはタバコの火傷の跡や、あざなどがまだ残っている。どういうわけか、この傷跡をカンバルにはみせても良いように感じた。


「母から虐待を受けたときにできた傷跡です。おかげで包帯巻きには、なれているわ。私には、虐待よりも怖いものなんてありません」


「俺のことは、それと比べれば、ずいぶん怖くないというのか」


 小春は、うなずきながら、腕に布を巻きなおしている。


「月の剣を手に入れたあとは──」


 カンバルは、真剣な表情で、


「小春の、(まこと)希望(のぞみ)は何か、考えているのか?」


「⋯⋯お母さんに、少しでも、改心してほしい」


 と、小春はため息をついて、


「叶うと良いけれど」


「きっと叶いますとも」こういったのは、マカゼだ。


「心から希望の灯を消さないで、あなたの未来を最後まで諦めないでくださいね。それが、私の、願いです」


 かれは、薬屋へまた材料をもどすために、果実酒の入った壺をかかえ持つと、小春から包帯を受けとった。このとき、「叶いますとも」とくり返し、小春の肩をぽんと叩いてから、マカゼは扉の向こうへ姿を消したのであった。



 カンバルの介抱を終えて、ふたりが馬小屋に来る頃には、日盛りだった。──城の戸口から外へ出たとたん、太陽の赫々(かっかく)たる光炎が目を射ぬいてきたのである。

 馬小屋の戸を開けてなかへ入ると、すでにキバがいた。かれは、小屋の隅にある木製の長椅子に足をくんで腰かけている。

 キバは、馬小屋でふたりを待つあいだ、延々と策を練って、ひとつの腹案をもっていた。

 ふたりが来るや、キバは、口火を切った。


「ほんとうに宣戦布告が打たれることになったら、そのときは言うまでもなく、小春の役に立つ優秀な人材と馬が必要不可欠になる」いったん言葉を切って、「⋯⋯それが、カンバル、そなただ」


 カンバルが唖然とした表情になったのをみて、キバは、立ちあがった。

 察しのいい小春は、カンバルを木製の長椅子のところに座るようすすめると、自分もかれの隣に座ることにした。

 とたん、むっとした獣臭が鼻をついたので、思わず小春は顰め面になった。


「どういう気の変わりようだ⋯⋯」


 カンバルは依然として、思いがけぬ彼の言葉に、拍子抜けしていた。


「小春を死に落としいれようとしたことがあるおれを、本当に優秀な人材と見なせるのか?」


「そなたを仲間に加えたいじょう、そなたを徹底的に信じることに決めたのだ」


 キバが、短く答えた。それ以上のことは、なにも言わない。

 そのとき小春は、思った。カンバルの心に変化の兆しが現れていることに、かれも気がついたのだろうと。


「⋯⋯やむを得ない、ということか」


 と、カンバルは、ようよう理解をした風である。


「やむを得ないでしょう」


 小春も、うなずいた。


「こちらがワカ族よりも、はるかに数に劣っているということだけが問題ではなくって⋯⋯。赤魔さまのご体調も、日に日に悪化しているように思います。その赤魔さまに、まさか戦に赴かせるわけにはいきませんし」


「⋯⋯だが、赤魔さまのご溺愛されている馬を、カンバルに使いこなすことさえできれば、状況は瞬く間によくなるはずだ」


 小春は、はっとしてキバの顔を見あげた。


「もしかして、ヘイマーのことですか?」


 キバは深く頷いて、

「ふたりとも着いてきてくれないか、紹介したい例の馬がいる」


 長椅子から立ちあがった小春とカンバルは、キバのあとに続いた。五歩ほど歩いたところで、すぐに、黒馬がいた。

 黒馬は、飼葉を()んでいるまっ最中だったため、三人が近づくや、取られまいとして、焦ったようにむしゃむしゃと食べはじめていた。


「ヘイマー、まただな⋯⋯」


 キバは、ため息をついた。


「草や(わら)を好むのは牛馬だけだから、ひとが来ても誰も取らないと、いつも赤魔さまにも言われていただろう」


「⋯⋯この頭の悪そうな黒馬が、〝優秀な馬〟だと、キバは言いたいらしいな」


 カンバルはそう言って、いささか小馬鹿にしたように、ヘイマーの食べっぷりを見守っている。

 そのとき、厩の扉を押し開けてサンタカが姿を見せた。

 とたん、ヘイマーが、目一杯の飼葉を()んで、口のなかに押し込んでいる。

 小春をカンバルと二人きりにさせることに不安を抱いていたサンタカは、こっそり二人の後を着いてきていたのだった。

 しかし戸口のまえで、三人の話し声を聞いているうち、思わず小屋のなかへ駆け込まずにはいられなくなってしまったのである。

 あの突進魔のヘイマーを、出陣させる気とは正気だろうか?


「キバ、まさか本気で言ってる? ヘイマーは──」


 皆を納得させるために、キバは、言葉をさえぎった。


「この馬なら、素早い突進ができる。スムーズに進むことが可能のはずだ」


 三人は、サンタカが馬小屋にきたことに、驚く様子はなかった。会議室でのサンタカの活躍にて、すっかり慣れたのであろう。

 ヘイマーは、だれも飼葉に興味を示さないことにやっと気がつくと、世にも稀な赤紫色の瞳をもつ男のほうを、ふりあおいだ。


「開戦の際には、俺が、この頭のにぶい黒馬に乗って戦えと、そう言いたいわけだな?」


「そういうことだ。そなたの最大限の力を発揮すればよい、ヘイマー」


 キバはいって、黒馬の首筋を撫ではじめた。

 ヘイマーは、さも心地よさそうに目を閉じている。

 それを見て、小春も触りたくなった。ゆっくり手を伸ばし、ヘイマーの顔に触れてみたが、むろん人よりも体温が高い。


「生きた湯たんぽみたい⋯⋯」思わず、つぶやいてしまう。


「一応忠告しておくよ、カンバル」


 キバの様子をみて、ついに諦めきったサンタカが口を開いた。


「ヘイマーは、ものすごく減速(スピートダウン)と停止が下手くそなんだ。走ることしか頭にないのさ。おまけに、そのお陰で、何度も城壁を直さなくちゃならない」


「 はっきり言えよ、小僧」カンバルは少年を見下ろすと、何気なくこう言った。「ようするに、この馬は、バカ馬だってことだろう?」


 これまでヘイマーが犬のように振っていた尻尾は、一瞬にしてやんだ。ついで、文句をいうように、口先をぶるぶると鳴らしている。


「落ち込んだみたい」と小春はいって、ヘイマーの耳の後ろを撫でてやっている。

 するとヘイマーの目がとろんとしてきたため、小春は安堵した。


「やれやれ、お前、言葉が分かるのか?」


 カンバルは、面倒な馬の担当になったといわんばかりに、頭をかいた。かれのよく整えられたオールバックの黒髪が、わずかにみだれる。

 キバがヘイマーから手を離すや、カンバルのほうをふりむいた。


「バカかは、みる者の判断だが⋯⋯。ヘイマーは、突進の才をゆうする、赤魔の貴重な馬だ」


 キバがカンバルに説得しているあいだに、小春はヘイマーを慰めようと必死だった。


「なんでこんなにも線が細くなっているのか分かったわ。赤魔に会いたいんでしょ」


 とたん、ヘイマーの尻尾は車のワイパーの如く、動きだした。ちぎれんばかりに。


「だけど、もうちょっとだけ、我慢してね」


 またしても、ヘイマーの尻尾のワイパースイッチがひたと止んだかと思うと、だらりと頭を下に向けてしまった。

 小春はしゃがんで、ヘイマーのしょぼくれ顔を除きこむや話しかけた。


「戦が終わったら、きっと赤魔さまも、すっかり元気になるわよ。そうしたら、また毎日会いに来てくれるようになるわ」


「小春、もういい」キバが小春の肩にふれると、いった。「そのことについても、いささか心配ではある。だが、ヘイマーが硝子(ガラス)の心なのはいつものことだ。それに私は、今すべきこと、話すべきことを話さねばならぬ」


 小春がうなずいで承知するや、三人は、入口のほうへ戻り、木製の長椅子に座ることになった。

 小春は、カンバルとサンタカにはさまれて、真ん中に座っていた。

 キバだけが立ち姿勢のまま、かれらを見おろしている。

 かれの腹案は、こうである。


「策略としては、ヘイマーの前部にはカンバルが乗り、後部には小春が乗ってもらう。

 そして、開戦からしばらく経ったとき⋯⋯つまり様子をみてデミがワカに()られる前のタイミングを見計らって、出陣してもらうことになるだろう。はじめから小春や、否応にも目立つ死神の姿をさらすことは、できるだけ避けたいところだ。

 いろいろ考えた結果だが、それが一番、小春が安全に〈月の剣の在処〉へ辿り着けるための近道なのだ」


「たしかに、そいつは賢明な判断だ」


 カンバルが、賛成の第一声をあげた。


「〈闇の国随一残酷な死神〉の異名をもつ、この俺を、狙いたがる馬鹿はそういないからな。目を合わせただけでも、尻込みしていきやがる。お嬢さんが、俺の後ろに乗れば、身の安全の保証くらいはできるだろうからな」


 キバが、うなずいた。

 小春は、《どうやらカンバルは〝馬鹿〟という代表的かつ無難な毒舌が気に入っているみたい》と心のなかで言った。《ずいぶんと使いすぎているもの》


「 ただ、一騎当千の戦闘力をもつお前が、なぜ己以外の者をそう使わすのかが疑問だが⋯⋯」


 かれには、その理由がふたつあった。

 キバとカンバルは、非凡な武力を有する共通点はあるが、慈心をもって戦うのがキバだとすれば、情をすてるという臨戦態勢をおこなってから戦えるのがカンバルであろう。その点では、カンバルのほうが戦争向きの気質なのである。

 この事まで、おしえる必要はない。そう思ったキバは、一つ目の理由だけを答えることにした。


「そのことについては、私なりの考えがあるからだ。小春が月の剣を得ることのみが、私の目的ではない。デミを踏みつけてきた車輪を破壊するためには、赤魔王代理のわたし自身が、水魔と決着をつけなければならぬ。

 まずは和平案をもちだすが、話し合いで駄目なら、宣戦布告が打たれることになるのは明白だ」


「そのとき、キバの闘う相手は水魔で、凡百のワカの相手は、カンバルさんやデミたちに任せておくことになる。ということですね」


 と、小春が、理解の声をあげた。


「ああ」キバは腕を組んで、いった。「しかし、あくまでも私の思案であることには他ならない。赤魔さまと協議して策を組もうと思うのだ」


「うん、そうだね」サンタカが、これには共感して言った。「赤魔さまに相談することは、何よりのことだよ」


 小春の表情が、ふいに暗くなった。

 拳を握り、キバの顔をしっかりとみながら、口をひらいた。


「これは私の意見ですが、私からみた水魔の印象は、カンバルさんよりも残酷で凄惨です」


「さて、それはどういう意味か」

 

 カンバルが、目線をキバからそらさぬまま、丸い声で口をはさんだ。


「どういう意味かって、決まってるじゃないか。きみは元邪神の下僕だからさ。しかも自分で言ったばかりじゃないか、残酷な死神の異名があるんだって!」


 小春を間に挟んで、サンタカが、カンバルに知らしめようとする。


「そんなことは、百も承知だ。だが、言い方というものが──」


 小春の隣では、カンバルが、不平不満をぶちまけている。

 両端ふたりの口喧嘩(バトル)はしばらくつづいているが、それを無視(スルー)して、小春は起立した。

 やおらキバのもとに歩みよった小春は、かれの手を握りしめた。


「だから⋯⋯私は心配なんです。水魔にひとりで挑もうとするなんて、いくらキバでも」


 小春の細い手は、キバに、おもむろに振り払われた。ついで、かれのその手は、小春の頭に軽くのせられる。

 小春は、ふりあおぎ、目を合わせた。

 キバの強い眼力は、無言で、こう訴えているようにしかみえなかった。「大丈夫だ」──と。

 小春は、腑におちた。

《かれが()られるわけがないわ。今までもそうだったのだから。きっと、これからも同じはず⋯⋯》



 四人は厩をあとにし、小春とカンバルはすみやかに城内へもどってゆく。

 一方で、キバとサンタカは、門の前にたたずんでいた。

 ふたりが中へ入るのを確認するや、キバがサンタカに向き直った。


「そなたのあれは、杞憂(きゆう)に過ぎない。サンタカの悪い所は、心配性過ぎるところだ」


 サンタカは、門の柵を背もたれにすると、だまって説教を聞いていた。


「私はあえて、ふたりだけにする時間も与えたつもりでそうした。一度ふたりだけにさせて、カンバルが小春に何も危害を加えなければ、信用してもいいと分かるからだ」


 言いたいことを言ってから、キバは、二人の後につづいて城内にもどっていった。


「偉そうに言うけど」かれの後ろ姿を眺めながら、サンタカがつぶやいた。「キバだって心配性じゃないか。そんな発想が生まれる時点でさ」


 少年は、ひとり肩をすくませてみせた。



 夜の帳がおりると、戦におもむくことを選んだデミたちの意見によって、晩餐会が開かれることになった。

 キバは、「戦前夜に、そんなことをするのは馬鹿げている」といっていた。

 しかし心の広い赤魔は、「こういうときこそ、そういった寛ぎの時間が必要なものだろう」と、許可をしたのだ。

 小春が食堂に行くと、麒麟がみずから、彼女を火のそばのベンチに連れていった。兵士となるデミたちが通りがかりに彼女の腕を叩いていった。

 小春と、隊員のためのご馳走は、山菜スープと、魚の腎臓の塩漬け、メシが用意されてあった。お酒や、団子(シト)もあった。そして、後から、砂糖をまぶしたクコの実と甘いクリームの碗がでた。小春が影神界にきてから、おやつがでてきたのははじめてだ。


「いつもは質素な食堂も、今宵は、華のあるものね」


 みんな楽しく腹いっぱい食べているときに、小春がいった。

 サンタカが顔をしかめた。


「そうでもないさ。カササギねえさんは、コタンで鎧をつくってくれているから、今いないし⋯⋯。男ばかりで暑苦しいじゃないか」


「それにキバも不在だ」


 カンバルがいった。


「食べながら、赤魔と相談するんだと。⋯⋯ったく、騒々しいやつめ。

 かのジン王宮につかえる有能な武人だと、聞くやいなや、守護神となっていたり。小春の守護神かと思えば、影神界に移住してきたり。クライ魔さまが封印されたと思えば、つぎには赤魔の代理人じゃあないか⋯⋯」


 ひとりの若い巨漢の男が、席から立ちあがって、叫んだ。


「全能神さまの恩寵が、われらにもたらされんことを!」


 小春以外のみんなが笑った。


「われらは、確実に不利じゃ」


 若い志士の一声につられて、カラバじいさんが、いった。


「だが皆のもの、よく聞いておれ! 社会のひとつ奥におかれた人間ってのは、個性が強いのじゃ。その人にしかできぬ個性を生かし、やがて社会の頂点にたてた者もおられるそうな。わしらにも、デミの誇りがある! 人間にそれができて、われらができないはずなかろう!」


「カラバじいさんも、ずいぶん張り切ってるみたいだね」


 サンタカは、クコの実にクリームをたっぷりつけながら言った。


「あの調子だと、ご長寿のじいさまになれちゃうよ」


「きっと赤魔さまなら、これにルージュも足すでしょうね」


 小春がいって、クコの実を頬張った。


「ところで小春」カンバルが聞いた。「赤魔っていうのは、そんなにも変わりもんなのか?」


「赤魔さまは、麒麟と給仕のみを城に仕えさせているので、質素な暮らしを好んでいるのは間違いなさそうなんですが⋯⋯。それとは逆に、食べ物や飲み物にかんしては、こだわりが強くって、いささか変わり者です。甘いものと辛いものが混ざった独特な味がいいのだと、いってますから」



 コッ、コツン。と、部屋のなかで、ティーカップを受け皿にもどす音がなっていた。


「砂糖とルージュいりの紅茶だけは、飲み干しましたね」


 キバが、そのティーカップを赤魔から受け取ると、テーブルのうえに片付けた。置いたティーカップのそばには、赤魔の食器もある。

 赤魔は不調でありながらも、飲食のためにベッドに起き直っていた。


「それでも赤魔さまのご飯、半分は食べれたんですね」


 かれはつぶやくと、椅子に座って、自分の食事のつづきにとりかかりだした。

 赤魔は、そのかれを見守りながら、口を開いた。


「全能神の(めい)による、影神界への追放か⋯⋯。それがまことなら、カンバルを味方につけるのは得策だったといえよう。しかし、キバが己の感情をおさえきれず、せっかくの好機を逃す可能性のほうが高かったはずだ。ふだんは冷静沈着なお前でも、小春のこととなると、情が入りこみすぎるところがあるからな。よく気持ちを押し殺せたものだ⋯⋯」


 いくつ目かの、団子(シト)を紅茶で胃に流しこむと、おもむろにキバは口を開いた。


「小春とサンタカが、わたしを、止めてくれたのです」


「そうだろう。あの二人は若いが、苦労の経験があり、根はしっかりと植え付けられている性分(タイプ)だからな。

 しかしカンバルは、わざわざ、不利のこちらへついてくれた。行動こそ、その信念と結びつくもの。いずれは、デミたちも、それに気がついてくれることだろうし。この件については、いいとしよう」


 キバに向かってうなずき、瞳をきらりと光らせる。


「⋯⋯問題は、お前さんの作戦内容だ」


「その問題を当ててみます」


 キバがいった。


「水魔に和平交渉など持ちかけても絶対ムダだし、危険すぎると、思っているのでしょう。デミの地位などどうでもよいから、小春意外の、よけいなことは考えるなと」


「ぜんぶ違う。我輩はその案には、むしろ賛成しているのだがね」


 とたん、キバは箸の手をとめて、赤魔の表情をうかがった。

 赤魔は、黒傷が刻まれた口元から、白い歯をみせて笑った。


「なんという顔をしているんだね」


「いや。いつものように、反対しないのが意外だったもので。大抵〝ならん〟とか言うじゃないですか」


「我輩が、お前に出会ってまもない頃は、選ばれし者の守護神とて、若さゆえの青さがのこる。そう思っていたが⋯⋯あの頃と比べると、ずいぶん成長したと見ていいだろう。危険な決断をしても、お前はこうして生きて戻ってきた。キバがそうすべきと思うのなら、もう止めるつもりはない」


「ならば、何が問題なのですか?」


「ここまでの作戦はいいだろう」


 赤魔がベッドのうえで腕くみをした。


「しかしながら、問題は一番肝心な点がぬけていることにある。問題は、どうやってあの水の城の地下へ侵入するか、だ。

 和平交渉に失敗したら、どうやって小春を月の剣の在処まで導くのだ。数におとる今、カンバルは、ワカとの戦のほうに適用すべき存在⋯⋯。そのうえ侵入するにしても、デミ族に水の城の地図の全貌を知っているものなど、皆無だ。カンバルに敵を駆逐(くちく)してもらうまではいいとしても⋯⋯」


 赤魔は、息をすうと、低い声で聞いた。


「この後の計画も用意してあるのか?」


「洞窟へ、向かわせます」


 かれは、迷うことなく答えた。他に、小春が安全にゆける場所など、思いつくはずもなかった。


「洞守らのあそこは、いま警備が厳重になり、危険だときいた⋯⋯。とうぜん、城壁も堅固になったという」


 キバは、クコの実を頬張ると、


「誰から、聞いたんですか?」


 と、怪訝そうにいった。


「密書が、鏡台の引き出しのなかにあるだろう」


 キバはクコの実がまだ半分以上も残っている椀を押しやり、椅子から立ちあがった。

 かれは部屋の隅まで歩いていき、言われるがまま、鏡台の引き出しをあけた。守護鏡が、眼前にたたずむキバの訝しげな表情を映しだしている。

《ガラクタばっかりだな》とキバは思った。ごちゃごちゃした棚の中をかき回す。ペンダント。ぬり薬。燭台。小物入れ。筆。いいかげんにしてくれ、とため息をついた。


「これか。巻物だ」


 キバは引き出しのなかから、巻物をとりだした。巻物には、なぜか甘い香りが染み付いていて、鼻をついた。

 いっしゅん、赤魔のご指示とはいえ、女性からの手紙だろうと躊躇したが、ヒモをほどいて、巻物を広げた。


「これは⋯⋯」思わぬメッセージに、キバが驚いた。「敵中にあっての内応(ないおう)を申しでる、とのお手紙じゃないですか」


「お前はいっしゅん、手紙をみることをためらったな。この内容ならば、月夜がなぜ手紙に香水を放ったのかも、わかっただろう。化粧やお洒落にまったく興味のない彼女だからこそ、つかえる手立てだ。このようにすれば、まんいち、ワカに手紙がみつかっても、書いた者が自分であることは(まぬが)れられるからな」


「月夜からの手紙だと、どうして分かったんですか?」


「なあに、書き方のクセだ。クモの足みたいな細い字なのでな。このような書癖のあるものは月夜くらいのものだし。それに、よく見たまえ。守護鏡の破片がはりつけられているではないか。月夜以外のものに、大切な鏡をあげた覚えなどない」


 もう一度よく見てみると、手紙の端に、宝石のように美しいガラスの破片が貼り付けられてあった。たしかに、赤魔の守護鏡の破片である。


「なるほど」キバは納得し、うなずいた。「名を表記できぬかわりに、赤魔さまだけにわかるヒントを添えたんですね。赤魔さまの内通者の手をかりるという策ですか。この作戦は、内通者の人となりによっては、かなり危険ですが⋯⋯。これが内通者側の作戦で、小春を貶めようとする可能性も視野にいれなくてはならないでしょう。罠だったら⋯⋯」


「月夜は、影神界に水魔がおとずれる以前から、信頼のおける我が下僕だった。かつては、私の側近だった⋯⋯。今もなお、ワカ族のなかで月夜のことだけは信じている。彼女が内通者であれば、大丈夫だ。小春を傷つけるようなマネはしない」


「赤魔さまがそんなに言うのなら、私も月夜を信じることにします⋯⋯」


「ああ」赤魔が深くうなずいた。「それに、だ。小春を無防備にするわけにはいかぬ。かといって、デミ族やカンバルを護衛におくと敵の目を引くことになる。小春はワカの月夜にまかせておいたほうがいいだろう。月の剣の在処まで侵入するためのルートも、調査済みだ」


 あることに気がついたキバは、はっと目を見開いた。


「よもや。小春が生まれて初めて狩人の経験をしたあの日、赤魔さまが月夜に会うと言って留守だった理由は⋯⋯」


「そう、この為だ。あの日、ゲボーレンの小屋で密談していたのだ」


 短い返答だが、キバを心配させるには十分な一言だった。かれは手紙から目を離して、赤魔のほうを振り返った。


「たしか、赤魔さまのご体調が、急激に崩れたのもあの日からだった。このために。小春のために。ご自分の身体を粗末になされたと言うのですか⋯⋯?」


「その言われようは、いささか不満足だな。仕方のないことだった」


 赤魔の苦笑いは、キバをイライラさせるだけだった。


「そんなことないでしょう! 私が代わりに月夜のところへ行くこともできたかも知れない」


「それはありえんことだ」


 赤魔の毅然とした口調は、ウンザリとしていた。


「よく、考えてみよ。王の来客を期待している彼女が、死神なのかデミなのか、得体の知れない若者をほんきで信頼すると思うのか? お前でなくても同じことがいえる。我輩以外のものに、そんな密談ができるとはとても思えん。仕方のないことだった」


 とたん、キバが拳を強く握りしめた。水魔を許せなかった⋯⋯。

 水魔の凶悪さを、やはり放って置くべきではないだろう。なぜ、どういった心境で、彼女が兄に呪詛をかけているのか、明確には誰にも分からない。分かっているのは、それが他人を傷つける愚かな行為だということだけだった。

 だがキバの目的は、この瞬間、色鮮やかなものへと変化して、明確になった。水魔を討つことだ。小春のためだけじゃない。赤魔とその他のデミ族のためにも、絶対にだ。


「⋯⋯和平交渉に成功させてみせます。それでなくとも、必ずや、水魔を打倒すると約束します!」


 かれの熱意に吸い寄せられたかのように、忽然と麒麟が姿を現した。


「⋯⋯さっそく、談判の用意にとりかかります」


 キバは、鏡台の引き出しのなかにあった紙と筆を取りだす。鏡台のうえに紙をおいて、筆を手にしたとき、後ろから低い声がした。かれは振り返る。


「その手紙、我輩に書かせてもらえないか」


 赤魔は、口元をほころばせて、


「妹と直接会って話せる身体ではないのだから、せめて、これくらいはな⋯⋯。どうしても、我輩が書かねばならぬような気がするのだよ」


「赤魔さま⋯⋯」キバは考えながら言った。「分かりました」


 かれの手から、白い紙と筆を受け取るや、赤魔が口を開いた。


「キバよ。名将というものは、引くべき時期と逃げる方法とをわきまえた者にのみ与えられる呼称だ。進むことと戦うことしか知らぬ猛獣にはなるなよ。

 我輩が言いたいのはな、とにかく、くれぐれも無理はしないでほしいという事なんだ」


 赤魔は、いつの間にか、大きな手をかれの両肩にそえていた。ゆえに紙と筆が、ベッドのうえで寝そべっている。

 このとき銀髪(シロカネ)の青年は、黙って、深くうなずいていた。



 手紙をくわえた麒麟が、赤魔の部屋からぬけだすや、城の出口のほうに向かって走ってゆく。赤魔の使い魔は、チーターのような勢いで、城内から姿をくらませてしまった。

 まもなく、キバが部屋のなかから出てくると、艶っぽい男の声が廊下に響いた。


「しかしなんだな。これだけ不利な状況のもとで、ワカ軍との決戦をむかえなきゃならんというのに、誰ひとり恐る風もないというのは、大したもんだ」


 廊下で待っていたのは、カンバルだった。かれは廊下の壁に寄りかかり、片手には酒をもっていた。

 壁に転々とかかった蝋燭の仄かな明かりのなかでは、死神というより、たんに背が高くきりりとした感じの男にしかみえない。


「劣勢でも勝利はある」


 キバが歩きながら応じる。


「あえて敵に突進させる。数に劣る我らには忍耐力が必要だ」


 カンバルも、足並みをそろえて歩きだす。


「どのような決断にいたろうと、結果は誰もわからん」


 と言って、こころもち冷たい酒瓶を、彼の額にひとっと当ててやった。


「すこし頭を冷やさないか? だから昼間もいっただろう、肩の力を抜けって。お前は生真面目すぎんだよ。あまり、ゆっくり食べているヒマもなかっただろう⋯⋯。それに、顔も雪のように青白い」


「冗談じゃない!」


 キバは、酒瓶をかれに押し返した。


「そなたと一緒に飲めというのか。それに、青白いのは生まれつきの肌色だ」


「ならば、明日に備えて休め。キバ」


 真剣(シビア)な表情で、カンバルが忠告した。


「今みたいな時だけは、優しいんだな。いつも、こうならいいのだが⋯⋯」


 キバは苦笑して、


「戦の前夜は眠れない」


「何をするんだ?」


 ふたりは、そのまま外へ通じる扉の前まで辿り着いていた。

 かれは扉の前で足を止めるや、答えた。


「外を歩き続ける」


「楽しめよ」と、カンバル。


「⋯⋯だが、酒だけはいただく」


 キバは振り返って、片手をさしだした。

 カンバルが酒瓶を投げわたすと、キバは反射的にキャッチした。


「七回か八回醸した酒か?」


 手中に収まった酒瓶をみつめながら、おのれの好みに合った酒かを聞いてみた。


「そんなわけねえ!」


 カンバルが、突っ込みを入れた。


「戦前夜なんだから、ふつうの馬乳酒(クムス)にきまってんだろ。そこまで強い酒を飲んだら、並大抵の奴なら、気絶してしまう。

 だいたい、不健全極まりねえだろ。お前、まだ八塩折之酒(やしおりのさけ)ばかり飲んでんのか」


「不健全という言葉をそなたの口から言われては、私も終わったな。だが私にとって酒は、水と同じだ」


 扉を開けたキバは、闇夜のなかに溶け込んで、姿をくらませた。


「象に飲ませるようなもんだな⋯⋯」


 と、思わずカンバルは呟いていた。

 若い副王が居なくなると、カンバルは、踵をかえして歩きだした。


十一


 小春は満腹だったが、戦前夜かと思うと、眠れそうもない。食堂のベンチで、ずっと居座っていた。

 サンタカや、ほかのデミ族も同じ気持ちでいるためか、おのれの家に帰ろうとする者など一人もいなかった。デミたちの、戦意による情熱の声は、深夜になった今も続いている。

 カンバルが戸を開けて食堂にはいってきたのは、小春が、かれらの叫び声に飽きてきた頃合だった。


「あれ、結局、むかえに行かなかったんですか?」


 小春は、同じ姿勢で疲れてきた足を、わずかにくずしながら聞いた。


「もしそうなら、長い厠だね」


 サンタカが読んでいた本から顔をあげて、皮肉っぽくつけ加えた。


「いや。一人になりたいらしい。外にいる」


 いいながら、カンバルは小春の隣に、どっかと座った。


「ならば、私がキバのところへ行ってきます。かれが迷惑そうなら、すぐ帰ってくるんで」


 小春がバネのように立ちあがると、カラバじいさんが手招きをした。彼女は近くによった。カラバは自分の外套を、小春の肩にかけてやった。


「火の国とて、さすがに夜は冷える」カラバじいさんは言った。「これも持って行きなさい。暗くて見えないんじゃ、散歩にもならんよ」


 テーブルのうえにあるランタンを、カラバは、小春の手に握らせた。蝋燭の明かりなどが、まだ存分にあったので、この部屋が暗がりになる心配はないだろう。


「ありがとう、おじさん」


 彼女のそれとは正反対な言動をするのが、カンバルだった。

 かれは立ちあがって、上の服をベンチに脱ぎ捨てながら、言った。


「俺は、そろそろ寝たい。サンタカ、俺の寝室はあるか?」


 引き締まった身体のうえには、包帯がすっかりとれ、驚異的な早さで回復をとげた傷一つない肌がある。小春が目を見張ったのは、そこだった。


「君の寝室は、キバの部屋の、すぐ左隣さ」


「あいつの隣か⋯⋯」カンバルが唸った。「小春の隣ならまだしも」


「ダメに決まってる!」サンタカは、ピシャリといった。「キバも用心してこの配置にしたんだってば」


 小春は、笑いをこらえるのに必死だった。カンバルとキバの宿敵だった関係は、余韻があるのだろう。



 小春が食堂をあとにし、城外に出ると、一陣の風が頬をうってきた。

 城の門前からでは、キバの姿は見当たらない。

 かれが行きそうな場所を考えた。ひとりで、思いをめぐらせやすいポイントといえば、ピンとくる場所はひとつだけだった。

 小春は、城の裏へまわり、コタンを結ぶ橋のうえまで、歩いてきた。

 

「楽しめるか⋯⋯!」


 とたん、聞き覚えのある、よく通った声がした。

 声の聞こえるほうに顔を向けてみると、探していた守護神の姿がそこにあった。

 かれは、ごくごくと馬乳酒(クムス)を飲んでは、コタンの味けない夜景を眺めている。

 村落の家々には、いくつもの提灯がぶらさげられ、ほんのりと明かりが灯っていた。橋の側にはたいまつがともっていて、かれのポーカーフェイスをありありと映しだしている。

 だが小春は気がついていた。かれが頭を抱えていることを。


「また、何かご思案をされているので?」


 小春は、猫のようにスっと、かれの隣まで歩いていき、欄干に手をそえた。


「戦場にて、ぬかれた剣は、血塗られずして鞘におさまるものではない⋯⋯」


 キバは振りむきもせずに、答えた。


「正義のための戦いといえば、聞こえはいいが。戦争とは流血の海を生みだす、殺し合いのことだ。そう思うと、わたしは歴戦で、なれてはいるが⋯⋯。戦前夜だけは、決まって眠れないのだ」


「それは、私も同じ」


 小春は眉をひそめると、暗黒に支配された、秀麗な星々の光をみつめた。


「かんたんに和解できるのなら、そもそもこの世に戦争なんて言葉すら生まれなかったはずです。ただ⋯⋯ひとは自分が悪であるという認識に耐えられるほど強くはなくって。だからそれぞれの正義を信じてそれを他人におしつけようとして戦うんです。絶対的な正義などありはしない⋯⋯。この世界の消滅をまぬがれるために、月の剣を私に渡らせぬようにしたいのなら、それもまた仕方ないことのような気がする」


「小春が、いっていることは間違っていない。だが、ひとつ、大切なことを忘れている」


「何ですか?」


「月の剣は、そなたの望みを叶えてくれる。もし、小春がこの世界の消滅を望まぬのなら、きっと、それさえも阻止してくれる可能性があるかもしれない。そなたは影神界が滅びるという、たんなる噂話を、まことに信じるのか? むろん、誰にもこの世界の行く末など予想できぬ。だが、予言という名の不確かな言い伝えに恐れてどうするんだ。運命は未来のことゆえ、変えることができぬとはかぎらない」


「確かに、そうだね。そうだよね⋯⋯」


 小春が考えこんでいるような口調で言った。


「でもだからこそ、ワカ族たちは怖いんでしょうね。どうなるか、誰にも分からないから。運命という鎖にしばられている⋯⋯」


 一瞬、 沈黙の泡が橋のなかをただよい、欄干付近ではじけた。


「そうだ、どうせ眠れそうもないし⋯⋯。機屋(はたや)によって、カササギさんの作業様子を見に行きませんか?」


 たんなる思いつきだったが、キバは快く応じてくれた。



 コタン北部にある木製のおおきな建物──大館(おおだて)では、カササギのほかにも、あまたの乙女たちがはたを織っている。

 高価な着物ほど水の国へ売られ、ワカ族の着物になる。だが安値の着物でも、デミ族のなかでは機織り職人が一番きれいな着物を身につけていた。プライドと責任感があるからだ。

 小春は、歩きながら、わくわくした。サンタカと一緒に、一度だけここへきたことがあった。けれど、作業様子までみることはできなかったのだ。

 薄暗くぼんやりと明かりがともった長い廊下を、ふたりは歩いていった。かたかたという音が大きくなっていく。小春が、そのまま機織り室の戸をあけた。


「すごい!」


 十数の機織り機が、二列にならんでいる。

 それと同じ数だけの、若い女たちが、着物や鎧を仕立てていた。


「おう、見に来たのかい?」


 カササギが、ふりむいた。


「小春は、作業場の内部まで鑑賞するのははじめてだったね」 


 彼女は、入口から一番ちかい機織り機のイスにすわっている。

 小春がなかに入ると、キバもそれに続いた。


「あんたヒマなのかい? 副王のくせに」


「ヒマではない。眠れないだけだ」


 かれがあまり真剣に答えたので、カササギは笑いだした。


「分かってるって。冗談でいっただけ。こんなときに、安らかに眠れる奴なんかいないよ」


「一人だけいるが。カンバルは、いつでもどこでもイビキをかいて眠れる奴だ。きっと今頃は──」


「羨ましいですね」小春がつぶやいた。


「まったくだ」


 キバはいって、カササギが作業するのを見守っている。


「カンバルの兜だけは、顔を覆いかくす出来につくっておいたよ」


 カササギは、機織り機のうえにある兜を手にとってみせた。兜は漆黒で、豹の頭のような形状になっている。


「死神が、小春やデミの味方についてるって知れ渡れば、とたん騒ぎになるだろうからね。あたしは戦うのは好きだけど、その手の面倒事だけはきらいだよ。しかしね、鎧兜って、機織りでつくるのとは、わけが違うから大変なんだよ。これだって仕事の一つなんだからさあ、参っちまうよ」


 大館の機織り師は、衣装全般つくっているため、機織り以外の仕事もこなす。鎧兜もそのうちのひとつだった。


「この数時間で、鎧兜をつくりあげたのか?」


「いや」


 カササギは、照れくさそうに手を横にふった。


「もとからあった古い鎧兜を、ちょいといじってやっただけさ。でも悪くはない出来だろう?」


「そうだな」キバが、口元をゆるめた。


 小春はあたりを見回した。

 驚いたのは、身体に刺青をいれている女人ばかりだったことだ。薔薇だったり、蝶だったり、その模様はさまざまだ。カササギも例外ではなく、着物からのぞく首筋や手首から、桜が描かれてあるのがみえる。

 壁際には、一面に戸だながぎっしりあって、なかには、いろんな生地がおさまっている。小春はランタンをサイドテーブルにおいて、たなから生地をひとつ手に取った。桃色のうつくしい生地だ。


「これが仕立てあげられたら、どんな素敵な着物になるんだろう⋯⋯」


 キバとカササギが、ふりむいて、彼女のようすを見守った。


「ああいう生地に興味もつってところが、やっぱり年頃の女だね。あんたのこともどう思って接してるんだか⋯⋯」


「いま、何かいったか」


 かれは、いぶしげな表情で、機織り機のほうへ視線をもどした。


「なーんにも」


 カササギが、はぐらかす。


「そういや、思いつきなんだけどさ。あたし、小春の影武者になってワカの目を誤魔化そうと思ってんだ」


 カササギの凛とした雰囲気と、小春のアンニュイな雰囲気⋯⋯ふたりの内面からにじみでる要素だけは、似ていなかった。

 だが、カササギが赤い口紅をとれば、たちまち小春と似通った顔立ちになりそうだ。

 吸い込まれるような瞳も、スっとした形の鼻も、よくみればそっくりだったからだ。

 それでもキバは、ひとつだけ問題点をみいだしていた。


「ダメだ。小春とそなたとは、顔は似ているが、背丈がちがいすぎる」


「そうかもしれない」


 カササギは、小春のほうをみて、自分より背がひくいことを確認した。

 小春はつま先立ちになって、ぎりぎりとどかぬ棚に、手を伸ばしている。


「けんど、ためしてみる価値はあるだろう? すくなくとも、時間稼ぎにはなれる」


「⋯⋯分かった。好きにしてくれ」


「あんがとさん」


 カササギがお礼をいったときには、すでにキバの目線は小春にあった。

 かれは小春のほうに歩みよって、生地を棚からだしてやった。

 ようやく、小春の手中におさまった生地は、みどり色だった。大胆にバラが散らばっている。豪華なデザインに、目を奪われたのだ。

 小春は、キバに相槌を打ってから、カササギのほうをふりかえった。


「でも、どうしてそこまでしてくれるんですか?」  


「やっぱり、あんたは、すこし非凡な部分があるからね。もちろん、いい意味で」


 ()を手にとったカササギは、紅い生地に緯糸を通しながら答えた。


「改心してほしいなんて、よほどの寛容な器がないかぎり、なかなか言えるものじゃない。

 きっと並大抵の人間なら、乱暴してきた親を大嫌いでたまらなくなり、たとえ改心したとしても、許さないはずさ。子が大人になっても、親を心から愛しいとか好きとかそんな感情は湧くこともないだろうし。ひどいことした親にたいして、そんな感情をいだくことは、気持ち悪いって思うに決まってるさ。

 だからね、そのときから、あたしはあんたのことを気に入ったんだ」


 カササギは結いあげた黒髪から、みだれて垂れた短い毛を耳にかけては、こういった。


「まったく、どうしてそんなに平気でいられるんだね」


「平気なわけない!」


 小春は言い返した。

 その声の大きさに驚いた女人たちが、仕事の手をとめて、こちらを見つめている。


「私だって、怒りは感じる。悔しいこともあれば、胸が痛むことだってある。それなのに耐えるのは⋯⋯生きるため。生きているうちは何も終わらないから。今日成功したとしても、人生はまだ続くし。今日失敗したとしても、それで終わりじゃないんです。いいことも悪いことも⋯⋯いつか過去になる」


 小春の習慣(エートス)を知っているキバだけは、気にせず、木のイスに腰かけて馬乳酒(クムス)を飲みだした。


「それに、お母さんの改心を願えるようになったのは、カンバルのおかげなんです。私を殺そうとした邪神の下僕でも、改心して仲間になってくれた。私はそれが、とっても嬉しかった。だから月の剣を得たあかつきの、明確な希望(のぞみ)をもてるようになった」


「カンバルが改心できたのはね、小春」


 カササギがにやっとわらった。


「あんたに、ひとを変える力があるからなんじゃないのかい? 良心的で、共感性の高いその性格が、もたらす何かだと思うよ」


 考えてもみなかった台詞(セリフ)だ。

 自分の性格を、いままで分かっているつもりだった。心ない人を反面教師にしているぶん、考え方がしっかりとしているところ。他人(ひと)の心の痛みが分かるところ。

 けれど、そういった特性が、カンバルの心を動かす原動力になったとは思いもしていなかったのだ。


「ひとを変える力⋯⋯。大袈裟な。かいかぶりですよ」


 漠然として、小春はふり返った。


「キバはどう思う?」


 だが、かれは木製のイスに座りこんだまま、すっかり瞼をとじている。ようよう眠りにつけたようだ。キバは疲れているに決まっているし、よそで眠ってしまったとしても、別段おかしくもないことだった。

 小春は、カササギに向き直って、


「いらない布か何かありませんか?」


 彼女が小春から、みどり色の生地を取りあげると立ちあがって、棚に生地をしまった。

 かわりに別の棚から、無地の黒い布を引きだして、小春へほうってよこす。


「どちらにせよ、この大館で、みな鎧に着替えることになるんだから。ここで寝たって、おんなじことよ」


 小春はキバのもとに歩みよると、やわらかい、黒い木綿布をかけてやった。氷の彫刻で彫られたかのような美しい寝顔は、また人形のようでもあった。


「にしても、眠ってたらキバも案外かわいいもんだね」


 と、カササギが背後でいった。


「お堅い雰囲気だから、この手の男は、あたしはどうもダメでね」


「むしろいいことだと思いますけど」


 小春が、かれから目を離すことなく言い返した。


「誠実そうだし」


「誠実!? この酒豪が、誠実といわれるとはね。みてよこれ、ぜんぶ飲んじまってる」


 カササギはいって、キバのかたわらにある空の酒瓶を手にもつと、(ごみばこ)のなかに捨てた。

 ほかの女人たちが、くすくすっと笑った。

 カササギの前者の発言からして、冗談のつもりなのはわかった。かれらは、真面目なのに酒豪のキバを、面白がっているだけだ。


「大館では、寝室なるものはないのですか?」


 と小春は、カササギのほうをみた。


「二階にあるよ」


 機織り機のイスに腰かけて、カササギはいった。


「男子禁制だけど。キバには悪いけど、ここでそのまんま休んでもらう。それか起こして、城に戻ってもらうかだね」


「せっかく眠りにつけたのに、起こすのは可哀想です」


「なら決まったね。あんたはどうすんの?」


「たぶん眠れないと思うので、ここにいます」


「ふうん、そうかい」


 カササギは、相槌をうってから、後輩に叫んだ。


「ちょっと、シノ。そこ間違えてるよ!」


 立ちあがって、その女人のところへ行くと、カササギは鎧を取りあげて、チェックする。

 手厳しい先輩面を、小春は、ぼんやりと眺めているうちにウトウトしてきた。

 小春は、部屋のすみまで歩き、畳に横になると、カラバから借りた外套をおのれの身体にかけた。

 カササギはふりかえって、小春に話しかけようとした。けれどもう、彼女は瞼をとじている。


「仕方ないねえ。二階に行ってなさいと言おうとしたんだけど⋯⋯。起こしちまうのもなんだか⋯⋯」


 あきらめた彼女は、ふたたび作業にとりかかった。

 やがて、かたかたという音は止み、ひと仕事終えた機織り師たちは二階にあがってゆく。

 カササギが、はっとして壁ぎわにあった屏風を、小春とキバの間にたててやってから、二階へとあがっていった。

 みんなが寝静まった大館は、しん、と静まりかえった。


十二


 一方で水の国でも、ワカ族〈神的存在〉のかれらとはいえ穏やかな気持ちで日々過ごしているわけではなかった。

 なかでも水魔は、小春が影神界にきてからずっと、油断ならぬ気持ちをかかえていた。

 小春が火の国へ逃げていったあとは、わずかながらの希望を彼女はいだいた。しかし、その後しばらくして、闇の国が何らかの要因で崩壊したことをしり、彼女の不安は頂点にまで達したのだった。

 闇の国が崩壊すれば、月の剣をねらう邪魔者は──小春ひとりをのぞけば──消え去ることとなろう。だが水魔は、崩壊した原因を想像して、肌寒くなった。


「今度は、水の国を消すつもりか。それとも、月の剣をねらいに我が国へおもむくか⋯⋯」


 机のまえに横ずわりしたまま、水魔が、ぶるっと身震いした。ざわっと、腕から背中まで鳥肌がたつ。

 気になって、着物の裾をまくりあげると、そこには不気味なヘビの鱗があらわになってしまっていた。

 彼女は細い眉をひそめて、腕から目をそらすや、頭を左右にふった。


「この身体さえ、もう少し美しければ⋯⋯」


 そのときいきなり、麒麟が、踊り子のようにしなやかに、襖の隙間をぬけて現れた。


「そなたは、兄さんの、使い魔だな」


 麒麟は、水魔の膝のうえに手紙を、あごでひょいと乗せた。


「これは、なんじゃ⋯⋯。手紙? そなたの表情からして、あまりよい知らではなさそうだな」


 水魔は手紙を手にとると、封印をやぶって内容に目を通した。


「そうか。〈 明日、談判〉でございまするか⋯⋯。兄さんの字じゃ。けんど、麒麟や」


 水魔は、緘黙に眼力だけで何かをうったえている麒麟にほほえんだ。


「兄さんが直接、わらわの元に、来れんしょうかのう」


 口ではいいながら、水魔は平然たる仮面の下に、恐怖を押しこんだ。

 手紙は、ジリジリと音をたてて赤々と燃え、だんだんと文字が消えてゆく⋯⋯。

 最後に残った言葉は、〝親愛なる、我が妹へ〟だった。


「親愛なる⋯⋯思ってもおらんくせに」


 水魔の憤りが合図になったかのように、手のひらにある手紙は灰と化して、やがて跡形もなく消え失せた。

 顔をあげると、そこにはもう麒麟の姿はない。


「夜分、失礼いたします。水魔さま。よろしいでしょうか?」


「そなたにむけて閉ざす戸など、私は持っておらぬよ。入ればよい。どうせこの頃、ろくに寝ておらぬ。寝ているとまずい夢ばかりみる⋯⋯」


 かわりに部屋のなかに現れたのは、忠実なるハシャクだった。

 慌ただしげに、部屋にはいってきたハシャクの目は血走っている。


「麒麟の姿をちらりと目にしたもので、何事かと思いましてね」


 といって、ハシャクは水魔のそばに正座した。


「明日、談判」


 水魔がしずかに告げた。


「赤魔か、その代理とのな」


「なに、談判とな?」


 ハシャクはふっさりとした髭の奥に埋もれた唇をわずかに吊り上げると、ゆっくりと顔を上げてつぶやいた。


「この頃は騒がしいですなあ。闇の国崩壊の原因がキバにあるという噂を耳にしたかと思えば。こんどは、談判なんぞ⋯⋯。キバがなぜ、闇の国を崩壊したのか、選ばれし者の味方をするのかさえ、掴めておらんというのに」


「今すぐにでも、月夜を呼ぶのだ。ジライもな」


「ジライとな⋯⋯。あの強面の、ワカ軍隊長を相談役に?」


 ハシャクは、ジライという名を聞いただけで、びくびくしている。


「当然だ、ほかに誰がいようか。早うせい!」


「は、はい⋯⋯」


 急かされたハシャクは、滑るような足どりで王室をあとにした。

 やがて襖の戸が開き、ふたりの見慣れた顔と、屈強な男が入ってきた。

 水魔の目の前で、ハシャクと月夜は正座した。


「きっと心配には、およびますまい。以前のようにならぬよう、城壁の強化はほどこしてありますゆえ」


 月夜がそう会話の口火を切ると、水魔はため息をついた。


「だいたい、あの小娘が影神界におとずれてから、おかしくなっていった。現に、闇の国が崩壊されている。この小さな世界は消滅しつつあることは、うたがいようのない事実ではないか」


「いや、そうではないかもしれません」


 月夜がいった。


「キバが、クライ魔を裏切って、闇の国を崩壊させたという噂も聞いておるのです。なにも、闇の国崩壊が、選ばれし者による悪影響とはかぎらぬではありませんか」


「しかし、その噂がまことだったら、理由は謎すぎる。なにゆえ、死神が死神のすみかを腐らす必要がある⋯⋯」


 水魔の声にかぶせるように、ハシャクが叫んだ。


「あの男の存在そのものが、謎なのだ。邪神のしもべたる死神が、選ばれし者を守って、我々に刃をむけたのだぞ!」


 とたん、あぐらをかいていたジライ隊長が、立ちあがった。


「おい、黙れ、野郎ども!」


 ジライはどなりつけ、水魔の机を、手でぴしゃりと打った。

 そのいきおいに、月夜とハシャクはぴくりとした。


「水魔さまの力があるから、秩序が保たれる。秩序があるからこそ、水の国の平和は揺るぎないのだ。火の国の虫ケラどもなど、我々の足元にもおよばん。こっちには多勢の部隊がいるんだからな!」


 かれは、ハシャクをジロっと睨みつけた。

 ハシャクは冷や汗をかいて、月夜の後ろに隠れようとする。


「私は、あんたの盾になった覚えはない!」


 月夜が不満を漏らすのをよそに、ジライは話つづけていた。


「戦力ではどう考えてもワカが上だ。かつてこの俺が、デミの狩人たちを打倒してやったのだから、なおのこと。デミ族どもが、それほど大きな戦力を所有しているはずもない!」


「そんなことくらい分かっている」


 水魔の声に、ジライがふりむいた。


「まあ、なんにせよ。われらはこの世界の消滅を回避せねばならん。たった一人の小娘を、もとの世界へ戻すためだけに、われらが滅亡しなければならぬ道理など、どこにあるか。

 ⋯⋯ジライ殿。とにかく、そなたは河合小春を殺すのだ。心して戦い、武勲(ぶくん)をたてよ。⋯⋯よろしゅうございますか」


 水魔の言葉に、ジライは、うやうやしく一礼した。


「かならずや、水魔さまのご期待に応えてみせます」


 ようやく、ジライは癇癪がおさまったらしく、あぐらをかいた。

 水魔は、ふと月夜と目を合わせた。女王の切れ長の目元が、刃のように鋭くなった。


「そなた。いまだに兄さんのことを、お慕いしているのか?」


 ゆくりない台詞に、月夜は焦るようして水魔から目をそらした。


「ちがいます。お慕いなど⋯⋯。なぜ、いま、そんなことをお聞きに⋯⋯」


 水魔は、立ちあがって、月夜のそばまで近寄った。とたん、彼女の胸元にひそんでいた手鏡を、容赦なくぬきとった。


「化粧はおろか。お洒落や宝飾品(ミシャ)にもまったく興味がない。そんな月夜が、こないな手鏡をお持ちとはな。これは、兄さんにしかつくれぬ鏡じゃ。いまだに通じているわけではあるまい?」


 月夜は平常心をたもち、気を引きしめて答えた。


「わたくしは、断じて赤魔とは、身分制度がゆうして以来、一度たりともお会いしていません。この手鏡は、身分制度ができる直前に、赤魔からいただいたものでございますゆえ!」


「ほう。たしかに、そうであったのう」


 水魔は、桜色のぬれた唇に、美しい微笑みをたたえた。まるで何事もなかったかのように、守護鏡を側近にかえした。

 月夜は、ほっとした表情になって、手鏡を着物にしまった。


「会談ご苦労だった。それぞれの部屋に戻ってよい」


 水魔は、三人に背中をむけながら告げた。

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