レッドアローの帰還
レッドアローは50年ぶりにトリトン宇宙基地に帰ってきた。
ハンク船長はトリトン宇宙基地で、地球行きのシャトルに乗り換え故郷へ向かう。
トリトンは海王星第1衛星、地球の「月」より若干小さい、
重力は地球の約8%、小さな重力は宇宙船が離着陸する時の助けになる、
太陽系外に最も出やすい衛星として使われている。
太陽系まで帰って来れたが、レッドアローを降りるハンク船長の足取りは重い、
赤色矮星グリーゼ581gへの調査は数年で終わるはずだった。
出発する時レッドアローのクルーは自分を含めて500人いた、
無事トリトンまで戻って来れたのは自分だけ、残りのクルーは消息不明。
船長の力量不足でクルーを死なせたと言われても言い訳はできない。
赤色矮星グリーゼ581gまで、巨額の経費と時間を要して行きながら、
調査資料やサンプルは何一つ持ち帰ることができなかった。
クルー全員消息不明と言いても、50年経っている、生きているはずがない。
これ程情けない航海をしたのは船長になって初めてのことだ。
余りの無様な帰還にマザーに合す顔が無かった。
ハンクは思いを巡らしながら、俯き加減に歩いていた、そして立ち止まった。
50年前に地球を出る直前に妙な噂を聞いた、その噂をスワンとも話した。
地球で怪しい計画が極秘で進められているらしい、
その計画に絶滅したはずの旧人類ホモサピエンスがかかわっている。
何の事だ、ホモサピエンスをどうしようと考えているのだ?
赤色矮星グリーゼ581gで研究者達と話し合った内容はあくまで仮説だ、
本当にスワンが言うような恐ろしい計画が進行しているのだろうか?
ホモサピエンスは自ら6度目の生物大量絶滅を引き起こし、
一人残らず死に絶えた筈だ、誰もがそう思っている。
まさか、ホモサピエンス絶滅は間違いなのか、あるいは復元計画があるのか?
真偽は解らないが、聞き捨てならない噂だ。
ホモサピエンスにどの様な計画が有ろうと、俺が口を挟む問題ではない。
地球では生物大量絶滅をきっかけに、
絶滅の都度、食物連鎖の頂点に君臨する種族が入れ替わって来た、
恐竜がそうだった、
恐竜の前に君臨した肉食哺乳類型爬虫類も絶滅して、恐竜と入れ替わった。
旧人類ホモサピエンスが絶滅した後は、頂点に君臨する生物はいない。
その自然の成り行きを我々が妨げるようというのか?
我々は地球を拠点にしているが、食物連鎖の頂点を奪おうとはしていない
管理をしているだけの筈だ、なにが地球で起こっているのだ?
トリトン宇宙空港から地球は肉眼で見ることができない。
しかし、私が出発した時よりきっと地球は青くなっているだろう。
マザーは人類型の生物が誕生する以前の環境に戻そうとされていた。
200万年前の地球に戻す、想像もできない大計画だ。
その当時のDNA情報などが残っているとは信じられないが、
6550万年前の恐竜を復元するよりは容易いと言っても、
もっと新しいマンモスさえ復元できていないのが現実だ。
赤色矮星グリーゼ581gは謎の多い星だった
ホモサピエンスが起こした、完新世生物大量絶滅後に起こっている事も謎が多い。
赤色矮星グリーゼ581gは地球より少し大きいだけで、地球に似ている。
海があり、地表は地球以上に緑で覆われていた、気候も地球より温暖だった。
しかし、私一人しか戻れなかった様に、予測できない危険な星だ。
ハンクはレッドアローでトリトンまで戻る間は何も考えられなかった、
考えたくないと思っていた、しかし、太陽系まで戻り、やがて地球へも帰る
追い詰められた猫のように、ハンクの頭の中は様々な思いでグルグル回っていた。
レッドアローはダークホールを抜ける航法で、太陽系の手前までジャンプし、
1ヶ月かけてトリトンまでたどり着いた。
現在の宇宙航法はダークエネルギーの連続性と性質を利用し、
重力場をゆがめ、ダークホールを開いて、目的の場所へ瞬間移動する。
普通物質では超巨大なダークホールの重力で消滅するため、
ダークホールを航行する宇宙船は、船体をダークマター《暗黒物質》で造っている、
ダークマターは色電荷を持たないので、1kmを超すレッドアローの船体は肉眼で見ることができない
この航法の完成で、宇宙の何処にでも瞬時に移動が可能になったが、
便利な反面、空間を歪める為、星系を破壊する危険がある。
太陽系の中でこの航法を使ったりすれば、重力が不安定になり、
惑星や衛星が軌道を外れて、大混乱が起きる。
海王星は太陽系の外縁部にあり、生物が住めるような環境ではなかったが、
ダークホール航法の完成で、トリトンは外宇宙空港として生まれ変わった。
ダークホール航法は遠くへ行くのは便利だが、
太陽系の中は重力に影響が無い、従来の航法を使わざるを得ない。
20光年のジャンプが一瞬で終わるのに、トリトンから地球までは
秒速200kmの速度でも1ヶ月以上かかる、実に矛盾している。
ハンクは空港ロビーまで着いた。
「良い機会だ、地球まで時間はタップリある。
赤色矮星グリーゼ581gで起きている問題を整理しよう。」
ハンクは50年を過ごした赤色矮星グリーゼ581gでの出来事を
最初から思い起こした。




