一人になったハンク
島にハンク船長がひとり取り残されて10日が経った。
島は再生を始め、草が少し増えた、何処からともなく渡って来た木も育ち始めた。
渡りヤシの木や、渡り柳が落としていった動物の種も育ち始めた。
ガンマ線バーストでハンクが島の生き物を根絶やしにしたため、
昔の島がどうだったか、今の住人にはわからない、
新しい命が新しい島を造っていく。
アンドロイドは全滅したが、ハンクに変化はない、何事も無く生きている、
本人は気が付いていないが、ハンクが倒されないのには理由があった。
ハンクは異常な程の潔癖症だ、身体が汚れるのが何よりも嫌い、許せない。
彼の身体には全身スリップス加工が施されている。
油汚れも、インクも、ペンキさえも彼のボディには付着できない。
赤色矮星グリーゼ581gの菌類が幾ら頑張っても、
ハンクの身体に付着することすらできないのだ。
ハンクはなぜ自分が攻撃を受けないのか不思議に思っていたが、
例外として認められ、許されていた訳ではない、スリップス加工のせいで、
ハンクをどうすることも、菌たちには出来なかっただけのことだ。
やがて、赤色矮星グリーゼ581gの生き物はハンクを倒すことを諦め、
生き残るために、縄張り争い、恋人の奪い合いに精を出すようになった。
ハンクは自力で空を飛ぶことはできない、海を泳ぐことは可能だが、
潔癖症の彼が海水に入るなどあり得ないことだった。
ハンクは人間ではないので、食事は必要ない、動力は補給の必要が無い、
島を一歩も出られない、シャトルに入ることもできない、
何もできないハンクの、長い長い退屈な日々が始まった。
ハンクが島の嘗ての生き物を全滅させたことを知っている者は
新しい島の住人にいない、島の住人の敵意は次第に薄れていった。
相手の言葉は解らないが、ハンクも自分がしたことは話さなかった。
ハンクはスワンがしていたように、夜ごと星空を眺める様になった。
見えないが、上には見えない宇宙船レッドアローが静止軌道に止まっている。
レッドアローに戻るすべはない、毎夜、毎夜、ハンクは夜空を眺めた。
星座とはこれ程綺麗だったのか、とハンクは初めて思った。
草花がハンクの上に登ろうとして、滑り落ちた、また挑戦したが
また滑り落ちた、登るのを諦めて、横に座って話し始めた。
花が何を言いたいのかハンクには解らない、
「この星の生き物が恐ろしかったが、
この星の生き物は案外良い奴なのかも知れない。」
ハンクの認識にも変化が生まれていた。
10年が経った、ハンクは島にすっかり溶け込んでいた。
何時も遊びに来る花に恋人ができた、恋人も一緒に遊びに来るようになった。
彼らの言葉は良く解らないが、すっかり仲良しになった。
15年が経った、遊びに来ていた花が子供を沢山連れて遊びに来た
ハンクの夜は寂しくなかった、ハンクの周りは花園になって、賑やかだった。
もう、永遠に帰れないだろう、島をリゾートになんて考えた俺は馬鹿だった。
100年先か、千年先か、俺は朽ち果てるまでこの島の住人だ。
30年が経った、ハンクは島の誰とも仲良しになった、
ハンクを知らない者は島にはいない、かつて島を廃墟にした男が、
新しい島の人気者になった。
草花の寿命は短い、最初に仲良しになった花は二人とも年老いて亡くなった。
今は彼らの孫の世代だ、ハンクと彼らの付き合いは今でも続いている。
孫たちは古い島の歴史をなにも知らない。
今では、ハンクもある程度花たちの話が理解できる。
人間とは言葉の周波数が全く違うので、
悲鳴以外はなかなか理解できなかったが、
雑音に聞こえるような擦れる音が、花の言葉と解るようになった。
ハンクは同様の音を出して、仲良しの花たちと受け答えができるまでになった、
理解できるのは周りの花たちだけ、島の生き物全てと話せるわけではなかった。
ハンクがこの星にやってきて、49年目になる。
島には20メートルクラスの木も育ち、すっかり島らしくなった。
ある日の正午、島の上空に突然シャトルが現れた。
見上げたハンクには、それがレッドアローの物と直ぐに解った。
シャトルはハンクを船内へ拾い上げ、大空へ消えて行った。
ハンクは知らなかったが、
レッドアローは50年経てば、何が有ろうと、生存者を乗せて
海王星の基地に帰還するようにプログラムされていた。
生存信号は船長だけだった、
帰還プログラムが起動して、レッドアローはハンク船長の生存信号を
直ぐさま見つけだし、シャトルを発進してハンク救助した、
船長がレッドアローに戻ったのを確認して、海王星基地へ向け、
自動操縦で発進した。
赤色矮星グリーゼ581gが遠のいていく、周囲の惑星は、
すっかり見えなくなった、
レッドアローは星間物質の無い空間にたどり着いた。
レッドアローの前で空間が大きく歪んでいく、星が見えなくなり、
大きな穴が開いた。
レッドアローはダークホールへ前進し、吸い込まれ消えた。
歪んだ空間がダークホールを閉じ、空間はゆっくり元へ戻っていく、
空間が元に戻って、星々は何事も無かったように、元の位置へ戻った。




