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夏に消えた一つの想いの話

作者: 栗崎ナオ

 8月のある夕方。

 僕は歩いていた。

 涼しい風が僕の中を通り抜けていくようだ。

 空を見上げると、西に傾いた太陽がオレンジ色に世界を染めている。

 視線を前に戻した僕は人を見つけ、足を止めた。

 綺麗な女性だった。

 細い手足、すらりと伸びた身長、黒く長い髪が夕日で輝く。

 女性は手に持った花束を地面に置き、手を合わせる。

 誰かここで亡くなったのだろうか?

 でもそれは僕には関係なかった。

 祈るように手を合わせ、涙をこぼす女性があまりにも美しく、僕は見惚れてしまっていた。

 女性は手を下ろすと歩いていった。


 その日から、僕は夕方のこの道に来るようになった。

 暑いときも、夕立で大雨が降っているときも、女性はこの道に現れた。

 

 今日も僕が道を歩いていると、前のほうに女性が見えた。

 道の端に彼岸花が燃えるように咲いている。

 女性はいつものように花束を地面に置き、いつものように手を合わせた。

 僕もいつものようにそれを眺めていた。

 女性は手を下ろす。

 僕が道を引き返そうとしたとき、

「もう、いいかげん卒業しなきゃね」

女性の声を聞いた。

 振り返って女性を見る。

 女性はこっちのほうを見ていた。

「ここに来るとね、彼が私を見ていてくれるような気がするの」


 「誰もいないのに、ね」


 女性の声が僕の頭に響いた。


 「僕っ……!」

声を出そうとして気がついた。

 声が出ない。

 僕にはもう声帯がないんだから。

 喉に手を伸ばそうとする。

 僕にはもう伸ばす手がない。

 足を見る。

 歩く足もない。

 そうだ、僕は……

 全てを思い出した。

 考えたくなくて、頭の外に追い出していたことが蘇ってきた。

 初夏の夕方、僕はこの道を歩いていて車にひかれて……死んだ。

 女性は、僕の彼女。

 僕は死ぬ直前、彼女のことを考えていた。

 最後にお礼が言いたかった、と思っていた。

 僕がまだこの世界にとどまっている理由を知った。


 たまらなくなって僕は彼女に駆け寄った。

 ぶつかる、と思ったら彼女を通り抜けていて、振り返ると彼女の背中が見えた。

 「ーーっ!」

 僕は彼女の名前を呼んだ。

 声になってないことなんてわかってる。

 でも呼ばずにはいられなかった。

 すると彼女は振り向いた。

 驚いたような顔で僕を見た。

 「ありがとう!」

 僕は叫んだ。

 彼女は涙をこぼしながら微笑んだ。

 伝わったんだ。

 僕も微笑む。

 僕の意識が薄れていくのを感じた。

 もう、後悔はない。


 夕日の光に溶けるように僕は消えた。


読んで頂き、ありがとうございました!

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