第四話 チラシを作ろう!
「今日、二人に残ってもらったのは他でもない。大事な話がある」
閉店後の店内控室、仕事を終えた俺はリノンとガルドを呼び止めた。
「閉店するんですか。お疲れ様でした」
「ちげぇよ!」
「なんだ、休業するなら早く言ってくれ。前の店のオーナーからいつでも戻って来いと言われているからな」
「だからちげぇって!」
なんなんだこの二人は?そんなにこの店を辞めたいのか?
「とりあえず、今日の分までのお給料は指定の口座に振り込んでください。では」
「なんで辞める前提で話進めんの!?」
「では、何を決めたんですか?」
「ふふふ、知りたい?どうしてもって言うなら教えてあげようか?」
「いえ、まったく。ではもう帰りますね」
「俺もお暇させてもらおう。今日は帰ってゆっくり風呂に浸かりたい」
「あ!ちょ!待って!冗談!冗談だから!お願いします!聞いてください!」
俺は踵を返したリノンとガルドを精いっぱい引き止めた。
「分かれば良いんです。聞いてあげるから話してみなさい」
「あ、ありがとうございます」
なんでこの娘こんなに偉そうなの?
「この店がオープンして早数週間、店の切り盛りにも慣れてきて、お客さんもそこそこ来てくれるようになった。だが、まだお客さんに定着していない、そう思わないか?」
「いや、別に?」
「思えよ!はっ倒すぞ筋肉ダルマ!」
「筋肉ダルマって……」
「なので、その対策としてチラシを配ります!」
「はぁ」
俺の名案にリノンはなぜか生返事を返す。
「あれ?反応が薄くない?」
ここはもっと「え~」とか「ホントですか!?」的な反応を期待したんだが。
「いえ、だって普通は定期的にチラシ配りして、知名度を上げていくものでしょう?」
あれ?そうなの?
「い、いや、他の所と同じ手法を取るのは芸がないかと思って」
「今、「あれ?そうなの?」って顔しませんでした?」
「してません。断じてしてません」
勇者の俺がまさか宣伝を忘れるわけないじゃないですか~。
「まあいいでしょう。それで、そのチラシは誰が作るんですか?」
「それなんだよねぇ。メニューと店名と、あと少しぐらい絵とか乗せなきゃいけないかなと思ってるんだけど、俺あんまりそういうのやったことないし」
「俺も絵は描けるがチラシとなるとな……」
「ガルド、お前の絵は今回はノーサンキューだ」
「え?」
「ンッン!」
「知り合いにもそういうの詳しい人いないしなぁ」
「俺の知り合いも残念ながら……」
「あ~、ンンンッ!」
なぜかリノンがさっきから唸ってる。風邪か?
「しょうがない、俺がやるかな。店長だし」
「ンンンンンンン!」
「なんだよリノン?風邪気味ならもう帰って良いぞ?」
「違いますよ!私がやってあげようかって言ってるんです!」
「は?何を?」
「チラシづくりを!」
「ホントに!?」
「えぇ。少しだけですが、デザインの心得がありますので」
「へぇ~、じゃあお願いするよ。明日は……厳しいかな。しばらく待つから、サンプル作って来てもらえる?」
「任せてください」
そう言って自信ありげに胸を叩くリノンを見て俺は安心していた。
そう、まさかこれがあんなことになろうとはこの時の俺は思いもよらなかったんだ。
次の日の閉店後、俺とガルドはリノンに呼び止められ、控室に来ていた。
「シグ、昨日言われたチラシ作ってみました」
そう言うリノンの手には数枚の紙が握られている。驚いた。昨日の今日でもう出来たのか。それに、1、2、3、と3枚も。
「え?もう?ありがとう、まさかこんなに早く出来上がるとは思わなかったよ。どれどれ……」
俺はリノンからチラシのサンプルを受け取るとそれに視線を落とした。
「うっ――」
俺が受け取った1枚目のチラシは、全体が濃い紫で、中心にうちの店名である「ゆうゆう亭」の赤い文字が縦に刻まれていて、その文字を囲むようにして池に小石を投げた時に出来る波紋のようなものが広がっている。まあ、その、なんというか正直気味が悪い。
「な、何これ?」
「それはですね、人間の恐怖心を煽ってみました」
「あ、あぁ、そう……」
弁当屋のチラシで恐怖心煽ってどうすんだよ!まあいい。気を取り直して次いこう。
「じゃあ、次は……オゥ……」
1枚目をめくって出てきたのは、蛍光色の緑に彩られ、中心で何やら訳の分からない生物らしきもの――おそらく顔であろう歪な円の中に左右の高さが違う目らしき円が2つ。その下、顔にくっ付くようにこれまた歪な長方形があり、そこから細長い4本の線が伸びている。おそらくそれらは手足だろう――の吹き出しに店名が書かれたものだった。
「これは?」
「あ~、それは犬です。先ほどのチラシが少し怖かったので、子供にも親しみを持ってもらえるように動物をデザインしてみました。草原で走り回る犬、かわいいでしょ?」
「犬!?」
この合成獣の出来そこないみたいなのが犬!?
てか、これが草原!?ヘドロの中でのた打ち回るキマイラじゃなくて!?
「な、なかなか可愛いんじゃないかな」
「そうでしょう?さぁ、次が最後ですよ」
「も、もういいよ」
これ以上見続けると精神的に参ってしまう気がする。
「何を言っているんですか。最後のは渾身の出来ですよ」
今までのでまだ序の口だというのか!?
「さぁ!」
「う、うう……」
リノンの勢いに気圧されて俺は渋々2枚目をめくった。
「こ、これは……」
「どうです?凄いでしょう?」
確かに凄い。親指大の無造作な四角で区切られた箇所が赤、緑、黄色、青で塗りつぶされ、何か、顔の真ん中にギザギザの線が入った女の子のようなものが端に描かれ、その周りに無数の魚?のようなものが描かれていて、よく分からない世界がそこに出来上がっている。
「今まではテーマを決めて描いてみたんですが、それは自分の感じるまま心にあるものを描いてみました」
「そ、そう……」
今までのは何かしら、怖いな、とか下手だな、という感情が湧いてきたが、今回のは……なんだこれ?ジっと見ていると、漠然とした不安に襲われるぞ。この娘の心の中はどうなってるんだ?
「それで、どれを使いますか?」
「え?」
この中から選ぶの?マジで?
「と、とりあえずこれはこれとして。チラシとして使うかは別途考えよう」
俺はチラシをまとめて机の上に置こうとした。
だが、次の瞬間――
『このアイテムを捨てるなんてとんでもない』
「なッ――」
そんなバカな。もう一度チラシを机の上に……。
『このアイテムを捨てるなんてとんでもない』
チ、チラシが手から離れない!ん?てか、このメッセージ……。
「このアイテムを捨てるなんてとんでもない」
「お前かよ!」
なぜかリノンが無表情で同じ言葉を繰り返していた。危うく捨てられないものなのかと思ったぜ。とりあえず、このままじゃ困るからチラシは机の上に……。
『この装備は外すことが出来ない』
このチラシ、装備品扱いなの!?
というかこのメッセージ……このチラシ呪いのアイテム扱いじゃねぇか!
「シグ、そんなにそのチラシが気に入ったんですか?」
「違う!このチラシが手から離れないんだ!」
叶うならそのままゴミ袋に叩き込みたい。
「仕方ありませんね、ではそれを採用ということで」
「あぁ!ちょっと待て!俺だけで決めるわけにはいかない!ガルド!どう思う!?」
俺は先ほどから黙っているガルドに意見を求めた。
しかし、いくら待っても返事がない。
「ガルド?」
「ア、アバババババ」
「!?」
『なんとガルドは混乱してしまった』
「ガルド!?しっかりしろ!」
ガルドは目の焦点が合わず、何かに怯えるように身震いしている。
……マッチョのおっさんが身じろぎしてる姿って、傍から見ると不気味だな。
「ガガガガ……ガキャグゲ!」
「ガルド!?」
ガルドが急に飛び上がった!?まずい、かなり重症だ。
「ガルドさん……」
「リノン、どうにかしてガルドを――」
「飛び上がるほど喜ぶなんて、そんなに私のチラシが気に入ったんですか?」
「お前ちょっと黙ってろよ!?」
ダメだ。ガルドだけじゃなく、リノンまでポンコツだ!
「くそっ――そうだ!」
俺はあることを思い出し厨房へと走った。
確か冷蔵庫にアレが入っていたはず――あった!
冷蔵庫から小瓶を取出し、まず俺はその中身を少しチラシを握った手にかけてみた。
すると、チラシが俺の手を離れ床へ落ちていく。
よし、これに間違いない。
確信を得た俺はガルドが待つ控室へと走った。
「ガルド!」
「クキー!クキキキ!」
何やら奇声を発しながらガルドが走り回っている。リノンはというと……何隅っこで本読んでんだ!?
「ガルド!ちょっ、暴れるな!」
俺は手に持った小瓶の中身をガルドに飲ませようとしたが、相手はモンスター相手に力で対抗していた戦士、とても俺一人の力で抑えられるものじゃない。
「リノン!手伝ってくれ!」
「シグ、私は今読書中なので静かにしてもらえますか?」
いい根性してんなコイツ!?
思い切り顔を引っぱたいてやりたい衝動に駆られたが、相手は女の子でこっちは男、それに元勇者ということもあって何とか平静を保つ。手伝わせる手は……。
「……給料アップを考えても良い」
「ガルドさん、落ち着いて。怖くありませんよ」
チョロイ!
「それで、どうするんです?」
「この瓶の中身を飲ませるのさ」
「それは?」
「万能薬だ。新メニュー開発のためにストックしておいたんだ」
「一体何作る気ですか……」
「とにかく!ガルドを押さえつけてこれ飲ませるぞ!」
そこからは二人掛かりでガルドを押さえつけようと奮闘した。
だが、二人になっても相手はガルド。結局、控室の中は窓は割れ、ロッカーは五つのうち一つが大破、扉も壊れ解放感丸出しという大惨事になってしまった。
ちなみに、そのゴタゴタのせいでリノンの力作がどこかへ行ってしまった。
数日後、なぜかうちの店は「邪教を祀り怪しげな儀式をやっている店」という噂が流れ、増えつつあった客足がかなり減ってしまったのだった。
おそらく、リノンのチラシと暴走したガルドを止めるため奮闘した姿が誤解されたに違いない。




