第三話 人を雇おう!(コンティニュー)
「ありがとうございました~……ふぅ」
閉店前最後のお客を見送る。見た感じだと30歳後半と言った所のその男性はおそらく建設関係の人だろう。髭を蓄え、健康的に日焼けしたガッチリとした体形で大盛りののり弁を受け取ると「ありがとう」と短く言って店を後にした。
その姿が見えなくなって俺は最後の休憩から実に5時間ぶりに緊張を解いた。
ガルドの勧誘に失敗してから2日、うちの店の職場環境は未だ改善の兆しが見えず、本格的に他の人間を雇うことを考えなくてはいけなくなってきた。
「だけど、やっぱりガルドが良いよなぁ」
なぜガルドに断られたのか、それが分からない。今の職場が忙しいから?それとも、単純に俺たちと仕事をしたくないから?本人の口からは何も語られなかったために真相は不明だ。こうなったら手段は一つ。
「リノン、明日空いてる?」
俺は厨房のリノンに声をかけた。
リノンはすでに片付けを始めている。相変わらず手際が良いな。
「え?まあ、特に予定は入っていませんが?」
「あのさ、明日一緒に出掛けないか?」
「えッ!?それは、その……良いですけど」
明日はうちの店の定休日。ガルドのいる店は夜からだから昼間なら話が聞けるかもしれない。ガルドがなぜ勧誘を断ったのか、直接本人に聞いてみよう。
「シグと出かける。これってつまり……」
* * *
次の日。時刻は昼前、天気は雲一つない快晴。絶好の監視日和と言える。俺とリノンはガルドが住んでいるという隣町のアパートの近くに来ていた。
「あの、シグ」
アパートは二階建ての横長の物件。ガルドの部屋は二階の奥から二番目の部屋だ。今の所動きは無い。突然押しかけるのはどうかと思うし、寝ていたら悪い。もうしばらく様子を見てみるか。
「シグ」
しかし、ガルドに会ったらなんと言おう。この前会ったばかりだから久しぶりってのはおかしいだろうし、偶然家の前を通りかかったからってのはワザとらしい気もするな。ここはストレートに「来ちゃった、てへっ」という感じで……。
「シグ!」
「うわ!なんだよリノン?突然?」
その大声で俺は振り返った。耳元で大声を出されたせいで少し耳がキンキンする。振り返ると、そこには明らかに不機嫌な顔をしたリノン。最初は機嫌がよかったのに、ガルドの家の近くに来たあたりから突然機嫌が悪くなった。
あれか?喉が渇いただろうって渡した桃のジュースが口に合わなかったのか?
「やっぱりぶどうの方がよかった?口着けちゃってるけど、よかったら」
「違います!」
「じゃあ何……そっか。出かける前にはきちんと済ませとかないとダメだよ。それとも、ジュース飲んだから近くなっちゃった?」
「トイレじゃないです!いったい、なんでこんなことしてるんですか?」
あぁ、そういうこと。そういえばリノンにはちゃんと理由を説明してなかったな。
「リノン、心して聞いてくれ」
「な、なんですか」
俺の緊張を孕んだ声にリノンも何かを感じたのだろう。まっすぐと俺の目を見て緊張した面持ちだ。
「せっかくの休みになぜ俺たちはここにいるのか。それは……」
「それは?」
「ガルドを観察するためだ――あ、ちょ、やめ!石投げないで!痛い!痛いから!」
リノンがまるでゴミでも見るような目で無数の石を投げつけてくる。激怒されるのも怖いがこの表情はもっと怖い。
「それならそうとなぜ昨日の時点で教えてくれなかったんですか?」
「あぁ、忘れてて……痛い!止めて!石押し付けないで!尖ってる!先尖ってるから!」
ううう、リノンが怖い。てか、なんでこの娘は元魔法使いなのに物理攻撃ばかりしてくるんだ。
「まったく、何を考えて――シグッ!」
「ん?どうしたんだリノ――あ、あれは!」
驚愕するリノンの視線の先に俺も振り返って視線を向ける。
「な、なんてことだ……」
「あぁ、神よ、なんと酷いことを……」
そこに広がる光景はこの世のものとは思えなかった。いや、思いたくなかった。これが真実とはあまりに悲しすぎる。
「あれはうさぎ、だよな?」
「えぇ、うさぎですね」
俺たちの視線の先には一人の男がいた。燃えるような真紅の髪を振り乱し武器を振るう姿は仲間として頼りがいがあり、そのどんな攻撃にも怯まぬ筋肉隆々の体から繰り出される攻撃は幾度も俺たちの危機を救ってくれた。
それが――
「ピンクだな?」
「ピンクですね」
俺たちが目にしたもの、それはピンクの下地にうさぎのプリントが入った女物のパジャマを着たガルドの姿だった。
鍛え上げた肉体は未だ健在で、その体を無理に押し込んだのか、うさぎのプリントは伸びて得体のしれない生き物に見える。かろうじて、伸びた耳と一緒に写った人参からうさぎと判別できるレベルだ。
ショッキングピンクのパジャマは丈が短く、屈強な両腕と両足が半そでのように飛び出している。健康的に日焼けした肌とピンクの布地が何とも言えないアンバランスさで同居し、加えてプリントされた伸びきったうさぎを纏うその姿は、そう、一言で例えるなら
「化け物じゃねぇか!」
「ちょっとシグ!そんなストレートに!」
「だってそうだろうが!なんだアレ!?呪いの鎧の方がまだ違和感ないわ!プリントされたうさぎの悲しみが聞こえてくるよ!」
「そこまで言わなくても……シグッ!」
「――ッ!な、なんだって!?」
なんとあの姿のガルドに話しかけている人がいる。
あのおじいさん、ずいぶん親しげに話しているがご近所さんか?というか、なぜ逃げない?俺だったら目の間にショッキングピンクのパジャマ着た巨漢が現れた時点で全速力で逃走を図るぞ!?
ん?今度は中年のおばさんがガルドに近づいていく。何かを手渡して……あれは野菜!?もしやおすそ分けというやつか!?
「この町は一体どうなっているんだ?なぜみんなあの状態のガルドに近づいていくんだ?」
「シグ、この状態、あの時と似ていませんか?」
「あの時?」
俺はリノンの方へ振り返った。
彼女は考え込むように右手を顎の下に置いて思案しているようだ。
「昔、町長に化けた魔物がいる町に行ったことがあったでしょ?」
思い出した。魔王討伐の旅の途中、隣町の様子がおかしいと言われて様子を見に行ったことがあった。そこは一見すると普通の町で、町民たちにもおかしい所は無く、むしろみんなとても活き活きしている。
どこがおかしいのかと首をかしげた俺たちだったが、その町の姿はまやかしだった。
夜になると町民たちはこぞってある場所に向かい、そこで魔王を祀る儀式を行っていた。しかし、夜の出来事は町民の記憶には無い。実はその町の町長の正体は魔物で、暗示で自分を町長に見せかけて町民を意のままに操り、夜な夜な魔王崇拝の儀式を行っていたんだ。
今の状況、あの時とそっくりだ。
「町全体が集団催眠にかかっているのか?」
おそらく間違いない。そうじゃなきゃあんな姿の巨漢のマッチョに誰が近づくものか。
「失礼なことを言うな」
「きゃっ!」
「ガ、ガルド!」
いつの間にかガルドが俺の背後に立っていた。間近で見ると、なんというかその、かなりキツイな。
「シグ!」
「見るなリノン!目が溶けるぞ!」
「溶けねぇよ!ったく、お前らこんな所で何やってるんだ」
「いや、なにってその、なぁ?リノン?」
「こっちに振らないでくださいよ!」
「デートか?」
「へっ!?デデデデ、デートとか!そ、そんなわけ!」
「違う」
俺は即答した。
「なんだ、違うのか」
「違うにきまってるだろ。何言ってんだよガルド」
まったく、変な誤解をされては困る。
リノンも迷惑に違いない……アレ?なんでこっち睨んでんの?
「ふぅ……まあいい。お前のことだ、どうせロクなことじゃないとは思うが、せっかく来たんだ。茶でも飲んでいけ」
「お、おう」
おぉ。これはラッキー。当初の予定とは違ったが、これで今のガルドの状況が分かるぞ。そこから勧誘のヒントが得られるかも!
* * *
「あ~、これはまた、なんというか……」
ガルドの家はそこまで広くはなかった。玄関を入って奥まで続く廊下、左右の扉の向こうはおそらくトイレなどだろう。そのまま奥へ通された俺たちの目にまず飛び込んできたのは、可愛らしい淡いピンクのソファーと同じ色の丸テーブル。膝ぐらいの高さのテーブルの上には飲み途中だったのか、マグカップに紅茶が半分ほど残っていた。カップには猫のプリント入りだ。
まあその、なんて言うか、ガルドの家に上がれると喜んでいた数分前の俺を全力で張り倒したい。
「すまんな散らかっていて。すぐ片づけるから適当に掛けていてくれ」
ガルドに勧められて、俺とリノンは丸テーブルに並んで座った。ガルドは飲みかけのカップを持て台所へ。部屋はそこまで広くは無く、大人三人が両手を広げたくらいの広さだ。その部屋に所狭しとぬいぐるみが置かれている。実際に生活している姿を見てもまだこの部屋がガルドのだとは信じられない。
「いや~、想像以上だな。アレ?リノン?」
リノンの方を見ると、なぜか彼女は下を向き、小刻みに肩を震わせていた。
「う、ううう、せっかくの休みに気合入れて着込んでおっさんの女装姿見て、揚句部屋にまで上がり込んで、私、何してるんだろう……」
「リノン、一方的にお前らが来たのにその言い草は酷くないか?」
「あ、ガルド、お茶サンキュー」
「それで、俺に何の用だ?」
来客用なのだろう、小奇麗なカップに並々に注いだ紅茶をガルドが俺たちの前に出してくれた。うん、良い香りだ。
「あ~、なに、良い天気だからちょっと出かけようと思って」
お前を観察するためだ、なんて言ったらますます勧誘が困難になってしまう。ここは嘘も方便というやつだ。
「相変わらず嘘が下手だなシグ」
あれ?
「顔が嘘だと言っているぞ。正直に話したらどうだ?」
「え、えっとだな……」
考えろ!考えろ俺!
「……もういいでしょうシグ」
「リノン?」
「ガルドさんは私たちの仲間です。仲間に隠し事は良くない。正直に話せばきっと分かり合えるはずですよ」
そうか。そうだよな。俺は大切なことを忘れていた。昔と少し様子は変わってしまったかもしれないが、ガルドは仲間だ、それは今も昔も変わらない。正直な感情を伝えても俺たちの絆は壊れることはないはずだ!
「ガルド、正直ピンクは無いと思う」
「そっちじゃない!」
「痛い!」
なぜかリノンにチョップされてしまった。
おかしいな、正直な気持ちを伝えたつもりなんだが?
「確かにそれも分かりますが、今伝えるべきことじゃないです。それより、私たちがここに来た理由があるでしょう」
「あ、あぁ、そうだった。あまりの衝撃に忘れかけてた。ガルド、俺たちは今日、お前の様子を見に来た。それはお前にもう一度俺たちと一緒に働いてほしいと思ったから。この前断られた理由を知りたかったからだ」
俺は正直な気持ちを伝えた。後はガルド次第だ。
「シグ……」
ガルドが真っ直ぐにこちらを見る。思いは伝わったか?
「すまん。俺にはやはり無理だ」
「なんでッ?」
そんな、やはりガルドに思いは通じなかったのか?
「この前の俺の姿を見ただろう?」
「あ、ああ」
アレは正直かなりの衝撃だった。今も脳裏に焼き付いて夢に見そうだ。もちろん悪夢の方で。
「驚いただろうな。お前たちと一緒にいるときは斧を片手に魔物を駆逐していた俺が、あんなに女らしい格好をしていたんだから」
女……らしい?……いや、細かいことを考えるのはよそう。
「実はな、魔王討伐の旅をしている時から、俺にはお前たちに隠していた思いがあったんだ」
「隠していた思い?」
なんだろう。すごく嫌な予感がしてきた。
「実は、俺は大の可愛いもの好きだったんだ」
「かわ、なんだって?」
「可愛いもの好きだ。それこそ女の子が好むような装飾品やぬいぐるみが大好きだった。だけど、こんな見た目だろう?そういうものを買うどころか取り扱う店にも入れなかった」
うん、残念だがそういう店にガルドが入ったら、客というより押し入り強盗にしか見えない。
「魔王討伐の旅に出て戦いに明け暮れることで忘れられるかと思ったんだ。だけどダメだった。それどころか、可愛いものを遠ざけた反動でますます求めるようになってしまった」
「あ、もしかしてガルドさんが小型の獣形モンスターを倒す時に素手に拘っていたのは」
「あのモフモフを直に抱きしめたかったんだ」
抱きしめるというよりかはベアハッグに近かったけどな。
「ガルドがそういう悩みを抱えていたのは分かった。だけど、なんであの店で働いてるんだ?」
可愛いものが好きというなら別に他の店でも良かったはずだ。それこそ、ガルドが行きたがっていた店とか。
「それなんだが、魔王討伐後に葛藤していた俺に答えをくれたのがあの店のオーナーだったんだ。あの日のことは今でも覚えてるよ。俺が女物の服屋の前で服を見ていた時にオーナーに声をかけられて、気付いたら俺は自分の気持ちを全て話していた。オーナーはその話を黙って聞いて、最後に俺にこう言ったんだ。「あなたの好きに生きればいいじゃない」と。それを聞いた瞬間、心の中の靄が晴れた気がしたよ。あぁ、俺は好きに生きていいんだ。もう我慢しなくて良いんだってな。それで、それに気づかせてくれたオーナーへの感謝と自分の気持ちを素直に出せるからあの店で働いてるんだ」
「あ~、ちなみにそのオーナーってのは……」
俺は右手を反らして左頬に甲を着けた。
「あぁ、そっち系だ」
ですよねぇ!
「それに、今は新しい目標が出来たんだ」
「目標?」
なんだ?プロテイン風呂に浸かりたい、とか?
「金を貯めて、いつか自分のオリジナルのブランドを立ち上げるのさ」
「ブランド――プロテインか!?」
「違う!どこからプロテインが出てくるんだ!?」
「え~、違うの?じゃあ、会話の流れからすると……可愛い系の?」
「もちろんだ!」
当たり前だと言わんばかりに力強く右胸を叩くガルド。
まぁ!なんて頼りがいのある胸板なのでしょう!
「というわけで、俺はあの店を辞めるわけにはいかん」
「そっか……」
う~ん、これは予想以上にヘビィな回答が返って来てしまったぞ。とりあえずリノンと相談して……。
「うん、この紅茶美味しいですね」
あ、コイツ目を逸らしやがった!知らんぷり決め込む気だな!?何が「分かり合える」だチクショウ!
うう~ん、ガルドにはうちに来てもらいたいが、正直かなり難しいだろう。昔から義理堅いからなぁコイツ。何か手は無いのか。ガルドがうちに来たくなるような、魅力的なもの……あ、もしかしたら。
「なぁガルド、今うちの店さ、メインの客層は20から30歳の男性ばっかなんだよ」
そう、昨日もそうだったがうちに来るお客は圧倒的に男性客が多い。その為、うちの客足のピークは、昼と意外なことに閉店間近なのである。
おそらく、仕事帰りであろう男性客が自炊が面倒で夕飯を弁当で済ますのだろう。
「それがどうした?」
「いや、今後のことも考えると女性、特に子持ちの人とか、ファミリーの客層も増やしたいと思ってるんだわ。そこでさ、ちょっと考えてるのがあって」
「なんだ?」
「うちのイメージキャラクターさ。出来れば可愛いのがいいな。チラシに入れたり、子供向けの弁当の箱にプリントしたり」
「ほ、ほう」
ガルドの目が明らかに先ほどと違う。
興味を持ってくれたようだな。ここで追い打ちをかける!
「それで相談なんだが、そのキャラクターのデザインをやってみないか?」
「――ッ!」
ガルドが黙る。どうだ?
「いや、しかし、オーナーを裏切るわけには……」
まだ駄目か。だけどもう一押し。よし、これでどうだ?
「ガルド、オーナーさんなら分かってくれるさ。きっとこう言うぜ、「あなたの好きに生きればいいじゃない」ってさ」
ガルドはその後もう少し考える時間が欲しいと言ったので、俺とリノンはお暇することにした。その場で答えはもらえなかったが、俺にはもうガルドの答えが分かっている気がする。
数日後、うちの店の厨房には偉くガタイの良い赤髪のマッチョが可愛らしいエプロンをつけて揚げ物を揚げている姿があった。
「ふぅ、これで一安心だ」
「あ、シグ、これを見てくれないか?さっそくキャラクターを考えてみたんだ」
「お、どれどれ」
「私にも見せてください」
ガルドが恥ずかしそうに1枚の紙を差し出した。
どれどれ……こ、これは……
「ガルド、このキャラクターは?」
「あぁ、熊のベアハッ君だ。特技はベアハッグ。どうだ?可愛いだろ?」
「お、おう……」
いや、確かに顔だけ見れば目が大きくてかわいらしいんだが、ベアハッ君、両腕が血管浮き出るほどマッチョ。というか、なぜか筋肉の描写が異様に細かいんだが……
「コイツは自信作でな。いや~、この店の看板にふさわしいキャラクターが出来たな!」
「ハ、ハハハ、そ、そうだな?」
弁当屋のキャラクターにマッチョの熊がふさわしいって?冗談だろオイ?マッチョは一人で十分だよ。
「シグ、どうするんですかこれ?」
リノンが俺の背後から小声で尋ねてくる。
俺に聞くな。今考えてんだから。
「商品化が楽しみだな!」
「そ、そうだな!ハッハッハ!」
これを商品にしたら確実にうちの店は終わる。だけど、断ったら俺の人生が終わる。
「いや~、俄然やる気が出てきた。よろしく頼むぞ、店長!」
『ガルドが仲間になった』
「あ、あぁ」
『シグは(今後のことを思うと)目の前が真っ暗になった』




