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第二話 人を雇おう!

「から揚げ弁当でお待ちのお客様~」


 俺の声に応えて一人のお客が前に出る。俺が袋に詰めた弁当を彼に手渡すと、お客は「ありがと」と小さく言って店を出ていった。ここは「ゆうゆう亭」。俺が第二の人生をかけてオープンした弁当屋だ。

 お客の背中に「ありがとうございました~」と声をかけ頭を下げる。お客が見えなくなると、店の端にある扉を潜り奥の部屋へ。

 そこはカウンターなどがある表とは違い、水場や調理器具などがある調理場になっている。ここで注文の弁当を作るのだ。

 厨房では金髪の少女が魚に衣着けをしている最中だった。


「ん?何ですか?」


 俺の存在に気付いた少女は俺を一瞥するとすぐに魚の方へ視線を戻してしまう。


「なに、ちゃんと仕事してるか見に来たんだよ」

「そんな暇あったら表の掃除でもして来てくださいよ」

「おまっ、店長にその口のきき方は無いだろ」

「何が店長ですか。従業員見つけられなくて私に泣きついてきたくせに」

「ぐ……」


 そうなのである。実はこの目の前の少女リノンは俺が勇者だった頃のパーティーのメンバーなのだ。まあその……開店してすぐで従業員が集まるわけもなく、恥を忍んで昔の仲間に声をかけたというわけである。


「しかしまあ、最初はどうなることかと思いましたが、意外と繁盛していますね」

「そうなんだよねぇ」


 オープンから1週間が経ったが客足は順調に伸びている。最初は物珍しさで集まっているお客ばかりかと思っていたが、ちらほらと固定客もでき始めているので、このままの調子を維持していきたい。

 だが、こうなると1つ問題が出てくるのだ。


「そろそろ2人じゃ厳しいかな」


 俺が接客でリノンが厨房。時たま逆になることもあるが、大体はこのパターンだ。しかし、どちらも代わりがいないため休憩を取ることが出来ない。お客の流れが途切れた時にこまめに休んではいるが、それにも限界がある。店長の俺は仕方がないにしても、リノンには休んでもらいたい。


「新しい人雇うか」

「募集かけるんですか?」

「いや、一人当てがある」


 頼りになるやつを俺は一人知っている。アイツならきっと力になってくれるはずだ。

 その日はいつもより早く店を閉め、リノンを連れて俺は隣町にあるとある店に向かった。


「シグ、ここは?」

「ん~?見た通りの店だよ」


 派手な装飾と店の中から聞こえる笑い声がこの店がどういった店かを容易に想像させる。店の端には「BAR」の立て看板。上に張り付けられた店の名は「モヒーダの酒場」。1日の疲れを癒しに多くの人が訪れる憩いの場というわけだ。


「私はうちの新しい従業員に会いに行くと聞いて付いてきたんですが?」

「そうだよ」

「ここはどう見てもただの酒場ですよね?」

「リノン知らないのか?仲間を見つけるなら酒場、これ常識よ?」


 文句を言いたそうなリノンを制して俺は店の扉を開ける。まだ夜も早いというのに、中の客にはすでに出来上がったのがちらほら。世の中は平和になったが、癒しを必要としている人たちは大勢いるらしい。


「いらっしゃいませ~、お二人様ぁ?」

「うぉ!?」


 店に入った俺たちの前に髭面の大男が現れる。だが俺が驚いたのは相手がデカかったからではない。その男が、なぜか女の格好をしていたからだ。男は肩が出たワンピースタイプのドレスを着ているのだが、明らかに肩幅に服が合っていない。元々タイトなデザインだと予想されるそれは、男の体格も相まって、タイトと言うよりは窮屈、無理やり体を押し込んでいるせいか、今にも服が破れてしまいそうだ。その風体に加え、口紅に付けまつ毛というメイクをしているのだから手に負えない。


「こちらにど~ぞ」


 妙にクネクネした動きのその男に案内され、俺とリノンは席へと案内された。テーブルの片側にソファーが設置され、見ればどこも同じような席になっている。そして、そのどの席にも先ほどと同じような風体の男たちが接客しているのだ。屈強な男が肌の露出の高い服を着ている様を想像してもらいたい。しかもそれが女物ときていたら……今の心境がご理解いただけただろうか?


「リ、リノン、どうして町中にモンスターハウスがあるんだ?」

「私に聞かないでくださいよ。シグがここに来ようと言ったんでしょうが」


 俺はここに探しているやつがいると聞いてきたのだが、まさかこんな店だったとは想像もしなかった。はやくアイツを見つけて帰りたい。


「お二人さん、注文は決まったぁ?」

「化け物!?」

「あぁぁん?」


 完全に油断していた。周りの状況を見ていたために横から近づく先ほどの男に全く気付かなかった。心の準備をせずに間近で見る姿は正直心臓にかなり悪い。


「い、いや俺たちは飲みに来たわけじゃなくて人に会いに――」

「あ?」

「えっと。この石魚のフライと特製サラダ、飲み物は軽いお酒を二つで」

「はぁ~い。ちょっと待ってねぇ~」


 男が踵を返して注文を伝えに行く。その後ろ姿を目で追いながら、背中に流れる嫌な汗を感じて俺は生きていることを再認識した。


「ちょっとシグ、何注文してるんですか!?」

「仕方ないだろ!あそこで断ったら命が無かったんだぞ!?俺まだ死にたくないもん!」


 リノンが避難の目を向けてくるがそんなことは気にしない。俺の長年の勇者としての勘が命の危機を知らせていた。おそらく、あそこで断っていればパーティーは全滅していたに違いない。


「は~い、お待たせ~。先に飲み物失礼するわねぇ」


 先ほどの男が二つの酒をテーブルに置く。グラスに注がれた酒の色は紫で、おそらく野ぶどうを発行させたものだろう。グラスはそこまで小さくないのだが、 男の手が大きいせいかまるでショットグラスに見えてしまう。


「さてとっ」

「ん?え!?」


 酒を置き終えた男がなぜか俺の隣に座る。見れば、奴はなぜか自分の分らしき酒の注がれたグラスを持っている。

 何やってんだこのマッチョ!?


「そちらのお嬢ちゃんの方にもあとで人来るからちょっと待っててねぇ」

「は?え?」


 状況が理解できない。なぜ隣に座るんだ?というか、今なんて言った?まだ化け物が増えるのか!?


「あ~、お客さん初めてぇ?ここはねぇ、アタシたちとお客さんが楽しくおしゃべりしながらお酒が飲めるお店なのよぉ」

「あ、あぁ、そうなんですか……」


 なんだその苦行は?


「アタシたちは夜の蝶。最高の夜をお約束するわぁ」

「蛾の間違いじゃ?」

「あ?」

「とても綺麗な蝶ですね。いや、ホントに」


 あ、危ない。ヒットポイントがいきなり0になるところだった。


「もう!おちゃめさん!」

「グフォッ!」


『シグに346のダメージ』


 額を小突かれて俺は後ろに仰け反ってしまう。相手は軽くやったつもりのようだが、恐ろしい、今のは巨人の渾身の一撃に匹敵するぞ?


「それじゃあ飲んで、楽しい時間を過ごしましょう!」


 こうして、俺の人生最大の戦いが始まった。


 …

 ……

 ………


「それでぇね、その時アタシ言ってやったのよ」

「はぁ」


 かれこれ三十分近く俺はマッチョの話を聞き続けている。あれから先ほどの様な体への直接のダメージは受けていないが、この終わりの無い話は、まるで毒のステータス異常を受けたように徐々に俺の体力を削っていく。このままではまずい。本来の目的を果たさなければ――


「あ、あのですね。実は探してる人がいて、この店にいるって聞いたんですけど」


『シグの攻撃――』


「んもう!今はアタシだけを見てぇ!」


『――ハズレ。マッチョのカウンター攻撃』


 ぐ、ぐぉぉぉぉ!首に手を回すんじゃねぇ!も、もげる!首がもげる!


『シグに58のダメージ』


 このままじゃまずい。リノンに助けを……


「ったく、いくら私がアプローチかけても気付きゃしない」

「分かるわ~、ホント男って鈍いわよねぇ」


 リノンはいつの間にか隣に座ったこの店の店員―例にもれずコイツも男で、やはりガタイが良い―と話し込んでいる。目が座り、ろれつもあまり回っていない。

 あの様子、リノンのやつ酔っぱらってるな?


「リノン?」

「あぁん?なんだよ?ニブチン?」


『リノンは混乱している』


「あ、あの、探してるやつもいないみたいだし、そろそろ帰ろうか?」


 酔った時のリノンは性質が悪い。魔王討伐の旅の途中に一度だけ酒を飲ませたことがあったが、あの日も大変な目に遭った。それ以来酒は飲ませていなかったが、今回は油断した。とりあえず、下手に出て穏便に済まそう。


「何言ってんだ?やっと盛り上がってきたところだろうがよ!」


『リノンは混乱してシグを攻撃した』


「そうよそうよ!鈍い男は黙ってなさいよ!」


『マッチョBの援護攻撃』


「くっ」


 ダメだ。もはや信じられるのは自分だけか。


「もう!お兄さんったら!アタシだけを見てって言ってるのにぃ!」

「うわ!ちょ!やめ!」

「あらん?もうお酒ないじゃない。ちょっと!注文~!」


 マッチョが手を上げて店員を呼ぶ。

 というかお前も店員だろうが!自分で行け!


『マッチョAは仲間を呼んだ』


「は~い、お待たせ」


『マッチョCが現れた』


 新たなマッチョが現れたことでこちらの形勢は圧倒的に不利になってしまう。新しいマッチョは俺の二倍はあろうかという肩幅に全身は隆起した筋肉、健康的に日焼けしたその肌には無数の切り傷がある。髪は燃え盛る炎のような赤で、瞳は肌よりも少し濃い茶色……ん?


「も、もしかしてガルド?」

「え?なんでアタシの本名……シグ?シグじゃねぇか!」


 目の前に現れたマッチョの表情が驚きから笑顔に変わる。間違いない。ピンクの薄手のドレスに身を包んでとても見れたものではないが、コイツは間違いなくうちの元パーティーメンバー、戦士のガルドだ。


「あらん?ステラちゃん、お知り合い?」

「ステラ?」

「ここでの俺の名だ。ふ、あれから2年、俺にもいろいろあってな」


 いや、ありすぎだろ。何があったらそんな惨状になるんだよ。ステラってお前、どっちかって言うとカンダタってタイプだろ。


「それで、今日はどうしたんだシグ?お前が自分から酒を飲むなんて珍しいな」

「そ、そうだった。あまりの衝撃に忘れかけてた」


 昔の仲間が女装して接客してたんだ。本来の目的を忘れることもご容赦いただきたい。


「俺、今弁当屋の店長やっててさ」

「ほぅ、「働きたくない!恩赦で生きていくんだ!」と言ってたのが懐かしいな」

「……それは忘れてくれ。それで、なんとか店長としてやってて、リノンにも働いてもらってるんだ。今日は一緒に来ててさ、そこに……」

「ん~?あぁ~ガルドしゃんだぁ!よぉ!元気ですかー?」


 リノンはますます出来上がってこちらに手を振っている。

 ……アイツはもうダメだ。放っておこう。


「……まあいいや。ガルド、うちの店は今、人が足りない。そこで相談なんだけど……一緒に働いてくれないか?」


 そう、俺はガルドをうちの店に誘いに来た。ガルドは責任感が強く、パーティーメンバーの兄貴分だった。うちに来てくれれば心強い。


「悪いがそれは無理だ」

「――ッ!なんで?」

「それは……」


 ガルドは言い淀み下を向いてしまう。


「理由を聞かせてくれガルド!」


 ここまで来て「はいそうですか」と引き下がるわけにはいかない。俺だって文字通り命を懸けたんだからな!


「お止めなさいよお兄さん。ここに居る人間は大なり小なり事情を抱えているものよ。それを聞くのは野暮ってもの」

「アンタは黙っててくれ!ガルド!理由を聞かせてくれ!」


 マッチョの言葉を無視してガルドに迫る。もしかしたらこちらで許容できる内容のことかもしれない。ガルドが家に入ってくれるのなら、俺は出来る限り合わせる準備はある。


「すまん」


 ガルドはそれだけ言うと店の奥へ消えてしまう。

 その背中を追おうとした俺だったが、もっと深刻な問題に直面してしまう。


「お兄さ~ん」

「ん?うぉ!」


 そ、そうだった。先ほど隣に座るモンスターに怒鳴ってしまったのだ。状況によっては命が危ない!


「お兄さん、今の良かったわぁ」

「へ?」

「さっきまでナヨナヨしてたのに、アンタは黙っててくれ!って、一喝されちゃった。男らしいところあるのね」


 なぜかマッチョが頬を赤らめている。

 待ってくれ、どういうことだこれは?炎の息でも吐くのか?


「アタシ、久しぶりにここら辺がキュンってしちゃった」


 マッチョがその逞しい胸筋を指さす。

 なんだ?お前を殺すというサインか?

 俺の勇者としての直感が言っている。ここに居るのはまずい。ガルドも行ってしまったし、いったん帰って作戦を練り直すか。


「じゃ、じゃあそろそろお暇しようかな」


『シグは逃げ出した』


「ちょっと、どこ行くのダーリン」


『しかし、回り込まれてしまった』


 マッチョが俺の腕をつかんで放さない。

 ――痛い!力強っ!


「ん~、さてそろそろ帰ろっかなぁ」

「――ッ!リノン!」


 リノンがフラフラしながら立ち上がる。

 しめた!俺も一緒に――


「んぁ?シグ?」


 そう!俺も一緒に連れて行ってくれ!

 俺はリノンにアイコンタクトを送る。苦楽を共にしたパーティーになら通じるはずだ!


「シグ……ゴチで~す」


 ちげぇぇぇぇぇぇ!そういうことじゃねぇよ!?助けてくれよ!


「それじゃあシグ、私は帰るけど、ほどほどにね~」

「あ、ああああ、リノン!待って!待ってくれぇぇぇ!」


 俺の慟哭も空しくリノンは店を後にしてしまう。

 ――その背中が店の外へ消えた時、俺は死を覚悟した。


「んふ。ダーリン、今夜は帰さないわよ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


『シグは目の前が真っ暗になった』


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