ひよりの自己主張・・・姉妹戦争勃発の危機!?
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――なぜ泣いてるの。
もう開く事のない閉ざされた瞳……壊れた人形のように横たわる俺?の腕にすがりつくように薄ピンクの髪の美女が慟哭している。
初めて見る光景なのに……辛そうな、そして諦観と絶望に苛まれた美女を俺は何もできず俯瞰していた。
遠い意識の中に埋もれた記憶を掘り出しているように所々モノトーンに切り替わる。
そして、うっすらとしたまどろみを掻い潜った先には目覚めの朝が来ていた。
軽く目を擦った俺は茫然とした思考回路で今寝ていた場所を思い返す。
一面、蔵書に囲まれた無限とも思える書庫にポツリと寂しく置かれているベット、そして何故か抱きかかえているつぎはぎだらけのうさぎのぬいぐるみ❤。
「むー、可愛い❤」
寝起きの俺の上に馬乗りになりジ―っと見つめるひより。
そしての姿、ベットの隣に椅子に座り本を読んでいるひより。
――あ、あれっ、二人?
昨日の既視感がぞっとした体感と共に蘇る。
俺が目覚めた事に気がついたひよりは本をゆっくり膝に置くと口の端をにっこり釣り上げて俺に微笑みかけてきた。
「おはようございます。お兄様」
ベットの上で馬乗りのひよりは俺の方に向いて無邪気に少しだけ唇を突き出してくる……もしかして朝のキスのご要望みたいな雰囲気。
そんな二人を微笑ましく見守り先ほどまで読書にふけこんでいたもう一人のひより。
混乱した思考だが馬乗りのひよりが「むー!」と催促しているご所望に答えるように唇に軽くキスをすると物凄く満足した光り輝く笑顔になり、光の粒子が散らばるようにその姿が室内に霧散していく。
困惑する俺に膝に本を置いているひよりは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
ファンシーな上布団をどけて、ベットから降りる。足元に民芸品の籠があり、男性用の衣服が折りたたまれて用意されていた。
「むー、お兄様に似合うとよいです。その服は私がチョイスいたしました。私にはメイドや執事がいませんので」
恥じらいながら胸元で『もじもじ』と指を絡めながらもグリグリメガネの奥からは熱い、熱すぎるほどの褒めてください視線を感じる。
手に取ってみる……サイズはピッタリみたいだ♪
着替えてみると……純白をベースに赤と黒がおり合わさった巫女の衣装みたいだがとてもカッコ良い。
「ひよりさん、ありがとうございます」
お礼を言うが何故かぶっきらぼうな不満顔で俺の傍らまで来て服の裾を引っ張りながら振り仰ぐ。
「むー!ひ・よ・りです。さんはいらない。昔の呼び名で呼んでください」
何故か懇願にも似た眼差しを感じる――が昔の呼び名って?
小首を傾げた俺を見たひよりは怪訝な面持ちを浮かべた次の刹那、『む―!』と消え入りそうな声を上げてしなだれかかるポーズをとり寂しそうな表情になる。
「記憶……戻ってないの?」
ぱふっと小さな身体で精一杯、俺の胴回りに抱きついてくる。
顔をガシガシとこすりつけると吹っ切れたように振り仰ぎ、いつの間にか抱えたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてひよりは小さな微笑みの花を咲かせる。
うううっ、ちっちゃいのにしっかりした子だ(感心♪)
そして、俺は素直に感謝した……そういえば、ひよりって閻魔家のはぐれメタルと異名をとっていたんだっけ、いったい何所がだろう?
疑問が頭の上に浮かんでいる俺にひよりは静かな微笑みを浮かべる。
「今日の朝食会には私も出席いたします。お兄様、一緒に行きましょう」
その瞬間!俺の脳内シナプスで綱渡りの練習でもしていそうな脳細胞達は歓喜の声をあげた!
そうなのです!数日ロクに食べていないお腹ペコペコ魔神の俺にはその言葉はとても☆ありがたかった。
それに、今、何処にいるのかもわからない迷子の子猫さん状態の可愛らしい俺。
小さな手が俺の手を掴むと「むー♪行こ❤」と遠足に行くようにひよりはぐいぐいと俺を引っ張っていく。
嬉しそうなひよりに連れられて、部屋を出るとキーキーと音が鳴るウグイス張りローカを歩く、屋敷の本館に繋がるローカにいくつもの小さな窓がバランスよく配置されており、陽光が降り注いでいる。陽だまりをつくる陽光越しに窓から外の景色を覗いた。
一瞬、全身の血の気が音を立てて引いた……口がポカーンとしてしまうほど俺は凄まじい光景を目にしてしまった。
ひよりの館を取り囲むように、武器を持った黒スーツの赤鬼・青鬼の軍隊……そしてその中心に閻魔小鳥の姿が――ってあれ、小鳥に対峙するようにあそこにも真っ白のドレスを着たひよりがいる。
「ひよりお姉さま、素直にうちのふーちゃんを解放してください」
――一体何なんなんだ、
戸惑う……めっちゃ戸惑ったふぶきの腰にそっと手を回して「館のルールなの……大丈夫……お兄様」無表情のままコクリっと頷いた。
――ルールって?
俺はひよりの小さな肩をぐっと掴むと目線をあわせてゆっくりと問いかけた。
「むー、聞きたい?」
しなやかな指で可愛らしい仕草でわざとずらしたグリグリメガネの隙間から愛らしくふぶきの顔を見つめる。
仄かに朱色がかった頬がとてもキュートである。
うむ、こういう時は攻めてみようと『鳴かぬなら……ほととぎす』にあるように♪
即断で心に決めると昨日からのひよりの傾向を思いだしながら、ひよりが歓喜や悦にひたりそうな言葉を思考回路がチョイス❤
「物凄く聞きたい。ひよりから、大切な……ひよりの可愛い囁きで、俺は聞きたいな」
――うむ、上出来♪
薄ピンクのさらさらの髪に指を這わせて、軽く抱きしめる。そして、耳元で優しく囁く……ぷしゅーとひよりは全身がのぼせたように蒸気だつ。
「うん」と小さく呟いたひよりは頬に指を当てて少し思案顔。
少しだけ難しい顔をしたひより、咳をきったように話し始めた。
「この屋敷のある場所は、閻魔本家が、じじ様が所有する空に浮かぶ島。とと様が裁判で御忙しいので私は本家に居候……とと様は現世では閻魔大王と言われています」
――?
突飛な事を聞いたような……
俺の思考の実務部隊である脳内小人達も理解が出来ずに白旗を上げている……話がいまいち読み込めない。
透徹した眼差しでひよりは『ジ―』っと俺を見つめてくる。
ひより……とても哀愁が漂っているような。
少しだけつぶらな唇を一文字に閉ざしていたひよりが意を決したように開口した。
「世界が闇に陥るほど落ち込んでいた私にとと様は言われました、この島で運命を共有する者を連れてきて子供をつくれと。この島のルールはとと様の言葉……私は小鳥を使って運命的にお兄様と引き合わせて、連れてきました」
熱い吐息を零しながらひよりは精一杯両手を広げて、小さな身体でぺったりと俺に抱きついてきた。
「辛いのは嫌……私は誰にも触れない……接せない……語らない……だけど、お兄様は本当の私のお兄様の生まれ変わり。私を嫁にもらってくれた……大好きだった、あんなに愛し合った、お兄様の生まれ変わり。とと様がこっそり教えてくれた。もう、離れたくない」
抱きしめる力が強くなっている……生まれ変わりと言われても正直、ピンとこない、俺は俺だし。
――というか、愛し合ったって兄弟で?それって近親相姦でわぁぁぁぁ――などと考えている思考を読みとったようにひよりは「私はお兄様の嫁にきた他家の者です」と囁いた。
ひえぇぇぇ、こ、こんな小さな女の子が後家だって!!俺は心の動揺がスパークしかける。
という事はひよりの旦那はあんな事やこんな事(思春期の妄想炸裂)……はっ、もしや、ロリコンだったのか……って俺の前世やん……と極度に思考が大混乱。
「今の話は無論、閻魔凛や閻魔小鳥は知りません。私が閻魔本家に残ると言う条件の代償として約束してくれた事。私はお兄様がいれは……後はなにもいらない……」
凄く年下の女の子ぽいのに艶っぽく妖艶な雰囲気が溢れてくる。
ポカーンとしてしまう俺の手を取りひよりは朱色がかった頬にペタっと大切そうにすりよせる。
「……お兄様」
熱い吐息がかった言葉がつぶらな唇からこぼれると僅かに口角をあげてトロリっとした瞳を俺に向けた。
「と、ところで、なんで旦那がお兄様なんだ?」
俺の脳裏によぎった素朴な疑問。
ひよりは可愛らしいフリルのドレスのふわりっと舞わせて薄ピンクの髪を軽く掻き分け、可愛らしくペロッと舌をだす。
「お兄様はいつも望まれていましたから……近親相姦プレイを」
うぉぉぉぉぉ、ばくだぁぁぁん発言!!ええっ、俺の前世はぶっちぎりのロリコンやん。
思わず頭を抱えてしまう俺にひよりは更にもふっと抱きついてくる。
ふぅ――とこの世の現実をつきたてられた落胆の溜息を漏らす俺の手を楽しそうに握り、「ふふふ~ん」と可愛らしい鼻歌が飛び出すほど浮かれるひよりは本家本館のローカを食堂室まで先導した。
そして、ひより=はぐれメタルの異名の意味……それを思い知らされてしまう。
――な、何なんだ、この居心地の悪い視線は……
途中、すれ違うメイドや執事がひよりと俺の姿を見るたびに驚愕した表情を一律に浮かべていたり手を併せて拝んでいる人もちらほら……何を驚いているのやら?
食堂室と記載されたプレートの前でひよりは足を止めた。
食堂室に繋がるドアを開けて中に入ると、とてもお腹を刺激する美味しそうな香り❤中央の沢山の惣菜が並んでいるバイキング方式の朝食会が開かれていた。
カララァン――
室内、総勢十五人の先客はいっせいに驚いた表情を浮かべる、なかには手に持つ食器やコップを落としてしまった者までいる
「お、驚きました……お姉さまが……し、しかも、本体で……お、御食事に……」
朝からアホ毛をぷるぷると妖怪アンテナのように立て、ビックバン並みの衝撃を受けたような閻魔凛は持っていたオレンジジュース入りコップを重力に引かれるように床にガチャリ!――軽く口をあけてポカーンとした面持ちをこちらに向けた。
皆が一律して超レアな映像発見したような視線、きょどってしまう俺に耳元で「私、他と接しないから」と申し訳なさそうにひよりが呟く。
ざわざわとする衆人環視の中、俺は手を引かれて、人がいない窓側の日当たりのよい席まで引っ張られる。ひよりに「お兄様、お座り♪」と薄ピンクの髪を靡かせて優しくSチックに呟かれる……ちょっとMな気分❤
ソファーに座わった事を確認したひよりは、満点の満足顔で踵を返して小さな身体でトコトコとフリルのドレスを揺らしながら中央の惣菜コーナーに歩き始めた、どうやら俺の分もどって来てくれるらしい。
「わ、私のフィアンセだけに飽き足らず……閻魔ひよりにまで毒牙をかけるとは……」
聞き覚えがある声音……蘇る記憶☆ああっ全身に鳥肌が☠
怒り成分を充分に含んでわなわなと震える綺麗な声音。
おそるおそる振り向くと――ビンゴでした☠
両肩からもくもくと黒い気炎が上がり、肩を震わせた艶やかな金髪碧眼の美少女が眉と双眸を釣り上げて傲慢不遜と言った具合に腰に手を当てている。
今にも襲いかかりそうな猛獣のように瞳をギラギラさせて攻撃色の強い――食物連鎖の頂点にいそうな雰囲気を醸し出している。
――ミ、ミカエル
優雅に左手を腰に添えている姿が様になっている、きれ良く右手でピシッと俺の顔に指をたてた動作も生まれ持った品がにじんでいる。
好奇心いっぱいで対岸の火事を見る様にざわめく食堂室……ひよりは我関せずと小首をかしげながら背伸びをしてプレートにミートボールを必死に取っている。
「存在がミドリムシやミジンコ以下の貴方に決闘を申し込みます!」と怨嗟にも似た……いやこれは間違えなく怨嗟だ。
拡声器か!と思えるほど耳を劈く爆発的に大きな声で咆哮する……なんてヒステリーな(涙)
いきなりの決闘宣言にポカーンとする俺に「今日の夕方五時、西方の広場にて。首を洗って出てきなさい(怒)」
ふんっとミカエルは顔を背けるとつかつかと気品漂う雰囲気でドアから出て行った。
――お、おかしいぞ、価値観のベクトルが百八十度違う方向にぶっとんでますよぉぉぉ。
古式所縁の伝統を重んじる決闘じゃあるまいし……時代錯誤な!全く状況が読み込めない俺の胸元に沢山の惣菜が乗ったプレートが差し出された。
「むー、ご飯……食べよ」
食堂室に入った途端、俺の前以外では無表情になったひよりからプレートを受け取り、ソファーに座るとひよりは特等席とばかりに俺の膝元にヒョイッと座った(お尻の感触がグッドジョブです♪)。
その行動にまたしても室内にざわめきが起こる。
――本当に何なんだ?
回りの反応がさっぱりわからない俺にフォークに刺さったミートボールをアーンしてと言わんばかりに俺の口元に押し付けてくる(なんて献身的な子なんだろう❤)。
ミートボールを咀嚼して食べながらひよりの顔を見ると破顔一笑とばかりに口角をあげてはにかみながらにっこりと輝いた笑顔を浮かべている……めっちゃ可愛い。
ただ、室内のレーザー光線のような視線が痛い……天然記念物でも見る様な好奇な視線は物質干渉能力が兼ね備わっていたら間違いなく蜂の巣になっているなぁ。
ひよりが六個目のミートボールを俺の口に押し込もうとした時『ドカンッ』と大きな音が響く、チラリと見ると眉を吊り上げて嚇怒している閻魔小鳥が獰猛な野獣を彷彿させるギラギラとした眼差しをこちらに向けて一歩一歩とこちらにやってくる。
そして、俺と膝の上に座りフォークに刺さったミートボールを持ちながら、俺にラブラブしてくるひよりの前に立つと。
「ひよりお姉さま!うちのふーちゃんを返して。勝手に屋敷に踏み込んだ事は堪忍して。ふーちゃんはうちが見染めて買ってきた大切なお婿さんじゃけん」
俺にミートボールを口に押し当てながら無愛想に「むー、いや」と一言だけ述べると俺の胸元に可愛らしい相貌でしなだれかかり、トロンとした双眸で仰ぎ見ながら身体をあずけてくる。
――買って来たって……俺、商品やん、クーリングオフで現世に帰してください。
何の権利もなく、少し涙目になってしまう俺……そんな俺の姿を見て小鳥は「ふーちゃん、怖がって泣いてるやん」などと盛大に勘違いしている。
ひよりは絶対に渡さないっと俺に全力でしなだれかかって夫婦が如く仲むつまじい感じを全力アピールしている。
火に油を注いでしまった☠ピクピクと頬が引くつく小鳥、「おほん」と力無く空咳を一つすると氷点下近くまで冷めきった瞳、そして上唇をペロリとした舐めした。
ひぃぃぃぃぃ!猛烈な恐怖が俺の背中を駆け上がっていく。
まったく気にしないひよりはマイペースに俺の頬にお行儀悪くついた、てりやきソースが気になったらしく、ちょこっと身体を伸ばして子犬のようにペロッとしたで舐めとる。
プチっ――
あれっ、小鳥……さん、いま、何か切れた音がしませんでしたかぁぁぁ。
いつの間にか食事をしていた人達も姿を消し、この部屋には俺達三人だけが占拠している状態になっている。
「ら、らちがあきません。ひよりお姉さま、じじ様に仲介になっていただきます。うちの正当性をひよりお姉さまに認めていただくけん」
渾身の憎しみを込めたようにキッと睨みつけてひよりを威嚇する小鳥……完全に嫉妬の炎がメラメラとみえていますよ。
だか、まったく意に介しないように俺にゴロゴロと陽だまりを求める子猫のようにぴったりと寄り添うひより。
「ふーちゃん、直ぐに助けてあげるさかい。待っといてや」
クイッと親指を立てるとひよりを一瞥して優雅に踵を返して部屋から出て行った。
「むー、あ~ん」
ひよりは再び七つ目のミートボールをフォークに指して俺の口元に当てつける。
――う~ん、また、ミートボール……チラリっとひよりのプレートを見ると全てミートボールで埋め尽されている。
もしや、ミートボールフェチでは?と疑ってしまいそうになるが食事はミートボールが無くなるまで続くのだった。