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地獄の鬼ごっこ、赤鬼? 青鬼? いえいえ、ゲイおにぃですの巻

     ◆

深々と降り積もる雪は足跡がついていない雪化粧はとても神秘的な月光を受けて白銀に輝いていた。

俺は懸命に走っていた、後ろを振り向かず全力で走っていた。

何かに追われているように懸命に身を隠しながら……もう一時間は狙われた獲物のように逃げまどっていた。

小さな広場の設置されている飲み水が出る水道の前で立ち止まった……乱れた呼吸を整えるように深い深呼吸を吐くと白い息がふぁーと広がった。

辺りは静寂に包まれ、凍てつくような寒さが心まで凍りつかせる……

俺は蛇口をひねり、シュワ―とふき上がった水を口に含んだ、口内に広がるヒンヤリ感が身体の熱気を押さえてくれる。

雪が深々と降り積もる中、俺は冷え切ったコンクリートの壁にもたれかかり、そっと瞼を閉じた。

一時間前の出来事を思い出しながら……


―― 一時間前 ――


俺は土下座外交の真っ最中だった。

ミカエルのオンボロ長屋からぽつりと歩いていた所に突然の黒服の集団に襲われ、目隠しをされ羽交締めに、車に連れ込まれ、次に目隠しが外された時は閻魔小鳥の館の応接室……しかも、小鳥さん?眉を吊り上げてかなりお怒りのご様子。


「うちがひより姉さまと大事なお話してる時に、他の女の家に上がりこんではるって……ふーちゃん、なんばしちょっとか?」


モクモクと両肩から立ちこめる気炎……何だか黒っぽい気炎ですよぉ♪

プンプンと頬を膨らませて、両腕を胸元で組み、ギッと鋭い視線を俺に浴びせてくる、視線に物理的干渉力があれば俺は間違いなく串刺しになっているなぁ。

俺の後ろには銀色の髪がしょんぼりと下向きになってぐっと瞳を閉じて控えている小鈴……頬の涙の跡を見る限り洗いざらい白状させられてこってりと小鳥に怒られたのだろうなぁ……う~ん、何だか申し訳ない。

ポンッと小鈴の銀色の髪に手をそえて撫ぜてみた。

赤に紫のオッドアイをカッと驚き見開くが……あまりの気持ちの良さだろう、「うにゃ~」と猫のような甘ったるい声をあげてその場にしなだれるようにしゃがみ込んでしまった。


「もう、ふーちゃん!すこいわ、うちには何もしてくれへんのに。じゃけん、うちはふーちゃんに嫌われとるんやろうか」


殺気……いやいや、さっきまでの剣幕はどこにやら、一転して胸元で神に祈るように両手組み、うるうると涙目になってひびきを真っすぐ見つめる。

ヘナヘナっとへたれこんでいる小鈴はまだ、至福の残滓が残っているのか天国の扉付近で遊んでいそうなほど素敵な笑顔……いや、しまりなくにやけた顔で「えへへ」と小さく呟いている……もう変態の域は達しているな♪

「さっきなぁ、じじ様・とと様を交えてひより姉さまと凛姉さまとうちが集まって家族会議ひらいたんよ、話が平行線になってな、とと様が閻魔家の伝統鬼ごっこで決めろっていうねん……うちは反対したんやけど……すまんなぁ」

何故か申し訳なさそうに小鳥はこちらを見つめる……というかとと様って閻魔大王では、それに鬼ごっこって?

意味もわからずにキョトンとした俺は頭をかきながら小鈴を目をやった。

その相貌は真っ青に血の気が引いていた、胸に手を置いて憐れむように俺を見上げてくる。

その瞳はとても悲しみが色濃く滲んでいる。

ぽかんっとした俺の手グッと握り、小鈴は絞り出すような声をあげた。


「ふぶきさまぁ、どんな事があっても……小鈴は絶対に味方なのです!ふふきさまぁの肛門は絶対に守るです!」


ぐっと心にしみわたる熱気を帯びた言葉……だが、何故、鬼ごっこで肛門を守るのだ?

ますます不可思議な事に思考を司る脳内小人達がフリーズ状態になりそう……プリニティブな俺には理解不能である。

はっと小鈴は困った顔をする俺に真意に気がついたらしく、コホンと空咳を一つしてオッドアイの眼差しがふぶきをじっと見つめる。


「閻魔家の鬼ごっこは地獄の鬼ごっこです。ルールは一つ、小鳥さま・ひよりさま・凛さまの館からそれぞれ隠された宝物をとるです。ただ、館以外の場所は本物の鬼が溢れかえっています。うまく逃げないと大変な事になるです」


ゴクリっと思わず生唾を飲む俺を見て小鈴は話を続ける。


「鬼は赤鬼や青鬼などのチンケな鬼ではないです。かなり飢えてるゲイおにぃです」


俺の頭に?マークが点灯する。


「ゲイ鬼ってなに?」

「ゲイ鬼じゃないです、ゲイおにぃです!」


小鈴は凛とした言葉で俺を射抜く……はっ、ゲイって。

俺の脳内小人達が答えを導きだした瞬間、肛門を守る意味が理解できた……ってうそだろぉぉぉぉ。


「ゲイのおにぃって、も、もしかして、歌舞伎町などに居てそうな方々ですかぁぁぁぁ」


――うひょーっそれって鬼でも何でもないやん


「ふーちゃん、誤解してそうやから言っておくけど、ゲイおにぃはれっきとした鬼じゃけん。三丁目に住んでる赤鬼よりも極彩色豊かな鬼じゃけん」


――極彩色豊か、なんと突飛な。


「では、ふーちゃん。寂しいけどいったんお別れやわ。うちはふーちゃんの事信じているから手加減せいへん。小鈴、はよーふーちゃん連れて行って、ふーちゃんはうちの婿になる事を閻魔家に……」


くらっと小鳥の足元が揺れる。

饒舌で喋っている小鳥が突然、胸を押さえて顔を歪めた。


「はよー、行って」


無理矢理つくった笑顔で小鈴に引っ張られた俺を見送る、その瞳は何処か生気が感じられなかった。

小鈴に連れられて小鳥の館を出た後、まっすぐ、時計塔に向っていた。

話を聞くと高く屹立した時計塔がスタート地点、時計台の大きなベルが島中に鳴り響くと鬼ごっこが始まるというコテコテの展開である。

煉瓦造りの高くそびえ立つ時計塔の正面に小鈴に引っ張られてやってきた。

クルリっと振り返った小鈴はとても真剣な面持ちで俺の右手を包み込むように柔らかく握った。


「ふぶきさまぁ、やばいです、もう♪もえーです!ふぶきさまぁがゲイおにぃ達に犯されるなんて……ぽっ♪このぉ、は・い・と・くですね」


――誰が背徳やねん!!


心で怒り叫んではいる俺だがここは一つ大人になって。


「小鈴、どうすればゲイに襲われないで、無事に助かるかな」

「それは面白くないですよ。未知なる世界、それは男のロマンではないですか」


――誰が男のロマンやねん!


再び、俺の魂が吠えあげるが……落ちつけ……俺。

ひと息、深呼吸して……そっと小鈴のメイド服ごしの両肩に手を添えて、優しく呟く。


「小鈴、俺の味方は小鈴だけなんだ。どうか、俺を助けて。助けてくれたら、何でも言う事聞くから」

懇願を色濃く含んだ言葉に小鈴はピクピクと鼻をヒクつかせてパチクリっと目を大きく見開いた。


「本当に何でもですね♪」


――しまった、余計な災いに火に油を注ぎこんだかも☠

妖艶な色を滲ませた瞳をこちらに向けて食い入るように聞き返す小鈴のあまりの勢いにおされてコクリっと大仰に頷いてみせるとぱぁっと小鈴の顔が綻んだ。


「では、特別に教えてあげます」


ペタンコの胸を張ってえっへんといった感じで小鈴は俺の耳元に唇を近づけてそっと囁いた。


「諦めが肝心です。もしもの時のオロナイン軟膏は用意しておきます♪記念にビデオ撮影はまかせてくださいますです♪」


『うっひょょょょ!』かなり本気で殴り飛ばしてやりたかったが……ドコーン!ドコーン!……時は無情に始まりの鐘の響きが時計塔から鳴り響いた。

鐘の音色と同時に辺り一面の雰囲気が変わる。ぞくっと背筋に悪寒が走り抜けるほどのざわめきが公園全体……いや、この島全体を揺れ動かすような空気が伝播している。

本能的にこれはヤバイと感じた俺はとにかく全力で走りだした、振り向こうとしない俺を「ふぶきさまぁ、頑張って♪」とお気楽に小鈴はパタパタと大きく手を振っている。

霊感など全くない俺でもこのヤバイ雰囲気は感じ取れる、とにかく閻魔家三姉妹の館に行かねば。

誰もいない煉瓦が敷き詰められた遊歩道を全力で走る。

呼吸があらくなり、拍動が早まりをドクンドクンと感じる。

心は不安を警鐘するアラートが鳴り響き、孤独感と猜疑心が思考を圧迫していく。

降り始めた雪は芸術を嗜むように煉瓦道にうっすらと雪化粧をあしらっていた。

正面の壁からT字路に分れる遊歩道にてついに地獄の鬼と遭遇してしまった。


――こ、こいつらがゲイおにぃ。


た、確かに極彩色だな……俺の瞳に映った生命体、煌びやかな金や銀の木刀やロウソク、はたまた、悪趣味としか思えないキラキラなたて笛……しかもみんな目と足がある。

その数は数百……一個大隊と出逢った衝撃だが、何故、ゲイおにぃと呼ばれているのだ。


「お尻いや~ん、お尻いや~ん」


先頭の煌びやかな木刀が気色の悪い声をあげると、「お尻いや~ん」の大合唱が始まったと同時に俺に向って突撃してくる……ひいぃぃぃぃ。

この時初めて理解した……たまたま遊歩道を散歩していた茶髪の男性が驚き逃げようとした瞬間「お尻いや~ん」の響きと共に小型の竹筒がロケットのように飛び出し男性のお尻へとドッキング……耳に劈く悲鳴が切なさを感じさせた――っていうかこれはマジでビックリドッキリメカ並みにヤバイぃぃぃ!

力がこもったストライドで一気に加速!!奴らは短足な分移動速度が遅いと見た……などと思った俺は馬鹿でした。

スナイパーのようにお尻に狙いをすまして、ロケット花火張りの加速で飛んできやがった!

必死に避けながら逃げる俺に容赦がない人海戦術を繰り広げ……ぎゃゃぁぁぁぁ。

全体にプラチナがあしらわれた細いロウソクが俺の肛門にホールインワン!!……もう、お婿にいけない身体になりそうです。

腰が抜けそうになりながらも痛みを堪えてすずっぷりと引き抜く……右手に握ったロウソク、うっとりとした瞳で俺を見つめる。


――めらっと殺意率上昇❤


ローソクを素早く投げ捨てた俺はゲイおにぃが湧き出てくる危険な遊歩道から草木が生い茂るわき道に入り、険しい勾配がついている細い道を一気に駆け抜ける。

そのスピードは韋駄天も足の筋肉がピクピクと引きつるほどのビックリ超加速を体感した。

後半は転げ落ちる様な感じだったが……下までつくと懸命な形相でくるりっと振り返った。

何故か奴らは追ってこない……先ほどまであれほどお尻を狙っていた輩が。

軽く疑問を感じながら、ふぅ~と軽く嘆息した刹那、さきほどまで俺が追われていた場所から大勢の若い男性の悲痛な叫び声が「先輩!!」と言う声と共に響きあげた。

ああっ、恐らく学生達の帰宅だろう……人身御供……なむなむ、俺は感謝と罪悪感が入り混じった気持ちでそっと坂の上の方にも手を合わせた。

不謹慎にもほっとした(本音です♪)、汗だくな俺は喉の渇きを癒す為、少し先に見える公園に全力で走り始めた。

キラキラと光りを反射する雪は静寂を彩るようにふぶきの足跡を隠すようにうっすらと空から舞い降りるのだった。


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