ひよりの居ぬ間に・・・立ちはばかるものは死を与えます、小鳥の決意と総力戦の巻
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そこは畳が敷き詰められた和の間……広さは学校の音楽室程度の広さの真ん中に匠の技が光る檜の机を挟み、じじ様と閻魔小鳥は対峙していた。
大きな身体を丸めたじじ様の困った顔とは正反対に小鳥は大きな黒水晶のような瞳をがばっと見開いて綺麗に整った眉を眉間に寄せて凄い剣幕だ。
「えっと言っとるけど、うちは薩摩ふぶき様と結婚する為に苦労して魂ごと連れて来たんじゃけ。ほんに、いくらひより姉さまが好いてもあかん。この件はオリジナルも賛同してるんじゃけん!うちは絶対に譲らへんで」
プリプリと怒り心頭の小鳥。
「それにじじ様もきいたやろ、将来の事考えてるって。ふぶき様はいわれたんやで、うちとの二人の未来の事じゃけん」
じじ様は深ぶかと小鳥に頭を下げた。
「すまん。私もまさか、あの馬鹿息子がひよりにあのような約定を取り決めていたとは知らなかった。小鳥、閻魔家の為に身を引いてくれ。もし、ミカエルが嫌なら別の婚約者を探してもかまわん」
その声は威厳を含みながらも沈痛な響きがある。
「姉さまの約束?わかるよって。じゃけど、とと様はうちとの約定をないがしろにするつもりなん?」
ぐぐっと唇を噛みしめ悔しそうな顔をして小鳥は必死に訴えかける。
「閻魔家はうちや小鳥達の身体をこんな風にしたんやけぇ。せめて、ふぶき……ふーちゃんだけは譲れへん。じじ様、お願いや、どうか、とと様とひより姉さまを説得して……」
その一途な想い……めいいっぱい瞳に涙を湛えて懇願する。
とても弱ったと言わんばかりにじじ様は腕を組みは溜息を一つついた。
そんな険悪なストーリーが本館で起きている事などつゆしらず、当事者である薩摩ふぶきはひよりの館のある一室に閉じ込められていた。
正確に言うと閉じ込められていると言っても拘束はされていない……ただ、外に出る扉が存在しない部屋。
いったいどうやって入ったのか不思議だが二十畳程度の絨毯の敷き詰められた部屋は四方を本棚で囲まれた図書室のようなおもむきだ。
……一時間前……
「むー、少し、御出かけします。お兄様はこの部屋でゆっくり本を読んでくつろいでください。机の上にはおかしとジュースがありますが私のパンティがご要望でしたらそちらの引き出しにご用意してあります❤」
ヒラヒラのセーラー服をなびかせたひよりがカバンを両手で持って俺に言ってきた。
そのいでたちから学校?に行くのだろうか……しかし、学校などあるのか――という俺の思考を読んだようにひよりはニッコリ微笑みながら「欲情したのですか?……ぽっ」とスカートの裾をもって白い太腿とパンツの境界線をチラチラ見せてくる……おおっ、マーベラス♪
「お兄様、今から学校に行ってきます。くれぐれもこの部屋からは出ないでください。沢山の本があるのでゆっくりとくつろいで……」と言うとテコテコと俺の傍まで来て何かを期待する眼差しを向けてくる。
あれ、軽く柔らかい唇を突き出してきた……もう、間違いなくキスの催促である。
はやく、と急かすような雰囲気が伝わってくる……さっきの巨人の件もあり素直に軽く唇を重ねた。
「むー、ディープが好き」
ぷしゅ――、さ、流石はひより。み、見かけはロリロリな子供フェイスなのに発言は大人なのですねっと心がざわつく。
そして、スカートと踵をかえしてひよりは両手で大きめな鞄を持って出ていこうとする……あっ、思い出した。
「ひより」と呼びかけた俺にしっぽをパタパタふる従順なワンちゃんの如く『くるりっ』と振り返る。
「あの、こないだミカエルが……」
と説明をしようとすると「むー、気にしない」と軽く手を振りあげると興味なさそうに出て行ってしまった。
……と言うわけで今、俺はこの部屋でくつろいでいる。
中々座り心地よいソファーにどっぷりと身体をあずけて、一冊の本を読んでいた。
本棚を一通り見渡したのだが……やたらと小難しい本ばかりだったが、何故か一冊の日記調の本に呼ばれたような気がして手に取っている。
その本はひよりの無くなった旦那の日記……俺は申し訳ない気持ちもあるが自分の為にも今後のヒントを見出す為にも見せていただく事にした。
初めから中盤にかけてはたわいもない出来事や魂の裁きや凶行な行動に出る悪人の話などがかかれていたが、中盤に差し掛かったある一ページに俺は呼びとめられた感覚が走った。
それまで流すようにパラパラと呼んでいたがそのページだけはしっかりと魅入ってしまった。
……七月十日……
いやぁ、めんどくさいが仕方ナイッシングにおいらは今日も罪人の仕分けをする、どいつもこいつも悪党面だな、何故、これほどの罪人がいるのだろう。現世はそれほど荒んだ世界なのだろうか。いつも、仕事なのでめんどくさいが罪人に問いかける「あなたはどのような罪を犯しましたか」しかし、帰ってくる言葉の大半は自己弁護だ、ばーかばーか、そんなことで助かるはずないじゃん。しかし、今日あった当たり日だな♪めっちゃ可愛い罪人……不思議な雰囲気の女性が来た、おおっ巨乳だし♪いつものように問いかけると「私は世界中のあらゆる悲嘆と涙をのぞみました」と巨乳の彼女はいったい何者なのだ
……七月十一日
今日は父にこつかれて渋々従い裁判補佐の仕事についた。眠い……適当に裁いてやろうか、などと思うが父の手前真面目にしよう。さて、今日は極悪人と分類された魂の裁判だ。地獄に落ちるか、魂そのものを消滅させるか。裁判中は吐き気がでる程、不細工な凶悪顔の残忍な連中ばかりだ。端然と向き合う父は豪胆だな。最後の魂が入ってきた、それは意外にも昨日の巨乳女性だった。薄ピンクの髪が弱弱しく揺れて憐憫な雰囲気が印象的だった。そんな彼女の罪は一千万人の命を犠牲にした事……ほほっ――、いままでの悪人の中でずば抜けて罪が重いじゃん。
何をすればそのような事が出来るのか、疑問に思う。悪戯心で少し調べてみよう。
次のページをめくると引き裂かれた後があり日記は最後のページ九月二十九日になっていた。
……九月二十九日
おいら……いや私は今日からは精一杯真面目に生きよう。父には申し訳ないがひよりはけっして裁かれる罪ではなかった。ひよりは私と共に生きると言ってくれた、ひよりには私しかいない。私も初めて真剣に愛する事かできた。罪は償わなければいけないが、ひよりはもう、充分だと信じている。たとえ冥界の神が異議をたてようとも私は彼女を守り通す。愛している。ただ、もう、巨乳が堪能できない事は寂しい……
……な、何とご都合主義な日記なのだ、しかも知りたかった事がしっかり出ている。
俺は溜息を付くと茶色い皮張りのソファーにどっぷりと身体を沈めた。
――ガタン!
無いはずの扉が荒っぽく開くと。
『ひぇぇぇぇん!』と雄たけびか叫び声とも言えぬ声音が。
血相を変えた可愛らしいメイドさんがポテっと転げながら入ってきた……あのポニーテールにオッドアイ……間違いない小鈴……と言うか後ろのでっかい蜘蛛が一緒に入ってきたぁぁぁぁぁぁ。
「うえぇぇぇぇん、小鈴食べてもおいしくないですぅぅぅ(涙)」
キョロキョロと回りを見渡し俺を発見すると「ふぶきさまぁぁ、助けに来たので助けてください!」などと涙目で真面目に全力で訴えてくる……バカ!くるなぁぁぁ。
こんなバカでかい蜘蛛、も、もしや、妖怪大辞典などにのっている土蜘蛛では。
などと感心していると泣きそうな顔で小鈴がこちらへ駆け寄ってくる、うぉぉぉぉ、土蜘蛛もニヤリっと笑いながらこっちにきやがる、こ、小鈴、こっちにこないでぇぇぇぇ。
――小鈴と土蜘蛛の追いかけっこのゴールはもしかして俺っぽいかも(涙)
全速力で駆けこんでくる小鈴は俺を捉えると素早く俺を盾にするように後ろに隠れて「迎えに来たので安心してください♪」とぽそりと呟くが、安心できるかぁぁぁぼけぇぇぇぇ!
あきらかに肉好きですよぉオーラが漂う土蜘蛛……リ、リアルに勝てるはずないやん。
手持ちの武器は日記一冊に机の上のお菓子&ジュース……神様たすけてぇぇぇ。
土蜘蛛は大きな前足を振りあげる……下ろしたら間違いなく串刺しのフラグあがりますよぉ。
俺は成すすべなく、せめてもと後ろで半泣き状態の小鈴を守るようにグッと抱きしめようとしたら「こんなときまで欲情して!エッチな変態ですぅぅ」と叫ばれて小鈴に渾身の力で蹴飛ばされる。その勢いで土蜘蛛の片方の足に抱きついた瞬間、前足が降ろされて元いた場所に突き刺さる……い、命拾い♪
ああっ、確実に気味悪い目が俺に標準を合わせてる……ひぃぃぃ、ターゲット・俺やん。
気持ち悪い毛がまとわりついている足にしがみつきながら……俺はぐっと目をつぶった、次、開けた時は天国かなぁ♪
ポファン――とへんな音がなると「ひやぁぁぁぁ」と小鈴の叫び声がする、俺はぱっと目をあけると……ぎゃぁぁぁぁぁ、目の前に土蜘蛛の生首転がっているぅぅぅ……すみません、太秦映画村のリアルお化け屋敷なみの恐怖のあまりにささやかな量ですが失禁してしまいました。
恐怖で引きつった俺の肩にポンっとはたかれる――もう心臓はバクバクさぁ、恐る恐る振り向いてみると……。
艶やかな黒髪を揺らして眉を寄せて、目を吊り上げながら腕を組む閻魔小鳥の姿がそこに逢った。
「ふーちゃん……えらい可愛らしい衣装きてはるね。ひより姉さまに餌付けされた訳じゃないよね……童貞ちゃんと守った?ひよりお姉様は経験豊富な床上手やし心配したんよ。ふーちゃんはうちと結ばれるんやから。魂買ったんうちじゃけん」
や、やばい、声がマジで怒り心頭モードになってる……迂闊な返答したら土蜘蛛の二の舞に(俺って……物扱いやん)
気圧されてしまって思わず小鈴に視線を移すと、額を押さえて「う~ん」と唸りながらキョロキョロ部屋を見渡たし何かを思いついたようにニコっと口角をあげる。
「浮気者、見つけたますですぅ。小鳥様、連れて帰るのですぅ、もう、ふぶきさまぁのエロ男爵、プンプンです、小鳥さまぁの元に帰ったらお仕置きです、ローソクとムチは容易するです❤お尻の穴をに浣腸です、ピンクの乳首は好きです。ああっ、私にこんな事を言わすよう強要するなんて……発想がエロいです、流石はエロ男爵です、覚悟しといたらよいですぅ」
――何を覚悟するのかわからないが……一つ理解できた……小鈴とは欲求不
満のただのセクハラ少女だろう。
流石の小鳥も小鈴の言葉に失笑している。
ポテポテと歩いてふぶきの傍に来ると急に涙目になる。
「あううぅぅ、怖かったですぅ。ひより様の御屋敷は罠ばかりですぅ。階段があったり」
――階段?さっきの化け物からして怪談の間違えでは。
「段差がありすぎて転んでしまいました。あううぅ、部屋に帰ったらアカチン塗るですぅぅ……はっ、ふぶきさまぁ、いやらしいです。ふぶきさまぁ、赤チンはチンチンじゃないですよ!」
何故か自信満々に俺を指差す小鈴……発想と思考が残念すぎます。
小鳥はしなやかに手を腰にまわしてふぶきの体温を感じ取るようにぴったりと身体を寄せ合い、耳に息を吹きかけるようにそっと呟く。
「ひより姉さまは学校の日直やからえっと遅うなる、鬼の居ぬ間に……ふーちゃんをうちの屋敷に連れて帰るさかい。ひより姉さまのお屋敷は物の怪の類が多いからふーちゃん帰り道しっかり守ってあげるけん」
柔らかな感触と温もりが服越しに伝わってくる……小鳥は熱さをおびた潤んだ瞳でふぶきの愛しむように見る。
「うちの真の宝物や……絶対に他人にはわたさへん」
静かな決意をにじませる小鳥は唇を噛みしめながら小さく言葉を零した。
部屋の扉から外―ローカに出ると戦闘の後だろう、化け物達の死骸がウグイス張りの廊下に散乱している。
整列した黒いスーツを着た赤鬼・青鬼の大群がぁぁぁ(ちょっとビックリ(驚))、武器を持った屈強の鬼の兵隊達が小鳥を迎えるように待ってている。
「小鳥様、お帰りの支度が整っております」と執事セバスが慇懃に頭を下げて小鳥を敬っている。
「皆、ふーちゃん奪還したから帰ります」
凛とした言葉が響くと皆一様に武器を掲げて歓声をあげた。
何だか戦争に勝ってビクトリー!!みたいな雰囲気にのまれながら俺は閻魔小鳥に手を引っ張られて行くのだった。