3.ふたりだけの秘密
「オサムさん!今日もたくさんお話しよっ!」
ファインダーを覗くたびになぜか彼女は笑顔を向けながらひょっこり出てくる・・・。
「昔の人はカメラは魂を吸われる」とか言われて恐れられていたというかそんな迷信が信じられていた時代があったっけ・・・。
彼女も吸われるんだったらカメラの中がいい、そうしたらいつもカメラいじってるオサムさんと一緒に居れるもの、と言っていたがまさか本当にそうなってしまうとは!
別に動画モードで撮影しているから中で動いてる、というわけではないらしい。
電源入れたら即登場。
コレはいったいなんなんですかサエコさん。
・・・以来、私と彼女はカメラの中で奇妙な逢瀬を続け、団らんするようになったのであった。
人の世では叶わなかったが、いまや俺とカメラ(=サエコ)は夫婦も同然である。
それから、彼女・・・サエコはどうもカメラの景色に写りこんだものを使って遊んでいるらしいというのがわかったので、最近は公園に出かけて電源を入れる。すると遊具で遊ぶ彼女の姿が見られるのだ。
彼女もどうも楽しいらしい。
「オサムさ~ん!こっちおいでよ~!」
「ムリに決まっとろーが」
「うふふ!」
とか言ったものの、「そうだ、サエコが居る位置まで移動して、オートでシャッター切ったらどうなる?」と思い実行してみることに。
結果は、「一緒に映ることができる」だった。
再生画面にしてみると確かに、その場所には俺一人しかいないはずだが、なぜか彼女とのツーショットになっている。
しかも、微妙に身体が重なった部分だけ、サエコのほうがうっすら透けている。
おお。
背景は透過しないのに面白い。
写真屋にデータを持って行ったら、撮影して現像したものにも彼女が写っている・・・どれにも写っている。ダブルピースを構えたり悪戯っぽく画面いっぱいに顔アップになったりして・・・いや、アップで来られたら他の景色が写らんだろ・・・いやあ、面白いけど。
「風景、お好きで?」
50代くらいの男性の写真屋の店主は気さくに俺に聞いてくる。
もう以前からこの店にも来てるから顔なじみではある。
「ああ、いや、彼女が好きってんで、ここに一緒に来ましてね」
「へえ。だったら一緒に写ってあげたらいいのになー」
「いや、これとかペアで撮ってもらったんですよ、通りすがりの人に」
「え?あなたしか写ってないよ?」
「え!?」
・・・そうか。
彼女の姿は出力した後でも俺にしか見えないのか・・・。
いや、ますますこれでは俺がおかしい人みたいだな。
まあいいか。
仕事のない休日は、一人でカメラを片手に公園に行くことが多くなった。一日中、日没まで居ることもある。
「日が暮れたから帰りましょ。小学校の頃言われたよね?」
彼女が上目遣いでにっこり微笑む。
「ああ、そうだな」
公園からグレードアップさせて遊園地に行ったこともあった。そのほうが、より彼女に喜んでもらえる、そんな気がしたからだ。
案の定、サエコのはしゃぎようはすさまじかった。人としてカメラの外の世界で一緒に過ごしていた頃は、残念ながら来ることがなかったので、大願成就といえる。
こんなこともあった。自分がカメラを頻繁に持ち歩きしてるということを聞いて撮影して欲しいと言って来た女子大生がいた。近所に住んでる子で可愛いと評判の子だ。
ところがいざ撮影、となったときにカメラのフラッシュがこれでもかっ!といわんばかりにメガフレア級の閃光を彼女に向けて放ったのだ。
「めが~!目が~!」
その子は慌ててすっとんで行ってしまった。
「なんだよ、妬いてんの?」
「む~!オサムさん!」
・・・可愛いな。
彼女を内に宿して以来、カメラはなんだか日に日に色んな機能が搭載されていくような気がしていた。
ある日のこと。
コンビニに買い物に出かけた折、なんと強盗と出くわした。
俺が店内に入った直後、ジーンズ、パーカーと黒尽くめの男がカウンターで店員を脅し、店を走って出ようとしていた。
間に合わないかもしれないが、せめて写真でも!
とっさに俺の手が動き、シャッターを切る。直後、レンズから光条が発せられ、男のかかとに当たった。
「ぐおッ!!?」
男は倒れて動けない。すぐに警察が呼ばれ、あえなくそいつは逮捕となった。
後日俺は逮捕に協力したとかで警察署に呼ばれ、感謝状をいただいた。
俺の首から下がっているカメラ(嫁入り)も満足そうだ。
署長からは俺の名前で感謝状が読み上げられたが、実際逮捕と住民の安全に貢献したという気はまるでない。俺のヨメがやらかしたのだ。俺はシャッターを切っただけなんだ・・・。と思ったが賞状と記念品と寸志はきっちり頂いておこう。
「サエコ・・・死ぬとこだったぞ犯人」
「かかとでよかったですね!」
いやそういう問題では。
「なんでビームが出るように?」
「いやぁ、念じたら強力になっちゃって!捕まえなきゃ、って気持ちが伝わったのかしら!」
なるほど。って、え。
「望遠レンズつけてたら威力が増幅されて即死だったかもしれないですね!」
さらりと怖いことを仰る。
「カメラを兵器にするのはよそう・・・俺らが捕まる」
「はーい、以後気をつけまーす」
犯人逮捕と近隣住民の安全は守られてありがたい話だったが、以後色々と気をつけてもらいたい・・・。
というかヨメよ、俺に内緒で新機能搭載しないでね?
休日は一緒に過ごすことが多いので、バッテリーが早くに消耗する。
予備を1つ持っていたが足りないのでもう1つ買い足したりもした。
ケーブルを繋いでカメラとTVを結んだらどうなるだろう?
やってみると、彼女の姿が大きく映る。
「やっほ!」
「おーっす!」
会話も出来る。
これはいい。早く気付けばよかった。
以後、室内に居るときはTV経由で彼女に会うことが多くなった。
この状態を残せないか?ふと思い、別のカメラでTVに映る彼女を撮影しようと試みたが、写っていたのはTVのモニターだけだった。
このカメラがきっと、特殊なのだ。
そう、これは俺とサエコが初めて一緒にお金を出し合って買った品。
思い出のモノだ。
これで、ふたりの記憶を切り取っていこうと心に決めた、あの日。
このカメラは、俺たちにとって極めて特別な意味を持つ品になったのだ。
それだからだろうか。
こんな不思議が、宿ってしまったのは。