2.こんなことって
もっともな疑問だったろう。
俺は、傍目には、おそらく、
一人で今、店内に居るはずだからだ。
「カメラに向かってぶつぶつ喋ってるんだよこの人!気持ち悪~い!」
少年はやや怯えたような表情で俺の顔を盗み見た。
・・・まあ。そういうことになるだろうな。
至極もっともな反応だ。
「人じゃなくてカメラにだよ!?にやにやしながら、しかもずっとだよ!」
小学生にまで引いたような目で見られてしまったな・・・。
「変な人にはかまっちゃいけません!お父さん待ってるし、行きますよ!」
「・・・はーい」
手を引かれながら、児童はずっとこっちから目を離さないまま、母親に連れられて店外へと消えた。
「・・・小声で話す?」
彼女の提案。
「いや、まあ、どっちでも・・・」
”カメラの中の”彼女が囁いた。
どうしてこんな奇妙なことになってしまったのか、そのいきさつについては少しだけ話さなければならないだろう。
そもそもの始まりは、彼女・・・サエコが入院したころからだった。
俺の嫁になるはずの人は病に臥せっていた。
順風満帆だった。
俺たちの目指すべきところには夢があったし、希望があった。
一人なら出来ないことも、ふたりなら叶う。
そう信じて生きてきたつもりだった。
が、人生というやつは甚だ理不尽で、時に自身の想像の範疇をいともたやすく凌駕してしまう。
突きつけられた現実はただ黙って受け入れるしかない。
首を縦に振ろうが横に振ろうが、それはけして揺るがされることは無いのだ。
人には、治る病と治らない病がある。
彼女の場合は、後者だった。
人はいつか亡くなる。
知っている。
でも、どうして、今。
もう少し、猶予を与えてください。
まだ、行ったことのない場所がある。
まだ、話したことのない話がある。
まだ、経験したことの無い数々の出来事も。
「オサムさん?」
「何、サエコ」
「写真、撮って欲しいな・・・」
俺は、まだ元気なうちに撮って欲しいという彼女の要望を受け入れ写真を撮った。
病院のベッドから抜け出して、白いドレスを着せた状態で。
ドレスはウェディング用のもので、清楚なイメージの彼女にぴたりとはまった。
サエコと過ごした幾歳月。
彼女は俺に色をくれた。
無機質で、ゴツゴツした岩のような俺の心に、花を持ってきてくれてありがとう。
いや、君自身が花であったと言うべきか。
その花が、散る。
そう思うと自然、涙が溢れた。
彼女を覆っていた幾多のカラーはひとつの色に統一された。
凛とした白は、何者をも寄せ付けないような気高さがあった。
彼女が最後に纏う衣服の色はやはり白であるべきだと思った。
それからまもなくして彼女は息を引き取った。
・・・が。
その直後からだ。
不思議なことが起こり始めたのは。
俺は、忘れることが出来ない彼女との思い出を引きずるようにかつてともに巡った地を独り、旅した。
会社へは有給休暇を申請した。割と融通が利く会社でよかったと思う。
そこで手持ちのカメラに生じた異変に気付くことになる。
何気なく風景を撮ろうとしたら、ファインダー越しに人影が入る。
人が居ない場所に来ているのだ。
人物の影が写るはずなどない。
「!?」
よくわからないまま、シャッターを切ってみる。
デジタル一眼だが、普通に撮った写真をその場で確認してみると、やはり人が写っている・・・。
これは・・・!
なぜ?と首をひねる。
が、同時に喜んでいる自分がいた。
彼女だ!
まぎれもなく、サエコだ!
カメラで撮影した風景に彼女が写っているのだ!
だが夢だ、これはきっと夢に違いない。
疲れているんだ・・・うん、疲れているからこそ休暇を取って今こうして・・・。
「はぁい!オサムさん♪」
「ひっ!?」
そのカメラから声。
レンズを覗けばそこから。
ファインダーを覗けばそこから。
にゅっ、と彼女が姿を現す。
そこから飛び出て来れるわけではないらしいが、しかし、なぜ??
「あっ、今オバケとか思ったでしょー!そういうんじゃないんだから!・・・私ね、こっちの世界に来ちゃったんだよ」
「サエ・・コ・・・?」
どんな世界だよ、こっちの世界って・・・。
驚いたけども、彼女はカメラの中で”生きて”いるらしかった。
どうする?
こんなこと、誰に言っても信じてもらえないぞ。
葬式だってもう済ませたんだからな。
周囲の皆に話すとおそらく「悪い霊が・・・」とか「心霊写真!」「かわいそうに、好き過ぎて頭がおかしくなったんじゃないかしら」とか言われるに決まっているので黙っていなければならん。
(あんな善良な彼女が悪霊になるわけはなかろうが・・・)
予想される回答に勝手に憤慨している俺がいた。
サエコは彼女なりにどうやらカメラの中で継続的に”暮らして”いるようなのである。
電源を入れてないときはどうしているのか分からなかったが、どんな方法であれ彼女に会えるというのは嬉しいものである。
もう二度と会えないと思っていたのだから。